【03】『縺れ、解れ』
いい子で居たくても――何もしたくなくても――
粘着質な過去が――踵に噛み付いて離れてくれないのなら――
――その頭――踏み砕く事は『罪』だろうか――
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私が相手の前に『それ』を投げ付けると、相手の取り巻きは後ずさった。
「意味がお分かりですわね?」
――殊更、見せ付ける様に、大仰に告げる。
当の相手は――顔を紅潮させてブルブルと震えていた。
『怒り』か、『恐怖』か――ああ、どうでも良いか。
「――はは、まだ、『登廷の儀』すら済ませていない癖に、御勇ましい――」
「ええ、ですからこそ都合が良いのです」
――相手が何時までも拾わないので、目の前のソレを拾い上げ、高々と掲げてみせる。
『血で濡らしたハンカチ』は、貴族の儀礼においては――
「扱いの上で『成人』でない私からならば、まだ正式な『決闘』では有りませんもの。
『こんな事』で、『家同士の諍い』になるなど、馬鹿馬鹿しいにも程がありますもの――ね? オーレ=カイル?」
それを赤く染め上げた掌が、まだ痛いが――どうだって良い。
「――場所も時間もお任せしますわ?
『貴方如き』に私が負けるなど、どうあっても有り得ませんから」
こいつは――手出しをしては成らないものに手を出したのだから。
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時間を遡って、経緯を説明しようと思う。
「――という訳でして――使うかどうかは分かりませんが、一応師匠に許可を頂こうかと」
「ふむ――『決闘』、のう」
師匠が呆れるように呟いた。
「――まあ、良いかもしれんな。止めはせんよ」
――この人の、こういう所が分からない。さっきの声音はなんなんだ。
「――普段、魔術の本懐は、それを以って世界を知る事、と仰っておいでですのに?」
「別段、常に清廉たれとも言うとらんじゃろ。
魔術はあくまで術であって、それ以上でも以下でもない。
御主が使う『程度』を考えん馬鹿者なら止めもするじゃろうが、そうでもないしな。
というか、そんな程度で師弟関係終わらす位なら、とうに見捨てとると思わんかな?」
そう言われて、苦笑する。
「しかし――シゼルがそれほどまでにのう――笑顔は穏やかだが、やはり――色々思う所もあるか」
「――お師匠様は、シゼルがああなった経緯を知っておいでなのですか?」
「ああなった、とは、『エルフなのに使用人』、といった事か? ――まあ、噂程度じゃがな」
そう言って師は、こんな事を語りだす。
「お主に言う事ではないが――
『帝国法』では、貴族間の決闘と言うのは、禁じられては居ない。
むしろ、個人間での問題解決の手段としては、貴ばれている程だ。
それに関連する条文の中に、『敗者は勝者に従う事』と言った一文が有る為、迂闊な手出しも出来ない。
余程の無理難題ならば、上が仲裁することもあるがな――
それ故、受けるか受けないかは、相手に裁量が委ねられるのだが――
目下の者からのそれを受けないのは、非常な不名誉とされるのは、分かるな?」
――ああ、そうか。細々と聞いていた出自を思い出す。
シゼルは、母こそエルフだが、父は人間であり、その家に婿入りしたのだと。
「あれの父は受けなかったらしい。そして、それを理由に――」
「ひょっとして、その辺りに付けこんだ――当時の男爵家と我が家が、あらぬ噂を?」
「儂は当時は宮廷魔術師としても端の端じゃったから、詳細は知らんがな。
だが当時はエルフが、政治から遠ざけられていた時期――
難癖付けられるならば、何でも良かったんじゃろ――」
「――我が家も関わっているとは、呆れ果てますわね」
「直接に何か、と言う訳でも無いとは思うがな」
ルク=ハドナー師匠は、溜息を吐きながら煙管をくゆらせる。
「歴史を見返すに、貴族連中の没落の理由がエルフ連中の台頭じゃ。
しかし、それはあくまでも『権力闘争』という流れの中での事。
どっちが善悪とは言えん話ではある――だが、気をつけたほうが良いかも知れん」
何にですか、と問うと、師は予想外な事を言った。
「お前の家と男爵家、共倒れになれば、シゼルにとっての復讐は成る、という事じゃ。
――例え、自分の父母を貶めた者らが、誰一人生き残って居らんでも、な」
そんな風に語る師に、何も言えなかった。
恨みつらみ――それが、シゼルの中に無いと、言えるだろうか?
