『04』/17
「ミヒャエル=ギルムード=ローアニクスという人物について、どの程度ご存知で?」
呉用が問うと、ベルは少し沈黙して、こう返した。
「癖の強い人物だが、ロアザーリオ軍閥の中では、かなり切れる方だ。
廷臣貴族の中に混じっても負けぬ程度に弁も立ち、それでいて軍事にも強い。
だが、文化等にも理解を示し、率先して殖産を行う姿勢から、『軍閥』内からは柔弱との誹りもある。
端的に言って、ロアザーリオの所謂『軍閥派』の中では、異端の麒麟児だな」
「流石にご存知か」
「『厄介そうな相手とは、先ずは話をしておく』。
亡きエスターミア前当主、ラハルド=エスターミアの言葉だ。『敵として迎え撃つは悪手』ともな。
何処にどの様な人物が居るのか位は把握している――名が知れている所は、だが」
「――良き師ですな。私もお話しする機会があれば良かったが」
素直に感服している呉用に対し、ベルは頬を掻いている。
「しかし、貴殿はロアザーリオに――ああ、まあ、居留地と離れているか」
「噂は聞いていましたが、代替わりまでは補佐に徹して居られた様ですし。
人となり、となると分かりかねます――『手腕』を見るだけでも、仁の方ではあるようですが」
「……人となり、な」
微妙な歯切れの悪さを感じ取り、眉を顰める。
「……どうされた?」
「――いや、そのだな。言っただろう? 癖の強い人物だと」
「……個人的にも御存知か」
「御存知どころか、求婚された事がある」
呉用の目が思わず点になる。
「それは――なんと言うか。おめでとうございます、なのですかな?」
「うむ、その、な。10年前だ」
「…………」
その時、呉用の脳内では、ぐるぐるぐるぐると、色んな計算式が回転した。
「……いや、いやいやいや、まさかまさか。代行殿も中々に面白い事を。
『智天』の言い様を借りるなら、『こやつめハハハ』で――」
「あー、うん。疑いなく間違いなく、『7歳』の私に『17歳』のアレが求婚した」
「――――」バターン!!
「お、おい、呉用殿!?」
・ ・ ・ ・ ・ ・
『ローアン』の太守の館は、丘の上に立っていた。
市街の雰囲気は、原型であろう『ロアーヌ』によく似ている。
場が似ていたから同じ様に成ったのか、『名』があったから似たように成ったのか。
そんな答えの出ない事を考えながら、前を先導する人物を見る。
金髪で長髪なのは変わらない。
だが、それを一本に束ねて、帽子を被っている。
服装も、『なんでお前ら気が付かねえの?』という鎧姿ではなく、まあ『詩人』風。
「――まあ、顔がな」
「うん? 顔がどうした?」
「いや、その、ミハイど――ミハイは、自覚をもう少し持った方が」
うん、リーアムさんの言う通りだよ。単なる『詩人』の顔立ちじゃないもん……
『原型』に比べて柔和そうではあるけど、十分に『良くも悪くも目立つ美形』の部類だもん……
「――皆。気をつけて。この方はこの顔立ちで『少女愛者』だから」
「え? どういうこと、シオ?」
「7歳のベル姉さんに求婚したという話を聞いた」
――ええ……?
「未だにそれを言われるのか……
まあ、後悔は無い。可憐な花を愛でたいと思うのは変わらんしな」
ああ、真性だわ、こいつ。
ロリー・ミハイと呼ぼう。
「――ふーん」
「……どした? アビー」
「うん。いや。ひねた魂だな、と思ってね」
――もう少し詳しく言えよ、そんな慈愛に満ちた目で見てなくて良いから。
「兎に角、お疲れだろう。部屋を用意しているので、旅塵を落として寛ぐと良い。
――『仕事』の話はその後で良いかな? ウィル殿」
「御依頼主の意向通りに」
おお!? すげえ、アビーなのにまともに受け答えした!!
