最終話 出世と俺の生き方の第一歩
「本当に手をかざすだけでバフの効果が出るんだな」
「とりあえず元ある魔力にバフをかけて増幅させてはみたが」
ひとまずアンバーの肉体にバフ魔法をかけてみたものの、後は俺ではなくアンバー次第でこの紛争を終わらせられるかどうかが決まる。
「ほ、本当に襲ってこないんですよね!?」
「そんなに心配するなって。奴らは基本的に獣人を餌にするようにしつけてあるから――」
「えっ!?」
……少々まずいことになってきたな。
「ど、どうしましょう……」
「大丈夫だ。もしそうだとしたら目の前の蜘蛛がとっくに襲いかかっているはず。それに最悪俺が何とかする」
「何とかって……」
心配していた通りミラーは獣人であり、アンバーのしつけによれば捕食対象になり得る。しかし今目の前にいる土蜘蛛を見る限りでは問題ないだろう。
「さて、魔笛を吹かせていただきますか!」
アンバーが笛を構え、大きく息を吸い込む。
「……念の為身体能力にバフをかけておくか」
最悪ミラーを担いでの離脱も想定しつつ、アンバーの様子を見守る。
「いくぞ……」
アンバーは大きく息を吸い込み、笛に魔力を吹きかける。バフのかかった魔力はそれまで魔笛の音が聞こえなかったものが、風が駆け抜けるかのように濃い濃度の魔力が戦場へと広がってくのを感じる。
「……っ! 流石だセーヴァー!」
アンバーは何かを悟ったのか、目を見開いて笑みを浮かべる。それと同時にこれまでになかった地鳴りと、それに交ざって悲鳴が沸き起こり始める。
「全員叩き起こすことができたぞ!」
至る所で土蜘蛛が地面から起き上がり、予定していたとおりの奇襲作戦が見事に遂行される。
「ああ、そのようだな……!」
そしてこの魔力のようなものにあてられたのか、先程まで待機していた土蜘蛛が、ミラーの方を見て今にも飛びかかろうと構えをとっている。
「……ん? 待て! そいつは味方――」
アンバーが気がついたときには既に遅く、土蜘蛛は自らの腹を満たす為に捕食をするべくミラーへと飛びかかってくる――
「ちぃっ!!」
とっさにミラーを抱きかかえて後方へと離脱するが、それがなおのこと相手にとっては興奮材料となったようで、更に勢いを増して追いかけてくる。
「おい、アンバー! こいつを落ち着かせる方法は!?」
「落ち着かせるっつったって、こいつが俺のいうことを聞くことなく暴れだしたのは初めてだっての!」
「……仕方ない、殺すしかあるまい!」
大きいとはいえ虫は虫。燃やし殺すことができる筈だ。
「これでもくらえ!」
バフの乗っていない通常弾とはいえ火球は火球。両手が塞がっている今、それを蹴り飛ばして発射する。人並みとはいえ炎属性の魔法、虫ならば本能的に苦手とするはずだが――
「あ、すまん。そいつ品種改良で火に耐性を持っているんだ」
「なっ!?」
アンバーの言葉の通り、土蜘蛛は特に苦にすることなく文字通り火の粉を振り払って相も変わらず向かってくる。
「くっ、ならば――」
体をひねって飛びかかってくる顔面に向けての回し蹴り。全力でまっすぐに打ち抜くように蹴れば、そこらの大砲を遙かに超える威力を出せるはず。
「巨人を踏み潰した一撃だっ!!」
流石にこの威力には耐えられなかったようで、顔を潰された大きな蜘蛛は、そのまま真横に吹き飛んでいく。
「っ、全然しつけができていないようだな……」
「いや本当にわりぃ。まさか嬢ちゃんに襲いかかるとは思わなくてよ」
ミラーが獣人と疑われていないことはよしとして、一体何で見分けをつけているのか。
「もしかしたら嬢ちゃんの臭いが獣臭いからだったりしてな! ハッハッハ!」
「っ、失礼ですね!」
ミラーはその場でとっさに怒り返してみせたが、実際は内心ドキドキしっぱなしだろう。俺もできる限り表情を変えずに対応してはその場をしのぐ。
「とにかく、残りは大丈夫なんだろうな?」
「まあ大丈夫だろ。流石に腹一杯になれば襲いかかることもないと思うが……はぁー、それにしてもマジかよ一番のお気に入り蹴っ飛ばしてくれちゃってさー……」
「ライフル銃持ってるのに蹴っ飛ばしちゃった方には突っ込まないんですね……」
「あ、そうだよ! やっぱりそのバフ魔法すごいな。身体能力の向上に使ったんだろ?」
「まあそうなるな」
「それにしてもあの力は尋常じゃねぇよ。あの土蜘蛛の体重はそこらの軽車両位あるはずだが」
巨人に比べれば軽いものだと内心呟きながら、改めて敵陣方面に目を見やる。
「……終わったみたいだな」
「ああ。こっちでゴタゴタしている間に向こうは壊滅だ」
至る所で黒煙が立ち上り、混乱極まる敵陣に、勝利を確信する俺達。
「まずは初勝利ってところだな。期待のルーキー」
「ルーキー?」
「ああ。戦場は初めてだろ? それにしては随分と落ち着いているみたいだったが」
ああ、この男からすれば、俺もまたあの時のライフルを持った男と同じ戦場に初めて立つ男に見えたのだろう。
だが俺は違う。こんな場所など何度もくぐり抜けてきた。そして何度も生き延びてきた。
「……ああ、だが俺は――」
「ひとまず初勝利でお祝いだ! 飲みに行くからついてこい!」
「飲みって……」
こっちでも祝勝会というものがあるのだろうか。それにしても嫌な予感しかしない。
「あっ、私ついていきます!」
「おっ? 嬢ちゃんいける口かい? だったらそれなりに奮発した店を予約しないとな!」
「おい! 何を考えてるんだ!? お前が飲んだら面倒なことに――」
「トリスタン! 今回はお前が主役だからよ! きっちりと乾杯の言葉を用意しとけよ!」
「は? 俺が主役?」
今まで隅で飲むことが普通だった俺が、こっちに来るなりいきなり中心に引きずり出されることに。
「当然だろ! お前のバフ魔法のおかげでこの紛争が終わったんだ! こんな未来の英雄を隅っこで飲ませるなんてエーニアの人間じゃねえからな!」
よもや英雄とまで担ぎ上げられることに逆に不安を覚えてしまう始末。そして――
「トリスタンさん、今回は本当にご迷惑をおかけしました」
横からミラーが今回の件で迷惑をかけたと小声で語りかけてくる。
「ああ。まだお前から臭いが――」
――臭いが?
そこまで言って俺が振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべるミラーの姿が。
「まだまだ臭い、混ぜないといけませんね♪」
「……冗談だろ?」
こうして俺のエーニアでの名前は、少しずつだが広がっていくことになっていった。そしていずれはどこかで、元身内すら手にかける必要が出てくるのだろう。
だが俺は躊躇することはない。それが俺の生き方なのだから。




