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41.古い約束

 黒の王により、即時停戦命令が出されてから、わずか四日後。


 黒の王はみずから白の王城へと出向き、白の王女にこうべを垂れ、深く謝罪した。

 白の王女がそれを許すことで終戦が宣言され、その場で和平条約が締結ていけつされることとなった。


 ここに、長く続いた白と黒の紛争の歴史が、ついに終焉しゅうえんを迎えたのである。




 白の王城にて、条約の調印式が終わったのは、とっぷりと日が暮れた刻だった。


 純白の城壁も、今は夕暮れの色に染まっている。

 黒の王はひとり回廊にたたずんで、ゆるやかに流れていく茜雲を眺めていた。


「王様」


 鈴の鳴るような声がした。

 王が振り返ると、いつの間にか白の王女が立っていた。


「これは王女様。調印式、お疲れさまでした」


「いいえ、長旅をなさったのは黒の国の皆さまですもの。わたくしは疲れてなどいませんわ」


 王女は甘い微笑みを浮かべると、ふわりと王のそばに歩み寄る。

 そして、少し背伸びをすると、王の耳元でささやいた。


「……ねえ、あなたはだれ?」


「……!」


 思わず半歩後ずさる王に、王女はいたずらっぽく笑った。


「わたくしも、国を預かる身。あなたの様子が以前と違うことくらい、分かりますわ」


「……私は、元・黒の騎士――ハナエと同じ世界から来た、景山綾かげやまあやと申す者です」


 黒の王はその場にひざまづくと、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。このたびの騒動は、すべて私の愚かさ故――黒の騎士として、ひとりの人間として、許されぬことをしました」


「王様――いえ、アヤ様。顔を上げてくださいませ」


 王女は王の手を取ると、ぎゅっと自分の胸に引き寄せる。


「あなたは間違ってしまったかもしれない。けれど今、あなたはそれを悔いている。悔いる思いがあるのなら、きっとやり直せます。あなたはもう、ひとりではないのですから」


「王女様……」


「共に良い国を作りましょう。これからのほうが、きっと大変だわ。やらなくてはならないことが、きっとたくさんあります。でも、わたくしは今、とってもドキドキしています。だって、あなたがいらっしゃるもの! わたくしももう、ひとりではないのだわ」


 王女はそう言って、花が咲くように笑った。


 王はまぶしそうに目を細めて、その笑顔を見つめていた。だが、やがて意を決したように、強く頷く。


「白の王女よ、私はあなたに誓います――そして、ハナエと仲間たちに誓う。黒の王として、ひとりの人間として、この世界にためにすべてを尽くすと」


 ひざまづいたままで、王はそう言った。

 王女は身をかがめると、その顔をのぞき込む。


「アヤ様、あまり背負い過ぎないで。わたくしにも、その重荷を分けてください。楽しい時は一緒に笑ってください。辛い時は、手を取り合いましょう」


 それから少し拗ねたような顔をして、王女は小さくぼやく。


「わたくし、本当はずっとハナエ様がうらやましかったのです。だって、アデルやヨシュアとあんなに信頼しあっているんですもの。私も仲間に入って、一緒に冒険したかった」


「……私もです」


「えっ、あなたも?」


「本当は寂しかった。ハナエと、ちゃんと友達になりたかった」


 黒の王はそうこぼすと、王女の手を取って立ち上がる。

 王女は少し嬉しそうに言った。


「わたしたち、似た者同士ですのね」


「そうですね」


 顔を見合わせ、ふたりはふふっと笑い出す。


 一羽の鷹が、悠々と空を横切っていく。

 王と王女は手を取り合ったまま、宵染めの空をいつまでも眺めていた。



   ***



 なんて鮮やかな緑色だろう。


 雨にぬれたような木々の緑は木漏れ日に透け、まるで輝いているかのようだ。

 あたりを見渡せば、あちこちに青や桃色の小さな花が咲いている。


『白鹿の泉』へ向かう林の中を、ハナエとアデル、ヨシュア、そしてリトの四人がゆっくりと歩いていた。


 和平条約締結から数週間たった、今朝のことだ。


 白い剣が突然、淡い光を放ち始めた。

 いつも白い光を放っていた剣は今、虹色の光を帯びている。


 ちょうど同じころ、『白鹿の泉』から虹色の光が発せられているとの報告があった。

 白い剣が、帰還の時を知らせている――ハナエにもすぐに理解できた。


「でも、なんで虹色なんだろうな。これまでずっと白だったじゃねえか」


 ヨシュアが言う。


「虹は世界をつなぐ橋なんだとさ」


 リトがぐーんと伸びをしながら、空を見上げる。


「橋? それもまた、『星読みの民』の言い伝えか?」


「ああ、ばあちゃんが言ってた。つまり、虹色に光ってる場所から元の世界に戻れるんじゃないか?」


 白い剣がふわりと光る。

 まるで、リトの言葉を肯定するように。


(わかってる。わかってるよ――でもね)