――いや、ごめん、そんな目で見なくて良いから。ちょっと驚いただけだよ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「中々愉快そうな面々だな」
ミヒャエルがそう呟くのを聞き、リーアムは溜息を吐く。
「――愉快、ですか。私はハラハラしてますが」
「何故だ?」
「あちらは勿論、貴方も貴方で混乱をもたらす人だからですよ、ミヒャエル殿」
「私もか?」
「貴方が何の相談も無しで『東方』に連絡をつけたもんだから、こっちに探りが入ってるんですよ。
ローアン向けの物流で、変わった物はないか、とか――」
「『二位』殿は知っている、それで構わんだろうに」
何を考えているのか伺い難い笑みで答える相手。
「――ギルドは兎も角、私個人は、彼らに味方すると決めているんですがね」
「それを私に言っていいのか?」
「一方で、貴方の事も個人的には応援したい。
ギルドの役員として、貴方の様な理解のある方は得難い支援者だ。だから――」
「――心配するな、リーアム殿。そうややこしい話ではないのだ――
結果がどうなるかまでは、保証しかねるが」
意図の読めない笑みを浮かべたまま、相手は去って行った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「言い方は悪かったと思うが、何も倒れなくてもいいだろうに」
「いやはや、心臓に悪いですよ……」
「別経路で娘を状況観察に入れたりするからだ」
「反対したんですが、ねぇ……言っても聞かないの分かっても居るんですが……」
娘が可愛いのも分かるが大概にしなさい、と嫁に怒られた呉用だった。
「しかし、うむむ……やはりというか、私は、上の方々の『嗜好』までは知らん事が多過ぎるな。
代行殿はごぞ――失敬、とんでもない事を聞きそうになった」
「――むしろ、しれっと真正面から聞け、おっさんに赤面されると逆に困るだろうが」
照れもしない相手に、頼もしいと同時に、ちょっとしょんぼりするオッサン軍師。
「まあ、そうは言っても、そういうスキャンダルになる事は殆ど表沙汰に成らんからな。
噂話が漏れ聞こえる程度だし――逆を言えば、噂の端に上る程度に、注目はされている、と言う事は――」
「――まあ、良くも悪くも、有る事無い事、ですか――ミヒャエル殿当人は?」
「逆に『それ位変な所が有ってもおかしくない』と思わせる人物では有るからな」
そう言いながら、ベルは腕組みをする。
「さっきも言ったが、武腕も知略も弁も立つ。顔も悪くない、整っていて美形の部類だ。
しかも、そういう嗜好がある、といっても、『閨を共にした』とかいう話は全くと言って良い程無い。
――『実は男色で、それを隠す為に声高に触れ回っているのでは?』という噂が在る位だ」
「……いや、それはそれで、隠し方としてはどうなんでしょうな」
「どっちみち、奥様方の噂話以上の話ではないぞ――それに――」
一つ区切ると、ベルは妙に神妙な顔で呟いた。
「――あの方の『アレ』には、それなりの理由があって、ああなった部分もあるしな」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――空白が空いてるのよね、あの人物の『魂』」
「空白?」
アビーの言葉に、シオが返す。
「故意に消した様な感じで、表面の表記が消えてる場所がボツボツとあるのよ――掠れた様に」
「……自分で消せるもんなのか、そういうの?」
「よっぽど強烈な意志が無いと、魂が変容する程には成らないのが普通なんだけどね」
「――要するに、曲者、ってことですか」ムグムグ
もぐもぐ、じゃなくてだな、ニーナこの野郎www!!
「まあ――少なくとも、敵に回る理由が無いとは思うんだけど、用心はしようじゃない」
「ああ――」
そんな風に言っていると、侍女の人がお風呂に入れると言ってきた。
「……俺、先に行ってみる」
なんも無いと思うけど、用心はしないとね。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――あのですね、なんで居るんですか?」
「風呂を幾つも抱える程、この屋敷は広くない」
そうでなく、侍女の人俺が入ってるって言って――
「…………」
「――身構えるな。そういう趣味な訳ではない。話をしておきたいだけだ」
お、おう。言われ慣れてるな。つまりこの人、誤解を招きやすい方か。
「――確認したい。貴殿も、『外つ邦』から来た人物だな?」
「――まあ、そうなるんだが、あんたも?」
「いや、違う――だが、知っている事もある」
そう言うと、相手は寂しげな顔をした。
「『渡界者』ではないが――かつて、私の妹が、な――」
そんな事を、ぽつりと呟くのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
人間の精神というのは、繋がっているという論が有る。
それこそ、代表例を挙げるのが億劫な位――
様々な方向、人物、時を問わず語られてきた事であり、何処にでもある観念の一つである。
曰く――精神の奥底には、『人間の基型』とも言えるモノが有るとか。
曰く――そんな奥深くではなく、『共通認識』を巡るネットワークだとか。
『万象の記憶』に繋がっているからだとか。
或いは――『夢』こそが、繋がった精神の野辺だとか。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「『夢告者』、という存在を知って居るか?」
風呂から上がり、軽食を出されながら会談する事となった。
「『知る者』の一種ね。『知識』を通常の手段以外に、『夢』の形で得ている存在。
『夢の巫女』とかも言われる―ーまあ、民間信仰みたいな感じだと思うけど」
アビーの言葉に、相手は頷いた。
「私の母は、俗っぽく言うところのそれでな――
様々な情報を、『夢』の形で得ていたという――
夢の野辺の空を飛び、遥かな異界の知識を得て、それをこの世界に持ち込んでいたと」
「――へえ」
ベンゼンの蛇かな?
