ふたりで迎えた朝
「……おはよう」
少し掠れた声が、すぐそばで落ちた。
「……お、おはよう」
返事は、一拍遅れる。
その間が、ひどく彼らしい。ぎこちなくて、正直で、隠しきれていない。
私はゆっくり目を開けて、隣を見る。
一瞬だけ、状況を確かめるみたいな間があって――それから、ふにゃりと笑ってしまった。
「……朝だね」
自分でも分かる。
いつもより声が柔らかい。顔も、たぶん。
昨夜の名残が、まだ身体の奥に残っている。
不安も、緊張も、どこかへ行ってしまって。代わりに、変な安心感だけが胸に広がっていた。
「……朝だな」
軽く、口付けが落ちる。
触れるのは一瞬なのに、距離は近いまま。
近いのに、触れていない。
触れていないのに、もう遠くない。
「……よく、眠れた?」
何気ない問いのはずなのに、声が少し低い。
昨夜の続きを、無意識に引きずっているみたいで、少し可笑しい。
「うん。すごく」
迷いのない即答だった。
布団の中を満たしているのは、静かな時間と、朝の光。
カーテンの隙間から差し込む淡い光が、部屋をやさしく照らしている。
外から聞こえる遠い街の音が、日常を思い出させる。
――朝だ。ちゃんと。
彼が、くるりと体勢を変えて、こちらを向いた。
距離が、またほんの少し縮まる。
「……ね」
「ん?」
「……昨日のこと、覚えてる?」
直球だった。
自分でも驚くくらい、躊躇がなかった。
一瞬、思考が止まるのが分かる。
「……お、覚えてる」
その答えに、私は視線を少し泳がせてから、くすっと笑った。
「よかった」
安心した、というより――確かめたかっただけ。
「……俺も、気持ち良かった」
思わず、きょとんとする。
それから、頬がゆるんだ。
「……凄かったよ」
言った瞬間、彼が息を呑むのが伝わってくる。
「……もう一回、する?」
自分でも分かっているはずだ。
身体は、もう正直すぎるくらい正直だって。
私はそんな彼を見て、くすっと笑う。
「ちょっと……聞く前に始めてるでしょ」
そう言いながら、布団の中で縋りついてしまう。
触れ合う熱が、朝の光の中で溶けていく。
――静かに、確かに。
それから。
息を整えながら、私はぽつりと言った。
「……今日は、どうする?」
「え?」
「朝ごはん。パンあるし、スープも作れるよ?」
その一言で、空気が変わる。
……日常。
昨夜までとは違う、いつもの選択肢。
それが、胸にすとんと落ちた。
「……一緒に?」
「当たり前でしょ」
何でもないみたいに言ったけれど、
その言葉が、きっと一番効いた。
「……じゃあ、俺は湯を沸かす」
「お願い」
また、笑ってしまう。
昨夜とは違う笑顔。
でも、ちゃんと繋がっている。
彼が布団を出る。
その背中を目で追ってしまって、少しだけ名残惜しい。
振り返った彼と、視線が合った。
「……なに?」
「いや……」
言葉を探して、結局、正直に。
「……幸せだな、って」
一瞬、驚いた顔。
それから、すぐにいつもの笑顔。
「うん。私も」
それで、十分だった。
朝の光は、もう部屋を満たしている。
新しい一日が、始まってしまう。
でも――
不安よりも、安心の方が大きい
ふたりで迎えた朝だった。




