【05】『鳥の論理・蛇の論理』
御嬢様達の決闘から、一週間程経った――
私は何時もの様に、学園の正門前を掃き掃除していた――
これは別に、入寮している従者の義務とかではなく、単に私の趣味である。
この学園は、建前上、何れの勢力からも独立の姿勢で運営されている。
三大公の統治圏――バーフェルブール・ロアザーリオ・エスターミア――
つまり大陸の丁度中程に在るこの学園は、その地域風土そのまま、深閑な森が座する丘陵地域にある。
落ち葉は通年を通して道に落ちるし、それを肥料とした農業も行われている――
つまり、それを無心に掃くは、趣味と実益を兼ねて居るのだ。
……いや、御給金はちゃんと頂いているので、御心配なく。
「しょ――っと。シゼルさん、袋詰め終わりましたよ」
「ああ、ありがとう――というか、手伝わなくてもいいのに」
「――なんだか、何もしないのも、申し訳なくて」
そう言ってうつむくのは、リエット=レトキアである。
彼女は、諸々の事情により、今はシオの世話役・兼・聴講生となっている。
オアークウッド男爵家は、事態を受けて即時に動いた。
跡継ぎを謹慎させ、彼女への支援は打ち切る、と解答してきたのだ。
『被害者』は、坊ちゃんの方は兎も角、リエットはそのままで問題ない、と言ったのだが。
……まあ、『始末』だのという話に発展しなかっただけ、マシか。
リエットに肉親が居なくなっていた事も、ある意味で幸いだったかもしれない。
それに、内容としても、妥当と言えば妥当な落とし所ではある。
『嫡男』を謹慎なんてのは、割と転がっている話ではあるし、恐らくは、『挿げ替え』る札も在るのだろう。
男爵家そのものにダメージが在った訳ではない――勿論、風聞は悪いだろうが――
実質の『損害』は、子飼いにする予定だった駒が一つ落ちただけ。
対するこちらも――まあ、言っては何だが、私は生きているし。
あまり激しくやりあうと、それこそ『廷臣派』内での争いになりかねない。
だからまあ――御嬢様が『リエット=レトキアを寄越せ』と言い、相手が飲んだ事で、表面上の手打ちだ。
その辺りは、学園の講師陣にも分かっていた様で、リエットに一定の保護が成された。
『正式な生徒ではないが、学究の志高い従者』、その役割を割振った様だ――
……ようだ、と言うか、まあ、私もあれこれと手を打ったのだが。
「――本当に気にしなくてもいいんですよ?
変な言い方になるけれど、私を殺そうとした事は、気にしなくてもいい――逆らえない命令だったのだから。
それに――私は何時死んでも、悔いは無い――いいだけ生きているのだから」
「――それ、この間も言ってましたけど――どういう――」
どういうも何も、と思いながら――まあ、そこら辺は自分の様な者でなければ、分からないかな、とも思う。
「……私が『ハーフエルフ』なのは知ってるでしょう?
その癖、私の感性は人間寄りでしかない――だからねえ、なんというか――
ある程度の年齢超えた辺りから、自分の生が不自然に感じ出してね」
「……あの……シゼルさんって、幾つ……」
「聞かないの――正直、私も正確には覚えてないのよ」
……色々と在った生だった。
何時くたばってもおかしくなかった。
――まあ、そう言いつつも――
あのタイミングでこの子が持ってきた『毒』を飲んだのは、多分に打算があって飲んだのだが――
目算大分誤って、本気で死に掛けたっぽいけれども……まさか、あんなに効くとは……
……まあ、それは置いておいて、だ。
この世界の『人間』の『平均寿命』を迎えた辺りで、よく分からなくなったのだ。
エルフ的にはやっと折り返し。人間的には、終わり口。
エルフの寿命というのは個体毎で兎に角バラバラなので、一概には言えないが――
自分にはその命が、矢鱈滅多ら長く、冗長に感じたのだ。
――その癖、御嬢様に命を助けられたあの事件では、本当にほっとしたりもした。
命を救われた事への恩義は本気で感じている。
なんというか――自分の死生観がさっぱりわからないが――
――だからこそ、生きる事に必死な、この子達がいとおしいのかも知れない。
「つまり、今こうして生きてるのは、人間としては余剰なモノ――
でも、エルフとしての義務だとか大儀だとか、そういった物を今更学んでもね。
エルフには戻れないだろうし――それ以前に戻る気にもなれないし」
「……色々考えてんのなー、エルフ姉ちゃんも」
「ええ、もちろん――因みにそっから許可無く入ったら、締めて良いって言われてますので」
うふふ、ナーグとか言ったかしら?