「……帰りたくないな」


 思わず、ハナエの唇から本音が滑り落ちた。


「ハナエ様……」


 アデルが言葉をなくしてうつむく。

 ヨシュアは何も言わずに、そっぽを向いてしまった。


「なんだよ、暗い顔すんなよ。大丈夫だって! きっとまた会えるさ」


 そんな三人の顔を眺めながら、リトは陽気に笑っている。


「てめえはまた、根拠もなく適当なこと言いやがって」


「うるせえバーカ、根拠はありますぅ」


「なんだと?」


 ヨシュアとリトがにらみ合ったところで、アデルが慌てて間に入る。


「ちょっと! こんな時まで喧嘩しないでくださいよ。ところでリト、根拠というのもまた『星読みの民』の伝承ですか?」


「まあ、伝承っていうか、古い詩だな」


「詩?」


 リトは頷くと目を閉じて、静かに口を開いた。


 ――繋がった想いはほどけ、いつか帰ってゆくけれど

 いくつもの夜を超え いくつもの世界を渡り

 また巡り合い 再び繋がる

 過去も未来も 夢も現もなく

 ただそこにあるのは その想いだけ

 それこそが世界のさだめ ただひとつの古い約束――


「ひょっとしたら俺たちは、昔に一度巡り合って、ここでまた会えたんじゃないかな。そして未来にまた巡り合う――そういう約束なんだ、きっとな」


 リトはそう言いながら、ハナエの頭をぽんぽんと軽く叩いた。


 アデルも「そうですね、きっと」と笑う。

 いつもハナエに勇気と安らぎをくれた、暖かなあの笑顔で。


「ま、しばらくは静かでいいんじゃねえか。次会ったら、倍ぐらいうるさく感じそうだけど」


 ヨシュアは憎まれ口を叩きつつも、少し寂しそうに笑う。


「もう、最後まで素直じゃないんだから」


「うるせえ。ほら、着いたぞ」


 茂みをくぐり抜けた先で、目の前が開けた。


 木々の肌に巻き付いた、精巧な細工のような緑色のつる。

 いくつも咲き乱れる、白い可憐な花々。


 その真ん中に広がる澄んだ泉からは、淡い虹色の光があふれるように湧き出している。


 白の剣が、ハナエの腰の鞘からするりと飛び出した。

 宙に浮いた白い剣が、泉の中央でひときわ強く輝く。


 泉の水面に、白の紋章が浮かび上がった。


 ハナエは、きつく拳を握り締めた。

 そうしなければ、きっと涙をこらえることができなくなってしまうだろう。


 もしも、いつかまた会えるなら、その時までずっと笑顔の自分を覚えていてほしいから。

 ハナエは泉の縁まで歩み寄ると、振り返って笑った。


 風が吹く。

 透明な風が、ハナエの髪を揺らして通り過ぎていく。


 ハナエとアデル、ヨシュア、リトの視線が繋がる。


 それは、ほんの一瞬だった。

 この一瞬を、一生忘れることはない――そう思った。


「じゃあ、行ってきます!」


 思いを断ち切るように前を向くと、ハナエは泉へと足を踏み入れた。


 水面が虹色に強く輝く。

 光の中で、ハナエは静かに目を閉じた。


 その時――。


 誰かが名前を呼ぶ声がした。

 後ろから、強く抱きしめられた気がした。



   ***



 見覚えのある天井が、ぼんやりと瞳に映る。


 ここは――ああ、いつもどおりの平凡な日々を送っていた、代わり映えのしない自分の部屋だ。

 

 狭いベッドから身を起こし、窓から外を覗いてみる。

 寝静まった夜の町には、ぽつぽつと街灯が光っているだけ。あの不思議な夜の虹は、どこにも見えなかった。


 時計は、午前0時5分。


「夢……じゃないよね?」


 その疑問に答える声はない。

 ベッドに座り込んだまま、ハナエはしばらく呆然としていた。


 なんとなく心にぽっかりと穴が開いたような気分で、ハナエは両手のひらを見る。

 何度も剣を振ってきたはずの手には、特に傷もマメもできていない。


(夢……だったのかな)


 その時だ。

 鼻先に懐かしい香りが触れる――甘やかで、澄んだ香りが。


 はっと顔を上げて、ハナエは周囲を見渡す。

 

 床に無造作に落ちている、少しくたびれた紙束――ハナエはそれを拾い上げると、恐る恐るページをめくった。


―――――――――――――――――

・白の国 農業の国 白の王女が統治

・黒の国 工業の国 黒の王が統治

―――――――――――――――――


 そこには確かに残っている。

 これまでに綴ってきた文字が残っている。


―――――――――――――――――

 ・作物が取れなくなった

 ・王女様の口がきけなくなった

 ・魔女の呪い?

―――――――――――――――――


 ページをめくるたび、鮮やかによみがえる日々――。


 いきなり救世主だと言われ、受け入れられなかったこと。

 孤独に震える夜、アデルが『城田花枝』を見つけてくれたこと。

 意地悪だったヨシュアが、心を開いてくれた夜のこと。

 敵に追われ、途方に暮れた『外の森』で、リトが手を差し伸べてくれたこと。

 いろいろな誤解を経ながらも、王様になって戦争を止めてくれた、アヤのこと。


 ハナエと仲間たちが、悩み、考え、乗り越えてきた痕跡こんせきが、文字となって確かに残っている。


 ページの間から、するりと白いものが落ちた。


「これは……」


 白く輝くようなエールの花が、三つ。

 いつの間にか、しおりのようにページにはさまれた白い花が、優しく香る。


 ハナエの頬を、いくつもの熱い涙がこぼれ落ちていく。


 夢でもいい、現実でもいい。

 そんなことはもう、どっちだっていい。


「ありがとう――アデル、ヨシュア、リト――みんな大好きだよ」


 今はもう懐かしくなってしまった香りの中で、ハナエは紙束を胸に抱きしめていた。

次回、最終回です!4/10更新予定。どうぞ最後までお付き合いくださいませ!

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