『04』/24
オルランドゥと呼ばれる男がいる。
フルネームを、『オルランドゥ=ムーナス』。
『王家の懐刀』の前・長官であり。
そこを退官して以降も、皇帝の信頼が最も厚い人物の一人とされる。
単騎での武勇にも優れ、それでいて治世の知にも通じている。
そればかりか、茶を淹れ、花を活け、客をもてなす術までも心得ている。
『万能にして万全』のオルランドゥ等と渾名される男。
その半生は、殆ど謎に包まれている。
・ ・ ・ ・ ・ ・
その男の、本気の一撃が、暗がりの中から伸びてくる。
「――っ!!」
その一撃をかわしつつ、更に距離を取る。だが、その足元に、相手の一撃が伸びる。
払われ、崩れた体勢を腕で立て直しながら、相手に肉薄すると、相手の拳が迫っている。
「――ふむ。ニ夜目でこの位か。やはり――」
「……いや、その――本気で殺しに来てませんか、オルランドゥさん……」
拳が近過ぎて、それ以外が見えないんですが。
「もちろん、そうだ」
「……どう反応すりゃ良いんです、その言葉」
「出来るだけ早くと言ったのは、君だろう。
無論、何らの目算も無くやっている訳ではないが」
そう言って、拳を引く相手――その姿は、再び闇へと溶けていく。
「『型』というのは、戦いや修練、試行錯誤の中から、単純化、最適化されてきたモノだ。
それを学ぶ事には意味はある。だが、世の中には、君の様にそれが意味を成さないモノもいる。
君に必要なのは――」
再び伸びて来る攻撃に――今度は発火する葉っぱを『置いて』かわす――が。
「って、いない!?」
「そう、殺気が来るからといって、相手も来ているとは限らない」
その言葉と共に、背後から手刀が首筋に。
「――もう、なんというか……あんたが一人、その場に居れば良いんじゃないのかな?」
「――さて。それはどうだろうな――」
言っている言葉の裏が取り辛い。
ちらと見たステータスは、大概が空白だ。
ロックが掛かっているのか、それとも――考えながら、膝の力を『抜く』。
「――ほう。力を入れるのではなく、抜く事で避けるか」
「――回避とか、そういう物じゃないんだけどね」
この所作、あくまで『神楽舞』何かからの流用だし――さりとて、『鬼切り』の技みたいなのじゃないし。
「そう。そうやって、様々な試行錯誤の果てに、『型』は生まれてきたのだ。
『型』だけではない。この世の種々様々な物事は、そうやって紡がれてきた。
一見、無関係に思える物事の中からすら、見出す者は見出し、血肉とする。
この世にあって、無関係な物事等有りはしないのだ」
「――ええと」
唐突に哲学的な話に成ってきた?
「或いは君が、この世に於ける魔術の広範な所のものと異なる術を使う事も、意味がある」
……挙句に、俺の使ってる術が普通のと違うと気付かれてますか。まいったね、こりゃ。
「――そんなに目立つ所で使った覚えは無いんですけどね」
「何。何かを志す者というのは、否応無しにその道の事が目に付くのだ」
いや、あの、優しい目をしながら本気で貫手してくんの止めてもらえます?
「足りない物を自覚している者に別の者が、敢えてそれを言葉にして繰り返すのは無意味だと思わないか?
