第17話 土の下の悪夢
「合い言葉を知っているということは、貴殿が中佐殿の新たな“お気に入り”になったっていうことか」
「お気に入り……?」
「ああ、気にするな。あの人はちょっと変わった魔道士を手元に置きたがる趣味があるだけだ」
眼帯の男はそう言って蜂に指を差し伸べ、そっと場所を移し替えて再びどこかへと羽ばたかせていく。
「自己紹介が遅れたな。俺はロイ・アンバー。虫喚びは……まあ、コードネームみたいなもんだ。今回中佐の私兵部隊から派遣された一人だ。といっても、残りは俺が率いる一般兵だけだが」
「俺はトリスタン・セーヴァーだ。こっちはシャーロット・ミラー。それで、あの虫は何だ?」
辺りを見回すと、高い高度で同じような虫が何匹か飛んでいるのが見える。
「ああ、あれか。あれは魔虫といって、魔力を持つ者の周りに集まる習性がある。俺の使役している虫は特別で、俺の魔力を含んだまま飛ばすことができる。それで遠隔から敵の魔道士の位置を把握できるって訳だ」
つまり戦場における偵察兵のような役割を果たしているということか。
「それで、見つけた後は?」
「見つけた後は、こいつの出番って訳さ」
アンバーはそう言って腰元から小さな笛を取り出して見せる。
「それは?」
「こいつは魔笛。吹くときにちょいとコツがいる。息を吐くというより、魔力を吹き付けることで、初めて音が出せる代物だ」
早速見本でも見せてくれるのか、アンバーは笛に口をつけて頬を膨らませる。
「……何も音はしないが」
アンバーは確かに演奏をしているのかもしれないが、少なくとも俺の耳には聞こえてこない。
だが何かが音に反応したのか、アンバーの近くの地面が揺れて盛り上がり、地中から一体の大きな蜘蛛が姿を現す。
「きゃあっ! 気持ち悪い!」
「気持ち悪いとか言うなよ、可愛いだろうが」
「それも虫か?」
「ああ。こいつは土蜘蛛。普段から地中で生活していて、獲物などの音を聞いて襲いかかる性質がある。とまあ、本来ならこの時点で無差別に襲いかかるものだが、こいつも俺が育てあげたものだから、一応言うことは聞くぞ」
特徴を聞いている限り、この土蜘蛛さえいれば、戦場においての下から襲撃が可能になる。つまり相手の予想外の場所からの攻撃が可能になるということ。
「ちなみにこの一体だけか?」
「いや、百体以上はこの地域で紛争が始まる前に仕込んである」
「どうしましょう、私今ぞくっときました」
確かに敵からしてみればたまったものではないだろう。体長も明らかに人間を餌にしても問題ない大きさ。これが地中から奇襲を仕掛けてくるとなったら、大抵の部隊は壊滅とまではいかないものの、死ぬまでに主要人物を仕留めるくらいはできるはずだ。
「それで? いつ全体的に起動させるんだ?」
「全体で起動? 無理無理、そんな範囲で届く魔力を吐いたら俺が死んじまう。……だが、そこであんたの出番って訳だ。バフ使い」
「俺のことを知っているのか?」
「知っている、というよりさっき見せて貰った」
「見せて貰った、だと? ……っ! まさか、あの偵察の方で――」
「魔導砲の装填手にかけていたのを虫の知らせでな。恐らくあんたの力があれば余裕で戦場全体に音を響き渡らせることができる」
そうなればこの戦場は一挙に阿鼻叫喚の地獄となるだろう。そして一時的か永続的かはさておき、この地域の紛争を終わらせることもできるだろう。
「……最後に一つ聞きたいのだが、虫は敵だけを認識するのだな?」
「奴らも馬鹿じゃねぇ。デカい分だけ脳みそも詰まってる」
「それならいいが」
「何だ? 味方の心配か?」
「いや、そうじゃない」
俺は俺が生き延びたいだけだ。




