第9話 白ウサギの行方
白ウサギの手紙を手掛かりに私とチャシャ猫はこの赤の国について調べ始めた。
まずは、彼が過去へ向かうほど気に掛けていた人物—— 今は亡き赤の国の女王陛下について知る必要があると思ったのだ。
女王陛下が亡くなったのは、私が初めてこの世界を訪れたときに起きた事だ。
元の世界へ帰るための鍵を手に入れようと、赤の国の城へ忍び込んだ私達。
女王陛下の部屋で目的の鍵を見つけたものの、運悪く部屋に戻ってきた女王陛下と鉢合わせそうになってしまった。
咄嗟に部屋の中にあったクローゼットへ身を隠した私とチャシャ猫はどうにか見つからずに済んだのだが、白ウサギだけは逃げ遅れ、女王陛下と彼女に仕える近衛騎士達に捕らえられてしまった。
シディスを助けるため、私とチャシャ猫は玉座の間へと向かった。
玉座の間にたどり着いた私達は、物陰に身を潜め、成り行きを見守っていた。すると、間もなくして女王陛下の怒声がその場に響き渡ったのだ。
「打ち首よ! 打ち首にしてしまいなさい!」
白ウサギの言動に激昂した女王陛下は、苛立たしげに玉座から立ち上がった。
しかし、その瞬間。
玉座の右斜め後ろに控えていた衛兵の一人が、突如として剣を抜き、女王陛下の左胸へと突き刺したのだ。
あまりにも突然の出来事に私は息を呑んだ。
衛兵に扮していたその男は、王城に侵入していた正体不明の男だった。
何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くす私達に、男は鋭い視線を向けて叫んだ。
「死にたくなければ、俺についてこい!」
男の言葉に戸惑いながらも、私達に選択の余地はなかった。
こうして私とチャシャ猫、そして白ウサギは男の後を追い、どうにか王城の外へと逃げ延びることができたのだった。
何故、あの男は女王陛下を殺したのか——?
そして、何故、私達を逃がしたのか。
今、思い返しても疑問は増えるばかりだった。
けれど、今の私達にはそれらの謎を解き明かす為の手掛かりがほとんどない。
だからこそ、まずは女王陛下が亡くなった後の赤の国がどうなったのかを調べることにしたのだ。
ところが、調べ始めて間もなく、私達は思いもよらない事実に行き当たった。
「ねえ、レナート。これを見て」
王都の街の掲示板に貼られていた一枚の新聞を手に取り、私はチャシャ猫に差し出した。
「これは……」
そこには赤の国の新たな女王の即位を知らせる記事が載っていた。
私はその記事に添えられた肖像画を見つめた。
燃えるような赤い髪に整った顔立ち。
気高く、どこか人を寄せ付けないような眼差し。その姿には見覚えがあった。忘れるはずもない。
かつて私が赤の国の城で忍び込んだ際に白ウサギを連行したあの女王陛下と瓜二つだったのだ。
「この人……」
思わず言葉を失う。
亡くなった女王陛下が、どうして再び王座に就いているのだろう——?
まさか、あの事件で亡くなったというのは、何かの間違いだったのだろうか。
そんな考えが頭をよぎったものの、すぐに打ち消した。
あのとき、確かに女王陛下はあの衛兵に扮した侵入者の男の手によって左胸を刺されたのだ。
私達が目撃した出来事を簡単に疑うことはできなかった。
「アリシア、ちょっと貸してくれるかい?」
レナートからそう言われ、私はレナートに手に持っていた新聞を差し出した。
私から新聞を受け取ったレナートは肖像画と記事を交互に眺めた。
「これは……確かに、あの女王陛下にそっくりだねぇ」
「ええ、まるで同じ人みたい」
けれど、新聞の記事を目で追って読み進めた私はさらに奇妙な一文を見つけた。
その一文には現女王が王族の血を引く正統な後継者ではないことが記されていたのだ。
「……王族ではない?」
私は思わず、その部分を読み返した。
記事によれば、先代の女王が亡くなった後、赤の国の王宮は国を統治する者を失った。
そこで王宮に仕える者達は亡き女王と瓜二つの顔を持つ一人の女性を見つけ出し、新たな女王として王座に迎えたのだという。
その女性は王座とは何の縁もない平民であった。
つまり、今の女王は先代の女王と同じ王族の血を引く者ではなく、亡き女王の身代わりとして玉座に就いた人物だったのである。
「なんて無茶苦茶なの……」
私は新聞を握りしめた。
顔が似ているというだけで、平民の女性を女王にするなんて。
いくら先代の女王が亡くなり、国が混乱していたとしても、そんなことが許されるのだろうか。
そもそも、誰が彼女を見つけたのか。
何故、そこまでして亡き女王と同じ顔を持つ人物を王座に据える必要があるのか。疑問はつきなかった。
