festival
今回から新章に突入します
《038》
長い長ーいと思っていた夏休みは、案の定一瞬にすぎてしまい季節は一応秋。
一応2度目だというのに約束されていたかのように課題は消化しきれず、乗り気になれないまま新学期に突入。普段からテンションは高くないが、より一層気が滅入る。
最も、秋と言っても全然涼しくはないし木の葉も色付かない。実際の秋、一般大衆が思い描くような理想の秋は10、11月がふさわしいだろう。
そんなまだまだクソ暑い秋もどきの今日此頃、俺達のクラスはさらなるイベントである文化祭へ向けて舵をとり始めていた。
「はい、じゃあ文化祭でうちのクラスはロミオとジュリエットの演劇をやることになりました! これから細かい役割と決めていきます! 」
どことなくどよーんとしていた教室内にクラス委員である桜ヶ丘綾の引き締まった声が響き渡る。優しさの中にもしっかりした軸のある声はとても聞いてて気分がいい。
ホントは文化祭なんてめんどいものは誰かに任せて俺自身は与えられた役割をきっちりこなす。意見を積極的に出さない人間は与えられた居場所に文句をつけてはいけないしその役割を無下にしてはいけない。
それが参加しない者の宿命であり使命である。
……と思っていたのだが
「じゃあ後はクラス委員を中心によろしくね〜何か困ったことがあったら私に言ってね! 」
「わかりました! 任せてください! ね? 林くん? 」
「い、いや……俺はそんな……」
「頑張ろうね? 」
「はい……」
残念ながらクラス委員のため嫌でもクラスの中心へと引きずり出されてしまった。
ただ、そんな俺のパートナーがあの桜ヶ丘綾だと言うのは不幸中の幸いと言える。ほんとに良かった……ありがとう神様……
「では、これから役割を……」
桜ヶ丘がそう言いかけた瞬間、授業の終了を告げるチャイムがなり始めた。
「したかったけれどもう時間みたいなので、放課後にでも配る役一覧をみてどれをやりたいか、誰がふさわしいかなど考えておいてください! 」
やはり事前の用意が良すぎる。未来視の能力でも持っているのかこいつは……
なんなら俺の行く末も見てほしい。不安でしょうがない。
「文化祭ねぇ……」
4時間目が終わり各々弁当を開いたり、机を移動させたり、購買へを走り出したりする中ふと考えてみた。
このゲームの前の本物の高校生活……いわゆる1周目では、俺は一体何をしていたっけな……
確か1年の時は今みたいにロミオとジュリエットになって、えっと俺の役は……覚えてないけどきっと裏方のなんかだろう。いてもいなくても大差ないようなやつ。
まあ俺に限らず文化祭なんて大体そんなものだ。
光の当たる部分はほんの一部。スポットライトに入れる人間だけが喜びを、楽しみを、達成感を感じる。対して陰にひっそり生きるものは光を、追いつきもしない光をただただ追いかけるか、闇の中に沈むかの二択しか残されていない。
夏に行った祭りではないが、出し物は所詮素人レベルだし、食い物も特別美味しい訳では無い。そういう普通の楽しみ方ができるのはごく一部の高校と大学ぐらいだ。
一般的な高校の文化祭の正しい楽しみ方は、そこまでの準備過程とそれに付随する達成感、そして当日の雰囲気を味わう。これだ。
故に俺のような陰キャはそのどれも味わえないので文化祭終了まで近くのカフェにでも行って時間を潰す。これができる陰キャの過ごし方。
今年もそのつもりだったのだが、桜ヶ丘だけでなく多方面から邪魔が入ってそうもいかなそうだ。
「はやしん! 文化祭どうしよっか! どの役にしようかな〜」
「お前はロミオでもやっとけよ。誰も文句言わねーだろうし」
「うーん……まあそれもありかなあ……? 」
「むしろそーしろ。無益な争いは見たくない。めんどい。圧倒的な力で他の奴らをねじ伏せ穏便に済ませてくれ」
「えぇ〜」
秋になっても相変わらずイケメンな早川は、満更でもない様子で頭をぽりぽりかく。これから飯を食うんだもっと他の照れ隠しをチョイスして欲しかった。
