君の生命が尽きるその時まで
柔らかな朝日が、拠点の窓辺を照らしていた。
風は穏やかで、空は澄みきっている。
今日は、なんだか――
ピクニック日和だな、なんて思った、そのとき。
視線を向けると、
そこに立っていたのは、戦闘魔術師としての正装に身を包んだクオンだった。
いつもの軽装とは違う、引き締まった佇まいだ。
「あれ? 今日はやけに張り切った格好してるね!」
軽く声をかけると、
彼は一瞬だけ視線を逸らしてから、こちらを見る。
「……トワ。花畑へ、一緒に行かないか?」
今、思ってたのに!
「そろそろ昼食時だね! ピクニックだね、行く!」
自分でも驚くほど、弾んだ声が出る。
同じことを考えていたなんて、それだけで嬉しい。
「……ああ」
短く返事をして、クオンはまた視線を逸らした。
外へ出ると、
風がやさしく頬を撫でる。
視界いっぱいに広がる、紫の花海。
揺れるスターチスが陽を受けてきらめき、
まるで時間そのものが、ここだけ緩やかに流れているみたいだった。
「綺麗だよね」
そう口にすると、胸の奥があたたかくなる。
「……本当に、綺麗だよ」
クオンがここまで喜んでくれるなら、
花を増やして育てた甲斐があった。
「ここに来てよかった」
クオンと一緒じゃなければ、
スターチスの花海なんて、一生見る機会はなかったはずだ。
ふと、視線が絡む。
その瞬間、
彼の表情が、はっきり変わった。
真剣な眼差し。
低く、しっかりとした声音。
「……俺が生きてる間は、そばにいてくれ。
行き先を決めるなら、俺の視界の中で」
冗談でも、軽口でもない。
本気だと、すぐにわかった。
びっくりしたけれど――
そんなこと、もう前から考えていた。
「もちろんだよ」
迷いなく答えると、
クオンはゆっくりと、その場に膝をついた。
そして、私の前に――
指輪を差し出す。
「生命が尽きる、その時まで――
君を愛し、選び続ける。
俺の人生を、受け取ってほしい」
花の揺れる音すら、遠くなる。
一瞬の静寂。
永遠みたいに長くて、刹那みたいに短い間。
もしかして。
前に、ひとりでシュタットへ出かけたのは――
この指輪のため?
「わぁ!
綺麗な意匠の指輪だね!
うん!! ありがとう!」
笑って答えた。
嬉しい。
初めて指輪を贈ってくれた。
こんな気持ちは、初めてだ。
彼が、ゆっくりと私の薬指に指輪をはめる。
ぴったりだった。
外れる気がしない。
そのまま、そっと手を取られ、
手の甲に口づけが落ちる。
紫の花が揺れる中で、
私は確かに、この人生を差し出された。
――この人生を、貰った。
視線が絡む。
「……キスしていい?」
声が、少しだけ低い。
「へ?」
問い返す暇もなく、距離が詰められる。
唇が、そっと触れた。
一瞬。
それだけなのに、胸の奥が熱を持つ。
びっくりして、
感情が、あとから追いついてくる。
「……今日、君を抱きたい」
その言葉を聞いた瞬間、
心臓が、うるさいくらいに跳ねた。
近すぎる距離。
呼吸が、わずかに乱れるのがわかる。
「あー……うーん……えーっと……」
視線が泳ぐ。
考えている、というより――
整理している、という感じだ。
少しだけ、間があって。
「まぁ……クオンなら、いいかな」
その一言で、世界が弾けた。
「やったぞーーー!!!」
思わず、といったような雄叫び。
「ぷはっ! なにそれ、急に!」
さっきまでの真剣さと甘い空気から、
一気に変わるから可笑しくて、腹を抱えて笑ってしまった。
クオンの生命は、私のもの。
この喜びは、生きてきて――
いちばん嬉しかった出来事の、最上位に躍り出た。
壊さないように。
なくさないように。
大切にしなきゃ。




