princess
《044》
役決めから数日後、俺達は勉学の合間にコツコツと文化祭の準備を進めていた。
アニメとかだと文化祭前はもう授業は停止し、ひたすら準備に徹する〜なんて描写がありがちだが、実際のところそんなやり方を採用している学校はとても少ない。
現実はと言うと放課後の微々たる貴重な時間を無理矢理割いて、血が出るほど割いてなんとか切り盛りしているというなんとも夢のないものでしかないのだ。
もちろん俺達ももれなくそういう学校であるわけであって……
「今日ここのシーン合わせるって言ったよね! ? なんで栗原いないの? 」
「栗原さん、今日病院行くから先帰るって……」
「なんでそれをもっと早く言わないの……」
「えっと……その……ごめん……」
「ちょっと前川さん! そんな怒らないで! セーブセーブ……」
劇が進むにつれ皆のフラストレーションはどんどん溜まっていき、些細なことでイラッと来てしまうなんてことも増えてきたように見える。
それもそのはず。放課後にしか劇の練習ができないため、なかなかメンバーが集まらなかったり、練習を全くしない生徒が出てきたりとどうも集団としての団結力に欠けまくっているのだ。残念ながら学生の文化祭なんて所詮こんなものだろう。
責任も何も無い仕事や役割だと、人は確実に手を抜く。ミスっても大丈夫という環境が「失敗を恐れずに突き進む原動力」となればいいが、残念ながら世界はそんなに綺麗に出来ていない。「ここで手を抜いてもなんとかなるという怠惰」に繋がる事が大半だろう。
実はこうなるのは目に見えていた。というか実際この目で見た。
一周目の一年の秋、俺はほぼ同じモノを見た。いや、言ってしまえばもう通算4回目だろう。俺の中ではもはや毎年秋に見れる風物詩のようなものと化している。そろそろ秋の季語にして俳句を一句読んでもいいだろうか?
「しょうがない! じゃあ今日はいる人で出来るシーンの練習しよっか! 早川くんと神崎さん準備して! 」
そんななかでもテキパキ指示を出し役者もどきの少年少女をチェス盤上の駒のようにひょいひょい操るのが……やっぱり我らが桜ヶ丘さん。クラス委員オブクラス委員。早川は言わずもがな完璧超人だが、この人もなかなかすごい。いや、めちゃくちゃすごい。
特に対人関係に関して言えば早川以上だろう。(俺調べ)
溜まりに溜まっているフラストレーションを刺激しないように慎重に、かつ遅れを取り戻し新たに作らないような大胆さ。まさに監督の二文字が相応しい女だ。かっこいい。
表は桜ヶ丘に任せるとして、俺がいるのはもちろん裏方。
小道具や衣装の用意、台本の作成、宣伝準備や会場確保などの諸手続きはこちら側がすべて引き受けている。影でこそこそやってるみたいだけど結構立派なお仕事だ。俺達がいなければ案外この劇は成立しないかもしれない。マジで。
そんな我ら裏方チームのボスはというと……
「今日、生徒会に提出するポスターはどうなりました? あ、そっち今見ますのでちょっと待っててくださいね! 」
おっとりとした動きに、同級生にも丁寧な言葉遣い、明るい茶髪に綺麗な毛先のカール。その小柄な体格も合わさりホントに洋風な人形だ。実はどこかの国の王女、いや、お姫様とか言われてもなんか納得しちゃいそう。
「林くん! おーい林くん! 」
「え? あぁ、なんすか? 」
不意に右袖に違和感を感じたと思うと、白百合さんが小さな右手で俺の袖をちょこんとつまみ引っ張っていた。oh……マジかよ。
それはいけない。いけないよ白百合さんっ……! 流石にエリート童貞の俺でもこれはなかなか、なかなかの破壊力ですよ……
あぶないあぶない。並の童貞だったら消し飛んで今頃灰になっていただろう。
「ちょっと林くんに頼みたいことあるんですけど…...お時間よろしいですか? 」
俺は男子の中ではあまり大きい類ではないのだが、それ以上に白百合さんが小さいため自然と上目遣いになるのがまたいい。
「頼み? あぁ……小道具の件ならもう朝鷺に言っておいたけど…...」
「えっと、その件もなんですけどそうじゃなくてですね。その……千晶のことでちょっと……」
「神崎さん? ……あぁ……」
もうなんとなく白百合さんが何を言うのか検討がついた。まさかここまで事が広がるとは思っていなかったんだが、上野小豆さんそこんところはどうなんでしょうか? はい?
