第六十五話 説得
応接室の空気は、ジリジリとその熱を上げて行く。
カリビング家が客を迎える為のその部屋は広く、天井も高いというのに、この場に居る五人のマスターレベルに到りし者達の熱気が、物理現象にまで介入しようとしているのかも知れない。
(師匠の過去……、フェルセイスさんの複雑そうな想い……、そして試練の迷宮として現れた、魔王の国……)
セディルは新たに聞き知った様々な事柄を、頭の中で整理して行く。
それらを一つ一つ検討し、今の自分の望む結果を導き出すルートを探る。
(僕の望み……、それは試練の迷宮に挑んで、レベルをガンガン上げる事。その為には、少なくとも宰相閣下の許可が必要だ。そして、冒険者パーティを組む仲間も……)
そんな事を考えつつ、セディルは室内に居る者達に視線を向ける。
今の彼がパーティを組める相手は、妻と成った賢者エリー、妹で人斬りのセディナ、愛人の厨房師アンナ、その三人だ。
(でも、宰相閣下が今、即戦力として求めているのは、師匠であり、フェルセイスさんとライトレインだ……。これだけのレベル差があったら、当然、僕達が食い込む隙なんて無い。そう普通なら……)
そう普通なら、国家の存亡が掛かった重要な冒険に、精鋭達に交えて、低レベルの子供達を参加させるなど非常識も甚だしい。
しかしセディルにとっては、そんな常識など意味の無いものだった。
(僕達がこの探索に参加する為に必要な事、それは……)
彼は望む結果を導く為に、成さねばならない事を見極める。
此処から必要なのは、説得。
セディルは大人達に、子供である自分達を冒険者として認めさせなければならないのだ。
闇僧侶フェルセイスからの、父への糾弾と長年に渡る疑念への問い掛け。
彼女が得た父親からの返答は、残酷なものだった。
母の死は、父の我欲がその遠因だと知り、声を荒げて自分を批判する娘。
そんな彼女を見つめ、ライガは重い息を吐く。
「……お前も、俺に冒険者に戻れと望むのか、フェルセイス?」
娘が叫ぶ、その意味を悟り、彼はそんな言葉を口にした。
ライガが冒険者を引退し、その力を封じて田舎に引き籠っていたのは、妻であるルナセイスを自分の身勝手な夢の犠牲にしてしまった、己への罰であった。
フェルセイスをイルメッタに預け、彼女の前から姿を消したのも、自分達のような人生の結末を迎えて欲しくなかったからである。
だが、そんなライガの願いに反し、彼の娘は両親と同じ冒険者と成って今此処にいる。
亡き妻が蘇ったかのように、そっくりな容姿。
母と同じ、闇僧侶の職。
身に纏う装備品も、母親から引き継いだ物だ。
「そうよ、お前は冒険者として生き、冒険者として死ぬべきなのよ。冒険者を辞めて隠遁しても、それが何の罪滅ぼしになるというの? お前の罪に対する罰は、冒険で死ぬ事よっ!」
フェルセイスが断罪の為に、その指先をライガの胸に突き付ける。
彼女は、父の自己満足の贖罪を認めないらしい。
罰を受ける事を望むのなら、冒険で死ねと言う。
「うん、僕もそれに賛成です、師匠」
娘から父への、死の糾弾。
一瞬静まり返った室内に、セディルの言葉が良く通る。
「師匠は、忍者なんですよ。忍者なら、忍者として生きて忍者として似ぬべきです。今、師匠の前にある冒険の舞台は、伝説の魔王の王国。師匠の死に場所として、不足は無いと思いますよ」
何の遠慮も無しに、セディルは師に向かってそう言い放つ。
相応しい死に場所が見つかって、良かったですね、と。
「俺にさっさと死ねと言うのか、二人共……?」
そんな言葉にも、感情を表さないライガ。
彼はもう、自分の生死には余り興味が無いのだ。
「そうですね」
セディルは頷き、師の言葉を肯定した。
「大体、師匠みたいな冒険野郎が、冒険者を辞める事が許されるのは、死んだ時と膝に矢を受けた時だけですよ。生きているのに、膝が無傷なのに引き籠っているのが間違いです。師匠が、どうしても冒険者を辞めたいのなら、そのどちらかの条件を満たす他ありませんっ!」
そう自信たっぷりに訳の判らない事を言い切るセディルに、今度は皆の怪訝そうな目が向く。
「……何故、膝に矢を受けただけで、冒険者を辞めなければなりませんの?」
皆の困惑を代表し、エリーがセディルに訊き返す。
