42.城田英恵
「えー、昨日に引き続いて、文化祭の出し物を考えたいと思います」
委員長の長嶋が、黒板の前に立って教室を見渡す。
ハナエは後ろの端の席に座って、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
五月某日――窓から見えるのは、薄曇りの空。
以前と変わらない、いつもどおりの日常が戻ってきた。
変わったのは、ひとつだけ。
アヤの存在だけが、抜け落ちたようにこの世界から消えていた。
席もない。出席簿に名前も載っていない。
皆の記憶にも、『景山綾』という人物は残っていないようだった。
まるでそんな人など、初めから存在していなかったように。
(だけど、あたしは覚えてる)
きっとアヤは、素晴らしい王様になるだろう。白の王女と力を合わせて、あの世界を立派に治めていくはずだ。
ハナエだけは、そのことを知っている。
たとえそれが、誰も知らない物語だとしても――メモ束とエールの押し花が、確かな証拠なのだから。
「えーっと……誰か、何か意見はありませんか。思い付きのアイデアでも構いません」
困った様子で長嶋が言った。
こんなとき、さっそうと立ち上がって皆を引っ張ってくれたアヤは、もういない。
自分は脇役、ただの『通行人A』。
地味で、勉強も運動も大してできない。美人で目立つ子たちとは違う。
……ずっとそんなふうに、自分で勝手に決めつけていた。
アヤはもう、ここにはいない。
でも、あたしはここにいる。この世界で生きている。
『自分の人生を生きなさい』
アデルの言葉が、今も胸の中に響いている。
(この世界で、あたしは自分の人生を、自分の足で歩くんだ)
目を閉じて、深く息を吸う。
窓の外から漂ってくる花の香り――これは、忍冬だろうか。
どこか懐かしさを感じる甘やかな匂いが、優しくハナエの背中を押した。
「あ、あのっ!」
ハナエは、思い切って手を上げる。
「はい、城田さん」
「あたし、ちょっと、考えてみたんですけど!」
教室中の視線が、一斉にハナエに集まる。
ハナエはぎゅっと手を握ると、小さく息を飲んだ。
一瞬の沈黙。
そして――。
「えーすごい! ホントに?」
「どんなどんな?」
「ききたーい!」
クラスの派手な子たちも、興味津々で目を輝かせている。
やっぱりまだ、注目されると委縮してしまいそうになるけれど――大丈夫、大丈夫。
ハナエは一度、大きく息を吸い込むと、手元のメモに視線を落とす。
――――――――――――
・おばけやしき+宝探し
・喫茶店+おばけやしき
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三つ足すとさすがに諄いかとも思ったが、一人で悩むのはやめた。
これからみんなで話し合えばいいだけだ。
まわりの人たちの力を借りることも、ハナエが教わった大切なことなのだ。
「城田さん、黒板使いますか?」
ハナエは頷くと、メモ帳を片手に立ち上がる。
リトの教えてくれた、あの『古い約束』――いつかまた、みんなに会える日が来たら、胸を張って笑える自分でいたい。
だからこれは、最初の一歩。
誰かの脇役ではなく、救世主でもなく――『城田英恵』として、自分を生きていくために。
曇り空から、晴れ間が覗く。
明るい光が差し込んでくる。
(よし、行こう)
顔を上げると、ハナエは真っすぐに歩き出した。
【了】
全42話、完結です!
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