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『04』/23


「攻守様々硬軟織り交ぜて――だが、これ以上は、現時点ではやり用がない」


 あまり明るくない空間に、男の声が響く。


「やはり、持って回った手ではなく、私の軍で一揉みにすれば良かったのではないか?」

「それでは貴方の立場が悪くなるでしょう、シャロール殿――

 各地の将官が同調しているといっても、あの男が油断なら無いというのは貴方自身が言った事でしょう」


 明るくない空間の中、鈍く照り返す鎧に向けて、その声は返す。


「ああ、言ったな。だが、それは才知という点でだ。

 圧倒的な『武力』の前に、それは意味を成さない場合もある」


 鎧から、くすくすと笑う声が漏れる。


「それとも我が『黒妖狗モーザ・ドゥーグ』を侮っているのか?

 ローアン如き港町、一呑みにしてから『二位デュラ』様に書簡を送ればよい。

 書面は――そうだな――『二位』から『四位フェル』への鞍替え疑い、とでもするか。

 『二位』様御自身の不興は買うかも知れんが、各地の将官への弁明には十分だろう」

「――四軍の精鋭の実力を疑う訳では在りませんが、奥地の蛮族・賊徒を相手取るのとは話が違いますよ――

 それに、貴方も相手も『軍将』だ。下手に内乱を起こすべきではないでしょう」

「――そこが分からん。オーレ殿。

 貴殿は『二位』陣営を割る為に、『一位エノ』の命でここに『混乱』を持って来たのではないのか?」


 そう問われた声の主、オーレ=カイル=オアークウッドは、感情も無くこう答える。


「実際の指示は兎も角も、重要なのは、程度の問題ですよ。

 『四軍将・シャロール=アウガスタ=ナイグトハーロ』殿。

 それに、『一位』様の御指示は別として、私はオアークウッドの後始末を付けに来ています。

 ――『廷臣派』としてではなく、『家』の後始末にです」

「ふむ。判で押した様な答えだな」

「……逆にお聞きしたいのですが。何が不満で『混乱』を求められるのです?

 ロアザーリオ旗下の『四軍団』に、位階の隔ては無いと聞いておりますが」

「無いとも。『無い事こそ』が問題だと思わぬか?」


 普通に捉えれば、それこそ『反意』と取られかねない言葉だが――オーレは続ける。


「なるほど――必要なのは、『実績』ですか」

「――位階の上での横並びは兎も角。

 数多の蛮徒供を誅し、獣魔を倒し、領地を広げてきた我が『四軍』と、他が『同じ』等――」

「……なるほど。『一軍・二軍』には、それを理解出来ない者も多いですか」

「連中、何百年も以前の段階で、『第五軍』を吸収した分だけの勢力はあるのだ――

 無論こちらも、その中核を引き受けはしたが、『数』の上では、な」


 シャロールと呼ばれる男は、そう続ける。


「確かに、そこに仕える『家』の数、治める『郡』の数は及びも無い。

 だが、それが使い物にならないと踏んだから、『一位』殿はこちらに水を向けたのでは無いのか?

 貴殿の家との係累もあるだろうが――」


 言われながらも、オーレは答えない。

 実際の所、その辺りについて、具体的な指示が有った訳ではないのだ。


 『勢力が動くと、他の勢力も動こうとする』とだけ、ハクタクに言われていた。

 だから――在庫処分にも近い形で、無理な筋であった、『ローアン候暗殺』をやってみたのだ。

 ――実際に取る為というより、その動きで、他勢力を動かす為に。


「――私はな、オーレ殿――

 『より有能な者によって統治されるのであれば、『一位』でも『二位』でも構わない』のだ。

 ――武門に生まれ、それを営々と営んできた者達が、蔑ろに成る事が無ければな」


 ――あの男に、野心はない。

 しかし、望みがある。それも、渇望ともいえる渇きが。

 その望みの行き着く先を考えるに、自分が不本意で成らないだろう。

 だからこそ、様々な裏組織とも繋がりを持っている――


 ――ハクタクの言っていた事は、凡そ当たっている。

 野心家ではない――だが、野心よりもっと性質の悪いモノだ。

 ――正義。

 この男は、正しい義を通す為に、万物を供物に、この『ロアザーリオ』を生まれ変わらす事を考えている様だ。

 ――いや、この口振りならば、『ロアザーリオ』ばかりではなく――


「――貴方の忠誠は、誰に向いているのです?」

「知れた事。『皇帝陛下』御一人だ」


 そう断言するシャロールに、迷いは無い。淀みも無い。

 ――それ故に、まだ御し易い、か。

 オーレは、腹の底でクツクツと笑った。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「ゴルドワーンはあっさりとマーレル・オルゴー教会に入りました。