色々と黒い噂は聞きましたわよ、ええ、うふふ。
「え、あ、待って、許可ならエザクが今取りに言ってるから待って」
「あら、じゃあ、何のご用件かしら?
私は別に守衛ではないけれど、害虫を退治するのに躊躇いはありませんよ?」
「そうかりかりすんなって。俺ら一応、『専門家』枠で『調査』依頼されてんのよ」
そう言った相手には、別に嘘は無さそうだ。相変わらず、動きは軽薄だが。
「――あの時の、『獣魔』のですか?」
「そ。周辺森林の生体調査名目でね」
「――それを、当事者達の前で言いますか」
リエットが呆れるのも無理は無い。
襲われそうになった被害者が私で、状況証拠的に、襲わせようとした被疑者がリエットだ。もっとも――
「いや、リエット嬢は白と俺らの中では分かってるからな。『獣魔操作』って、意外と小面倒臭いじゃん?」
「……じゃんと言われましても。あれは『魔術』というより、特殊技能分野ですから、さっぱり」
勿論、『強制隷属』を可能とする術が無いではないだろうが、『獣魔使い』の技は『飼育技術』等の集積でもある。
自分は厳密に魔術を学んでいないので、断言は出来ないが――
「――まあ、考えてみれば、毒盛ったなら少し森の奥へと置いて帰れば良いだけ――ですね」
「わざわざ、獣魔を引っ張り出してきて襲わせるのは非効率だぁな……」
肩をすくめるナーグ。本当、一々挙動が胡散臭い――
「そこらについても、今エザクがハドナーの爺様と話してる筈。
……だから、別に悪さしないし、忍び込まないから、細かく枝投げるの止めてくれよ……」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「大雑把な調査ではこの程度です。詳細調査が必要と判断したので、許可を頂きたく」
「そうじゃな。運営局には儂から言っておく」
エザクの出した紙を受け取りながら、老魔術師は答える。
「――我々を疑っては居ないので?」
「ヘウルークの坊主――オアークウッドの当主が、お前さん方を動かすなら、このやり方は採らん。
もそっと分かりやすい目的で、分かり辛く動かすじゃろ――少なくとも、真っ向から『王家』と殴り合わん。
シゼル=ミナルを今――今更に排除する目的も分からん。
そこにリエット嬢を絡ませて、痕跡が残りかねん遣り方をとる理由も分からん。
――大体、二段構えで殺しに掛かる理由が無いじゃろ、オアークウッドの家には」
「――まあ、そうですね」
答えるエザクの表情を見つめながら、老魔術師は溜め息をつく。
「……やれやれ、宮仕えから引いて、やっとのんびり研究に励める、等と思ってたらこれじゃ。
要らんモノに縁付いてしまったら、死ぬまでこうなのかのぅ」
「ハドナー殿は、無理矢理下野したんですから、仕方ありませんよ」
「お主とてそうだろうが」
「私はそもそもが非正規雇用でしたし。元『局長』殿が引いた段階で、居る意味は無くなってましたので」
二人は一時期、皇帝直属の機関の職員であり、立場上、顔を合わせる事も多かった。
片や二席宮廷魔術師、片や近侍武官の連絡官。
年も立場もかなり違うが、能力は互いに認め合い、民人生まれの気安さも在って、互いに親交を結んだ間柄だった。
「――今回の一件の、本当の狙いはなんじゃと思う?」
「宮廷での裏闘争から引いて暫くに成りますから、明確には分かりませんよ。
『学園』で事を構えるのも、本来なら随分と不自然ですし――」
「……やはり、『実験』の類かのう――」
「それが一番分かりやすい解でしょう。
誰が、何の為に、というのは置いておくとして」
エザクの答えに、ハドナーは髭を撫でる。
「――天高く飛んで居る連中の論理も、地の底深くで牙を研いで居る連中の論理も――
相変わらず理解出来んわい――そんなにも自分達が特別だと思うのかのぅ――誰彼構わず巻き込んでいいと――」
「私にも、こればかりは理解出来ませんが――数年前から、ずっと不穏な気配はあります。今回の一件も――」
「――さながら、『鳥』と『蛇』が互いを貪るという、『世の終わり』の前触れ、か」
生きてる内に、そんなモノに当たるとは因果な――と、ハドナーは呟く。
「――もっと因果なのは、あの娘達なんじゃろうが――」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「つまり、マルダフェンリザードの毒ってのは、『シガテラ毒』つってな。
食った分の毒素が体内に蓄積して醸成される奴なんだ。これでまあ、地域それぞれで効能が――」
「何しに来たんですの貴方は!!」
なんで連れて来た駄メイド!! 私今、課題に掛かりっきりだってのに!!