「王宮が何かを隠しているのかもしれないねぇ」
「隠しているってどういうこと? レナート」
「考えてもみなよ。国を治める王族が亡くなったのなら、本来は次の後継者が王座に就くはずた。それなのに、わざわざ血縁関係のない平民を入れた。しかも、亡くなった女王とそっくりな人物をね」
「確かにそうね……」
「表向きには、国を存続させるためだったのかもしれない。でも、それだけじゃ説明できないこともある」
レナートの言葉に、私は再び新聞へと視線を戻した。
先代の女王が亡くなった後も、赤の国は存続している。
王座は空席にはならず、民衆も新たな女王を受け入れた。
けれど、その裏側で何が起きていたのかは、この記事からはわからない。
もしかすると、王宮にいる者達は何か重大な秘密を隠しているのかもしれない。
そして、その秘密こそが白ウサギが過去へと向かった理由と関係しているのではないだろうか。
私は彼が残した手紙のことを思い出した。
——陛下がまだ幼かった頃、何があったのか。
——何故、あの方は誰も信じられなくなってしまったのか。
あの手紙には、確かにそう記されていた。
シディスが知りたいと思っていたことは、多分、亡き女王の死の真相だけではないのかもしれない。
彼が書き残した手紙には女王がまだ幼い少女だった頃に何が起きたのかを知ろうとしている文章が綴られていた。
「……そういうことだったのね」
私は小さく呟いた。
「何か分かったのかい? アリシア」
「まだ、確かなことはわからないわ。でも、シディスがどこへ向かったのかは少しだけ見えてきた気がするの」
私は手紙を取り出し、もう一度、シディスが書き綴った手紙に目を通した。
彼は女王が亡くなる前の過去へと向かったのだと思う。
それも多分、女王が亡き前のような人間性になる前の時代だ。
だとすれば、彼の目的は女王の死を防ぐことだけではないのかもしれない。
今は亡き女王があのような性格にならなければ、あの悲劇も起こらなかったのではないか。
シディスはそう考えたのだろうか。
いや、きっと考えたはずだ。
幼い頃の女王に何があったのか。それを知り、彼女の運命を変えようとしているのかもしれない。
「レナート、私達もシディスを追いかけましょう」
「追いかけるって…… まさか、過去へ行くつもりかい?」
「ええ、このまま彼の帰りを待っていても何もわからないわ。それにシディスが一人で過去へ向かったのなら、何か危険なことに巻き込まれる可能性だってなくはないわ」
「確かに、そうだねぇ。シディスのことだから無茶をしていないとも限らないし」
レナートは困ったように笑った。
どうやらレナートも私と同じくシディスのことが心配のようだ。
「それで、どうやって過去へ行くんだい? まさか、鏡に飛び込めばいいじゃない? なんて言わないだろうね?」
「……それは」
私は言葉に詰まった。
確かに、現実から鏡の中のこの世界に来る方法は知っている。
けれど、鏡を通り抜けることと、過去へ向かうことは別の話だ。
過去へと向かう為には、何か特別な方法があるに違いない。
私達は改めて、シディスの手紙を読み直したが、過去へ向かう具体的な方法までは書かれていない。
あるのは、シディスが過去へ向かったという事実と女王の運命を変えようとしているということだけ。
「手掛かりが足りないわね……」
私はため息をついた。
するとレナートが何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、この国には時間を超える列車があるって話しを聞いたことがあるよ」
「時間を超える列車?」
「うん、時空列車って呼ばれているらしい。普通の列車とは違って、過去や未来へ行けるんだとか」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸が高鳴った。
過去へ向かう列車。
もし、本当に時空列車というものが存在するのなら、シディスを追いかけられるかもしれない。
「その列車はどこにあるの?」
「そこまでは知らないねぇ。でも、時間に関わるものなら、時計職人や古い記録を扱う図書館に何か手掛かりがあるかもしれない」
「そうね。まずはそこから調べてみましょう」
私は手紙を丁寧に折り畳み、胸元のポケットへしまった。
シディスが過去へ向かった理由も、赤の国の女王が抱えていた秘密も、まだ分からないことばかりだ。それでも、立ち止まっているわけにはいかなかった。
彼が一人で背負おうとしているものがあるのなら、今度は私が彼の力になりたい。たとえ、その先に何が待ち受けていようとも。――必ず、あなたを見つけ出してみせる。




