新居完成
生きる拠点が、ついに完成した。
遺跡のそば――森を切り拓いた場所に、
石と木で組まれた小さな家が立っている。
「……できたな」
思わず、口元が緩む。
「俺たちの新居、完成だ!」
にやにやが止まらない。
新居って――言葉の響きが、やけに夫婦っぽいじゃないか。
一度、咳払いをして気を取り直す。
「……コホン。この拠点を軸に、魔術陣の研究を始めます!」
返ってきたのは、やたらと元気な声だった。
「がっんっばっれー!」
ぱちぱちぱちぱち。
……応援が全力すぎる。
拠点の完成まで、十日もかかった。
昔の変成魔術は、改良前の術式らしく、工程が多い。
そのぶん、どうしても時間がかかる。
(変成母神のセナ様……まだ、この時代じゃ生まれてないんだよな)
妙なところで、歴史を実感する。
拠点ができるまでの間、
俺は宿で研究を進めつつ、空いた時間で金を稼いだ。
未来では当たり前だった魔術や加工。
この時代では、どれも目新しい。
「儲かってるね!」
「俺、ドライフード職人じゃないんだけどな……」
苦笑しつつも、事実だった。
湯を注ぐだけでスープになる。
腹に溜まる。
干し肉と硬いパンしか知らない人たちにとっては、
それだけで革命だ。
飛ぶように売れた。
「専門店を開いたら、生活困らずに生きていけるんじゃない?」
「……転職、考えるか」
一瞬、真顔になってから、
二人して吹き出す。
あの図々しいお願いをしてからも、
彼女はずっと、俺と一緒に行動してくれている。
街に出れば、少しずつ分かる。
香辛料が効いた料理が好き。
レモンティーが好き。
緑色が好き。
宝石には、興味がない。
それから――
迷わず、人を助ける。
優しい。
新しい彼女を見つけるたび、
心臓が忙しくなる。
「……俺、トワが好きだ」
思わず、口をついて出た。
「ありがとう! 褒めてくれて嬉しい!」
……そういう軽いやつじゃ、ない。
言葉を失っている間に、
彼女は軽やかに果物屋へ向かっていた。
深呼吸を、何度か。
「林檎、好きだろ。これと、あれを」
店主が、にやりと笑う。
「美人の奥さんがいて、羨ましいね」
「ありがとうー!」
……否定しないのか?
え、もう俺たち夫婦だったのか?
林檎を拭いて、差し出される。
「はい、どうぞ」
にこっと笑う。
「ああ、ありがとう」
かぷり、と齧る。
「……酸っぱい!」
改良前の品種らしい。
「あはは! あとで宿の厨房を借りて、林檎パイにしてあげる」
「……楽しみにしてる」
本気で。
君の手料理が食べられることを。
誰だって、一度は考える。
過去へ跳べたら、未来の知識で無双できるんじゃないか、と。
実際は――ならない。
素材がない。
材料がない。
全部、ゼロからだ。
戦闘魔術師としての技術は役に立つ。
でも今は戦時じゃない。
シュタットは、平和だ。
……平和、なんだよな。
ちらりと、横を見る。
彼女が、こちらを見た。
目が合って、笑う。
「……好きだよ」
「だよね? じゃ、買ってくる!」
焼き鳥屋へ駆けていく背中。
俺は、盛大にため息を吐いた。
「……何やってんだ、俺」
帰るんだろ。
元の時代へ。
……その時。
彼女は、ついて来てくれるんだろうか。
神殿の鐘が、街に響いた。
「……たった数日で、昔のシュタット生活に慣れちまったな」
そう呟いた声は、
自分でも分からないくらい、静かだった。




