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後編

 これで最後になります。

 あれから一年。

 俺は志望校を変え、県外の大学に進学した。


 高校の自由登校が始まってからは、『一人暮らしに慣れる為』と言い訳をして、俺は早々に家を出た。

 卒業式には出たが、どうせ一日だけなのでアパートから直接出席し、その後は友人の打ち上げにも参加せずに、アパートに戻った。


 卒業式の時に明希の姿は見掛けたが、特別声をかけることもしなかった。

 明希は何かを話しかけたがっていたようだが、俺はまるで逃げるように急いで帰りの列車に乗りこんだ。


「お正月も帰んないの?」

「ん……ああ、そだな、やめとく」


 古川も俺と同じ大学に進んでいた。かと言って、俺を追いかけてきたとか、そういう色っぽい話では全然ない。

 古川の尊敬する教授がこの大学にいるんだそうだ。つまりはただの偶然である。



 ――卒業式の日、両親は明希に真実を語ったそうだ。だが、その場に俺は居なかった。


「血は繋がっていないけど、私達はあなたの親だ――」

 そんな言葉の後、両親と明希は、抱き合って号泣したという。


「血は繋がっていないけど、俺は明希の兄妹だ」――なんて、言えなかっただろう俺は、その場に居なくて良かったのかも知れない。



 風が身を切る12月末。正確に言えば12月24日。

 明日から大学の、短い冬季休講だ。


 あれから、俺は一度も実家に帰ってはいなかった。

 なにそれと理由をつけ、帰郷を渋るのもそろそろ限界かとも思うけど、それでも踏ん切りがつかなかった。



「ああ、寒いな……」

 スマホで気象予報を見る。最低気温マイナス1℃ 夕方からは今年初めての雪になるらしい。


「んじゃ、ホワイトクリスマスかぁー」

「ハッ!」


 鼻で嗤う。雪なんて、脆弱な交通機関が止まって面倒なだけじゃないか。

 少なくとも、クリスマス自体が俺には関係ない。


「そう? まぁいいや。それじゃごゆっくり(・・・・・)――」


 そう言い残して、眼鏡のつるを持ち上げると、古川はふいっと、マフラーをたなびかせながら行ってしまった。


「“ごゆっくり”?」


 妙な言葉を残して去った古川に、小首をかしげる。「またね」とか「よいお年を」じゃないのか?


「おにいちゃん!」


 ギクリ、とした。

 たぶん、似た声の誰かが、どこかの『兄』を呼んでいるだけだろう。そう意を決して振り返る。


 そこには、えんじ色のダッフルコートに、レモンクリーム色のマフラーを巻いた明希が、ずいぶんご立腹な様子で立っていた。

 何故か大きなボストンバッグも肩からかけている。


「あ……明希……おまえ、なんで……?」


「連れに来たに決まってるでしょ!! いい加減にしなさい! お正月も家に帰んない気なの!?」


「い……いや、そのな?」


 まさか、お前に会いたくないから帰らないつもりだった、なんて言えない。


 久し振りに目にした明希は、大学生活で垢抜けたのだろうか? 少女というより女性という分類にかなり近くなり、地味だった雰囲気もかなり明るくなっていた。髪型もおさげはやめ、ハーフアップにしている。

 それも恋人ができた所為かもな――と思って、心の奥がズクンと痛んだ。


「だいたい、おにいちゃん! 誕生日もクリスマスも恋人放ったらかしってどういうつもり!?」


「ハぁっ!?」


 恋人!? そんなもん居た試しがないぞ?


「わ、た、し! 振られた覚えも振った覚えもないんですけど!?」


「ッ!? お前、記憶がっ!?」


 ――戻ったのか、という台詞の前に、明希は(かぶり)を振った。


「……戻ってないけど。飛鳥ちゃんに色々聞いた……ご丁寧に、当時の私ののろけメールまで証拠に見せられました……」


 拗ねたようにクチバシを尖らせ、赤い顔で髪を一房だけ弄ぶ明希。


「ハハ……ハ……」


 古川の奴(あんにゃろう)、暗躍してやがった。

 奴の得意気にニヤつく顔立ちが脳裏に浮かぶ。


「いや……だいたい、お前、恋人が出来たんじゃなかったのか……? ソイツはいいのかよ?」


 また、ジクリと胸の奥が痛んだ。


「……あのね? 何時の話してんのよ。別れたのなんてとっくよ、とっく!」


 ばつが悪そうにしながら、「まぁ……知らなかったとはいえ、結果的に浮気しちゃっておにいちゃんには悪いことしたとは思うけど……」――と、明希は続けて口にした。


 どうやらあの時のイケメンくんは、付き合い始めた直後にすぐにエッチな事をねだり、それを拒否した明希に、さらにごねた為に振られたらしい。「私と恋人になりたいんじゃなくて、えっちなことをさせてくれる人が欲しかったとしか思えなかった」との事。

 ……イケメンくん……南無。


「分かった? 分かったらケーキ屋さんとスーパー寄ってから、おにいちゃんのアパートに行くよ! どうせろくなもの食べてないんでしょ?」


 明希は勢い良く俺の右腕を抱き込むと、先を急かすように引っ張り出した。


「お……おい。実家に連れ戻しに来たんじゃないのか?」


「いまから? 折角のクリスマスイブが電車の旅だけなんてヤだよ? それに雪降ってるから、どうせ電車止まっちゃうよ?」


「ああ……」


 ちらつき始めた雪は、勢いを増し始め、もう暫くしたら少し積もるかもしれない。


「お泊まりセットも持ってきたしね」


 俺の腕を抱きかかえたまま、明希は大きなボストンバッグを掲げて見せる。


「いこっ、おにいちゃん。それともきょーくんって呼んだ方がいい?」

「……どっちでもいいよ」


 どっちでも、明希は明希だ。

 俺の初恋の娘で、初めての恋人で、義理の妹で、初めての失恋の相手で、そして大切な人。


 今年初めての雪が降る中、積もり始めた、足跡のない新雪の上を二人で歩いていく。


 街角のクリスマスツリーのイルミネーションの光を、雪がキラキラと跳ね返している。


 ああ、


「ホワイトクリスマスもいいもんだな?」

「だね、きょー兄ぃ」 

 真っ先にバッドエンドルートが頭に浮かんだのですが、作者本人がバッドエンド嫌いなので、ハッピーエンドになりました。


 最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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