君は、それを自覚している――だからこそ、何のかんの言いながら、付き合ったのだろう?」
「いや、経験値が足りないのは自覚してますけど――」
「ふ――別の言葉に置き換えて言わずとも良いだろう。
安心しろ。『場数』と言う点ではこの上なく積ませてやる――
まあさておき。今宵はこれまでとしようか」
そう言って、相手は拳を引く――だからさあ……動きがぬるっとし過ぎなのよ、あんた……
「ニーナ嬢といい君といい、鍛え甲斐のある若者とやりあうのは、実に楽しいな」
……体力云々のレベルじゃなく、なんでこんな元気なのこのおっさん……
・ ・ ・ ・ ・ ・
合流しての数日で、フラタカンフェルの領地まで早馬ですっ飛んできた俺たちは、現在――
「凄い!! ダンジョン内って意外と食材の宝庫なんですね!!」
「まあ、毒が在るのも沢山居るがな」
――その領地の中の、とあるダンジョンに潜っている。
まあ、潜るといっても、ダンジョン探索じゃなく、修行の場に使いやすいから、って事なんだが……
「――あのだな、ニーナさん」
「ふぁい?」
「食える獣魔いっぱい居るつっても、食い過ぎじゃないすか?」
「君はもっと食った方が良いな」
「あんたもなんでそんなカッ喰らってるんだよ!!」
「久々に密度の濃い戦いをしているのでな。腹も減るさ」
こ、こんなキャラだったのか、この執事……
いや、俺とニーナが殴って捕まえてきて、この人が料理してるんだけどさ……
「そもそも、ダンジョンに潜っていると、何故か食事の事に話が及ばんか?」
……まあ、動いてるし、及ぶは及ぶけど……
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一年程前の、年末――
「――鯨汁が食いたい……」
――そんな事を唐突にアビーが言い出した。
「――なんで、クジラ?」
「煤払いの後に、クジラ汁なんだよ……」
「……お前、江戸と関係ないだろとか、ツッコミどころしかないが……
――そもそもこの世界、クジラ居るのか?」
「『百脚陸鯨』とか、フォルム上は鯨の御仲間ではあるけど」
「文献で冗談って言われてる奴じゃねえか」
年末に、古城跡っぽいダンジョンに潜っていたときの事だった。
「というかなんでお前、わざわざ歳の末の末に、大陸側に出張して来てんだ? 俺まで連れて――」
「あー、うん、ほら――勢いに任せて弟子取ったのは良かったんだけど、この間の例のアレで」
「……ああ、あれ、『捕獲』依頼だったんだっけ」
『ザキ!!』『パァーン!!』『ブシャー!!』(意訳)
うん。ユートとか名乗っていた神官のアレで、非常に派手に破裂してましたね。
『混合獣』相手に北斗神拳かよ、と。
「んで、当人はコントロールの練習を一万回させて置いて来たんだけども――
依頼自体をどうにかしなきゃいけなくてさぁ……」
「依頼元に大きく出過ぎだからだよ、なんで期間短くしたし……」
「いや、当てはあったからなあ……」
「その当てが弾けて消えた――で、俺を連れて遂行しようと?」
こいつって、ほんと……何百歳だ!! とか言ってる割に、場当たり過ぎませんかね?
「指定は『混合獣』だから、このダンジョンなら数は居ると思うしね。
あんたが動き止めたら、それ以降は何とかするから、頼むわ」
「おう――でなくて、なんでお前、そういう江戸の文化とかまで知ってるんだよって話しなんだが?」
「マンガとか小説とか――人間の思念、思想、思考の結晶には、色々な縁が出来るからね。
――追っかける対象を追う算段の為に、色々辿って見たりもした訳よ。私なりに。
もっとも、あんまり芳しくなかったけど。知識だけどんどん増えてさ」
……どんなアビー・ウィルなんだか、と思うが、まずそこはいいや。
「――そういや、あんた前世、『神社の子』とか言ってたわよね?
