第14話 私生児
窓から差し込むわずかな光に、自然と目が覚める。
「朝か…………夢だと思いたかったが、とうとうやってしまったな……」
目が覚めたら夢だったならと思っていたが、衣服を着ていないことによる肌寒さと隣で寝息を立てて丸まっているミラーの存在で、昨日の出来事が本当に起こったことだということを実感させられる。
「…………」
「すぅ……すぅ……みゃぁぅ……」
「……やはりにゃあと言っているな」
夜遅くに随分と激しい運動をしたせいか、ぐっすりと眠っている様子。そのおかげで特に動いていない俺の方も、なんともいえない気怠さが残っている。
そして昨日で完全に気が抜けてしまっているのか、隠さなければいけない筈の耳と尻尾が丸見えの状態だ。
「……いい加減起きろ」
「ふみゃっ!?」
尻尾を軽く掴まれたことでびっくりしたのか、ミラーは飛び起きて辺りを見回す。昨日の夜の時もそうだったが、尻尾が敏感なのだろうか。
「びっくりしました……まさかエーニアの人にバレたのかと」
「寝ている間消すのを忘れていただろ。俺が早起きで良かったな」
急いで耳と尻尾を消してみせたものの、ミラーには何か不満が残っている様子。
「昨日も言ったじゃないですか。尻尾は敏感だからやめてくださいって」
「そうだったか?」
「そうですよ」
しかしながらこんなことで臭いの対策になったりするのだろうか。甚だ疑問でならない。
しかも当の本人は「シャワーを浴びてきます」と言って出て行くくらいで、結局臭いもそれで解消されるのではと思ってしまう。
「……しかし初めての相手が獣人か」
俺自身そういう経験からは遠いという自覚があったし、戦争屋という職業柄、死んだとしても一人の方が後腐れもないという考えを持っていた。
それをこうもあっさりと体を重ねることになるとは……。
「……しかし今考えると大丈夫なのか?」
無責任にもヤッてしまったが、子供ができたらどうなるんだ? そもそも普通の人間と獣人の間にデキるものなのか?
「……あまり深く考えるのはやめよう」
もしデキてしまったのなら、責任をとるしかない。同じ戦争屋のミラーならある程度は融通も聞きそうな気もするが、やはやはりあの場でハッキリと断ることができなかった俺も悪い。
「……戻ってきたか」
「ふぅ……流石に臭いを混ぜるといっても、交尾した臭いまで漂わせるのは恥ずかしいですからね。あっ、でも流石はトリスタンさん。昨日あれだけ無責任に何回も出しちゃったというのに、シャワーを浴びている間も全く垂れてきせんでしたよ? 本当に妊娠させるつもりで奥の奥に出したんですね」
「今その無責任さについてまさに悩んでいたところだ」
そうやって目の前でわざとらしく腹をさするのをやめろ。余計に意識してしまうだろうが。
「トリスタンさんも、シャワー浴びてきたらどうです? あの中佐のことですから、下手な臭いを纏ったままだと言われちゃうかもしれませんよ」
言われなくても、と入れ替わるようにして部屋を去って行く。
「……時間になったら宿を出るぞ」
「分かっていますって」
……それにしても、あれだけゆらゆらと揺れる尻尾を無意識に触りたくなるのは俺だけなのだろうか。
◆◆◆
「トリスタン・セーヴァーおよびシャーロット・ミラー。揃いました」
黒の軍服に身を包み、俺とミラーは中佐のいる部屋を訪ねる。椅子に座ったまま机に肩肘を立てて出迎える中佐を前に、横並びとなって背筋を伸ばして指示を待つ。
「うむ、早いうちからご苦労。それに昨日と違ってきちんと身なりも整えてきたようだな。あの変な獣臭さも消えている」
中佐からは見えないように、後ろ手にミラーが突っついてくる。恐らくしてやったりとでも表現したいのだろうが、ここで下手を打てばどうなるのかが想像できないのか。
「早速だが、諸君には今絶賛紛争中の地域に出向いて貰いたい。ここだ」
机の上に広げられた地図。中佐が指を指したのは、地図上では平野が広がる何もない場所。
「そこは近くに街も何もありませんが……」
「ああ。奴らが狙っているのはここを突っ切る路線だ。地図上には乗っていないが、市民も使う外周路線が一つ通っている」
「どうしてこんな場所に線路を敷いたんですか?」
「先代の皇帝時代からあったものだ。私はその時からずっと防衛面について指摘し続けてきたのだが、案の定こうなってしまっている」
ギルドレッドが国父となってからは国境警備の配置もかなり変わっていったようだが、それを読んでいたかのように向こうも元々防御が薄かった場所を積極的に攻めてきているらしい。
「全く、上同士が舐め腐った真似をしているから、我々に尻拭いが回ってくる」
「しかしなぜ皇帝時代には攻められてこなかった?」
「それはまた後で説明するから、今はこの作戦に集中するように。戦争屋なら、戦争以外の余計なことに頭を回すな」
「……確かに、そうだな」
戦争屋の仕事は戦争をすること。それ以外に余計なことはいらない。
「――私生児。それが作戦暗号だ。漏らさないように気をつけたまえ」
「了解した」
現地で中佐が独自に私兵部隊を派遣しているらしく、その部隊と合流する際の合い言葉を確認し終えた俺は、早速ミラーを連れて現地へと向かうべく踵を返す。
「……ああそうそう、もう一つだけ頼みがある」
「なんです?」
「向こうでワームコールと呼ばれる奴が一人いる。そいつにバフをかけてどれだけの被害が出るかを知りたい」
「……分かった」
それは戦術的な問題ではなく、中佐個人の興味のように思えた。