「はい、最近千晶がなんだか林くんと話してるのを見まして、」
あのお願いのあとも、ちょいちょい神崎さんは俺にアドバイスのようなものを求めてきたので、まあそれとなく自分の主義信条に反しない程度だがアドバイスをしていた。
ここまでグイグイいくから何を聞くかと思ったら「好きな食べ物って何かな? 」とか案外普通の乙女チックな質問でちょっとびっくりした。
性剣のサイズとか聞かれたらどうしようとか身構えていた俺がだいぶ馬鹿らしい。流石にこれは俺が悪い。
「どうしたのかなーって千晶に聞いてみたんです。そしたら『秘密って言われてけど、まあいっか! 真白だしね〜』ってその、すみません洗いざらい全部聞いてしまいました……」
申し訳なさそうに白百合さんがペコッと頭を下げた。
「いやいや! ! そんな大したことないし、別に白百合さんだけならそんな騒ぎにもならないし…...第一神崎さん本人が喋ったならそれでいいよ」
仮にこの協力関係が明るみに出たとして、恥ずかしいのは神崎さんただ一人だけ。その神崎さんがいいなら俺は構わん。どんとこいだ。
「ありがとうございます。それで……面倒だとは思うんですけど、千晶のことよろしいお願いします! あの子無鉄砲でがさつで忘れっぽくて何かと手のかかる子ですけど根はいいことなので! 」
「は、はぁ……」
この人は神崎さんのお母さんかなんかか。
そして俺は一人娘を嫁にもらう婿か。
何一つ合ってないからどこから突っ込んだらいいかわかんないなー。いや、でもこの姑……案外いいかも。
「根はいいことなので! ! 」
「俺の姑がこんなに可愛いわけがない! 」の妄想を膨らましていると2度目の根はイイ子宣言が飛んできた。どうやら大事なことだったらしい。
「そうか……わ、わかったよ。言われなくとも手助けはするつもりだし」
「ホントですか! やった! ありがとうございます! 千晶って昔からホントにそういうのない子だったから私まで嬉しくて! 」
「白百合さんと神崎さんって結構長い付き合いなの? 」
「私達幼馴染、って言うんですかね? そんな感じでして」
幼馴染……だと! ?
純粋な姉や妹と並ぶ「自力でなんとか作り出せる範疇を超えているキャラ」の1人の幼馴染だと! ?
俺もこんな幼馴染が欲しかったああ!
こんな、こんなエロゲみたいな展開が欲しかった…...ホントあの金髪女は何考えてるんだ! ゲームの世界にするならいっそエロゲーの世界にしろよ! なーんだこの無駄にリアリティのあるゲームは! あほか!
人それぞれ感じ方は違うと思うが、少なくとも俺は、俺はゲームの中に非日常を求めている。現実では叶えることの難しい、不可能な夢をそこに求めているんだ。
例えば先述の純粋な姉妹や幼馴染。18までのうのうと生きてきてしまった現在もうそのような称号を持つ女の子と出会うことは出来ない。どう頑張っても。
確かにちょっと希望を持って母さんに聞いてみたりもした。実は幼い頃に結婚の約束まで交わしたような女の子との再開イベントが待っているなんてところまで妄想したがやっぱり現実は非情であって。
幼稚園から小学校へ入るあたりまで転勤族だった俺はあっけなく幼馴染の夢を打ち砕かれたのであった。
え? お姉ちゃんか妹? いねーよバーカ!