「まあ、そういう人間はたまに居る。
たまに居るが、基本的にその表象的な暗喩を読み解けなくてはならないし――
それを理解し得る知識も無くてはならない――付け加えるなら――」
「周囲にも理解が必要ですしね」
シオの呟きに、相手は頷く。
「そう――だが、母は、理解し得る程度の教養は有った様だ。そして、父という理解者も。
父は父でその知識を利用する打算もあった様だが、それを含めても確り支えていた。
同時に母は、『知識の利用』に関して野心的で有りながら、自分の身の程も弁えていた。
ロアザーリオの一地方領主の嫁程度に納まったのは、切り無い野心を持たなかったからだ、と父は話していた」
――うん?
「――だが、ほぼ伝聞だ。
物心付く頃には、母は精神を病み、殆ど顔を合わす事は無かった」
「……深入りし過ぎたのか、『夢』に」
「――もっと悪い。そしてそれこそが、君を名指しで呼んだ事に繋がってくるのだ、アビー=ウィル。
――単刀直入に聞く。君は、『夢の野辺の真ん中に立つ少女の正体を知って居るか』?」
ガタっ
相手の言葉に、アビーは椅子から立ち上がる。
その目は、爛々と輝いている。
「……わたしが『そいつ』を探している、というのは?」
「君の上――カルハ殿から聞き及んだ」
「……『そいつ』である確証は?」
「――父の代から『研究』し、情報を統合した結論だ。
我が『母』と『妹』に取り憑き、その命を削った原因が、恐らく『それ』であると」
「……アビー、先ずは座れ。落ち着けなくても座れ。話を最後まで聞こう」
俺の言葉に、アビーは腰を下ろした。
「――母が亡くなったのは15年程前。
その頃から既に、父は様々な方面から母を救う術を捜していた様だが、結局は叶わなかった。
それこそ、原因に当たりを付ける事も出来なかったらしい。
そして、そこで終わっていたならば、単に太守の嫁の早死にで済んでいた筈だ」
「――妹に感染ったのか」
「感染……正にそう言える。もっとも、恐らくは母は何らかの『種子』持ちだったのだろう。
それが、妹に移った、そう考えるべきだと私は結論付けている」
話を進めよう、と相手は続ける。
「妹は4歳。『怖い夢を見る』と言って、私の部屋で寝る様に成った。
父はその時点では気が付かなかった様だ。気が付いてもどうにも出来なかったのかもしれないが――」
「――その時点では、単なる『夢』と判断したのね?」
「ああ。『そんな事が起こり得る』など、誰も考えて居なかったからな。
『魔のモノが憑いた』でもない、『呪詛』でもない――単なる『夢』が、現実の肉体を蝕むなど」
――口振りから察するに、見せただろう魔術師・聖職の類からは、問題が無いと見られていた、か。
「だが、時を追う毎に、その『夢』の内容は詳細に成っていった。
やがて、怖い、とは言わなくなった。
実際、聞き及ぶ内容は大した事の無い、単なる風景の中で誰かと話すとか、そういった類のものだった。
それでも、母の語った夢と、妹の見る夢に共通項を見出した私は、どうにかしようと奔走した――
夢を見る事が止められないなら、せめて悪夢ではない夢を、と、一晩中楽器を爪弾いた事もある。
――愛らしい動物の人形で、その脇を埋めた事も」
「――無理ね。そんな程度では、止まらない」
呻く様なアビーの言葉に、相手も深く頷く。
「まさに。父は父で、『廷臣派』の連中に頭を下げてまで、手を尽くしたが、結局は無意味だった――
それでも、ローアンの男は諦めが悪くてな。独自に研究し、模索し、探し――そして挫折した」
――届かなかった、か。
「――結局、妹はその5年後に死んだ。衰弱し、眠る様にな。
恐怖の顔で無かった事が、せめてもの救いだ」
「――ちっ……私が来るのが、もっと早ければ……」
「言っても詮方ない事だ。君がやってきたのはその後と聞く」
そう言うと、ミヒャエルは一冊のノートを出した。
「――これは、私が妹から聞いた内容を、詳細に記したものだ――君に譲ろう」