「うん、あのね、膝に矢を受けてしまったら、冒険者は引退しなければならないんだ。そう決まっているんだよ、エリー。これは仕方の無い事なんだ」
真面目な口調で、確信を持ってそう言い切るセディルに、エリーは形の良い眉を顰める。
毎度の事だが、彼女が夫にした男は、突然おかしな事を口走る。
これも悪魔の血の成せる業なのか、と彼女は疑わざるを得ない。
「はははっ、それは私も知りませんでしたね。では、セディル君も、死ぬか膝に矢を受けるまで冒険者を続けるのですか?」
セディルが主張する説に、愉快そうに反応したライトレインが、そう訊ねて来た。
「勿論、僕の冒険を止められるものは、それだけだよ。僕が目指すのは師匠を超える忍者、そして最強の冒険者。挑む先は、『レベル99』だっ!」
グッと拳を握り、自信を漲らせて不敵な笑みを浮かべる少年。
その宣言によって、部屋の中が、再び一瞬の静寂に包まれる。
「おお、流石アニキっ! デッカイ夢だっ!」
そんな兄の夢に称賛の声を上げたのは、その妹だけであった。
常識的な見解を持つ大人達は、複雑そうな表情を浮かべている。
先程までの話。
ライガとその妻ルナセイス、そして、娘のフェルセイスの身に起きた悲劇。
それを聞いた直後だけに、セディルの常識を超越した夢の宣告に、皆口を閉ざす他なかったのだ。
「お前は……弟子のセディル君に、そんな無謀な望みを託したの?」
溜め息を吐きつつ、蔑むような眼差しを父に向けるフェルセイス。
師から弟子へ。
その悪しき欲望と力への挑戦は、さらに悪化して引き継がれてしまっていた。
「違う……、いくら俺でもこいつほど馬鹿にはなれん。こいつは……、初めからこういう奴なのだ」
無表情ながらも太い眉をピクリと動かし、それだけは違うと不愉快そうに、ライガは断固否定する。
「セディル……」
感情を殺した低い声が、彼の名を呼ぶ。
「ん? どうしたのエリー?」
名を呼ばれたセディルが呼んだ相手、妻のエリーを見ると、彼女はその白い頬を朱に染め、整った唇の端をピクピクと痙攣させていた。
目尻が切れ上がり少し吊った蒼い瞳を、大きくクワッと見開いて、いつもにも増して強い光をそこに輝かせている。
「わたくしは……、お前がもう一度死んでも【奇跡顕現】など使いませんわよ。今度は、自分で勝手に生き返って来なさい……」
「ええっ、どうして?」
彼のパーティの一員であり、結婚した少女からの蘇生拒否通告。
セディルの頭に、大きな疑問符が浮かぶ。
「お前には、わたくしの目的を共に果たして貰わねばなりませんわ。わたくし達は、目的を果たすまで、どちらも死ぬ訳には行かないのです」
そう言って、エリーは少し疲れたように椅子に深く身を沈めた。
彼女はライガとその妻ルナセイスの身に起こった悲劇を知り、今の自分とセディルの関係に当て嵌めてみて、戦慄と共に『いつの日かの未来』を幻視してしまったのだ。
セディルと共に冒険者をする。
その結果、起こり得るであろう未来。
歴史は、繰り返す。
いつの日か彼女も、セディルの冒険に殺されるのではないだろうか。
そんな予感を覚え、少女は一言言わずにはいられなかったのだ。
「……ライガよ、娘と弟子からこれだけ言われても、それでも、冒険者に復帰する気にはなれんのか?」
落ち着いた言葉で、ヴァルデムがライガに語り掛ける。
思わぬ相手からの援護射撃によってだが、ライガの心も揺さぶられている、と彼は判断したのだ。
「そうね、後は、あなたの覚悟がどっちに決まるかだけ」
イルメッタも、静かにこれからの結末を見届けようとしていた。
彼女の心象では、もう答えは出ているのだが、それでも、イルメッタはライガの決断を待っている。
妻の忘れ形見からの、糾弾と望み。
悪魔の如き弟子からの、冒険への囁き。
そして何より、彼の魂の奥で燻る冒険への渇望の灯火。
「俺は……」
眉間に深い皺が寄り、強く噛み締めた歯から、ギリリッと音が鳴る。
ついに無表情だったライガの顔に、苦悶の色が浮かび上がった。
内に封じ込めていた彼の激情が、膨れ上がる。
「冒険が、したい……」
苦悩を吐き出し、出て来たライガの本音。
それは娘が、弟子が、友が、そしておそらくは亡き彼の妻も望んでいた答え。