どんなだったの? やっぱ賽銭でガッポガッポヤデー的な?」
やめなされ、そういう言い様は。
「訳無いだろ。普通の神社はああいうのはちゃんと修繕費とかに積み立てるだろうし。
――そもそも、俺んち、そんなに栄えた『神社』じゃない」
「人居るのに?」
「『管理人』が居ればデカイとは限らんだろ。
ウチの神社は、どっちかというと――
『代々継ぐ人が居て、それを周囲が支えてきた』って感じの、裏寂れた神社だったよ。
『社』とかはそこそこの大きさと造りだったけど、それにしたって普通の『街の神社さん』程度」
「へー、どんなんしてたの?」
いや、あのさ、ダンジョン内なんだけど。警戒せえよ。
それに、そんな興味深々で語る内容でもないし。
「普通だよ。煤払い、旧年・新年の歳神の送り迎え、主祭神への礼拝とか」
「めっちゃ普通の昭和ニッポンだね」
「おう、ディスってんのか」
「違うわよ、いいわね、って話。『万象に神宿り、それを敬う』って、中々素敵な考えだと思うもん」
「そう聞こえねえんだよなぁ……」
そんな風に話をしているうちに、ふと気が付く。
「ああ、そういや、うちの神社だけかも知れんけど。
御神木に『束』とかいう奴を吊るしてたな」
「――ほう?」
「縁起の良い樹とか神聖な樹なんかの枝を束ねて、張り直した注連縄に掛けるんだよ。
んでそれを、檀家、でも無いけど、各家々に回したりする訳。
姉ちゃんはソミンショーライぽいなー、とか言ってたけど」
「『過ぎ越しの祭り』っぽくもあるし、『樹』の方が重要なんだとすれば、無駄にケルトっぽくもあるわね。
興味深い――あんたんちの神社、行ってみたかったわー」
――ルルルル……
「……あ、おいでなすったかな?」
「……さっさと帰って、ソバ手繰りたいんだから、手早く済まそうぜ」
「――ソバ、だとぉう!?」
「声でかい!!」
グルルルルル
「ほらばれたじゃねえか!?」
「ワー、イッパイイルナー」
「ふっざけんな、このアホ!!」
「ま、まあまあ……それより、後でソバの話詳しく」
……そんな、年末でしたとさ。
――因みに、ソバは先代の『十代・韓志和』が開発したもの。
向こうのとは少し違う。それが、材料のせいなのか、製法のせいなのかは、不明。
その年のソバは、複数人で美味しく頂きました(アパムとかまで来るんだもんよ……)
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……微妙な事思い出しちゃった……『マタタビ爆弾』で無力化したけど、数が凄かったもんな……
「懐かしい。陛下と一緒に、こんな風に何日か篭った事もあったな」
「――『陛下』って、まさか『皇帝』?」
「そうだ」
……どんななんだよ、皇帝は皇帝で……
「――足りない。御夜食分獲って来ます」
――まじかよ、このねえちゃんは……まあ、いいや。
「――聞いて良いもんなのか分からないですけど、聞いても?」
「――なんだ?」
「あんたと、『皇帝』の昔話」
俺のその言葉に、相手は少し考え込んだ。
「――50年来の付き合いだ」
「……あんた、幾つよ?」
「今年で65だが?」
……なんつう65だよ、あんた……
「当時の陛下は、皇継争いに直接の関係は無かった。
『フィヴ』、即ち『五位』ではあったが、余程の事が無い限り、関わりは無いだろうと思われていた。
年は若く、君や今の『四位』程大人びても居なかった――多趣味多才ではあったが」
「――へえ」
「事情なんてのは、調べれば分かるだろうから端折るが。
私が陛下に忠誠を誓ってきた理由は、ただ一つ。
私の如き『無力な者』を、陛下が全力でお守り下さったからだ――」
……この人、もしかして……
「……魔力的な物が、何も無いのか、あんた」
俺の言葉に、相手は笑いながら頷く。
「全く無い訳ではないがな。それはそれで蔑視の対象だったのさ、当時は」
50年前――エルフ連中がまだ隠然たる権力の有った頃か。
――成る程。この人は――無い分で受けた全てを、他を手にする事で覆したのか。
「――万能に成る事で、相手に報いようとした結果かよ、あんたの今は」
「そんな所だ――で、君は何故に力を求める?」
オルランドゥは、そんな風にこちらに言葉を掛ける。
「そもそも、そんなに求めてないですけど」
「ふむ。言い方が良くなかったか。
『何故、わざわざ、闘争の場に出て来る?』」
そんな風に返され、俺は言葉に詰まった。
「闘争を好むという風にも見えんが――
だとするならば、何故戦いの深みへと足を進めているのだ? 相応の理由が在る様にしか思えないが」
「――『力』が要るのか、『手段』が要るのか、微妙な所ではあるんですけどね」
「…………」
「守りたい奴がいて、そいつを守れる程度で良いんですけど」
「……その為には、天にも唾する程の力が要るかも知れんぞ?」
「知ってますよ――知りたくも無かったけど」
どう考えても、この世界――シオへの殺意が高過ぎるもんな……俺へ程じゃないが。
そんな風に考えていると、相手は肩を叩いた。
「――心配するな。お前なら、成れるとも――その人にとっての『勇者』に」
「……はあ」
「獲って来ましたよー」
んな『称号』要らないんですけどね……
そうして、1395年の年末は更けて行く……