あんな騒ぎ起こしちゃった手前、せめて学生の本分は静かに送りたいのに!!
「ああ、御嬢様、ドウドウ」
「理由!! 簡潔に!!」
「おっと、すまん、その――」
「――経口での麻痺毒が形成される、マルダフェンリザードの生息地は?」
「ああ、そ、それを言いたかったんだよ、すまねえなシオ嬢ちゃん」
「話し長い、あと文脈が煩い、5点」
「5点頂きましたー!!」
ゴギャッ!!
「――び、美少女の蹴りとか――お兄さんにはご褒美だZE!!」
「――くっ、なんて、羨ましい……」
「うるせぇぇぇぇぇぇ!!」
二人とも死ね!!
### SO N DE (・ワ・) ###
「あの――それが事実なら、男爵家、ほぼ詰んでませんか?」
ナーグが言った事実に、リエットが言葉を発した。
私もそう思う。
何故なら――その麻痺毒の産地は、皇帝直轄領の一部だったからだ。
早い話が――オアークウッド家、ないしはその周辺が、皇帝近辺から睨まれているという事だ――
それも、何年も前から。
「組成解析は嫌って程叩き込まれたからな。外れては無いと思うが――。
ただ、そうなると、前の時はオアークウッドの晩餐会を狙い、今回はオアークウッドが狙ったって事になる。
そうなって来ると、『皇帝』の周辺が狙ったのやら、オアークウッドが陰謀打ったのか――
――何がどうなってそれを飲ませろって話になったんだ?」
リエットに問うナーグ。
「理由を直接は言って来ませんでしたし、聞ける立場にもなかったので――
――ただ、少し時間を稼いで、その間に何かを起こす心算だったようです。
あの人だけの考えとは思えませんけど」
「まあ、あの坊ちゃんの考えじゃねえだろな。となると、だ――ブレーンが居る筈だが――」
「流石に、突付くと面倒ね――」
ああもう、なんて面倒臭い事態に――私はそう思いながら天を仰ぐ。
「――とりあえず、打てる手を全部打ちます――割と、気が引けますけど」
――全員、興味深そうにこっちを見るな。
・ ・ ・ ・ ・ ・
拝啓、お父上様。
久しく手紙を認めなかった事を、先ずはお詫び申し上げます。
とは言え、定期的にシゼルが報告している事と思いますが。
今回、この手紙を送った理由は、既に聞き及んでいらっしゃるかも知れませんが、諸事情により決闘を男爵家のご子息と行った事の報告、それと、その事後についてのお願いです。
事情や結果等は既にご存知かと思いますので、省かせていただきます。
兎に角、身辺を要らなくお騒がせした事、お詫びいたします。
さて、この一件、ただ単なる男爵家の子息の暴走とは思えません。
シゼルが害された件で使用された毒――これの組成が、特殊な――というより、一部地域にだけ限定されるものと判断出来る為です。
残ったサンプルと結果を送りますが――皇帝陛下直接とは言わないまでも、何らかの事態が動いているものと思われます。
あの様な一件を引き起こした、不肖の娘の言葉は、聞き届けられないやも知れませんが、内々にでも調査を行い、この一件の影を捉えていただければと思います。
追伸
ここからは、本当に私事ですが、友人が出来ました。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「マリーぃぃぃぃぃ!!」
「う、うわ、お、お父様!?」
数日後、唐突に部屋のドアを叩き開けて、カイゼル髭の男性が入ってきた――
――おお、マリーが、マリーが宙を舞った!?
