probability
《057》
本当の自分をさらけ出すというのはなかなか難しいものだ。
必ずしもその本当の自分が他社に受け入れられるとは限らない。もしかしたら今まで上手くいっていた関係が一転して崩壊の一途を辿るかもしれない。そんなことを考えると「他者に受け入れてもらえるであろう自分」を作り出し、仮面を被るしかない。
ペルソナ。ラテン語で仮面を意味する。
心理学上で相手から見た自分、要は精神的な仮面を表すのもこのペルソナという言葉だ。
自分の人生なのになぜ他人に合わせる必要があるのか、そう思う人もいるかもしれない。
けれど誰も彼もがそんな思想を体現できるとは限らない。むしろ口ではそう言うものの実際にそんな生き方をすることが出来る人間なんてほんと一握りもいない。
人は一人では生きていけない。生物的に。
社会から弾かれないよう、前ならえをしながら1歩ずつ足並み揃えて進んでいく。運動会体育祭で行進をする度に学校が社会の縮図とはとてもうまい表現だと常々思う。
もちろん皮肉ってるのだが。
《058》
楽しかった文化祭、そして波乱万丈の体育祭も過ぎて季節はもう冬真っ盛り。
外はこの前まで日差しカンカンで湿気ムワムワだったくせに、一瞬にして冬シフトにチェンジ。肌を突き刺すような寒波が俺たちを襲っていた。
けれどもそんな灰色の季節にもあのイベントがあるおかげで俺は頑張って乗り越えることが出来る。あれがなかったら冬眠確実、春めざめたら枕元にクリスマスプレゼントとお年玉と節分の豆とひなあられが置いてあることだろう。
そのへんまでは休んでいたい。だって寒いし。
そんな俺を突き動かすイベントとはっ……! ?
「やってきたぜ冬コミ! 」
大きな正四面体が合わさって足の生えたような建物が特徴的なあのイベント、コミックマーケット。
夏と冬に3日ずつ行われる日本、いや、世界最大級の同人誌即売会のことだ。
この冬コミのために俺は冬を乗り越えていると言っても正直過言ではない。
夏? まぁ夏は他にも色々あるし……スイカでしょ? 花火でしょ? あと……女の子?
「いや〜楽しみですね先輩! 」
「あの……お前誰? 」
「何言ってるんですか先輩忘れたんですか! ? 小豆ですよ上野小豆通称あずぴょんです! 」
「おかしいな。俺の知っているあずぴょんは金髪のはずなのだが 」
待機列に並ぶ俺の目の前にはあずぴょんのようだけど髪の毛が真っ黒な女の子がニコニコしながら座っていた。
「しょうがないじゃないですか! コミケでは確かにコスプレを合法に気兼ねなくできますが、それは特定のエリアに行ってからの話です! 会場に行くまで、待機列、そんなところでコスプレなんかしてたら害悪もいいとこです! 人類悪です! 」
あずぴょんらしき女の子はなぜ己の髪が黒いのかについて熱く語ってくれた。聞いていてなんだが実際理由も分かっていたので適当に聞き流す。これくらいコミケに行くオタクなら常識だ。
「じゃあ今日もわざわざ黒のウィッグなんてつけないで素で来ればよかったじゃねーか。中入ったら着替えるんだろうけど 」
「それは……また違うんです! 先輩はデリカシーってものがまるで無いですね! だからいつまでたっても童貞キモオタコミュ障童貞オタクなんですよ! 」
「おい童貞って二回言ったろ。二回言ったろ! 」
どうせなら全部二回言え。童貞ってワードが際立っちゃうだろうが。
「まぁいいや。お前のコスプレ事情なんざ俺には関係ねえしな。それはそれとして……なんで付いてきた! ? 」
俺はこの日、お目当ての同人誌をゲッツするためにかなり早く起きて、かなり早い電車に乗って、かなり早くに現地に到着したのだが、気づいたらこいつが隣にいた。
「いや〜先輩いるところに私あり! ダイヤモンドより硬い鉄則じゃないですか〜」
炭素なのか鉄なのかハッキリしてくれ。あとダイヤモンドは結合の性質上表面は固くとも案外簡単に割れる。安易に硬いものの例えでダイヤモンドを使うと思わぬミスに繋がるのだ。
「はぁ……まぁいいよ。邪魔だけはすんなよ 」
「はーい! 」
よく見れば小豆はちゃっかり付いてきた割には小さくまとまる茶色のコートに、折りたたみ椅子や魔法瓶なんかも持ってきていた。
オタク共の戦場コミケ。大体初戦では大体の戦士が準備不足で大敗を期す。
新兵は歴戦の名将達に伴って初陣を迎えるのが安全な参戦方法である。
小豆はそこんところよくわかっているみたいなのでおそらく今回が初めてでは無いみたいだ。
「て言うか先輩、このコミケ1回行ったんですよね? なんでもう1回行く必要が有るんですか? 」
「リベンジだよリベンジ。もう未来は見えてるんだ。前回の反省を生かしてより完璧なコミケライフを過ごす。なんて素晴らしいんだ……」
「私には先輩のそこら辺の変な美意識が理解できません……」
小豆は半分呆れ顔のような表情をしながらやれやれと額に指先を当て首を振った。
構わん。一向に構わん。負け犬至上主義でも譲れないことや守りたいことの一つや二つあってもいいだろう。だってにんげんだもの!
