観察対象と私
翌朝。
「……おはよう」
眠い目をこすりながら、声をかける。
ベッドの向こうで、もぞ、と動いた気配。
視線が合って、すぐ逸れた。
「お、おはよう……俺たち、その……昨日は……」
喉が、ごくりと鳴る音。
「……せ、責任、取ります!」
……?
「……責任?」
何の?
思わず、きょとんとする。
一拍。
彼は、罰が悪そうな顔になって、しおらしくなった。
「……介抱してくれて、ありがとう」
その一言で、昨日の醜態は水に流すことにした。
「どういたしまして」
「んんっ! 俺はただいま、盛大に二日酔いです」
「ぷはっ!」
吹き出してしまう。
水差しを手に取り、
コップに注ぐ。
「水、飲もうね。水!」
差し出すと、
両手で受け取って、震えるように口をつける。
「感謝……いのちの水……」
……だめだ。
本当に、笑ってしまう。
人間をやめかけている姿が、ここまで分かりやすいとは。
「今日の予定は?」
「まずはギルドで、変成魔術師に拠点作成を依頼する。それから、生活用品の買い出し」
「わー。新生活感!」
胸が、少し浮く。
手続きを済ませると、
完成まで数日はかかるという話だった。
そのまま、二人で街を歩く。
生活用品。
食料。
細々とした、暮らしのためのもの。
途中で立ち寄った本屋では、
彼が時空魔術に関する書物を、片っ端から抱え込んでいた。
「勉強熱心だね」
「帰るためだからな」
成功した人の著書が、ない。
それだけで、分かることもあるのに。
――それでも。
彼には、どうしても帰りたい“何か”がある。
それだけは、確かだった。
それからは、
研究する背中を眺めながら、私は動く。
気づけば、
身の回りの世話を、勝手にしている。
「紅茶をありがとう。美味しいよ」
「休憩も大事だよ?」
拠点が完成するまでの間、
彼は金策でドライフード職人になったり、
悩んだり、笑ったり。
その全部を、
私は少し離れた場所から、眺めていた。
……そして。
ふと、立ち止まる。
じっと、こちらを見る。
当たり前みたいに、口にする。
「……俺、トワが好きだ」
「ありがとう! 褒めてくれて嬉しい!」
本気なのか、挨拶なのか。
その違いは、まだ分からない。
でも。
私が見たもの。
触れたもの。
視線を向けた先。
彼は、全部拾ってくれる。
胸の奥が、むずむずする。
あ、果物屋さん。
走り寄ると、
すぐ後ろから、ついてくる。
笑顔のまま、指をさす。
「林檎、好きだろ。これと、あれを」
店主が、にやりと笑う。
「美人の奥さんがいて、羨ましいね」
「ありがとうー!」
そう見えているのか、と思うと、
なんだか可笑しい。
私は私で、
新しい料理を試したり、
味を変えてみたり。
日々は、あっという間に過ぎていく。
観察対象は、目の前にいる。
でも、いつの間にか。
観察されているのは、
私の方なのかもしれない。
――そんな気が、した。




