第6話 元の世界へと
私達は衛兵の男について行き、追っ手に追われながらも何とか、城の裏扉から王城の外へと逃げ延びる。
「はぁ、はぁ、最近、運動していなかったからもあって、結構、しんどいわ……」
「はぁ、はぁ、アリシアさん、立ち止まったら殺されると思えば、自然と走る足が早くなるかもです。現に今、私はそう思って走ってます!」
「はぁ、はぁ、そうね、立ち止まったら捕まって殺される。そう思えば走るの辞めたいなんて気持ちは消えるわね」
後ろから複数の追っ手の足跡が聞こえる。
振り返るのは怖いから振り返ることはしないが、少しずつ近付いてきてる気がしてならない。
「俺が衛兵達の相手をするから、お前達は逃げろ!」
そう言い走るのを辞めて立ち止まったのは衛兵の男だった。
私達はそんな衛兵の男の言葉に頷き、振り向くことなく走り続けたことで、何とか逃げ延び、シディスが暮らす街へと戻ってくる。
「はぁ、はぁ、どのくらい走ったんでしょうね……」
「はぁ、はぁ、そうね、結構走った気がするわよ。2時間は走ったんじゃないかしら……? 息苦しくて死にそうよ……」
「2時間はやばいなぁ〜」
私達は王城からずっと走り続けてきたせいか、体力の限界でシディスの家の玄関前で倒れ込む。
「もう疲れたわ……」
「そうですね、けど、時間の問題ですよね。俺の家の場所が突き止められるのも……」
シディスの家は王都から離れてはいるが、王城の兵士達が私達の行方を徹底的に突き止める為に動き始めたら、この家が王城に侵入し、女王の部屋に忍び込んだ者の家だということも全てわかってしまうだろう。
「私はこれから森に入って元の世界へと帰れるであろう場所に行くわ。この世界にいたら兵士達に見つかって捕まり、死罪になってしまうかもしれない」
鍵を手に入れられたのはレナート、シディスの協力があってこそだ。
一人だったら鍵を手に入れることもきっとできなかっただろう。
レナートとシディスを置き去りにして元の世界に帰ってしまったら、二人はどうなってしまうのだろうという不安から私はある提案を持ち掛けることにした。
「二人が嫌じゃなければ私がいた世界に一緒に
来てくれないかしら?」
「アリシアさんがいた世界ですか?」
「ええ、そうよ。私がいた世界に来れば、兵士達から見つからなくてすむし、安全に暮らせるわ」
我ながら良い提案であるなと思いつつ、前に
横たわっているシディスとレナートを見れば、何故だか二人は眉間に眉を寄せて、小難しい顔をしていた。
「アリシアさんが私とレナートのことを思って提案してくれたのは嬉しいんですが、それはちょっと厳しいですね……」
「アリシア、俺達はこの世界の住人なんだ。だから、俺とシディスはアリシアがいた世界に行くことはできない」
レナートとシディスは私の提案には乗らなかった。兵士に見つかるリスクがあってもこの世界でこれまで通り、生きていくことを選んだのだ。
「わかったわ。じゃあ、此処でお別れね」
「そうですね。此処でお別れですね……」
シディスは疲労が溜まった足に力を入れて立ち上がり、私に手を差し出してくる。
私はシディスから差し出された手を掴み、常に疲れている足に力を入れ立ち上がった。
「アリシアさん、私は大丈夫です。兵士に見つかる前にこの家を出るつもりでいるので」
「そうなのね、何かごめんなさい……」
「いいんですよ! 気にしないでください。私がアリシアさんに協力したのは私の意思ですから」
シディスは私にそう言って優しく笑った。
私はシディスの手を優しく両手で包み込むように握った。
「ありがとう、シディス。絶対に死なないでね」
「はい! 勿論ですよ」
「じゃあ、私は行くわ」
シディスの手をそっと離して、私はシディスとの会話が終わるのを待っていてくれたレナートと共に歩き出す。
「アリシア、お別れは言わなくてよかったの?」
シディスに背を向けて歩き出してから少し経った頃、隣を歩くレナートがそう問い掛けてきた。
「ええ、これでよかったのよ。お別れは言わない方がいいと思ったから」
「そっかぁ、アリシアがそれでいいならいいんだけどさ〜」
空を見上げれば穏やかに流れる雲と青く澄み渡る空の色が私の瞳に映る。
この世界に来てからまだ数日しか経っていないのに、何故だがずっとこの世界にいたような気がしてならない。不思議な感覚だ。
「レナート、私、またこの世界に来たいわ」
「帰れなくなるよ〜?」
「その時は帰る方法を探しながら旅をするわ」
迷い込んだ鏡の中の世界。
そこには不思議な住人達がいる。
そして、今日も鏡の中の世界を生きる住人達は心臓となる【時計】を刻む。
✧
レナートに見送られ、私は最初に迷い込んだ世界へと通じる鏡の前に立った。
鍵穴に鍵を差し込むと、鏡の向こうへと足を踏み入れ、元いた世界へと帰ってきた。
「帰ってきたのね、私」
中央階段の踊り場にある時計を見れば、時刻は1時を少し回っていた。
鏡の中の世界に数日いたはずであるのに、まだ深夜であることに少し驚きつつも、私は自室へと戻る為に中央階段の踊り場を後にして歩き出したのであった。
翌日。
カーテンの隙間から差し込む朝の日の光によって私は目を覚ました。
「もう朝なの……?」
重たく感じる身体をベットから起こして、カーテンを開ける為に窓近くまで歩み寄る。
「いい天気ね」
カーテンを開けて、ベランダを出ると快晴の空の色が視界に入ってきた。
私が朝の心地良い空気を感じていると見覚えのある色の蝶が一羽、ひらひらと私の前を飛んで通り過ぎていく。
「この世界にもあの世界と同じ蝶がいるのね」
私はひらひらと飛んで遠くなっていく蝶を優しく見つめながら独り言のように呟いたのであった。