「それでは、コミックマーケット91、開場です! 」
恒例のアナウンスと沸き起こる拍手と共に、おかしなコスプレ少女と年末もやっぱり童貞少年は極寒の大地に一歩踏み出した。
《059》
「先輩見てみて! ! コスプレイヤーさん! ! 可愛いですね! ! 」
「あぁ…….そうだな…...」
時は正午を回ったあたり。場所はコスプレ広場。
様々なキャラクターに扮したコスプレイヤーのみなさんが集まりそれをカメラを持った男達が撮る。インターネットでよく見る「theコミケ」って感じの光景はここで行われている。
もっとも勘違いしないで欲しいのは、ローアングラーと露出狂をここでルールを守りコスプレを楽しんでいる方々と一緒にしてはならない。彼らは似て非なるもの。端的にいえばどうしようもない変態共だ。おかずにでもしてやれ。
主に美人なお姉さんや可愛らしい女の子が思い思いにその身を変身させているとても楽しい空間なのだが…...
「寒い……眠い……もう帰ろうよ…...」
「ダメです! もっと見て回りますよ! 」
いつの間にか更衣室で着替えてきた金髪少女は、早起き+寒さ+寒いんだけど人が集まるから妙に湧き出す熱気にあてられグロッキーな俺を引きずり回していた。
コミケは3日構成なので、目的が終わったならさっさと帰って休むのが賢い選択と言えよう。でないと死ぬ。冗談抜きで死ぬ。
だからもう帰りたい。いやいっそ、小豆なんぞ置いていって帰っちまえばいいのだが、童貞コミュ障陰キャ童貞の俺にはそんな悪いことをする度胸はない。
というわけで結局こうして付き合っている。お人好しも程度を考えないと身が持たないのだがな。
にしてもコスプレイヤーという人々は輝かしい。俺の目には眩しすぎる。
自分の好きなことに対して頑張れる、それはこの世で最も素晴らしいことなのではないだろうか。あくまで自論だが。
いつも無気力飽き性気だるげ人間の俺からしてみればとにかくすげえんだよ。そういう人達は。
「あれ、先輩あれあれ。見てください。」
「んだよ? 」
「あのコスプレイヤーさん、どっかで見たことありませんか? 」
小豆が指差す先を見ると、最近人気のスマホゲームfake/great owner、通称FGOのキャラクターのコスプレをする女の子がカメコに囲まれていた。
水色の目が隠れるボブに、大きな剣。主人公の後輩キャラ、ラシュだろう。
俺もあのゲームは好きだ。課金もした。
で、ラシュのコスプレイヤーがなんだって……ん?
見覚えがあるといえばある、ないと言われれば無いとも言えるような顔。そもそもコスプレをしているのだから本来の顔なんて綺麗に想像出来ない。見覚えがあるかないかなんて判断しようがない。
「って言われてもなあ。わかんねえよ……? 」
もう一度視界に入ったラシュは俺達の目の前で口を開いた。
俺はその『声』に聞き覚えがあった。
いくら容姿を変えようと、工夫はできるが限界がある声。
「1回目」の俺が顔を伏せながら聞いていたあの空間の声。
「もしかして三笠露、じゃねえか? クラスメイトの……?」
さぁここで確率の問題だ。
問1:人がアホみたいに集まる冬コミでコスプレしているクラスメイトに出会う確率を求めなさい。(8点)
毎日投稿3日目。
これからもなんとか続けていけるよう頑張りますw




