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魔断の剣8 猫の瞳を見つめたら  作者: 46(shiro)


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4/7

第4回

その夜。遅く戻った紫蘭の報告に


「そっ、それで? おまえどうしたわけ?」


 頬を引き攣らせ、白悧は震える声でそう訊いた。


「掃除してきました」


 さあ笑いたければ笑え、と開き直った思いで言う。


「だけ?」

「だけです」


 意地悪く念押しした直後、予想どおり白悧はこれ以上ないといった姿で大爆笑し、紫蘭は全く面白くないという意思表示のように腕を組んで目を閉じた。


「あはっ、はは……おまえ、それで、はは、こんな遅く?」

「いいえ。帰りを待っていたんです。せっかく訪ねたのだし、ちゃんと話そうと思いまして」

「帰らなかったのか?」


 帰りましたとも!


 ぷん、と頬を膨らませる。

 今日のカリキュラム終了の鐘の音・食事時間を知らせる鐘・就寝の鐘。そのどれもに間に合わず、夜半もとうに回りもはや戻らないのではと危ぶんでいたころに、ランスは戻ってきた。


 やっと帰ってきてくれたと、まるで尾を振る子犬さながら笑顔で近寄った紫蘭にちらとだけ目をやり。


『なんだ、まだいたのか』


 素気なく言って横を過ぎるとまっすぐ寝台へ倒れこむ。


『さっさと自分の部屋へ戻れ。

 俺は、寝る』

『なっ?』


 そんな、今までずっと帰りを待ち続けた、自分の苦労は? とばかりに何ともなさけない顔で側へ駆け寄る。だが、間違いなくけんかをしたのだと分かる傷がすがろうとした腕や足にあるのに気付いて、途端紫蘭は血相を変えた。


 見れば、服も鈎裂きだらけだ。


『どっ、どうしたんですかこれはっ』

『……知らねえ』

『知らないわけないでしょう! ご自分のことなんですよ?』

『うるさいな。……俺は、寝るって言ったんだ、さっさと帰れ』


 こんな状態の彼を放って、帰れるわけがない。

 洗濯し、棚に片付けておいた新しいタオルをひったくり戻ると、急ぎ腕を流れる血をぬぐおうとする。そのわずかな間に、ランスは眠っていた。

 痛みなど感じない、知ったことじゃないというように。


「……なんて言うんでしょうね、白悧。そのとき私は、怒りよりも、すごく悲しくなったんですよ……。

 これは、彼と感応したからなんでしょうか」


 大勢の中、ただ一対として共鳴し、感応した魔断と退魔師はかなり運命的なつながりを持っているといわれる。

 まだ正式な誓約は交わしていないけれど、すでに通じ合うものができているのかも知れない。

 漠然と思いながら傷の手当てをして、静かに部屋を出たとつないだその言葉には、白悧も笑いを止めた。


 重い沈黙。


 そんなことを言われても、操主を持ったことのない白悧には実際なんとも返しようがない。


「……それで?」


 しかたなし、自分で結論を出せと促す言葉に、紫蘭は何を思ってか、震える握りこぶしでもってこう返した。


「ええ。ですから私、これはぜひとも直してもらわなくてはと、決心したんです!」


 この思いよ天にとどけとばかりににらみ上げる。


 それは一体どういう論理か。

 おまえ何かすっとばしてないか?

 会話を成立させるにはまだ必要なもんがあるだろうがよ。おいこら。


 手を振るが、一人燃えている紫蘭は一向にそれに気付かない。

 白悧は脱力し、聞く気も失せてそのままその夜を終える。

 こいつのすることだ、どうせすぐ分かることだと。そしてそのとおり、翌日、それも朝早くに白悧は知ることができたのである。



◆◆◆



 退魔師候補生の朝は早い。


 陽の出前に起き、修練場である奥庭へ出ると、独自に組んだメニューを朝食の鐘が鳴るまでにこなすのだ。教え長による指導は食後からで、しろと強制されたことではないのだが、さぼる者はほとんどいない。自主的参加というやつだ。


 この幻聖宮で学べるのはたった6年。その間に身につけたものが己を助け、はては国を守ることにつながる。当然多いにこしたことはなく、特に出立を控えた年次生などは交える剣先にも気迫がこもる。

 柔軟のかけ声や歯のつぶされた練習用の剣のかみ合う鈍い音などで早くも活気づいた奥庭を窓から見下ろして、紫蘭は楽々とランスを捜しおおせた。


「おはようございます、操――」

「ランス! そこにいたのね!」


 にこにこ笑いながら呼びかける、紫蘭の声にかぶさって呼び声がかかった。ランスもまた、上に向けかけた目をそちらへ戻すと、彼を呼んだ友人らしき少女の元へ行き、会話を始める。

 確かに気付いたはずなのに、紫蘭のほうは全く無視だ。


 ――くすん。

 きらわれたのかと思うと、ちょっと悲しい気分になる。

 掃除して手当ただけなのに、どうしてきらわれるのか?


