表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/388

『04』/25


 ――誰も、自分に『皇帝』に成れとは言わなかった。

 一部、期待して居た者は居ただろうが、それは自分の耳まで届く事は殆ど無かった。


 『推挙』があって得た訳ではなく、皇帝の気紛れで与えられた様な『四位』の権利。

 本当に『気紛れ』ばかりという訳でもないだろうが――

 上の三人程、各『権力』との繋がりが有るでない自分は、その位階を与えられた事そのものが不自然と言えた。


 しかし、重要なのは、得てしまったと言う事。

 『ベルゼフェル=レト=エスターミア』、または『フェルシオン=カノイ=ルオーラン』は――

 物心付くか付かぬかの頃に、『四位の皇継フェル・カハル』に成ってしまった。


 それでも、少なくとも自分の身近な人たちは、皇帝に成れとは言わなかった。

 『皇帝』を輩出する『名誉』も、その『外戚』たる『権力』も、まるで無関係に。

 父も母も、祖父も――ただ単に、愛してくれた。


 しかし、それらの存在は――自分という存在の盾に成る様にして死んでしまった。


 ――成るべき流れ、なのだろうか。

 成らずとも良いと言ってくれる人達は、次々に死に逝き。

 自由にしろと言ってくれる人達の自由が、奪われる。

 それが、自分が成るべきモノにならない故に起きている事なのだとしたら。

 ――自分にとって、それほど悲しい物は無い。


 ――自分が強くなる事。自分を強くする事。

 ――如何なるものにも成り得る様に。

 それが、シオがこの2年、自分に課して来た事だった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「だが――迷ったか」


