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魔断の剣8 猫の瞳を見つめたら  作者: 46(shiro)


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第5回

「やっちまえ! ランス!」

「カイル! いいぞ! 昨夜のお返しだ!」


 無責任にはやし立てる少年たちや制止の声を口にするその他大勢たちの作った円の中心で、ランスが、あの剣を持っていた少年と斬り合っていた。それも互いに本気の目で。


 いくら歯をつぶしていようと、かすれば出血するし、まともに入れば骨折だって起きる。いくらでも人を傷つけられるのだ。


 切っ先が肌をかすめるたび、生まれた傷口から血が飛び散っていく。激しい動きに昨日の傷が開き、さらに傷口を広げる。


「な、な、な……」


 何か、いやな感じのする誘いだと思ったら……!


「やめて……やめなさい、2人とも……!」

「いいかげんにしろ! このばかどもがっ!!」


 ほぼ同時に発せられた声。けれども反対側からした怒声のほうがずっと大きかったため、紫蘭を見る者はいなかった。

 白悧と青華(せいか)だ。


「ここでけんかはご法度だと、前も言ったでしょ・う・が!」


 制止の声も無視して斬り結ぶ2人の間合いへずかずかずか踏みこんだ白悧は、慣れた手つきで2人の頭をつかみ、額をぶつけてごちんといわせると、剣を持つ手を取ってねじり上げる。カイルが剣を手放した。

 地面に転がったそれを白悧が拾い上げ、検分する。

「こんなに刃を(いた)めやがって。こんなことさせるためにわざわざ高い金払って購入してるんじゃねーんだぞ。

 いい歳をして、それっくらいの分別もないのか!」


 どうしてもやり合いたいってーんなら、素手でやり合え! 宮の備品を使うんじゃない!


「白悧教え長、けどっ」


 ぼかり。

 何か言いたそうだったカイルに、言い訳は聞かないとばかりにげんこつをふり降ろす。


「さあ、きみもそれを渡して」


 白悧よりかなり優しい口調で言って、青華はランスに手を差しだした。

 やる気をなくしたのかそれとも続けるのは無理だと観念してか、痛む額に手をやって荒い息をしているものの、比較的静かな態度でランスはその手を見ている。が、応じようとはしない。

 無言で青華を見据える目は、いまだ苛立ちを含んだ危ういものだ。


「きみは、いつもけがが絶えないね」


 気付いてないのかはたまた無視しているのか。にっこり笑いかける青華に切りかかり、連れて行かれるカイルとの間を走りつめて再開してもおかしくない。そんな不安にはらはらし続ける紫蘭と、そのときふと何かに気付いたように肩越しに振り返ったランスの視線がかち合った。


 魔断とその操主は、感応したときから心の一部がつながっている。

 自分の動揺が伝わってしまったのだろうか……。


 息を詰めて見つめ返していると、青華に話しかけられて、ランスは視線を前に戻した。

 青華がまた何か言っているらしい。再び差し出した手におとなしく従って剣を返したのを見て、ようやく紫蘭は詰めていた息を解くことができたのだった。



◆◆◆



 けんか相手――同卒業年次生・カイル。17。フライアル国の町・フスに上級退魔剣士として配属予定。

 けんかの理由――……。


 ――はあああっ。


 6年の歳月でくすんでぼやけてしまっている壁の汚れを拭き取りながら、紫蘭はまるで老人のように深々と全身でため息をついた。

 早くも人生は苦しみでできているのだとでも悟ってしまったようで、丸まった背中からは全く覇気というものが感じられない。

 磨かれた窓ガラスはまぶしい光を弾き、陽はさんさんと照って、青葉を広げた枝に止まった鳥たちは元気よくさえずり、実技を学ぶ訓練生たちの活気ある声も聞こえてくるというのに。紫蘭1人、たそがれてしまっている。


 憂鬱、落ち込み、脱力。そのため息全てが事情聴取で白状したカイルの言葉によるものだ。

 そう多分、あれはその場しのぎのうそじゃないだろう。


 まさか、ランスのほうに非があったなんて……!


『こいつは、俺の女を、寝取りやがったんだ……!』


 恥辱の思いで赤らみ、思い出したことでまた沸き上がった怒り握りこぶしを震わせながらのカイルの言葉がよみがえる。


『ああ、そりゃやりかねねーな』


 耳にした言葉が信じられず、ランスを凝視していた側で、追い討ちをかけるような白悧の苦笑が起きた。


『……またかい? しようのない子だね、きみも』


 さらにたたみかけるような青華の言葉に、まるで後頭部を思いきり固形物で殴られたようなショックを受ける。


 どうやら昨夜、相手の女性の部屋で2人ははち合わせしたらしい。

 そんなことするはずない、と声を大にして言いたい気持ちは山ほどあったが、あまりに悪すぎる普段の素行のうわさ。


 並んで立っていたランス自身、顔色ひとつ変えず一言も言い返さなかったこともあり、結局「だからといって果たし合いのようなまねをする理由にはならない」と2人とも半日反省室送りとなったが……。


 規則軽視、反省室送りは数知れず、異性絡みは発覚しただけで4回。これで5度目だと知ったときには、気の遠くなる思いだった。


(……やっぱり、これってひいき目なんでしょうか?)


