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《053》
「で、ここに戻ってくるのね」
文化祭終了直後、神崎さんの真実を知り無様に逃げ出したきた俺は、さらに無様にも小豆に泣きついた。
その結果たどり着いたのがここ、文化祭二日目の朝。
あの惨劇はまだ起きていない。でもこのままだと確実にアレは起こる。
ここで俺が前回と違う出し物へ行ったとしよう。それか、1日目みたいに早川と出し物をまわらずに日陰でぼんやりしているなんてのもありかもしれない。
でも未来は変わらないだろう。
確かに小豆は些細なことで未来は変わりうると俺に言った。でもそんな簡単に人1人の未来を大きく変える出来事の起きる起きないが左右されてはたまったものではない。
俺の些細な行動で日本滅亡なんてもちろんお断りだ。
歴史の分岐点と言うには少々小物で、粗末で、陳腐に見えるかもしれない出来事でも個人の運命から考えれば大きな出来事のこともある。
今日の放課後に起きるアレも、神崎千晶、白百合真白、早川迅、そして林嶺士郎。俺たち4人にとっては十分大きな出来事と言える。
何もしなければそのまま起きるに決まっている。
ただ、今の俺にはタイムリープがある。
未来を見た上で変えようと模索することが出来るんだ。
今は午前9時。タイムリミットはあと7時間半。公演のための時間を考えても工作するには余裕がある、ありすぎる。
「じゃあいっちょ……やってやりますか……」
深呼吸を一回、まだ小さな角度に位置する太陽を背に俺は大きな一歩を踏み出した。
《054》
「早川、話がある」
午後11時。俺は公演の前に早川を呼び出していた。場所は皮肉にもあの日、初めて神崎さんに呼び出された屋上へと続く階段の踊り場。文化祭で俺達の教室は使用しないのでこの階段へは誰も来ない。
始まりの場所で、全てを終わらせる。
「なんだよはやしん改まって〜隠すようなことあんの? ないでしょ? 」
「神崎千晶。彼女のことだ」
いつものようにヘラヘラ笑っていた早川の表情が一瞬にして曇った。若者っぽく言えばガチだ。
「どういうことだよ 」
「早川は全部知ってるんだろ。知った上で何もしてないんだよな 」
「おいおい、何の話か全くわからないよはやしん。もっとわかりやすく説明してくれよ 」
口調はいつものようにだが、その声音にはどことなくいつもの早川にはない威圧感が見え隠れしていた。正直もう怖い。
そういえば今まで一度も早川に面と向かって物申したことがなかった。
そもそも真面目に文句を言うようなことがなかった。
早川はそこんとこうまく立ち回ることにかけてはきっと誰にも負けない。
桜ヶ丘が合わせる天才なら、早川は流す天才。コミュニケーションの天才を2人ももって俺はまだコミュ障発揮してるなんて恥ずかしい限りだ。
でも今ははっきり言わなきゃいけないんだ。
俺がここで言わないと何も変わらない、何も変えられない。
「単刀直入に言おう。神崎千晶は白百合真白が好きだ。だから神崎さんは早川、お前に近づいている。神崎さんがお前のことを好きなのはフェイクだ。真の目的は邪魔者……つまりお前の排除なんだよ 」
「なんで俺が邪魔者になっちゃうのかな? 」
「お前と白百合さんがいい仲だって噂は流石に聞いたことあるよな。そういうことだ。恋は盲目、神崎さんはもう既にぶっ壊れてる。今日の放課後、お前の元へ狂気に満ち満ちた状態で現れるだろうよ 」
「なるほどねぇ……なるほどなるほど……」
早川が頷くと数秒の沈黙がその場に流れた。
外から微かにお祭り騒ぎが聞こえてくるが、己の力が到底及ばないと知っている相手に論争をふっかけているという現状に、もう耳が耐えられていなかった。
「わかった。正直に話すよ。林の言う通り俺は全部わかってる。今日来るだろうなってのだいたいわかっていた。」
「それなら……! 」
「嫌なんだよ。面倒ごとに巻き込まれるのは 」
至極正論だった。何もおかしくはなかった。一つも間違っていることなんてなかった。