彼女は、私には優しい。
だが――うちにやってきた時からずっとだが、基本的に他の家族には距離を置いている。私の直接の世話係だから、等とも考えられるが――
もしも、貴族という人種そのものに、恨みを抱いているのなら?
「――まあ、そう考えているか否か――それは、儂には分からん話では在るが」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「という事なんだけれど――」
「ふーん」
不本意ながら、私はルームメイトに聞いた。
他にこんな事を言える相手もいなかった。
「マリーって、高飛車な割に、一々へこむね」
何だとぉ、この――ああ、落ち着きなさい私、相手はシオです。シオ対応です。
「味方か敵かなんて、最終的には直感で判断するしかないと思う。
シゼルさんが『貴族』に恨みを持ってても、マリーの敵とは限らないんじゃない?」
「――そんな御都合主義な立ち居があります?」
「まあ、貴族貴族しい関係性にあまり浸かって来なかったから分からないけど――」
そう前置きをして、シオは言う。
「このシゼルさんが考えた『調理法』――
マリーに直接の被害が及ぶ様な展開は無いし。
シゼルさんの立場から、どうにか貴女を守ろうとしてる、と考えるべきだと思う」
――そう言われ、私は再び考え込んだ――
――考え込もうとした――
<――御嬢様、すみません>
不意に、空耳が聞こえたような気がした。
それと同時に、風が自分の髪を撫でていく――
「――シオ。シゼルは? どこに行くとか言ってた?」
「――何時もの鍛錬じゃないの?」
……空耳の筈だ――
違う、そんな筈は無い――シゼルはそこそこ出来る筈だ。
私に仕えてからは、自分から執事のオルランドゥに志願して、『王家の懐刀』の訓練までして――
――誰の為? その刃を誰の為に研いだ?
じゃあ何故今、ここに居ないで――空耳の筈のこれに、こんな不安が――
「――えいや」
コンっ
ごちゃごちゃした頭を一撃されたと気が付くのに、少し時間が掛かった。
「った!? な、なんですの!?」
「――探しに行こう。顔見て聞けば安心するでしょ、貴女も」
そう言って彼女は、私の手を引っ張って部屋を出る――
・ ・ ・ ・ ・ ・
シゼルは、直ぐに見つかった。
学舎から少し離れた森――何時も彼女が手隙な時に、訓練をしている場所で――倒れていた。
「くっそ、何よ、これは!!」
状況が把握出来ない。
「シゼル!! 起きなさい!! 命令よ!!」
――口から血を流している。体は――微かな痙攣。
服装に戦った様な乱れが無い――打撃等によるショックとは思えない。
明らかに、何かの毒の影響を受けている。
「――空気に乗ってる毒じゃないね。私達が影響を受けてないのがおかしい」
「――っどうして、そんな――冷静に――」
「冷静じゃないと、シゼルさんが死んじゃう」
目の前で、酷く冷たく響く声が、自分を冷静にした。
「――麻痺と吐血――皮膚には損傷なし。
私達に影響が無いから吸気ではない。経口毒――?」
口に出しながら、確認し、思考する。
誰がどうやって、は一旦思考から排除。
絞り込め、絞り込め――最適解を。
「――マルダフェンリザードの毒――何の因果よ――」
それなら――『解毒』出来る――いや、やれた筈だ。
あの食事に盛られていた毒も、それだったのだから――
あの時、減衰させる事は出来た。
だが――
「――シオ、出来――」
「――用意が良すぎるね、相手」
ふと周囲を見回すと――ここら一体にいる獣魔が、集まり始めている。
その目に、何か異様な光を灯している辺り、操られて居るのだろう。
「――マリー、頑張って」
「む――無理だってば!! 見えないから、そんな細密なのが必要な――」
「やれるって、大丈夫――消せなくても、減衰までなら出来るんでしょ?」
――何故、そこまで自信に満ちているのか。何故そこまで信じられるのか。
そう問う前に、シオはこちらを振り向いて笑った。
「私の友達も、その大事な人も、こんなとこで死んで良い人じゃないもの」