 抵抗が在るかと踏んでいたのですが、軍勢が動いた形跡も在りません。

 尚、あの場に居た人物、『バルク=ハメルク』も同行しましたが、特に分けはしませんでした。

 監視は現在――」

「内部監視は要らん。引き上げさせろ。

 代わりに、手隙の者には、ウィル殿の授業を受けさせろ。

 『あくまで簡易で法理式には及ばない』との話だが、彼女の使える『回復術式』、各兵に持たせたい。

 可能で希望があれば、住民たちへもだな――」


 カトルの報告を聞きながら、ミヒャエルはそう返し、書類に目を通し続ける。


「それと――ヘクトルに関しては、『四軍』の領地へでも追放しろ」

「――よろしいので?」

「手の内が分からない程度で、相手に違いが出る訳ではない。

 知る限りのヘクトルの手の内ならば、『四軍』主兵との反りは合わない筈だ。

 『遊撃部隊』として動いてくれる方が、まだ楽だ――むしろ、『繋がりを知っている』と疑わせたい」


 一つ区切り、目を上げる。


「――それでも、ナイグトハーロの動きに変わりはあるまい。

 その気なら、年明けにでも『黒妖狗』が来るぞ」

「……その様に、軽々な手に出ますか?」

「『選帝』を控えている年明けに、当人達が現帝に拝謁しない訳が無い。

 となると、『二位』様も向かう。然程長くは滞在しないだろうが――

 その間に何らかの理由をつけて、『ゴルドワーンの領地』まで侵入してくる可能性はある。

 そうなると厄介な事に、『縁戚の土地』だ――守る為の派兵はする必要がある」

「――最早、時が無いですね」

「無いな。だが、アビー・ウィルを始め、味方も多い」


 最後の書類に署名を入れ、横に置くと、ミヒャエルはカトルに向き直る。


「――カトル。いや、カトリーナ」

「……その名で呼ぶ事は有りません、殿。

 最早、ナイグトハーロ家・旗下、ベルゾネル家は滅び去っています」

「――うむ。恨んでいるか? シャロール殿を」


 一瞬、ぴく、と反応するも、息を吐いて首を振る。


「……恨みという程の事は。

 御父君をも倒さねば成らなかった程の理由が、あの方に在ったのならば――

 それに、父とあの方とのそれは、真っ向からの衝突。

 そこで果てるもまた戦場の武人の習い。それを恨むとは申せません」

「――そうか。カトル。事が起こったならば、一軍を率い――」


 ここへ向かえ、と指示した先を見て、カトルは目を見張る。


「……殿、それは――?」

「可能性は全て潰しておかねば成らん」

「――私には、ミヒャエル様のお傍で戦う事すら許されませんか?」

「馬鹿を言え。逆だ。全幅の信頼を以って任せる事の出来る相手、お前を除いて居ない。

 ――恐らくは動く。動かざるを得ない。しかし、合流されての『大戦おおいくさ』では困る――

 ――自分から『二正面』をするなど、本来はゾッとしないがな」


 そう笑いながら、ミヒャエルは続け――


「まだ、大規模な戦争にする訳にはいかないのだ――今はまだ。

 ――せめて、彼らの用が済まないうちは――」


 年末の忙しない空気の中、旅立って行った友人達を思う。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――ヴァウステンの岬を抜けましたな」

「ああ。もう、バーフェルブール領だ」


 ……月日は百代の過客とかいうがよ。

 なんで、また移動してんだ、俺ら。


「策が忙しなさ過ぎるんだよ、呉用さんよ!!」

「お、おお、分かってますよ、落ち着きなさい、後髭をつかまない」

「ちょっとロアザーリオに来たと思ったら、なんで今度はバーフェルブール!?」

「うむ。予定の上ではもう少し余裕があると思うのだが。何故だ、呉用殿」


 ベルまで居るし。


「後、ジンも落ち着け。シオと離されてイライラするのも分かるが」

「――というか、こっちは陸路で、あっちは船でって、なんでだ?」

「理由は幾つか有るが――む、居たかな?」


 馬車の速度が落ちてきたのを感じ、窓から顔を出す――


「……どういうこと?」

「む――中々早い到着だな」


 なんでオルランドゥが?