「――待って。何故今更に成って――」
アビーの言葉に、ミヒャエルは目を伏せた。
「……『廷臣派』に流行っている、安っぽい神秘体験の出来る『夜会』を知ってるか?」
「……まさか、あんた――」
「二年程前、父が死んでな。跡を継いだはいいが、後ろ盾も何も無い。
『軍閥』勢力の中では、ウチはあまり立場が良いとは言えない所もあってな。
何処に付くか逡巡していた中で、とある伝手からそれに参加した。
――ものの見事に引き当ててしまったよ――『夢』を」
――今度はこいつに移ってたのかよ、その『銀の鍵』っぽい『種子』。
「――あの『夢』で聞いた音が、今でも耳について離れないのだ。
狂気に汚染されたとしか言えない母の笑いと、妹のすすり泣く声が――
そして、それに重なるように聞こえた、あのクスクスという笑いが。
だが、真っ向からそんな事を言い出してしまえば、どうなるか――
ローアン太守乱心として、今度は軍閥派の他の連中から攻められる口実を与える事になる――
……虎視眈々とこの椅子を狙う奴も、まだ生きているしな」
……おいおい、待ってくれよ、『ゴドウィン』役も居るのか、ひょっとして……
「それが何で有り、誰であろうと――私は二人を奪った者を許せない。
だが力が無い。其処へ行く術も無ければ、それに立て得る牙も無い。
足りない以上、どうにか手にするしかない。
例え、危険と分かる丸太橋を渡ってでもな――そんな中、君を知った」
「――分かったわ。協力しましょう」
「――ああ。助かる」
此処に来て、ミヒャエルはほっとした顔を見せた。
――うむ。本来の『ミカエル』とは大概違うな、この人は。
「……でさ、全く関係ない、変な事聞くんだけど、あんた、ホントにその……」
聞くなよ。そっとしとけ。
「――うん?
……ああ、なんだ、席が妙に離れた位置に座っていると思いきや、私のソッチの心配をしていたのか?」
うん、ごめんよ、ミハイさん。
誤解されやすいとか言ってる暇無かった。
「ふむ……大人の女の蛇の様な性質より、素朴で可憐な娘の方が好みなのは事実だが」
「おわぁ……」
ワー、マジモンダッタカナー?
「それもまあ……色仕掛けでこちらに近付こうという者が多くて、嫌に成った、という部分が多いしな――」
「――ああ、まあ、貴族・商人問わずに、そう言うのは多そうだからな」
「邪険に扱う訳にもいかんから最初は丁寧に応えてはいたのだが」
……はい?
「丁寧に、て……」
「早い話が、相手はしていた――
それもまあ、あまりに極端な者が多くて――何と言うか、枯れてきてな……」
「わか、わかった、下の詳細言わなくて良い」
「――貴族って怖いなー」もぐもぐ
なら怖そうに言えよ、アビー。どっかの村娘か。
「それにどうも――良くは無いと分かっていても――
女性の中に、死んだ『妹』の面影を追ってしまっている部分はあるな――相手に失礼とは思うのだが」
「ああ、はい」
うむ。まあ、この人はこの人で、歪むだけの事があった、と考えるべきか。
「まあ――花は愛でるものだ。
真新しい雪の上を、敢えて歩いて乱す様な、そんな下卑た劣情が無いとは言わんが――
野辺で咲いている花を敢えて手折る必要はない」
……怖いよ、この人、純な事の後に、とんでもない事をさらっと言いやがるよ……
「――まあ、実害が無いなら、別に良いわ。
協力はするわよ――本来の依頼の、兵の訓練の方もね」
「助かる。代わりと言っては何だが、私個人としては『四位』陣営に協力は惜しまない心算だ」
「あ、いえ、それは不要です」
「……何?」
おい、シオ、断らなくても……
「アビーは厳密にはうちの陣営とかではないので……
それに、僕、あまり『皇帝』に興味ないので」
……ほら、固まっちゃった。
もう少し打ち解けてから言うべきだったんじゃ……
「……『僕っ娘女帝』、か」
おいおいおい、遠い目で微笑んでんじゃねえよ、ロリー=ミハイ。




