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第8話 内側の平穏

 列車に揺られて三日目のこと。そろそろ首都に到着してもいいと思うのだが――


「すいません、また乗り継ぎます」

「またか……」

「で、ですが次の乗り換えが最後で後は半日ほど列車に揺られているうちに到着しますので!」


 乗り換えの駅で辺りを見回しながら、ウーベルの口からさらに士気の下がる言葉を耳にする。確かに首都には近づいているのか、周囲の風景も野原が広がっていたものから開拓が進んでいるのか、駅のホームからは建築物が建ち並ぶ町並みを目にすることができる。


「それはそうと、お二人とも軍が支給した服がよくお似合いのようで!」

「……このタイミングでそれを言うとは、空気が読めないってよく言われないか?」


 俺は大きくため息をつきながら、ウーベルの方をじっと見る。なんとなくだがこの男の素性というべきか、本性というものが見えてきた気がする。


「ぎくっ……」

「ご機嫌取りにしても、タイミングを考えないと苛立たせるだけだぞ」


 ある意味では口だけで出世したハングは、こうしたこともうまかったのだろう。だが俺がいなくなっても同じようにできているのか。


「まっ、まあまあ! 実際その黒の軍服はよくお似合いですよ!」


 左肩に縫い付けられた錆色十時のワッペン。これこそがこの国における軍人であることを湿している。

 そしてそれを身につけた軍人に向けられる視線はというと――


「あら、こんなところに軍人さんがいるわ」

「何かあったのかしら? それともまた遠征かしら」

「どっちにしても、我らが誇り高き国父様を支える素晴らしい軍には変わりないわ」

「ぐんじんさんだー」

「敵をー倒せー国をー守れー♪」


 こそこそとした話ではなく、こちらにも聞こえるような、オープンな会話。ただ駅のホームに突っ立っているだけにも関わらず、会話の中身からして大人から子供まで随分と支持されているようだ。


「……人気なんだな」

「ええもちろん! 国父様の手となり足となる名誉ある職業ですから!」

「手となり足となる、か……」


 それが使い捨てでないのならいいのだが。

 事実俺は、ヴァヌシュデアで多くの戦争屋が使い捨てにされてきているのを見てきた。魔法で腕や足が吹き飛ばされたものが、救われぬまま戦場に放置されてきたのも見てきている。

 助けられなかったのか? などとふざけた疑問を投げつけてくる輩もいる。だが無理だ。火球が降り注ぐ中、負傷者を担いでいくなど単なる的でしかない。

 複雑な物思いにふけっていると、だいぶいつもの調子を取り戻したのかミラーが頬を突っついてくる。


「あのー、トリスタンさん」

「頬を突くのをやめろ」

「それより、列車の方が到着したみたいですよ」


 言われたとおりの方を見ると、駅のホームにちょうど到着した蒸気機関車が見える。今まで乗ってきたほかの車両とは違って、つながっている車両の数が少ないように思える。


「首都に行くにしては車両数が少ない気がするが」

「我々が今まで乗ってきたのはこの国の外周部を繋ぐ交通機関なので、逆に言うと今まで乗ってきたのが大きいんですよ」


 この国の外側の地域を繋ぐ列車。中には軍事用のものもあるようだが、ウーベルは「民間人もいる前で話すと機密漏洩で今度こそ銃殺されちゃいます」と口を固く閉じている。


「ちなみに、この駅からでしか首都には向かえません」

「そうなのか」

「これも防衛のためなんですけどね」


 おそらくはスパイが送り込まれたとして、敵も交通機関を使ってくる可能性が高い。その際に首都の駅だけを押さえておけば確かに効率は良さそうだ。


「首都ベルーガへの直通列車、まもなく発車いたします」

「急いで乗りましょう! バルサ大尉に指定席を用意していただいていますので」

「そうだな」


 ――こうしてみると、エーニア帝国が巨大国家間の戦争をしているなどとは、到底想像できない。


「……どうして俺は、こういう場所で生まれなかったのだろうか」


 ――そうすれば、あの領主の最期を目にしなくてもすんだのに。


「何か言いましたか? トリスタンさん」

「いや、何も」


 不思議に思うミラーの問いかけをかわしながらも、俺は平穏な町並みを目に焼き付けていた。

 まるですでに目に焼き付いている悪夢に、必死で上書きするかのように。


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