そんなご謙遜しなくとも、きっとロミオは早川君、君になりますよ。
こんなもの結局は出来レースなんですよ。みんな言わないけど。空気読んで言わないけど。
「はやしんはどーすんの? どの役やる〜? 」
「なんにもやらん。めんどい 」
「えぇ!? どうしてさ!? 楽しいじゃん! 」
「お前と一緒にするな」
ムスッとした顔で今日の弁当の主役である唐揚げを口に運ぶ。うん、美味しい。
色々大変なことは多いけど、飯食ってる時と風呂入ってる時は嫌なこと忘れられる。寝てる時は多分幸せだけど記憶にないからノーカンで。
隣でニコニコ白飯を頬張りながら文化祭の話をする早川見ているとなんだか俺があーだこーだ考えているのもバカバカしくなってきた。
この悪意見えない笑顔を作れるところがこいつの保有スキルの中で最強だと思う。
ちなみに俺のユニークスキルはめちゃくちゃ低いプライドと言ったところだろうか。うわーすげえいらない。
《039》
放課後、4限に桜ヶ丘が言った通りクラス全員に役一覧が書かれた紙が配られた。
ロミオ、ジュリエットを先頭に十数個の役名がずらりと箇条書きで書かれている。
ロミオとジュリエットはロミオとジュリエットが登場するんだよなあぐらいの知識しかないので羅列されているカタカナのお名前を見てもなかなかイメージは出来ないが特に選ぶ予定もないのでスルー。
そういえばロミオは早川がやるとしてジュリエットは誰がやるんだろうか。あの早川の相手役だしすんなり決まりはしないだろう。
もし決まってもその後がめんどくさそうだし大した目的もなしに戦場へ足を運ぶ物好きはきっといない。
これはめんどくさいことになりそうだな……
「ねえ林くん」
不意に後ろから声をかけられる。声の主はまあ振り返らなくともわかる。……女だ!
あーなんかやらかしたかなあ俺……反感買うようなことしたかな……ひっそり暮らしてるつもりだったんだけどなあ……あーもういいよ! どーにでもなりやがれ!
はぁとため息を漏らしながらゆっくり後ろを向くと、
「はい林ですけど……って神崎さん? どうしたの」
神崎千晶。同じクラスの女子。女子テニス部に入っているポニーテールの似合う元気な女の子。theJKって感じの前川さんとは対極に位置するような爽やかでスポーティーな感じの女の子だが彼女もまた女子高生っぽいといえば確かに女子高生っぽい。
「今ちょーっといいかな?ふたりっきりで話したいことがあるんだけど……」
「はぁ!? 」
「いやいやそんなに驚かなくても!? 私なんかおかしなことしたかな!? 」
ここまでの行動発言全てがおかしいです! むしろ納得できるポイントがありませんね!?
「とりあえずこっちこっち! 来て! 」
「あ、はい……」
俺は神崎さんに言われるがまま手を引かれるがまま教室の外へ連れ出された。
あぁ……もうあかん。
「さっきも言ったけれど林君に頼みがあるの。とりあえず聞くだけ聞いてくれないかな? 」
結局神崎さんに手を引かれて階段の踊り場まで連れてこられた。俺達の教室は屋上の1個したなので、そこから屋上への踊り場……つまりここに人が来ることはまずありえない。
フィクションとは違い屋上へ出ることは叶わない。世知辛い。屋上が危険だなんて言って封鎖しているが、実際危険じゃないところなんてないんだよ。いざとなりゃベランダから飛び降りてやる。
「まぁ……聞くだけなら」
「えっと、まず私その……好きなの! 気になってしょうがないの! 」
おぉ!?
「早川くんが! 」
おぉ〜……お決まりのパターンでした。
行きも帰りも一緒、飯も一緒に食べてる、そんな俺に早川関係で声をかけてくるやつは多い。決まって早川の個人情報……「早川くんって彼女いるの? 」とか「早川くんの好きタイプってどんな子かわかる? 」とかそんなんを俺を利用し知ろうとする。
そして俺はその全てを「知らん」で済ます。
もちろん本当に知らないというのもある。いくら友達とはいえ隠し事も一つや二つあるだろう。俺だって早川に言っていないことはある。性癖とか?
