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第2話 ヘッドハンティング

「改めまして。私、エーニア帝国にて潜入調査官をしているニコラウス・ウーベルといいます」

「そんなもの、肩につけている錆色十字を見れば分かる。というより、よくもそんなに堂々とできたものだな」

「ああ、ワッペンなら隠蔽魔法を使えば簡単ですよ。流石に中央区に入るとなると、監視の目が厳しいので外さないといけませんが」


 そうしてウーベルが目の前で改めて隠蔽魔法を使って見せると、確かにワッペンは消え去って見た目上はただのコートになっている。


「……それで? 俺に何の用だ」

「はい! 実は我等が国父様が貴君に対して強い興味を持っておられているとのことで、是非一度お会いしたいと!」

「国父……だと?」


 聞いたことがある。エーニア帝国は代々エーニアの姓を受け継ぐ皇帝が政治を執り行っていたが、この百年にも及ぶ戦争が続いていく中で、近年において軍事国家に変わったのだと。

 そしてその軍部のトップに立つ存在が新たなエーニア帝国を築き上げたという意味で、国民からは畏敬の念を込めて“国父”と呼ばれていることも。


「はい! 我等が国父、ギルドレッド・フォン・ヴィーガー総統閣下が、本土にてお待ちしております!」


 まるでこの場にも存在しているかのごとく、そして人通りのない夜間とはいえ連合国内であるにも関わらず、ウーベルという男は右手の握りこぶしを胸の中心において誇らしく国父の名を語る。

 それを見て恐るべき統率力だという思いと、一方でそれほどの人間がなぜ俺に興味を持ったのかという疑問が湧き出てくる。


「……話が見えてこない」


 そもそもしがない戦争屋でしかない俺に対して、わざわざ大国の国父と呼ばれる男が本当に接触を図ろうとしているのか。仮に戦場での活躍を見ているというのであれば、表立って活躍しているのは俺ではなくハング。ならばハングに声をかけるのが筋というもの。


「何故俺に興味を持つ? 実際に戦場で派手に暴れ回っているのは俺でなくハングの方だろう?」

「あぁー、あの炎を使う魔道士ですね。ああいう類いの“普通の”魔道士ならうちにも掃いて捨てるほどいるのでどうでもいいんです。問題は彼の異様なまでに強化された魔法。その付呪エンチャントをしている人を引き入れたいのです」

「……それで俺を訪ねてきたということか」


 どうやら敵国には奴の戦場での活躍について、とっくに種明かしがされているようだ。


「そうです。そもそも我々としては貴方のような魔法の強化バフ、そして対象物の弱体化デバフを得意とする貴重な魔道士を、わざわざ被弾率の高い前線に立たせていること自体が不思議でなりませんが……まっ、我等が国父様に楯突く愚かな国の考えることなどこの際どうでもいいでしょう」


 将を射んとせばまず馬を射よ――などという東国のつわものの言葉を引用する訳ではないが、相手は上に立つ見かけ倒しの将ではなくおれの方を引き抜こうという訳か。


「しかしそちら側にも俺のような強化・弱体化を得意とする魔法使いの一人や二人くらいいるだろう?」

「うーん……今ここで答えることは情報漏洩に繋がりかねるのでお答えできませんが、貴方をこちら側に迎え入れたいという気持ちがその答えの代わりになりませんかね」


 ウーベルは苦笑で誤魔化しているようだが……確かに考えてみると、バフ、もしくはデバフの片方だけをできる魔法使いは俺も仕事上何人か知っているが、両方会得している人間と聞かれたら自分以外に思いつかない。


「……それで? どういう待遇で雇用して貰えるんだ?」

「っ! 来ていただけるのですか!?」

「待て。国父との謁見はさておき、俺も一端の戦争屋だ。この戦争で飯を食ってる」


 ――そう、敵の屍肉と赤い血を引き換えに、金を貰うのが戦争屋だ。


「ただ会うだけなら、俺は暗黙の了解を破った裏切り者。戦争屋として、二度と他の国に雇って貰える保証などない」


 戦争屋が一度に複数の国家に加担することはない。そしてもう一つ、戦争屋は一度所属した国から他へと乗り換えることはない。この二つの禁を破ることすなわち、背徳者の道を歩むことと同義となる。

 戦争が終わってこそ、戦争屋はようやく自由になれる。

 その自由が、どんな形であろうとも。


「俺は戦争屋レッドフィールに所属する人間。レッドフィールがヴァヌシュデア連合国に肩入れする中、敵国であるエーニア帝国に俺が行くことの意味を分からない訳ではあるまい」

「ええ、勿論分かっていますとも」


 ウーベルはそんなことよりも使命を果たせることに笑みを隠せずにいるようで、俺の身元保証についても快諾しているようだ。


「因みに現在の報酬形態はどのように?」

「だいたいこんなもんだ」


 丁度今回の報酬金を渡されていたこともあって、俺は金貨の入った小袋をウーベルに見せる。


「……これは、前金ですか?」

「いや。うちは全て後払いの出来高制だ」

「ななな、何とっ!? これだけ素晴らしい素質を持つ人間を、こんなはした金で!?」

「はした金……」


 薄々予感はしていたが、予想以上に俺の待遇は悪いものだったらしい。


「我が国ならこの金額の十倍、いや、二十倍は出ますよ!?」

「よし分かった。行こう」


 最早何の未練も無い。というよりも、あまりの扱いの酷さに俺も限界が来ていたのかもしれない。


「本当に!? やりましたよ我が国父! このウーベル、勇み足で帰還することができそうです!」


 金額交渉に二つ返事で答えたところで、早速帝国へと向かおうとするウーベルのあとを、俺は歩き出そうとした。

 すると――


「――ちょっと待ってください!」


 聞き覚えのある声。振り返るとそこに立っているのは、あの後完全に酔い潰れていた筈の――


「――っ!? ミラー!?」

「はぁ……はぁ……っ、勝手にその人を、連れていかないでもらえますかっ!」


 酔いが回ってきているせいなのか怒っているせいなのか、はたまた酒場を出るまで走ってきたせいなのか、先程よりも顔を真っ赤にして肩で息をするミラーの姿がそこにある。


「っ! 見られたか! こうなったら始末するしか――」

「待て! そいつは俺の同僚で――」

「私も連れていってください!」


 ……は?

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― 新着の感想 ―
[一言] >「本当に!? やりましたよ我が国父! このウーベル、勇み足で帰還することができそうです!」 語源はどうだか知らないけど慣用句の"勇み足"はそういう使い方はしないと思う。
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