04
彼は夢を見る、長い長い生の狭間に、幾度も夢見た、夢のようなその夢を、それが夢でも妄想でも、彼にはどちらでも構わない、その夢の中にこそ、彼の望んだ幸福はあるのだから
わたしは最初、幼い四足の獣でした
大きな泡のような膜に包まれて、大地へとゆっくり
ゆっくり、と降り立ったのです
「あぁ、いたいた、ほら、こっちですよルル」
「ルルって呼ぶなよ父ちゃん!
オレ男の子だぞ! ちゃんとルヴガルドって呼んでよ!!」
「はいはい、ほら、お前の弟ですよ」
泡からでたばかりの所為か、思うように動けなかったわたしは
声の主に、掬うようにして抱き上げられ、対面したのは、不思議な姿の子供でした
「わー、真っ黒な狼みたいだよ父ちゃん
アヴァニスなの? でも違う感じだしさぁ、なんでなんで??」
耳に届く二人の言葉は、わたしには理解の及ばない言語でしたが悪意は微塵も感じません
不思議そうにわたしの喉をくすぐるその子は、
顔の大半は獣で、右眼周辺から耳の方に掛けては人の部位がある、見たことの無い姿で
しかし、その瞳は、好奇心旺盛な様子を隠そうともしない、活発な子供のものでした
「この子は、遥か優れた資質を持つんですよ
実は、ルルヴィスもアヴァニスも、完全なバランスを持った状態ではないのです」
「完全な…バランス?」
「ええ、この子はアヴァニスよりもより高度な均衡を備えているのです」
「でも見たことも聞いたこともないよ」
「今見たし聞いたでしょう」
「母ちゃんにまた父ちゃんが屁理屈こねたって言っちゃうぞ!」
「あはは、はいはい、お前はまったく素直ですねぇ」
彼は、赤子を抱くようにわたしを片手で抱くと
癇癪を起こす子供を宥めるように優しく、力強くその頭を撫ぜました
「この子のような姿の者を見も聞きもしないのは、
恐らく、この姿の所為でしょう
誰も人だと思わないので、誰も彼らに気付かないのです
動物とは違い、空から降ってくる様子を直に見ても、
恐らくそういう獣もたまにはいるのだろう、と――そう、結論付けるのでしょうね」
「おかしいよ、だって女神さまが子供できないようにしたのは人だけでしょ?
虫も魚も動物も普通に赤ちゃんできるじゃん」
「ええ、そうですね
でも、人とは不思議なもので、無いと思えば、それは無いことになってしまうのです」
「そっかぁ……
ねー父ちゃん、こいつ虐められたりしないかな?」
「お前はお兄さんなんですから、お前が守ればいいだけの話です
他にも兄弟はいますし、わたしもお母さんもいるのだから問題ありません」
「でもさー、でも……」
「ならば、お前も一緒に調律を学びなさい」
「げぇ?!」
「げ、じゃありません」
「だぁって、兄ちゃんたちだって凄く難しそうなんだもん
オレにできるわけないよ…オレ、ヴォルシスのままでいい、ベツにフツーだし」
「要は根気があるかないかです
お前が一緒に学べば、この子も力強いでしょう」
「……オレ、こいつに頼りにされる兄ちゃんになれる?」
「勿論です」
夢は、一度、そこで途切れました
次にその夢を見たとき、わたしは四足の獣ではなく、人の姿に獣の耳と尾を持つ姿でした
あの時見た子供も、いつの間にかその姿を変え
多くの兄弟と、父母に囲まれ
それは、夢に見た夢のような
とても、あたたかな、夢でした
やがて、夢の中のわたしは青年になり
妻を得て
子を成し
しかし、また、その夢も
夢の彼方へと、消えつつありました
頻繁に夢見ていた少年期の頃とは異なり
次第に夢の回数は減り
今では、もう、ほとんど夢を見ることもありませんでした
もう、眼も耳も、殆ど働かないわたしの傍に
久しく無かった、誰かの気配が近寄りました
「いい、夢でしたか」
わたしは不思議と、何を問われているのかが分かりました
「えぇ…いい……ゆ、め……で、…した」
わたしの声は、わたしの耳には届きませんでしたが
恐らく、酷く聞き取り難い声を発していたことでしょう
「はか…は……」
「見晴らしのいい場所に」
「ぁ…り、が…とござ……す」
本当は、言葉は必要ありませんでした
わたし達は、お互いの考えが、今では手に取るように分かるのですから
彼が、わたしの愛した子供達の墓を見晴らしの良い場所へ造ってくれたことも
生きるもののいなくなってしまったこの地を再生してくれたことも、
何もかも
「いい、夢だったのですね」
「は…ぃ、…とても……」
とても
とても、
それはとても…こうふくな、
はかなくも…こい……こがれる……ような……、
いい…ゆめでした……
この場合の調律は、字のまんま、律は法則、調は揃うとか整うとか、そういう意味です
作中に出てきた、ルルヴィスとアヴァニスとヴォルシスは、本篇裏篇一話目にてちょっと出ましたが
こんな感じ↓で
> 耳と尾だけは獣であるもののほぼ人型のルルヴィス
> 人型のようであるものの全身毛皮で覆われ、獣の頭部を保つ獣人型のアヴァニス
> 人と獣人の部位が混在する混在型、一番多く見られるヴォルシス
という感じです、あー、これでやっと本篇の方に手がつけられます
…まだ本篇の練り込みが全然足らないのが辛いところですが、なんとか辻褄を誤魔化しつつ上手いこと持っていきたいな、とか……
うぅ…頑張ります