 一通りの独白を聞き、師――ルク=ハドナーはそんな風に言った。


「――『迷う』、というと言葉が強いか。

 言い換えるならば――道行きを躊躇っている、かも知れんな」

「……分からなく、成って来たんです」


 『試練』と呼べる事へ向かう途中、自分のねぐらに戻り、一個人の自分として迷いを吐ける。

 それは、この上なく幸福な事なのかも知れない、と思う。


「良い子じゃな、御主は」


 師のその言葉に、そちらを見遣ると、ニコニコとした笑顔でこちらを見ていた。


「――普通、御主の様な運命に翻弄されれば、世の中を恨みたくなる。

 恨み言の一つとは言わずとも、愚痴の一つも言いたくなる。

 はっきりといえば、それが普通じゃよ――じゃが、御主は違った」


 自分の手土産の茶を呑みながら、相手は微笑む。


「如何なる運命の中でも、その場その場の『幸福』を見出し、それに全力で応えている。

 マリー嬢を見よ。あれが良くも悪くも、普通なのじゃ。

 自分の運命に対し、向き合いながらも悪態をつき、生きている――」


 悪態とは多少違うかもしれんが、と言いながら笑う。


「じゃが、御主はなぁ――理不尽に馴れすぎたのか何なのか、いとも容易く受け入れてしまう。

 『運命を選ばない』のではない。そういう事ではない。

 『雨で濡れるのは仕方ない』と思いながら、『雨の日もまた楽しい』といえてしまう。

 普通の人間は『傘を差す』所で、その傘を他人に差し出して、『濡れるのも楽しい』と良い得てしまう――」

「……そこまで、自己犠牲に満ちては居ませんよ、僕は」

「そうじゃな。御主はそもそもソレを、自己犠牲とすら思っていない」


 師の笑顔に、僅かに暗い影が差す。


「それが――御主にとっての当たり前なのだとして。

 わがままの一つは言っても良いじゃろうに。

 御主にとっての当たり前は、酷く歪んでしまっておるな」

「……それは、祖父や両親が、間違っていたと?」

「違う。愛し方の究極のところがそれであるとして。

 御主は、0か100かでしか成されないと勘違いしている、という事じゃよ」


 師は、悲しげに呟く。


「誰かの犠牲になる愛もあれば、誰かと共に生きようとする愛も有る。

 どちらかが正しいとか、どちらかが間違っている、ではない。

 そして――御主はどうやら、まだそれを受け入れられるほど、大人ではないのじゃろう」

「……理解は、出来ます」

「そこじゃよ。理解、では無いんじゃな、こればかりは」


 そんな風に言った師の顔は、打って変わって優しげだった。


「頭の良いモノが大人なのではない。子供である事が悪いのでもない。

 多様である事を受け入れるかどうかは、そこではないんじゃ」

「……その、師匠?」

「うん?」

「……『魔力をより多く汲み出すには』、の質問が、なんでこんな話に?」

「ふふ、同じ事じゃからな」


 そう師匠はいう。


「御主には、それを為すだけの下地はある。

 なのに出来ないのは、頭で術を理解していても、心が拒絶、

 ――とは言わぬまでも、恐れておるからじゃろう――

 自分で律しきれない時、自分以外に何が起きるのか、とかな」

「…………」

「そして、その恐れが、迷いが、『意識』を飛ばす」


 先日、自分に起こった事をそんな風に分析し、師は続ける。


「……シオよ。『不幸』に浸る事と、『不運』の理由を探して解決しようとする事は、別のものじゃ。

 無論、自分の身の『不幸』を確と見なければ、行きつけぬ答えもある。

 ――じゃが、御主は、それでも選んでよいのじゃ。

 例え、御主の父母や祖父が、お前の運命に殉じたのだとしても。

 それは、お前が道を選ぶ時に、『後押し』と成る為ではあっても、『縛る』為ではない」


 師匠は、そんな風に言葉を終えた。


「……世の中、もっと酷い親、祖父も、居ますからね」

「――そういう事でもないんじゃな。他者の不幸は他者の不幸よ。

 御主のそれは――『王の才』ではあるが――それ故に自分を不幸にしておるなあ……」


 その言葉の意味を、シオはまだ受け入れられなかった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ――数日後――