「単刀直入に言おう――諸事情色々あるのだがな。ジン。貴殿を少し鍛えねば成らん」

「……言ってる意味が分からんのですが」

「皇帝陛下と『皇継』達が顔を揃える宴席に、『刺客』が紛れ込む恐れが有ります」


 ――呉用先生、勘弁して下さい、それの当て馬に俺を――


「色々考えたのですがね――

 この大陸に一番分かり易い形で混乱をもたらすに、差し当っての危惧が其処なのです。

 別段『取れ』なくても、『帝都の最中枢が強襲された』となれば、混乱は浅く無い事と成ります。

 そうなると――『衆目』が全く異なる方を向きかねない」


 ……その間に『主犯』は営々と暗躍を、ってのは分かりますけどね……


「……人員なんていっぱい居るでしょうに」

「居るは居るのだが、問題は――」

「『金葉宮』で晩餐を、という話に成ると、限られた人員しか動けない。

 『懐刀』も、賛同する者が多いといっても、オルランドゥ殿の完全な旗下では無い」

「残念ながら、あくまでも、『元・局長』なのでな」


 そんな風な事をベルが呟き、当人が受け継ぐ。

 だから、俺? 『懐刀ダガー』の技を覚えろって?


「……付け焼刃にしかならんでしょ……」

「何。ナーグにさえも一週間で基本所作は覚え込ませた。貴殿ならば、もっと早い筈だ」


 ……勘弁してくれ……


「さあさ、手荷物はこれだけ――少ないな、また。ベル嬢」

「私に言ってどうする。給金はちゃんとやっているぞ? それと、イゾウもそんな程度の旅荷物だしな」


 俺の心の呟きを他所に、オルランドゥの馬車に積み替えられる俺だった――


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「お、居た居た――シ――」


 甲板の一角に立っていた相手に、声を掛けようとして、イゾウは固まった。


 ――っ――っっっ


 『音』とも言えない、淡い震えを響かせながら、周囲を魔力が循環している、その光景。

 剣の修行なんかでも、呼吸法をやる場合もあるし、アビーが同様の訓練をやっているのを見た事もある。

 だが――シオのそれは、発している量、濃度、ともに凄まじかった。

 それでいて――周囲には、なんの影響も出ていない。

 それは、魔素の制御が完全に上手く行っているからこその状態だ、と聞いた覚えがある。


「……護衛とか、要らなかったんじゃねえかな、こりゃ」


 思わず、苦笑いするイゾウ。


「――要りますよ」


 だが、その考えは、後ろからの声で否定された。


「おう、ええと、リエット、だったか」

「……ずっとああしてるんです。港が見えなくなってから」


 その言葉の異常事態に、イゾウは思わず言葉をなくした。


「……何時間も経ったぞ?」

「何時間も経ってるのに、です……アンバランス過ぎるんですよ、シオさん」


 そこで、久しぶりに思い知らされる。

 ジンは兎も角、こいつはまだ12そこそこの小娘だと言う事を。


「……皆さんは、大人です。

 経験や知識から、必要な決断をしているというのは、分かっています。

 でも、シオさんが期待に応えて黙っているのと、黙って居たいのは別です。

 ……ううん、何言ってるんだろ、私……」

「いや――分かる。分かった。俺は出来るだけ、守るさ」


 追い詰められた子供なんて、俺だって見たかねえわ、と一人ごちるイゾウ。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 様々な人間の様々な思惑を乗せ。

 舞台は、大陸の中枢地へ。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ――一方。


「――――」

「――どうしました、隊長?」

「ん? ――いや――」


 『四軍』の領地へと走る馬車の中で、ヘクトルは考えに耽っている。

 ――考え、と言うには、余りに茫洋とした懸念だが――


「――しかし、何考えてんでしょうねぇ……」

「あ? 何がだ?」

「ローアンの坊ちゃんですよ――『装備は別で後から送る』何て、何考えてんだか……」

「――そうだな――」


 相槌を打ったが、その意図する所は分かっている。

 舐めているとか、そう言った所では無い。

 敵に塩を送る? もっと違う。

 ――冗談交じりの当て付けと、後は置き場に困るから、だろう。

 極端に意味の有る事では無いのだ――恐らく。


「相変わらず、よく分からん御仁ですねぇ――そのまま『四軍』に付いたりとか――」

「……『四』には付かん――少なくとも、直ぐに直ぐはな。声が掛かれば別だが」

「――はい?」

「『四軍』に付いた所で、金払いは高が知れている。

 向こうに着いて装備を受け取ったら、しばし『休暇』だ――」

「え? ですが――」

「後、少し『黙れ』」


 面白くも無さそうに付け足した言葉に、相手は一瞬にして押し黙る。


「――そうそう。言う事を聞いてくれる部下は、好ましいぜ」


 無感情に呟き、再び考えに戻る――考え、と言うよりも――


「――まあ、まだ成る様にしか成らんか――」


 一転、目を閉じる――

 その瞼に、とある少年の眼差しが、浮かんで消える――

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