酔っ払いと同居生活
「あんまりじゃないか……神様……俺……ぼっちじゃん」
そう言って、
泣きながら、渡したハンカチで涙と鼻水を一緒くたに拭う。
……ああ。
布、完全に役目を終えた音がする。
応接室を出て、
ギルド長に挨拶をする。
形式ばった言葉が交わされ、
扉が閉まる。
廊下の空気は、少しだけ軽い。
でも、横にいる彼は、まだ現実に戻れていない顔をしている。
私は先に歩き出す。
宿の方角へ。
数歩ごとに、ちらり。
ちゃんと、ついてきてる。
……どうしよう。
こっちから、
「私とパーティ組まない?」って言う?
いや、
今はまだ、早い?
そんなことを考えていると、
彼が、意を決したように顔を上げて、横に並んだ。
「……あのさ」
首を傾げる。
なに、その言い出しづらそうな声。
「お願いが、あるんだけど」
一瞬、間。
……来た。
沈黙。
「俺、多分……元の時代に戻る方法を探すことになる」
視線を落としたまま、続ける。
「時間に干渉した魔術陣の研究とか……正直、見当もつかない。でも、やらなきゃ前に進めない」
息を吸う音が、やけに大きく聞こえた。
「それで……その……
一人じゃ、無理だ」
必死で、真剣で、
それでも、すごく申し訳なさそう。
「調査も、研究も……ダンジョンに、何度も入ることになると思う。危険だし、時間もかかる」
そして、ぱっと顔を上げる。
縋るみたいに、
私の瞳を捉えて。
「……手伝ってほしい」
……ふむ。
君の一生なんて、
長命種の私から見れば、瞬き一回分。
しかも。
未来から来た人間。
観察対象として、これ以上ない逸材。
「いいよ!」
即答。
「時間、あるしね」
にこっと笑う。
「たかだか数十年でしょ? 研究」
「……本気で?」
「うん。本気」
楽しそうに、頷く。
「遺跡も好きだし、魔術陣の解析も興味あるし。ひとりでやるより、二人の方が効率いいよ?」
そう言うと、
彼の肩から、ふっと力が抜けた。
「……ありがとう」
それだけ言って、視線を落とす。
さっきまで、世界の終わりみたいな顔で泣いていた人とは思えない。
瞳に、ちゃんと光が戻っていた。
――というわけで。
もう一度、遺跡へ向かうことになった。
到着するなり、
周辺調査と拠点選定をすると言って、彼は少し離れる。
私は、観光の続き。
遺跡の外壁に手を当てる。
ひんやりとした石の感触。
ああ。
昔は、ちゃんと神殿だったんだな。
日が暮れる前に帰らなきゃ。
今日の夕飯、何にしよう。
そんなことを考えながら、
のんびり空を仰いでいた、その時。
――怒号。
ドォン。
地面が、焼けた。
……えっ!?
なに、始めてるの!?
「それはダメでしょ!?」
慌てて声を張り上げる。
さっきまで生い茂っていた木々が、跡形もない。
地面は、黒く焦げている。
今度は、魔術陣がさらに展開される。
水球。
焦土へ、一直線。
バッシャァン!!
「やり方!!」
えー!?
ちょっと! なにしてるのよー!!
水たまりが、できた。
……と思ったら。
さらに、さらに。
風。
ブワァァ――!!
水も、土も、全部まとめて吹き飛ぶ。
「強制的すぎる!!」
次の瞬間。
でこぼこだった空き地が、
まったいら。
何も、ない。
魔術を放ち終えた彼は、
満足そうに笑っている。
「戦闘魔術師に、変成魔術を展開できるわけないだろ!」
どうだ、すごいだろ、
と言わんばかりに両手を広げる。
……なぜか、むっとした。
「……私だって、治癒魔術しかできない!」
「知ってる」
即答。
それが可笑しくて、
二人で笑った。
「この時代、変成魔術師っているのか?」
「いるよ。でも……」
首を傾げる。
「私、この辺の出身じゃないから」
旅の途中。
根を張っていたわけじゃない。
まだ、二日目。
「住処、どうする?
テントと、一戸建てなら?」
一拍。
「一戸建て一択じゃない?」
そんなに簡単に、
千年後へ帰れる?