 どんなに問題児だと聞こうと。自分に素っ気なくあたろうと、門限を破ろうと、規則を守らなかろうと、けんかして帰ってこようと、集団からはずれていようと。きっと間違ったことはしないに違いないと思いこんでいたのだ。自分の操主だからというだけで。


(……だけで?)


 ふと、その考えに手をとめる。

 まだ感応しただけだ。彼の持つ魔導杖と共鳴しただけ。それも、たった1日前で、それまでは彼のことを意識したこともなかった。

 そんな自分が、彼の何を知ったつもりでいたのか。


 ならやっぱり、彼がそんなことをするはずがないなんて、自分が勝手に抱いた希望的観測――そうであったらいいという、実にムシのいい、自分勝手な理想の押しつけだったんだろう。それが間違っていたからといって、勝手に失望するのは身勝手というものだ。


 失望するのは、身勝手、なんだが……。


「悲しくなるっていうのも、やっぱり失礼なんでしょうか……」


 しくしくしくしくしく。

 感極まってつい、磨いていたドアにすがってしまう。近付く足音が聞こえたのはそのときだった。

「――から聞いたんだけど」


 少し遠いが、頬をぴったりつけた扉の向こうの声が聞こえてくる。


「あなた、紫蘭司書長と感応したんですって?」


 ぴたり、ドアの前で止まった足音は2つ。そのうちの1つは女性のものらしい。しかも聞き覚えのある声で……朝、ランスに駆け寄ったあの少女のものだと、すぐにぴんときた。


「ああ」


 棒読みすれすれの、とても感情を入れているとは思えない声で面倒そうに頷く声は、ランスだ。

 途端、


「やっぱり! じゃああのうわさももしかして事実なわけ?」


 などといった高い声が上がる。


「うわさ?」

「あなたが、早くも魔断を奴隷扱いしてるってうわさよ!」


 ど、奴隷――――――っっっ!!?


 その言葉に、『盗み聞きは悪いこと』とドアから離れようとしていた紫蘭が目をむいて再びドアに貼りついた。

 ランスも驚いているのか、しばらく間があいたと思ったら


「……してない」


 と、やはりぼんやりした声で返す。

 ここまでくるともう、手抜きではないかと思われてもしかたのないものだ。


「そう? ならいいけど。

 あなたが部屋の掃除させたり洗濯させたり雑用押しつけたりしてたなんてうわさ、結構裏でキツいわよ。紫蘭司書長って温和で優しいからファンの子多いし。感応式に出るっていうから、期待してた子、結構いたみたい。

 昨夜の件も、案外それで利用されたんじゃない? あの子、別々の国に出立するからって言ってカイルとは別れたのに、しつこくつきまとわれて鬱陶しがってたとも聞いてるし。強引にあなたを引っ張り込んで、矛先をあなたに向けさせたんじゃないかしら」

「…………」

「ほら。こんなことになっても、あなたって言い訳ひとつしないでしょ。そういうとこも都合よく利用されてるのよ。

 信じられない? まあ、いいけど。

 いずれにしても、気をつけといたほうがいいわよ。女の子って、男の子が思うより案外したたかなんだから」


 笑うように言い残して、去って行く足音がひとつ。


 奴隷!? 奴隷!! 奴隷!?


 がーんがーんと頭の中で乱反射するその言葉に気を取られきって現実がおろそかになってしまい、紫蘭は次の瞬間ドアを引き開けたランスの足元へ転がり出てしまった。


「おまえ……」


 そのまま絶句する、何とも奇妙な間ができる。


「あ、あの……、き、昨日の掃除のとき、壁が暗いなと思いましてっ。あのときもこすったんですけど、うまく落ちてくれなくて、それで、ちょうど私の部屋に溶液がありましたし、お留守なのは分かっていたんですけど、でも、鍵をかけられてらっしゃらなかったので……。

 あのっ、もちろん昨夜みたいにお邪魔になると悪いですから、反省室から戻られる前には退散するつもりで――」


 この、かなり気まずい沈黙をどうにかしようと四苦八苦しながら一生懸命弁解する。

 そのあせりでもたついた返答を、一応聞きはしたものの――単に、止める気が起きなかっただけかもしれない――ランスは深々とため息をつくと、横を抜けて無言のままドアを閉めてしまった。


「あのっ、……あのっっ」


 急いでドアをたたこうとするが、何ひとつ言葉が出てこず、寸前で手を引く。


 何を言えばいいのか。

 自分が勝手にしていたことでランスの立場が悪くなっている。

 おそらく今朝のも悪意のうわさの要因となっているだろう。それにすら気付かず平気でこんなことをしていた自分に、一体何が言える?


 ドアをたたき、大声を出して釈明したりすると人目を引いて、ますます悪意のうわさに拍車がかかってしまうに違いない。


「……勝手をして、すみませんでした……」


 つぶやく。

 それだけをつぶやいて、去る。


 彼のためにドアが開かれることはなかった。

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