「『王』の才覚とは、なんだと思う?」


 『金葉宮』の一室で、男はポツリと呟いた。


「……平時は民を安んじ、戦時は兵を鼓舞し、神と逢っては人の代表となる。

 ――明確な答えを出す事は、難しい問いでは有りますな」

「そうだ。王とは、多面的な存在だ――

 しかし、それをやれる者というのは、実は非常に限られている」

「――あの娘なら、叶うと?」


 相対するのはシオとマリーの師。

 元・第二位宮廷魔術師『ルク=ハドナー』。


「――私とは異なる『術』――或いは『道』を見出せる、とは思っている」

「……陛下。言いたくは有りませんが――

 陛下は、陛下の先代と同じ過ちを繰り返そうとしておるのではないかと」

「ほう?」

「『才が有るからといって、それをやる事が最も幸福とは限らない』。

 それは、陛下御自身が一番良く分かっておいでの筈でしょう」


 老魔術師の言葉に、実年齢に比べて若く、壮年にしか見えない男は、薄く笑う。


「……私には、才など無い。

 非才凡庸故に、足掻き続けてきたに過ぎないよ」

「貴方で『非才凡庸』とはお笑い種にも成りませんが――

 ――その足掻き、あの娘にも求めるのですか?」

「――互いに、『買っている』のは同じだが――

 それをどう扱うかという部分で、徹底して話が合わぬな」


 苦笑の様な笑みを浮かべる相手に、押し黙る。

 ハドナーにも、その判断の根底は分かっている。

 分かってはいるが――『師』として、立ちはだからなくては成らぬ。


「……『民』より出でた者の一人として言いますが。

 あの様な者を『犠牲』にしてまで、繁栄を求めているわけではありませんぞ、『民』は」

「二割、いや、三割はそうだろう。だがな、ハドナー。

 残りの七割は、『誰』が『何』の『犠牲』と成っているのかになど、無関心だ。

 50年に渡り、あの椅子に座り続け、痛感したのだ」


 そう冷ややかに言う男。

 ああ、やはり、とハドナーは思う。

 能う限りの善政を敷いて来た筈のこの男――

 しかし、その根源に有るのは、深い『絶望』なのだ。


 『親兄弟』にも。『神の枝』にも。『民』にも。

 何らの期待も抱かない故にこの男は、冷徹で怜悧に、能う限り、利得だけを齎せたのだ。

 それまでの『権威』を縮小する様な判断を採ってでも。


「――しかし陛下。差し伸べた手に背を向けたのは――」

「私自身だとも――そんな事は、分かっているとも。

 だが、その差し伸べられた掌の裏に、様々なモノを見てしまった以上。

 ――軽々しく手を取る事が出来ようか」


 ――説得は無意味か。

 あの日。この男が、エスターミアの家に生まれたあの娘の中に、何を見出したのか。

 『三位セレ』を空位にしたまま、『四位』を内定するという、奇怪な行動を取った理由は――

 この男の腹の中にしかない――或いは、もっと別の思惑も働いたのかもしれないが。

 少なくとも、決断したのはこの男――『ゼテルフォニ=エルマルデイス』であるのに変わりは無い。


 今となれば。確かにあの娘に『王』足りうるモノを見出し得る。

 ――先々まで見据え、まるで分かっていたかの様に。


「――陛下。何時ぞやもお聞きしましたが。

 陛下には、未来が見得ておいでなのですか?」

「――再び答えようか――

 『あらゆる可能性を。あらゆる希望も絶望も据えて、俯瞰した可能性を』」


 その『答え』は同じだ。『未来は見えない』という。

 いや。この男は或いは、『未来』等という不確定なモノに頼っては居ないのだろう。


 エルフの如く遠大に。

 普遍人の如く狡猾に。

 ドワルフの如く豪胆に。

 魔詠人の如く繊細に。


 ただただ予測し、『可能性を高める術』の模索。

 それを以って、成し遂げてきた50年。


 ――だが、そこに。

 自分の本当に得たかったモノは、何一つ無い。

 かつて見た、ただただ未来を演算していた、あの『遺物』と何が違うだろう。


 何時からこうなったのか。

 それを考える事は、無意味なのだろう。


「……『四位』を外す事は無い――これは、『皇命』と心得よ」

「……然様であるならば――私は、職を辞しましょう

 その御意思に反する直言を行ったものが、何食わぬ顔でその庇護下に居ては障りも在りましょう」

「――お前に言っても、石頭のお前の事、勝手に辞表を出してしまうだろう。

 仕方あるまい――だが、即日では『学園』が回らぬだろう。春までは留任せよ」

「仰せのままに」


 やはり、無理であったよ、すまんな、シオ嬢。

 そんな風に心で詫びながら、席を立つ。


「――戯れに問いたいのだが、ハドナー」

「――は」

「『ほんとうのさいわい』という奴は、何なのだと思う?」

「……エルフの口承の中の、旧き一節ですな。

 以前にもお答えしましたが――私には、答えかねますな。

 私は、魔の道を究め求める事の中にしか、見出す価値観を持てませんでした故」


 そう答えるハドナーに、男は薄く笑う。


「――そうか。ならば、人生の黄昏時に、やっとお前の知識に勝る事を、得たのか」


 そう答える笑顔を見つめる。

 ――何時ものとおりだ。

 感情と呼べるほどの、揺れが無い。

 そんな佇まいで、喜びを口にする。

 ――何時か思った事だ。

 まるで――空虚がそこに居るかのようだ、と。

 まるで――演算結果の書かれた、答案用紙が、一枚転がっているだけの様だと。


「……見出しえた、のですか」

「――そうだな。得たのだと思う。

 だが、それは、お前にとっては、些細な事だ」


 そう答える、かつては友と呼びえた相手に、ゆらりと背を向ける。


「――ハドナーよ。

 守るばかりが愛ではないぞ――

 もっとも、そんな事は、お前たちには、先刻承知なのだろうが」


 そんな言葉を背に。

 ルク=ハドナーは、友に別れを告げた。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「……さて。私に聞きたい事は、今の会話であらかた分かったのではないか?」


 一室の一角、本棚の方にそう声を掛ける。


「――陛下にとっての王の資質とは、何でしょうか?」

「――ハドナーの答えと同様の事だ。

 だが――敢えて言えば、この国における資質とは、『無』である事やもしれん」

「――それは――」

「『無力』『無才』『無我』。エルフ共の繰り人形であるのだから、その程度でよい。

 そうは思わぬか? 外よりこの世界を見続けてきた娘よ」


 そう、静かな声音で言われ、本棚の向こうから、息を飲む気配がする。


「まあ、私にはそこはどうでもよい。

 ――頼みが有って呼んだのだ」


 その声音は、既に一個人のそれではなく。

 皇帝として、命ずる時のものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