「……ですよね」
……そうだよ。
下手をすれば、
一生、帰れない。
短命種の人間が、
成功した偉人になる話なんて、聞いたことない。
まあ。
それは、言わないけど。
「……金」
ん?
「金!
金がいる!!
研究するにも、まず金だ!!」
急に、現実。
「……急に、超現実的!」
顔を見合わせて、笑った。
その後は、シュタットへ戻る。
マジックバッグから次々と出てくる、
千年後の“当たり前”。
今の時代じゃ手に入らない
ドライフードや素材を、商人ギルドで売り捌く。
交渉役は、私。
値段は、ぐいぐい吊り上げる。
――結果。
彼は、あっという間に大金持ち。
「急に大金持ちになった君!
一言どうぞ!」
胸を張る。
「養ってやる!
俺についてこい!」
「アイアイサー!」
馬鹿みたいに、二人で笑った。
そのまま、目についた居酒屋へ。
「豪遊三昧だ!
飲むぞー!!」
「イェーイ!!」
杯がぶつかる音。
泡がはじけて、喉が鳴る。
……あ。
この人、普通に呑めてる。
一杯。
二杯。
顔色、変わらない。
「……え、すご」
ぐい、と差し出す。
次。
その次。
「ひゅー! 呑める男! カッコイー!」
周囲の視線も集まってきて、
気分は完全にお祭りだ。
杯が空くたびに、
また注ぐ。
「すごいよ!!
酒豪の神さま、降りてる!!」
合いの手を入れながら、
私は完全に煽る側。
本人は、最初はにこにこしていた。
ちゃんと、受け取って、ちゃんと飲む。
……飲む。
……飲む。
あれ?
まだ、いける?
「ほらほら! 次!
未来の戦闘魔術師様!」
ぐい。
ごく。
ごく。
やんや、やんや。
楽しい。
すごく、楽しい。
――と思った、その瞬間。
ぴた。
動きが、止まった。
「あ……」
声が、妙に小さい。
「……もう無理……」
次の瞬間。
綺麗に、虹。
……はい。
あっ。
あー……。
完全に、勘違いしてた。
「……えーっと……」
慌てて立ち上がり、
お詫びのお金を、割増で置く。
「ここで倒れたら、見捨てるからね!?」
そう言いながら、
手を引く。
足取りは、もう頼りない。
でも、妙に力はある。
宿へ向かう途中。
腕を引かれた。
「……好きだ」
え?
足がもつれて、
体重が預けられる。
「一目惚れなんだ……」
熱っぽい声。
呂律は、もう怪しい。
「俺……ちゃんと、養うよ……」
歩かせながら、
必死に前を見る。
「俺を……選んで……」
……はいはい。
今は、黙って歩こうね。
「……赦さない……」
……ん?
「俺以外と……添い遂げるなんて……
赦さない……」
低く、繰り返す。
「……赦さない……赦さない……」
……重い。
急に、重い。
さっきまでの陽気は、どこ?
とにかく、宿。
床に転がす……?
……いや。
お酒、奢ってもらったし。
……ちっ。
舌打ちしながら、
自分のベッドへ引きずる。
「水、飲んで!
寝て!」
半ば命令。
「……好き……」
まだ、言ってる。
はぁ……もう。
こんな変な酔っ払いと、
これから、共同生活?
「ぷはっ」
気が抜けたみたいに、笑いが零れた。
夜は、まだ冷える。
窓の向こうで、風が鳴る。
ちょっと。
私のスペース、空けなさいよ。
足で、ぐいっと押す。
抵抗はない。
重さだけが、そこにある。
身体を寄せて、
自分の居場所を確保する。
近い。
吐息が、微かに触れる。
……まったく。
並んで、寝る。
薄い毛布の下、
温度がゆっくり混ざっていく。
そして、その夜。
夢を、見た。
紫の花に、埋め尽くされた世界。
見渡す限り、揺れる花の海。
風が通るたび、
一斉に、さざめく。
顔は、見えない。
それでも、分かる。
懐かしい。
恋しい。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
――また、逢えた。
言葉にならない。
息が、浅くなる。
どうして、こんなにも、
ここが温かいのだろう。
ただ……
逢いたかった。
逢いたかった。
指先が、震える。
掴もうとして、
掴めなくて。
花びらが、静かに舞い落ちる。
……そんな、夢。




