第3話 取引
「……何を言っているんだ? お前は」
「でっ、ですからっ……私も、ついていきます!」
全く話が読めない。というよりも、彼女にとってついてくることに何のメリットが見当たらないと思うのだが。
「だって、貴方だけでまともな契約を結べる筈がないじゃないですか! 戦争屋団体の後ろ盾もない、使い捨ての兵にされるのが関の山としか思えません!」
「…………」
へべれけな状態ではあるが、至ってまともな考えではある。しかしそれでついてくるという話に繋がるとは思えない。
「第一、どうして急に帝国側につくという話になったんですか!?」
「……分かった。同僚のよしみで教えてやる」
どうせついてくるというのもこいつの方便、本当に行くとなったらもう二度と会うことはないだろう。それにここで理由をハッキリしておけば、納得もできる。
そう思って俺は今まで黙ってきた思いを全て語る。これまでの処遇、人間関係、報酬面――こんなことを言っても何も解決しないと分かっていても、全ての不満をミラーにぶつけた。
「――以上だ。分かったか? 単に相手に与えた被害だけを評価するこの国よりも、自分の事をより高く買ってくれる国に俺はつく。それだけだ」
「っ……でっ、でも、戦争屋として暗黙の了解が――」
「そんなもので縛る限界を超えたんだよ、お前達は」
突き放すように、俺は最後の言葉をミラーに告げる。
「……そっちはそっちで上手くやれよ。……お互い、戦争が終わるまで生きていたらいいな」
別れの言葉を告げて、今度こそウーベルと共に行こうとしたが――
「待ってくださ――わたたっ!」
泥酔しているというのに走ろうとしたせいか、背中越しにミラーが派手にこける音が聞こえる。
「いったぁ……ぐすっ……待ってくださいよぉ……」
「……ハァ。悪いがもう少しだ待ってくれるか?」
俺としては今のこけ方は本物だと思っているが、ウーベルはこれを時間稼ぎだと考え焦っている様子。
「本当に少しだけですよ! ここで憲兵に捕まるなんて笑えませんから!」
時計をチラチラと見て急かすウーベルを後に、俺は倒れて泥まみれのミラーの身体を起こす。
「立てるか?」
「いかないで下さいよぉ……寂しいじゃないですかぁ……」
「ダメだ。さっきも言っただろう? 俺はエーニア帝国につく」
「うぅ……だったら、私も連れていってくださ――」
「それもダメだ。お前自身が分かっているだろう? 戦争屋の暗黙の了解を破るんだぞ?」
そうして俺は近くの家の壁にミラーを寄りかからせ、今度こそ立ち去ろうとする。しかしミラーは泥に混じって涙を流し、なおも袖を握ったままはなさない。
「も、もう絡み酒とかしませんから……お願いします……」
「っ……」
最早酔っているせいなのかどうなのか分からない。ミラーの感情が大きく揺れ動きすぎている。
……仕方ない。酔いが覚めた時には後悔するなよ。
「……ウーベル殿!」
「はい?」
「約束通りエーニア帝国にいく。ただしこいつも連れていく」
「えぇっ!? 何でですか!? その人ただの伝達係でしょ!?」
お荷物を増やす訳にはいかないとウーベルは渋っているが、ここで置いていくのも寝覚めが悪い。
俺はぐずるミラーを背負って立つと、ウーベルと最後の取引を持ちかける。
「ああ。だが一応使えるやつだ。責任は俺が持つ」
「……ああーもう、分かりました! ですがその方が入国することで刑罰を受けたとしても知りませんからね!」
「分かった、恩に着る」
「ぐすっ……すん……」
こうして俺とミラーは町外れで待機していた車に乗り込み、月が照らす薄暗い夜道を、エーニア帝国に向けて出発することとなった。