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39.白い剣

「この世界から出て別の世界に渡るため、肉体と意思を切り離す――そのために、白い剣の力を欲した、ってことね」


「そういうことだ。案外利口じゃないか、見た目と違って」


 黒の王の挑発を冷たく無視して、ハナエは口を開く。


「外の世界を見てみたいって気持ち自体は、否定しないわ。だけど、問題はその方法よ。あんたは『災厄のつた』を使って、この世界に危機を招いたって言ってたわね」


「そうだ。言っておくが、『災厄の蔦』を目覚めさせたのは、我ではなく魔女だぞ」


「人のせいにしないでよ。どうして魔女が、世界を危機に陥れる必要があるわけ?」


 ハナエの言葉に、黒の王はニタリと笑った。


「なんだ、やはり見た目通りの馬鹿だな。『魔女は世界を渡りながら、力を集め、旅をしている』と言っただろう。魔女はこの世界に、力を集めにきたのさ。『災厄の蔦』を使ってな」


「蔦を使って、力を?」


「そうだ! まず最初にぞくに子供をさらわせ、生贄いけにえとして蔦に捧げた。蔦はすぐに脈動みゃくどうを始め、いくばくかの果実を付け――その果実を食した我々は、驚くほどに強い魔力を得たのだ!」


 黒の王はそこで言葉を切ると、今度は苦々しく顔をゆがめた。


「だが、魔女は言った。「この化け物は人の手に負えない、使うのはやめたほうがいい」と。そしてさらに、あの女はこうも言ったのだ――「お前がいるなら、私もこの世界に留まろうかな。ここにいれば、ひとりじゃないし」と」


 突然、黒の王が大声で笑い出す。


「馬鹿馬鹿しい! 我が欲しいのは力だけだ、くだらぬ足枷あしかせなど不要! だから我は『災厄の蔦』の果実をもうひとつ食して力をつけ、あの女を封印してやったのだ!」


 ああ、だから氷の中の魔女は、あんなに悲しそうな顔をしていたのか。

 信頼していた弟子――もしかしたら、それ以上の想いを抱いていたかもしれない相手に、目の前で裏切られてしまったのだから。


 ハナエは大きく息を吸って、ゆっくり吐き出す。

 怒りで血が上りそうになるけれど、落ち着け――今はまだ、聞かなければならないことが残っている。


「王女様の病気の原因も、あんたたちなの?」


「あれは病気ではない。我の魔法よ」


 ふん、と得意げに笑って、黒の王は言う。


「王女は世界の異変に気付いた様子だった。黒の国に書簡を送ってきたり、外の森に調査のための派兵までしてきた。このままでは『災厄の蔦』のことを知られ、広められるかもしれん――だから言葉を奪ってやったのだ。怪しまれないために、我も聴覚を失ったふりをしてな」


「あんた……本当に最低ね」


 ハナエがきつく睨みつける。黒の王は軽く肩をすくめると、憎らしいほど美しい微笑みを浮かべた。


「よく働いたと褒めてほしいものだな、三年もかかってしまったよ。世界は少しずつ『災厄の蔦』に蝕まれ、ついに滅亡の危機が訪れた。その結果、お前たちふたりの騎士が、世界に呼ばれて現れたのだ。あとは貴様を捕え、白い剣の力を使わせるだけだ――そのはずだった」


「ふん、お気の毒さま。いろんな小細工をしてくれたけど、あんたは結局あたしを捕まえられなかったもんね」


「……そうだ、お前の周りの邪魔な従者どもと、愚かな黒の騎士のおかげでな!」


 憎々しげに歪んだ王の美しい顔を、ハナエは真正面から睨みつけた。


「――アヤは、あんたを本気で心配していたわ。耳の聞こえないあんたをね」


「ああ、知っているさ――くく、本当に馬鹿な女だった」


 ギリ、とハナエが歯を食いしばる。こいつのせいで――こんな奴のせいで!

 怒りを必死で抑えるハナエの前で、黒の王がさも楽しそうに口を開く。


「白の騎士よ、なぜ怒る? 我はあれに、白の騎士を生け捕りにしろと命じたのだ。お前の命を狙ったことも、星読みの里を壊滅させたのも、あれが勝手にやったことだ」


「どうして――どうしてアヤを『災厄の蔦』に!」


「どうして、だと?」


 王の目に怒りが燃え上がる。


「あの女は勝手に『災厄の蔦』の果実を食いやがった! 多くの生贄を捧げ、せっかく育ってきた果実を! しかもそれを食ってなお、あの女はお前に負けた!」


 ダン! とテーブルを強く拳で叩く。机の上の水差しが大きく揺れる。

 王は立ち上がると、打って変わって静かな口調で言った。


「使えない駒はいらない。だから、全部タネあかしをした後、言ってやった――「お前など初めからどうでもいいのだ。お前などいらないのだよ。私が欲しいのは白の騎士だ、お前ではなく」とな」