それにそんな大した話もしたことのない奴にこんなに仲良くしてもらっている友達のことをべらべら喋るヤツがいるか。信用なくすぞ。
ごく稀にだが、スイーツやら物やら挙句の果てには野口さんをチラつかせるやつも出てきたがもちろん断っている。
俺の意思は固い。今回も断らせてもらおう神崎さん。
「それでね……」
「断る。めんどくさい以上」
「ちょ! まだ何も言ってないじゃん! 」
「おおかた早川の事事細かに教えろとか、早川との中をとりもてるとかそんなんだろ。あいにくそういうのは受け付けていないので。すみません他を当たってください」
「うっ……」
どうやら図星のようだ。
やっぱり女の子って怖いなあ。俺のこと踏み台にしか思ってないんだもん。ひー怖い。女性恐怖症になっちゃう。
「じゃあそういうわけで」
もうさっさとこの嫌な状況から逃げ出したかった俺は後ろでなんか言ってる神崎さんを完全に無視し階段をかけ降りていった。
《040》
「いうことがあったんだよ」
「へぇ〜なるほど……先輩意外と友達思いなんですね。てっきり『早川ぁ? 全部教えてやろうあいつのほくろの数までな! さぁ争えメス共! 』とか言うのかと思ってましたよ」
「お前の中での俺ってなんなの!? 」
「根暗で卑屈で意地の悪いひねくれ者……ですかね? 」
「最悪の評価じゃねえか……」
まああながち全部間違っているとはいえないのが悔しい所。まあしょうがない。俺はそういう人間だ。
久しぶりのあずぴょんへの定期報告。
特に決められているわけではなかったがなんとなく続けていた。
今ではもう歯磨きとかお風呂とかのように自然とやるレベルにまで達していた。たまにあずぴょん側が出ない時もあるが。
「先輩はなんの役やろうと思ってるんですか? 」
「俺はめんどくせーからいいんだよ。なんか残った裏方をこなす。それこそ俺の天職。はいこれFA」
「はぁ……ダメですねぇ。そういうところがダメなんですよ……だから陰でクソ陰キャキモオタ童貞コミュ障とか言われるんですよ! あ、これ内緒でした! テヘッ! 」
「お前次会ったら1発殴るからな覚えとけ」
そういえば普段あずぴょんはどこで何をしているんだろうか。普通に考えればゲームの外だろうが。まあそうだよな。
「まあ神崎さんの件はともかく文化祭、ちゃーんと参加してくださいよね! 腐ってもクラス委員なんですから! 桜ヶ丘さんにばかり頼らずに! 」
なぜ俺はコスプレ少女に電話越しで説教されているんだ……?
「わかったわかったそれなりに善処いたしますっと」
「それから、」
もうめんどくさかったので画面をタップしさりげなく通話を終了させる。
今電話の向こう側で怒ってるんだろうなあ……あずぴょん。
怒ったらツインテールが動いたりするのかな。そのままニュルニュルって触手みたいに伸びて色々と……されるのはゴメンだ。
そして需要もない。そういうのは適材適所ってもんがあってだな……まあいい。
この日はそのまま明日の用意を済ませ早めに寝た。
次の日、早めに寝たはずなのにどうも体がスッキリしない。これじゃあ一昨日までと同じだ。今日からもう夜ふかししてやる。
つべこべ言ってもどうしようもないことなので早々に諦め、のそのそと支度をする。
制服を着て朝食のパンを押し込み、充電コードについないでおいたスマホを手に取り今日も1日頑張るぞ……い? なんかおかしいな。
どこか違和感……いや、強烈なデジャヴを感じる。デジャヴ……いやまさか。
でもまあ……とそっとスマホの画面を見ると、
そこには昨日の日付が映し出されていた。
また、タイムリープしただと……!?
そんな馬鹿な! てかなんで!?
この時俺はこのタイムリープの意味も、この先起こる超めんどくさい問題ごとも、神崎さんの秘密も、早川の隠し事も全部文化祭演劇、ロミオとジュリエットに繋がることをまだ知らない。
シェイクスピアに文句をつけてやりたい。




