第四章:世界のルールを書き換えます(仕様変更)
王都の近衛騎士団が丸ごと行方不明(実際は成層圏で聖女と共に公転中)になったという報せは、王宮を文字通り震撼させていた。
「騎士団が一瞬で消えただと……!? ルクレツィア、あの女、一体どんな禁忌の魔術を使いこなしているのだ!」
カイル王子は、ドレスの山で埋め尽くされた執務室の片隅で、頭を抱えて吠えていた。
今や王都の街路は、無限増殖した最高級ドレスによって埋まり、馬車はおろか徒歩での移動すら困難な「シルクの迷宮」と化している。経済は完全に麻痺し、平民からは暴動寸前の不満が募っていた。
「殿下、もはや一刻の猶予もございません! 国王陛下が病床に伏せられている今、殿下が『建国記念の聖霊祭』を無事に執り行い、次期国王としての威厳を国内外に示さねば、王権は失墜いたします!」
「わ、分かっている! だが、騎士団も聖女もいない中で、どうやって聖霊祭のメインイベントである『聖剣の儀』を行えばいいのだ!」
『聖剣の儀』。それは、王家の血を引く者が、初代国王の遺した聖剣を台座から引き抜くことで、国の結界を維持する最重要儀式である。本来ならヒロインであるミリアの祈りと、騎士団の護衛があって初めて成立するものだ。
「……フフ、そんなに聖剣が恋しいのかしら? カイル殿下」
「なっ、誰だ!?」
カイルが弾かれたように振り返る。
空間がベリベリと剥がれるような音と共に、誰もいなかったはずの執務室の中央に、一人の美しい少女が姿を現した。
夜会の日と変わらぬ、傲慢で、それでいて息を呑むほど完璧な美貌。
ルクレツィア・ヴァン・ディートリヒである。
「ル、ルクレツィア! なぜここに……! 衛兵! 衛兵を呼べ!」
「無駄よ、殿下。お外の兵隊さんたちはみんな、私の仕込んだ『睡眠のデバフ(処理遅延)』で、1コマ動くのに5分かかる状態になっておいでですわ」
私は優雅に扇子を広げ、カイルを見下ろした。
今回、私は王都のメインシステム——つまり、王宮の地下に眠る「世界管理サーバー(聖剣の祭壇)」へ直接ハッキングを仕掛けるために、テレポートのコマンドで乗り込んできたのだ。
「貴様、何の目的で戻ってきた! 国を滅ぼす気か!」
「滅ぼす? とんでもない。私はただ、この欠陥だらけの世界を『アップデート』しに来ただけです。……たとえば、その頼みの綱の『聖剣』、ちょっと中身を見せていただいたのだけれど」
私は空間から半透明のコンソール画面を引っ張り出し、カイルの目の前に突きつけた。そこには、王家の秘宝であるはずの「聖剣」のデータが映し出されていた。
【聖剣アスカロン】
[Status] Durability: 1/1000 (Warning: Critical)
[Attribute] Broken_Link: Model data missing.
「な、何だこれは……? 文字が光って……」
「これ前世の仕様書で『イベント専用の使い捨てオブジェクト』扱いだったのよ。だから、一度でも引き抜いてイベントを終わらせたら、耐久値の自動回復が割り当てられてない。つまり、**今の聖剣は突けば折れるプラスチック並みのボロ刀**よ」
「ば、馬鹿な! 我が王国の守り神だぞ!?」
「本当よ。このまま殿下が儀式で引き抜こうとした瞬間、ペキッと折れて『結界維持イベント失敗 ⇒ 即ゲームオーバー(世界滅亡)』のバグ(バッドエンド)ルートに突入するところだったわ。恐ろしいデバッグ不足ね」
カイルは顔面を蒼白に染め、ガタガタと震え出した。
自分が信じていた王国の権威が、ただの「壊れかけのハリボテ」だったと突きつけられたのだ。
「あ、ありえない……。では、我が国はどうなる……。私が王位を継ぐこともできないではないか!」
「ええ。だから、私が『仕様変更(パッチ当て)』をして差し上げましたわ」
私は不敵に微笑み、キーボードを叩いて最後のコマンドを実行した。
[Input] /system_update --patch=v1.01_Lucrezia_Edition
[Input] /change_ownership --target=Holy_Sword --owner=Lucrezia
『——システムアップデートを完了しました。世界の管理権限が「ディートリヒ公爵領」へ移譲されました』
ゴゴゴゴゴ……!
王都全体が、激しい地鳴りに揺れた。
「な、何が起きておるのだ!?」
カイルが窓に駆け寄り、外を見て絶叫した。
王宮の広場の中央、聖剣が突き刺さっていた聖なる台座から、目も眩むような黄金の光柱が立ち上っている。そして、台座に刺さっていたはずの古い剣は粒子となって消え去り、代わりに「ルクレツィアのホログラムが浮かぶ、巨大なハイテク操作パネル」が地面からニョキニョキと生えてきていた。
さらに、王都を埋め尽くしていた「増殖ドレス」が一斉に光り輝き、分解され、都市の建物を補強する「絶対不壊の防壁」へと再構築されていく。
「聖霊祭の儀式は、先ほど自動処理で完了させました。これより我が国は、王家による統治を終了し、私ルクレツィアを最高開発責任者(CEO)とする『ディートリヒ管理体制』へと移行します」
「き、貴様……! 国を乗っ取ったというのか! 悪魔め!」
「あら、人聞きが悪い。私はバグを直して、この世界のセキュリティを向上させてあげたのよ? 感謝してほしいくらいだわ」
私は絶望に膝をつくカイル王子を鼻で笑い、踵を返した。
「ああ、そうそう。殿下には、新しいお仕事(役職)を用意してありますから、安心してくださいね」
「な、何だと……?」
「我が社の新しい『自動デバッグ・テスター』ですわ」
私はパチンと指を鳴らした。
[Input] /set_role --target=Kyle_Prince --job=Bug_Tester
[Input] /teleport_object --target=Kyle_Prince --destination=Trap_Dungeon_Floor_99
「ひっ……! あ、足元が、消え——」
カイルの足元の床がポリゴン欠落を起こし、真っ黒な穴が開く。
彼は叫び声を上げながら、世界のあらゆる致命的なバグ(即死トラップや壁埋まり現象)が密集する「実験用ダンジョン第99層」へと真っ逆さまに落ちていった。彼がすべてのバグを身を挺して踏み抜くまで、そこから出られることはない。
◇
数日後。
バグが完全に修正された王都は、以前よりも遥かに頑丈で、安全な都市へと生まれ変わっていた。
私は新しく建造した「領主オフィス(元王宮)」の特等席で、アネットが淹れてくれた最高級の紅茶を優雅に楽しんでいた。
「お嬢様、王都の住民たちは『ルクレツィア様が聖剣の奇跡で街を救ってくださった!』と、大歓声を上げてお祝いの祭りを始めていますよ」
「ふふ、チョロいものね。バグを仕様だと言い張って、ちょっとパッチを当ててあげただけなのに」
窓の外を見上げると、青い空の彼方で、未だに一等星のようにキラリと光りながら周回し続けている「ミリア衛星」と、その後ろを等間隔でぐるぐる回っている「騎士団の輪」が見えた。
(うん、あれはあれで、夜の風情があっていいシステムに仕上がったわね。……仕様変更は当てずに、このまま放置でいいわ)
元悪役令嬢、現・世界の最高開発責任者(CEO)となった私は、今日も快適に動作する世界を眺めながら、満足げに微笑むのだった。
完