「貴様……!」


 雷の魔法で縛られたままのヨシュアが、怒りに顔をゆがめている。

 黒の王はそれを見て、狂ったように笑いだした。


「そう告げたときの、あの女の顔は最高だった。目を見開き、信じたくないと涙を流して――ああ全く、愛におぼれる孤独な女ほど、滑稽こっけいなものはないな。愚かなことだと思わないか?」


「愚かなのはあんたよ! 絶対に許さないから!」


 ハナエはついに、腰の柄を握りしめて叫んだ。


「おっと、動くなよ。コイツが死んでも構わないのか?」


 黒の王はヨシュアの頭をつかむと、テーブルの上に乱暴に叩き付けた。


「大いなる偉業の前に、小さな犠牲はやむを得ない――我を止めるためにこの男を見殺しにするなら、お前も我と同じではないのか?」


 ハナエが口を開く前に、ヨシュアが大声で叫んだ。


「ハナエ、コイツを叩き切れ!」


「無理だよ、この女は我を切れないさ。腰抜こしぬ腑抜ふぬけのあまちゃん騎士だぞ。そのことは、お前たちだってよく知っているだろう?」


 黒の王がフンと笑い飛ばした。

 だが、それには目もくれず、ヨシュアは言葉を続ける。


「こんな奴の言うことなんか聞くな! コイツは用が済んだらお前も殺すつもりだぞ!」


「うるさいな、人質は黙ってろよ!」


 バチン!

 黒い電撃が弾ける。


 ヨシュアは苦痛に顔を歪めて、それでも黒の王を射貫いぬくように鋭く睨み上げる。


「俺の命ぐらいくれてやる、それでお前を潰せるんならな!」


「うるさいって言ってるだろ!」


 黒の王の手から黒い稲妻が迸り、ヨシュアの体に突き刺さった。


 ヨシュアは身をのけぞらせる。

 悲鳴を上げまいと食いしばった歯の間から、ぼたぼたと血がこぼれ落ちる。


 その時だった。


「待ちなさい、黒の王」


 凛としたハナエの声があたりに響き、王は顔を上げた。


「あたしはヨシュアを返してほしい。あんたは白い剣の力で『命なき意思』になりたい。なら、取引しましょうよ」


「ほう、取引か」


 黒の王はニヤリと笑った。


「いいだろう、お前が我を『命なき意思』にするというのなら、この男を返してやろう」


 ヨシュアが目を見開いて怒鳴る。


「おい、ハナエ! 何言ってんだ馬鹿!」


「馬鹿はどっちよ、馬鹿」


 ハナエはじろりとヨシュアを睨んだ。


「命をくれてやる、なんて簡単に言わないで。絶対許さないんだから」


 そう言って、ハナエは剣の柄に手をかけた。

 目を閉じて、強く柄を握りしめる。


 剣全体が白く輝きはじめ、右手の甲に紋章が浮かび上がる。


「全部守る――もう誰も、失わない」


 ハナエは一気に白い剣を抜き放った。


 ――白光一閃。


 白く輝く刃が、黒の王の胴体を斜めに切り払う。

 王の体がぐらりと揺れ、そのまま地面へと倒れ込んだ。

 

 一瞬の沈黙。


 そして、次の瞬間――倒れている黒の王の背から、『もうひとりの黒の王』がするりと抜け出した。


「これが『命なき意思』……おお、体があるときと同様に、物に触れることはできるのか……へえ、面白いな」


 体から抜け出した黒の王は、ぺたぺたと自分の顔やテーブルに触れている。

 やがて満足したのか、王は再び狂ったように笑いだした。


「あはは! あははははっ! よくやったぞ、白の騎士! あとはこの世界の命をすべて『災厄の蔦』に捧げ、力を得れば完成だ――……ん?」


 王は怪訝けげんな顔で、ハナエの手元に目を止めた。


 右手に握られた、白い剣。

 その純白の刀身が、みるみるうちに黒く染まっていく。


 ハナエは剣に左手を添える。

 その手の甲に、また別の紋章が浮かび上がった――黒紫色に輝く、美しい紋章が。


「なんだ、それは……?」


 黒の王が、そうつぶやいた直後。

 ハナエは、黒く染まった刃を『倒れたままの王の体』に躊躇ちゅうちょなく突き立てた。


 黒紫色の光が、刃からほとばしる。

 それは『倒れている王の体』を包み込み、やがて溶けるように消えてしまった。


「おい、貴様! 何をした!」


 異常を察して、王が叫ぶ。

 けれどハナエには、答える力はもう残っていないかった。


 糸が切れたように、ハナエはその場に崩れ落ちる。

 地面に頭を打ち付ける寸前に、その体は『それ』に抱き止められた。


「な……何が起きているんだ?」


 黒の王は目を見開き、驚愕きょうがくの表情で『それ』を見据えている。


 無理もない。

 倒れるハナエを抱きとめたのは、抜け殻になったはずの『王の体』だったのだから。

次回は4/8の夜に更新予定です。

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