第一章:婚約破棄、ただしバグ多数につき。
「ルクレツィア・ヴァン・ディートリヒ! 貴様との婚約を破棄し、この聖なる学園から追放する!」
大理石の床に、第一王子・カイルの傲慢な声が響き渡る。
きらびやかな夜会。周囲を取り囲む貴族たちの冷笑。カイルの腕にしがみつき、勝ち誇った笑みを浮かべる男爵令嬢のミリア。
テンプレ通りの断罪イベント。少女漫画風乙女ゲーム『恋する乙女と光の聖女』の、まさにエンディングシーン。
(……うん。知ってた。知ってたけどさぁ)
悪役令嬢ルクレツィア——に転生した元システムエンジニアの私は、ドレスの裾を掴んだまま、内心で激しい頭痛に襲われていた。
ただし、断罪されたショックからではない。
私の視界の右端で、**真っ赤なエラーログが秒速50行の猛スピードで流れているからだ。
[Warning] Object "Heroine_Milia" collision error: clipping into Floor_01
[Error] Prince_Kyle: Voice data not found. Playing alternative white noise.
「……る。……え、……き、……!」
カイル王子の口は激しく動いているが、さっきから声の代わりに「ピーーーー」という不快な電子音が鳴り響いている。どう見ても音声ファイルの読み込みエラーだ。
さらに酷いのはヒロインのミリアである。カイルの腕に抱きついているポーズのまま、下半身が完全に床の大理石にめり込んでいた。いわゆるオブジェクトの「壁抜けバグ」だ。彼女は自分が埋まっていることすら気づかず、ドヤ顔のまま上半身を激しく左右にガタガタと痙攣させている。
(デバッグが、全く足りていない……!)
この世界は、前世で私が死ぬ直前まで担当していた開発中のクソゲー(しかもデスゲーム要素を後付けされて炎上中だった仕様)のバグをそのまま引き継いでしまっている。
「……というわけだ! 何か弁明はあるか、ルクレツィア!」
音声エラーが奇跡的に復帰したのか、カイル王子が再び声を張り上げた。
周囲の貴族たちが「そうだ!」「悪女め!」とヤジを飛ばす。
私はすっと立ち上がり、扇子を優雅に広げて顔半分を隠した。そして、悪役令嬢としての完璧な微笑みを浮かべる。
「いいえ、カイル殿下。婚約破棄の件、謹んでお受けいたしますわ。……ただ、一つだけよろしいかしら?」
「ふん、命乞いか? 見苦しいぞ」
「ミリア様の足元、床の中にめり込んでいらっしゃいますけれど……それは最新のドレスの着こなし方かしら?」
「なっ……!?」
カイルが視線を落とす。周囲の貴族たちも一斉にミリアの足元を見た。
ミリアは膝まで完全に大理石の床に埋まり、時折「ズザザザザ」と音を立てて数センチほど横に瞬間移動している。
「あ、あら……? 体が、動か……え? キャッ!?」
ミリアが焦って動こうとした瞬間、ゲームの物理エンジンが異常を検知した。
床の判定とミリアの足の判定が激しく反発し合い、凄まじい衝撃波(物理演算バグ)が発生。
「ぎゃあああああーーー!?」
ミリアの体がラグドール(物理人形)のようにあらぬ方向に折れ曲がり、ものすごい勢いで天井へと吹っ飛んでいった。
「ドガシャァン!」という派手な音と共に、豪華なシャンデリアに引っかかるミリア。
「ミ、ミリアァーーーッ!?」
カイル王子が絶叫する。夜会会場は一瞬にしてパニックに陥った。
「暗殺者か!?」「いや、ルクレツィアの呪いだ!」
怯える貴族たちを背に、私はフッと冷ややかな笑みを漏らし、髪をかき上げた。
「皆様、ご安心あそばせ。……これは呪いでも暗殺でもございません」
私は胸を張り、堂々と宣言した。
「『仕様』ですわ」
「し、仕様……っ!?」
カイルが混乱と怒りで顔を真っ赤にする。
「ええ。聖女たるミリア様が、天界(天井)に近づくための神聖な儀式。これぞディートリヒ公爵家が提供する、次世代のエンターテインメントにございます。……それでは皆様、ごきげんよう」
私は優雅に一礼すると、混乱の極みに達した会場を後にした。
背後では、シャンデリアに引っかかったミリアが、バグの反動で秒間60回という超高速で回転を始め、夜会会場に凄まじい暴風を巻き起こし始めている。カイル王子は暴風に巻き込まれ、ドレスハットを飛ばされながら「ミリアー!」と叫び続けていた。
(よし。これで私は晴れて追放処分。あんなバグだらけの王宮、こっちから願い下げよ)
私は夜会の門を叩きつけるように閉めた。
これから始まる。
世界そのものがバグに侵食されたこのクソゲー世界で、私だけが知っている「仕様」を使った、最高のザマァ劇が。