 考えこむことしばし。


(……はっ!)


 雷が落ちでもしたように唐突に、彼はあることに思い当たった。


(も、もしかして、突然押しかけた上勝手に部屋をいじったりして、おせっかいすぎたのでは……)


 それはすごーーーくあり得た。

 白悧にもたびたび「おせっかいなやつ」だの「いらぬ世話焼き」だのぶつくさ文句を言われる。もう慣れて、すっかり気にしなくなっていたが……ランスも白悧と同じように考えた可能性は十分ある。


(う、うるさいやつと思われて、気分を害されて、それでどこかへ行かれて……戻ってきたときまだ部屋にいた私を見て、ますますうっとうしいって思われたんじゃ……)


 などと昨日の出来事を振り返って1人わたわたしている、階上の紫蘭などそっちのけで、ランスと少女の会話は続く。やがてさらにもう1人がやってきて、2人に自分が来た方向を指した。その先には剣を振っている少年がいて、どうやら一緒にやらないかと誘っているらしい。ただ。


 騒がしくてよく聞き取れないため詳しくは分からないが、何か、乱暴だ。顔は笑っているのだが……。


 それを見て、そういえば彼がどのくらいの使い手かも自分は知らなかったのだと気付き、恥じるのと同時にはっとして、紫蘭は窓から身を乗り出して叫んでいた。


「だめです! あなたはけが人なんですからっ」


 なんだ? と横の少年が仰いでくるが、無視しろとばかりに手を振って、向こうに行こうとする。


 ――ああ、もおっ!

 なんで、私が、こんな、心配をっ!


「たしかに毎日の修練は必要ですが、せめて今日くらいは休んでください! 自己管理は本人の義務ですよ!」


 ぜいぜいはあはあ。廊下を走って階段かけ下り、ダッシュで傍らまで行くと、切れた息のまま、そうまくしたてる。から、酸欠でふらつく。そんな紫蘭の勢いに押されて思わず退きかけたランスだったが、肩に置かれた手を払ってうなった。


「チッ。うるさいな。こんなのけがのうちに入るか」

「悪化したらどうするんですかっ」

「なるか! これっくらいでいちいち休んでたら、やるときなんかねえだろ。

 ったく、邪魔くせえ」


 独りごちり、眉をしかめると、昨夜紫蘭が手当てして、腕の傷に巻いてあった包帯をほどいて放り捨てる。


「わっ」


 地面に着く直前、あわててそれを回収した紫蘭を見て、ランスは納得したようにうなずいた。


「そうか、汚したくないのか。ならこれもやる。これもこれも――」


 ポイポイポイ、と包帯やらテープやらを取り払って、全て彼の手の中に放りこんだ。


「あーせいせいした」


 くるり、あっけにとられている紫蘭にとどめとばかりに上着をかぶせると、さっさと背を向けてランスは傍らの少年少女とともに向こうへ歩いて行った。

 ランスに促された2人は、魔断の紫蘭に対する雑な扱いに衝撃を受けた様子でちらちら振り返って紫蘭の様子をうかがっていたが、結局はランスと一緒に向こうへ行ってしまった。


 ……大雑把すぎる……。

 よろよろと、壁に身を預ける。


 物の扱いが雑なのは、白悧で多少慣れたつもりだった。

 青銀の糸髪、象牙色の肌。ほのかにラベンダーの交じった銀瞳。完璧に整った顔立ち。

 美形ぞろいの魔断の中でも抜きん出た美貌の持ち主だとうわさされる、あの笑い上戸は見かけと違って何もかもが雑で、いいかげんで、これまで同室者としてさんざん世話を焼かされてきた。


 だかしかし!

 ここまでひどくはなかった、と昨夜からの出来事を振り返って、あらためて噛みしめていると。

 わあっというざわめきが、突如訓練生たちの間で沸き起こった。


 一体何事か。何気にそちらへ目を向けた次の瞬間、紫蘭はあまりのショックに手にしていた物すべてをぼたぼたぼたっとその場に落としてしまった。

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