「のぁぁぁ!?」
「よかった!! よかったぞ!! 友が出来たとな!! よかったぞぉぉぉぉ!!」
「ひ、ひぃぃぃ!? や、やめ、やめ!?」
……凄いスキンシップだ(違)
「ああ、あれ、御当主様です――というか――随分早かったな……」
マリーが手紙出したのって、数日前じゃ――
「やめ、やめなさいバカ父!! 幾つに成ったと思って!!」
「幾つでも儂には可愛いマリーじゃぁぁぁ!!」
「ひね、ひねりをくわえるなぁぁぁぁぁ!!」
――ちょっと羨ましい。
久々に、二人に手紙でも書こうかな。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「先程は失礼した。シオ=カノイ、だったかな?」
「はい――」
王族、という割には随分と気安い人だな、と思いながら、その手を取る。
というか、ムキムキだなぁ、どんな王様だ。
――あ、マリーは気絶して、シゼルさんが付き添って医務室へ。
リエットはお茶を買いに行きました。
「――ふむ。少しだけ心配して居ったのだが、何と言う事の無い、普通の娘さんだな」
そう言った表情は、先程までのやに下がった顔ではなく――
王が、王として、何かに当たるときの顔だった。
――少し、お爺様を思い出す。
「――その口振りなら、ご存知ですね?」
「うむ。本来、立場の違い故、この様にして会話を交わせる間柄ではないだろうがな。
『フェル=カハル』殿――しかし、あやつも人が悪い。男子と吹聴して居ったのに」
「――お爺様と、お知り合いで?」
「下らん世俗のしがらみは兎も角、友と考えて居ったよ」
その言葉に、偽りがある様には思えない。
――どこまで、聞けばいいだろうか。
人としては悪人ではないのだろうが、権力の旗手としては――
「――廷臣派にも、色々あるのでな。だが、お主にそれは関係ない。
暴走を止められず、また別の某かの暗躍を止められなんだ段で――
儂はお主には殺されても仕方が無い、仇なのだ――」
廷臣派の筆頭、と問えば、この人の名が出てくる程の大物――
「――嫌な言い方を、します」
「――ふむ」
「『担がれた神輿の最上段から、そんなにあれこれ手出しは出来ない』でしょう?」
だが、それだけだ。
この人は、一派閥の頭ではあるが、頭脳ではないし、強固に統べるモノでもない――恨む要素など。
「――あやつの孫じゃなぁ、はっはっは!!
なんと痛快な厭味の言い方よ!! はっはっはっは!!」
一しきり笑うと、彼は再び手を出す。私も応じる。
そして彼は――その手を押し抱くように取ると、膝を付いた。
「――一人の父として、あの娘を頼む。
あれは――ろくでもない事につまずいたとは言え、本来――」
「頼まれなくても、友達ですよ――それに――」
私は、にこりと笑いながらこういった。
「権力なんて、どうでもいいです――
そんなの無くても、私には、待ってる人が居ますので」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――面白い娘だ」
追いついてきた馬車に乗り、現フラタカンフェル家当主、レザノアールは呟く。
手紙を見て、居ても立っても居られず、緊急用の『転移装置』を乗り繋いで来た甲斐はあった――
部下には、散々に怒られたが。
「――オルランドゥ。儂は表立っては支援出来ぬ。影を付けられるか?」
「二人程既に。それと、かつての部下もあそこに居ります。増員いたしますか?」
「その位で問題なかろう。シゼルも居る」
彼女にはああいったが、彼女の祖父の考えも分かる。
後々、適当な者と入れ替え、適当な段階で皇継権を返上する算段だったのだろう。
――庇護欲、というのとは少し違う。
あの娘には、枠の決まった権力は似合わない気がするのだ。
我が娘が――腫れ物に触るように扱われるようになってから、基本的に人に心を開かなくなった我が娘が。
あっという間に引かれたのも、そこだろう。
「――時間を稼ぐ算段をする。軍閥も廷臣も巧く牽制し、兎に角時間を稼ぐ」
「かしこまりました。その様に」
だが――いま少しだけ、時間を与えたい。
それが――何も出来ない自分からの、せめてもの贈り物だ、娘よ、そしてその友よ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――星を見ている。
彼女が、星を見ている。
「――何やってるんですの?」
「ん――? うーん――修行?」
……何度目か分からないやり取りだが、こうして彼女はたまにここに立っている。
「――貴女、本当はとても強いのに、何故ここに居るんですの?」
「――ああ、あれ? あれは、借り物だしなあ――」
少し前、獣魔に取り囲まれたのを、彼女は一人で一掃した。
――鳥のような姿の火の塊が、彼女から放たれた姿は、神々しくすらあった。
少し前、完全武装で走ってくる相手を、彼女は一蹴した。
自分の後ろに居たはずの彼女は、瞬間、相手の顔面を蹴り抜いていた。
「――そんなにまで、強くないといけない立場ですの? 貴女は」
「――どうなんだろ。強くなりたいだけだしなあ」
――でも、その背中が、とても危うい。
ぺちん
「――いいから、さっさと部屋入りますわよ。明日も授業があるんですから」
「あいはい」
まあ、そんなのは――一緒に歩いて、支えればいいだろう。
私も彼女も、厄介な星回りに生まれてしまったのだろうから。
同じ様な奴同士、支え合うぐらいはいいだろうと、素直に思える。
そんな風に、一緒に歩くだけの友情が在ったって、いいじゃないか。
例え。どんな立場の違いが在るのだとしても。
つながっていく、というのは――かつて自分が諦めたそれは。
こんな風な事だったのだろう――