「仲いいんだな、2人は……」
「そうですね! 自信はあります! 」
えっへんと腰に手を当てない胸をそらすその無邪気な姿はお上品な見た目とのギャップがなかなかそそる。おっとお下品な表現でしたわね。
「とりあえず神崎さんのことは任せておいて。俺が何とかするからさ」
「ありがとうございます! ホントに、ほーんとに! 」
白百合さんは別に自分のことではないのに、まるで自分のことのように喜んでいた。
ここまで人の幸せを共有できる、共に喜べる人はなかなかいない。きっと二人の間には相当固い絆があるんだろう。
幸を重ね不幸を分ける。そんな理想的な関係を俺も誰かと築きたいものだ。
《045》
それからさらに十数日が経ち、なんとなーく進めていた文化祭練習も架橋を迎えていた。
それもそのはず。あんなに遠かったはずの文化祭が気づけばもう目と鼻の先に来ていたのだ。
「よし、これで一応形は完成したかな」
「そうだね。後は前日のリハまで各自、個別に練習しておくっていう方向でいいかな? 」
「そうだね。みんなお疲れ様でした! 」
桜ヶ丘と早川がとりあえずの完成を宣言すると、教室中には歓声があがった。ほんと、お疲れ様です! ! 俺は我らが白百合姫の指示に従いちまちました作業をやってただけなんですけど、表の皆さんはさぞかし大変だったでしょう。いやーほんと、お疲れ様です……
一時はどうなることかと思ったけど、青春パワー言うのはこれまたとてつもなく偉大で、何度も何度壊れかけたクラスの雰囲気を持ち直させるからすごい。主に桜ヶ丘早川ペアのおかげだが。
途中柳がアホやってたのもなかなか良かったかもしれない。普段、特に自分のテンションが低い時はとてつもなくうざったいなんてこともあるけど、雰囲気があまり良くない時にあんな奴がいるといい意味で起爆剤になってくれる。使い所という言葉の重要性を改めて感じることが出来た。
「皆さんもお疲れ様でした。本当に助かりました。私ひとりじゃ何も出来ないので……その……本当にありがとうございました! 」
こちら裏方グループでも白百合姫が臣下に労いの言葉をかけていた。最初、白百合さんが裏方のリーダーに指名された時は俺が白百合をよく知らないと言うこともあって、どういう意図があったのかさっぱりだった。が、しかし今ではこの配属を考えた策士を褒め讃えたい。
表側での柳ではないが、いつも明るく楽しい雰囲気でやっていくなんてことはまず不可能で、どうしても暗い雰囲気になってしまう時もある。それに素人の行う演劇なんてトラブル食い違いは日常茶飯事。そんな数々の環境要因やらなんやらが重なり、ドカン。
たまにだが一発行っちゃう時もある。というかあった。一周目にね。
だが、指揮系統のトップがこんなに可愛い女の子だったらどうだろう? 君は果たして本気で怒ることができるかな? 感情に任せて怒りをぶつけるなんてことできるのかな? ん?
人間所詮は顔と言うが、俺は確かにそう思う。悲しいことだがこれは大正解だ。
同じことをやっても美男美女の方が確実に得をする。テレビで一度は見たことがあるのではないだろうか、「美人すぎる〇〇」というフレーズを。多くは語らないがつまりはそういうことだ。
今回はそれを思いっきり利用して円滑なで穏やかな作業環境を作り出すことに成功したケースだ。きっと世の企業も部署に1人幼女先輩でも置いておけば場が和むんじゃないだろうか。いや、社会はそんなに甘くないか…...
「林くん! 」
「え、あぁ、神崎さん。お疲れ様」
「お疲れ様! いやー大変だったよー」
「だろうな……」
ジュリエット役の神崎さんはセリフは多いし、演技は難しいし、衣装は手がかかってそうだし、プレッシャーもすごいだろう。裏の俺には想像がつかないぐらいに。
「どれもこれも林くんのおかげだよほんと! 」
「いや、俺は何もしてないけど……」
「いやいや! 林くんのアドバイスすごく役に立ったし! まあ本番はこれからなんだけどね〜」
「俺のアドバイスって……好きな食べ物とかだけど」
アドバイスとは聞こえがいいが、言ってしまえば早川の個人情報を垂れ流しにしていただけなのだが、どうやら役に立ったらしい。
恋する乙女の気持ちはやっぱりさっぱりだ。
「林くんが教えてくれた情報のおかげで早川くんと上手く話せたの! 相手のことわかってるとその話題狙って振れるし! 」
あぁ〜……なるほど。狡猾だなぁ.....
「それでね…...」
神崎さんはすっと俺の正面から脇に移り耳元で囁いた。
「私、文化祭の終わりに早川くんに告白しようと思うの」
ここで大胆な告白の告白。というか耳元で喋るのやめて欲しい。体がいやらしい意味で震えるからやめて欲しい。
「へ、へぇ……いいじゃんか。」
正直俺は仕方なく協力しているだけで神崎さんの恋が上手く行こうがどうなろうかどうでもいい。半年ぐらいの付き合いだが多分早川は神崎さんを選ばない。あいつはそういう人間だ。いや、そういうところも含めて早川は早川なんだ。やっぱりあいつは気持ち悪いくらい完璧だ。
「うん! 頑張るね! 応援よろしくぅ! 」
神崎さんはうきうきな様子で教室を後にした。まあせっかくここまで協力したんだ、神崎さんの悲しい顔を見るのはあまり気分がいいものではない。少しは応援しておくとするか。
おかしな依頼から始まった4回目の文化祭。
神崎さん、白百合さん、早川、そしてクラスの未来を決めるような大事件が起こるなんてことは、きっとあの人しか知らなかったんだろう。




