魔術陣の起動
旧神殿の大広間。
風切りの刃のパーティに護衛されながら、私はここに籠もっていた。
――一ヶ月。
その時間の重さを、数字として意識したことはなかった。
「……その、すまない。
一度、戻ってもいいか?」
ガイルの声が、静寂を揺らす。
「……え?」
ミーナが続ける。
「一ヶ月も音沙汰がないと、さすがにギルドも心配するからね」
「この大広間には、魔物が入ってこないことは確認できた」
「……一緒に」
エドの短い言葉に、胸が一瞬だけ締めつけられる。
「……もう、一ヶ月?」
私は、ゆっくりと大広間を見渡した。
石畳の床には、幾重にも刻まれた魔術陣。
線は重なり、意味を孕み、静かに息づいている。
――まだ、完成していない。
「……あの。
今、離れてしまうと……」
言葉が、喉で引っかかった。
この大広間は、魔物が一切湧かない。
いわば、安全地帯。
彼らには帰ってもらって、
私は、ここに残る。
「……私は、ここに残ります。
ギルド長には、研究で大広間に籠ると伝えてください」
今は、ここから離れられない。
ガイルは、少し考えてから頷いた。
「……そうか。目的地までの護衛依頼としては、すでに達成している」
「ちょっとガイル! 本気?」
「ダンジョンに、彼女ひとり?」
「……これは、依頼主の意思だ」
ハイドが肩をすくめる。
「じゃあ、定期的に様子見を送ってもらおう。
それなら、いいだろ?」
彼らの声に、押しつけはない。
心配と、理解が、同じ重さでそこにあった。
――やっぱり、プロだ。
「依頼達成のサイン、します。
それと……費用をお渡しするので、
食料と生活用品の配達を、ギルドに依頼してもらえますか?」
信用できない相手には、頼めない。
でも、この人たちなら。
「……ああ。請け負った。
俺たちは調査専門だからな。
別のパーティが、定期的に……そうだな、月に一度は配達に来るよう手配しよう」
「ありがとう、ガイル。
みんなも……」
言葉は、それ以上いらなかった。
彼らが去り、
大広間の扉が、静かに閉まる。
――音が、消えた。
それからは、配達のパーティが何度か訪れた。
外の世界の、断片的な情報。
ギルド長が代替わりしたこと。
本屋の店主から差し入れの書が届いたこと。
配達に来る冒険者の顔ぶれが、少しずつ変わっていったこと。
時間は、確実に流れていた。
そして――
「……完成した」
自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。
どれほどの日数が過ぎたのか、もう分からない。
ただ、大広間の床には、
時空魔術。
記憶を鮮明にする魔術。
引き寄せのための術式。
そして――過去の私へ宛てた、メッセージ。
すべてが、重なっている。
「……神様。
どうか……この魔術が、成功しますように」
願いは、祈りの形をしていなかった。
ただ、切実だった。
「……どうか、彼を救って。
わたしのもとへ」
ダンジョンコアへ、魔術陣を接続する。
光が浮かび上がり、
鈴の音のような響きが、大広間に反響する。
「……我は乞い願う。
かのものを、この刻へ!!」
最後の鍵は――
私の、魂。
逢いたい。
彼に、逢いたい。
わたしの……
わたしの……
唯一の――
光が、弾けた。
意識が、ゆっくりと魔術に溶けていく。
その中には、
何十回、何百回……
いや、それ以上の回数があった。
彼に出逢い。
彼の最期を見送り。
魔術陣を展開し、恋に落ち。
そして、また――彼を見送る。
私たちの記憶が、
私がいた時間が、
鮮明になっていく。
次こそは。
次こそは――
彼を――