それでも違和感を俺は感じた。何故か。
「あの」早川が初めて弱音らしい弱音、文句らしい文句を言ったから。
「今まで色んなものを見てきた。面倒事、特に恋愛関係は存在するだけで何もかもおかしくなっていった。昨日まで仲が良かったあいつらがいつの間にか疎遠になる、いがみ合う、そんなのは嫌だった。俺に告白してくる女の子もいた 」
嫌味か。
「俺はいい友達だと思っていたのに、俺が向けていた感情とあの子の感情は違っていたんだ。わかるか? 裏切られたんだよ! 」
わかんねーよばーか。
「だから俺は事前に調査をし、空気を読み、そんな危機をできるだけ回避してきた。そして自分からは絶対に面倒ごとに首を突っ込まないようにした。以上だ 」
唐突な波乱の過去編突入の兆しに俺はついていけず、間抜け面でただただ早川の話を聞いていた。
多少俺には、影の人間には理解できない、むしろヘイトを集めそうな発言が見受けられたが状況も状況だ。聞かなかったことにしよう。
「だから神崎さんのことを分かっていても知らないふりをし続けていたんだな 」
「そうだよ。今回は俺の対策が間に合わなかった故にこうして迎え撃つしか無くなったわけなんだけどな 」
早川は少し悔しそうな、寂しそうな顔をしていた。
勝負する前に決着をつける。毒草は子葉のうちに抜いておく。
そんなポリシーが、生き抜く術が早川の中にあったのだろう。
そう思うと急に己が恥ずかしくなってきた。俺はなんて浅はかだったんだ。早川のその対応は何も才能だけではない。影で絶え間ない努力と工夫あっての早川だったんだ。なのに俺は……
「じゃあそういうことで話はおしまい! 一緒に飯くいに行こうぜ! 」
早川はまるで仮面を被るかのようにコロッと表情をいつもの早川に戻してそう言った。
このまま早川が神崎さんを迎え撃ち、玉砕させ、白百合さんが真実を知る。そんな結末にしかやっぱりたどり着けないのか……?
いや、違う。俺は未来を知っている。
早川のシュミレーション力はもはや未来視に匹敵しそうだが、より正確なのは俺だ。今に限りは。
「待てよ早川! 」
俺の手を引こうとした早川の手を逆に引いてやった。
「俺も手伝うよ。一応神崎さんとこの一件に関しては俺も噛んでるところあるし 」
「林……でも、」
「いいだろ! 俺たち友達だろ? あれ……? もしかして違った……かな? それでもやっぱり俺は早川をこのまま行かせられない、ていうか行かせたくない。この先辛い結末しか待っていないって分かっているのに見逃せない! もう逃げないって決めたんだよ……」
次の瞬間、早川は口から息を漏らし、続いて大声で笑い出した。
「ははははは! 何言ってんだよ! 友達に決まってんだろ? そうだな、大事なこと忘れてたのかもな。いやー参った参った。じゃあ、手伝ってもらってもいいか? 」
「もちろん! 」
初めて早川迅に俺は頼られた。
軽いものなら何回かあったかもしれない。
でも、今回のように本気で頼られたことはやはり一度もなかった。
あいつは1人で大抵の事はこなしていた。
世の中には借りは返すべきだが、きっちり清算するのもまた良くはないとする文化があるらしい。
お互いに借りと貸しがあるからこそ綺麗な関係は成り立つ。一方的なのはもちろんダメだが、貸し借り、持ちつ持たれつが無くなった瞬間その関係は風夏の一途を辿り始める。
友達とはそういうものだと思う。
持ちつ持たれつが作られず、ただただ恩恵だけをうけ、何も与えられない。そんな関係、胸を張って友達だと言えるだろうか。
そういう意味では今やっと俺は早川と友達になれたんじゃないかなと思う。
やっぱり面倒ごとは嫌だけれど、こんな素敵なイベントを通過するのなら案外悪くないのかもしれない。
今回から前回までは1話5000文字だったところ、3000文字にして更新頻度をあげるスタイルに変えようと思います。
実際どっちがいいのかわかんないんですけどとりあえず試験的にということでよろしくお願いします
天々座梓