そう笑い、彼女は――集まり始めている獣魔へと飛び掛った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――温かい物が、体に満ちて行くのを感じる。
見えなくても、掌にある、その確信。
見えなかったのか、見ていなかったのか。
恐らくは、どちらもだ。
――怖かったのだ。
また、あの光景を見るのが。
自分の発した魔力が、それらを朽ち果てさせていくのを見るのが。
ああ。そんなのは、どうだって良い。
「あんたが、人間を物凄く恨んでようが、関係ないのよ」
例えばこの一件が、言われたとおり、両方を貶めようとする物であっても――
その為に、私を利用しようとしていても。
貴女が居ないことが、こんなにも悲しくさせるなら――それはどうだって良い。
「――いいから、戻ってきなさい、シゼル!!」
ありったけの魔力を込め、それを放った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――ほんっとうに、すみませんでした……」
「全くよ。無用心過ぎます貴女は!!」
「だあ、危ないです御嬢様、果物剥いてるナイフを振りかざさない!!」
シゼルが目を覚ましたのは、半日ほどしてから。
「――で――」
誰が、と聞こうとして、その表情が曇っているのを見た。
――何か、話せない、いや、話してしまうのは不味い事を嗅ぎ取り、舌が動かない。
「――マリー。シゼルさんの事は一旦休ませて、部屋に戻ろう」
シオがそう声を掛けてくると、シゼルも頷いた。
「夜も遅いですし、お部屋でお休み下さい。私の事は、ヘレーナ先生が見てくれます」
「そうね、それじゃ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
医務室を出ると、隣に立っていたシオの気配が、不意に重くなった。
そう表現するしかない、重い魔力の収束を感じる。
「――マリー。私を介添え人に、男爵の息子に決闘を申し込んで」
「……唐突に、何を仰ってるのかしら――」
「でなければ、貴女だけでやるでしょ」
「――――」
図星を指され、黙る。
どの程度までかは知らないが、事態の後ろに居るのは確実なのだ。
――あの逃げ散っていく獣魔のずっと後ろ。
とある人影が逃げるのが見えたのだ――シオは、もっとはっきり見たのだろう。
「――これは――」
「私闘ですから、なんて言ったら、流石の私も暴れるよ?」
屋内で、あの獣魔たち蹴散らしたみたいな事をする心算ですか、貴女は。
「それに――こっちにも、理由が出来たみたいだし」
その言葉に、何故、とは言えなかった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「や」
部屋から出てきた所を、シオに呼び止められたその人影は、身震いをした。
やはり、見られていた。もう、どうすれば――
「借りてたノート返すね、ありがとう」
そんな事を言って、シオはノートを渡すと、去っていってしまった。
「――リエット!!」
不意に自分の主の叱責が聞こえ――思わず隠れてしまった。
「何処行った!? リエット!?」
その声から出来るだけ遠ざかり、階段下の物置で、ふとノートを開いた。
「――な、んで?」
そこには、『なんとかするから』、とだけ記されていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――全く、どいつもこいつも――」
不機嫌さで顔を歪めながら、人を探していたオーレ=カイル=オアークウッドは――
「――っ!?」
不意に走った、得体の知れない気配に身を竦めた。
――『腐朽姫』に感じたのとは、また違う、何か――
「――――」
だが、それを正確に捉えられる程の感性は無く、ただ、振り向き――
「――……――っ?」
自分の体が、勝手に座り込んだ事実を、理解出来なかった。
――彼が認識出来たのは、廊下の向こうの方。
「――――」
そこに、何かが立っている、とだけ。
――取り巻きの一人に助け起こされるまで、彼は其処でぼうっと座り込んでいた。