「じゃあやりましょう、師匠。やりたい事を自由にやるのが、冒険者。その冒険を、僕達と一緒に」
その答えを待っていたセディルが、ライガに手を差し伸ばす。
最強の忍者ハイマスターの現役復帰。
これで彼の『レベルアップ戦略』も、大いに前進する事になる。
「俺に誓いに反しろと言うのか、お前も……」
「誓いと言っても、師匠が冒険者を辞めて『自宅警備員』をやっているのが、亡くなられた奥さんの望みだとは到底思えませんよ。弟子の育成と、娘に父親のかっこ良いところを見せる為です。師匠の冒険者復帰は、必然です」
当然の事だと、セディルは頷く。
彼が師匠と呼ぶ男が、こんな所で終わってしまうなど許されないのだ。
「ならば、ライガ・ツキカゲ。お前の力と本性は、私が見極めさせて貰う」
父の心の叫びを聞き、フェルセイスが静かにそう言った。
「お前が冒険者の戻るのならば、私もお前に同行する。そして、もしもお前に力が無く、その本性が卑小であるなら……、その所為で母が死に、私を捨てたのならば、全ての報いは受けて貰うわっ!」
フェルセイスは、復帰したライガの仲間になると宣言した。
それは彼を見極め、その本性を知る為。
断罪か、許しか、それを決める為には、彼女は父の事を良く知らなければならないのだ。
「……好きにしろ」
そのライガの、いつもの一言。
これこそが、彼が冒険者への復帰を認めた『決心の言葉』であった。
「はははっ、ではこの私ライトレインも、あなたのパーティに加わりましょう、お義父上。私は、フェルに付いて何処までも行く、と決めた男ですから」
ちゃっかりとライガの事を『義父』と呼び、自分を売り込むライトレインだったが、全ての魔術師系魔法を習得した彼の参加は、誰にとっても心強い。
「うんうん、師匠が現役復帰なら、僕達も安心です。さあ行きましょう、魔王の迷宮へっ!」
「おおおっ!」
「仕方ありませんわね。確かに、わたくしの目的の為にも、レベルを上げる事は必要ですわ」
大喜びではしゃぐセディルに同調し、雄叫びを上げるセディナと、復讐の為に力を欲するエリーも、試練の迷宮行きを望んだ。
「ちょっと待ちたまえ。君達も本気で、ライガのパーティに加わると言うのか?」
気炎を上げる子供達を見て、宰相ヴァルデムが一声掛けた。
ライガが冒険者に復帰し、試練の迷宮に挑んでくれるという結論に達し、ホッと一安心した彼だったが、そのパーティメンバーの半分が、十二歳の子供達というのは気に掛かる。
例えそれが、『忍者』『人斬り』『賢者』という、かつて『牙のパーティ』に所属していた彼らと、同じ職に就く者であってもだ。
「はい、そうです宰相閣下。確かに僕達はまだ子供ですけど、試練の迷宮と、そこに挑む機会、それに時間さえあれば――魔王の首だって取って来ます」
自信たっぷりに堂々と、セディルは宰相の懸念を笑顔で吹き飛ばす。
そう、それだけの条件に加えて、ライガ、フェルセイス、ライトレインがパーティに居るのなら、とセディルは考える。
今は低レベル冒険者に過ぎない自分達だが、飛躍的な『レベルアップ』は可能な筈。
彼は既に、いくつかのプランを検討中なのであった。
「宰相閣下、閣下のご懸念は御尤もです。ですけど、僕は七年の修行で忍者に成った男です。妹もこの歳で、イルメッタさんから人斬りの職を受け継ぎました。エリーは賢者です。その力はご存知ですね。その上、彼女は天使なんですよ。僕達を師匠達と一緒に、試練の迷宮に挑ませて頂けるのでしたら、一年後には、『マスターレベル』に成る自信があります」
セディルは、迷っているらしいヴァルデムにそう言い切った。
「……大きく出たものだな」
その大言壮語に、ヴァルデムは狡猾な政治家の目をしてセディル達を観察する。
罪の意識から引退していたライガと、結婚して商家の奥方に納まっていたイルメッタが、何故か弟子にしたという少年とその双子の妹。
北の帝国から皇帝殺害犯の縁者として追放された、元貴族令嬢の天使。
確かに、それは尋常な子供達ではない。
試練の迷宮と化した魔王国を探索し、その最下層に座する魔王の首を取る。
そんな偉業を果たす者がいるとすれば、それは常識などに囚われるような凡人ではあり得ないだろう。
「……判った。ライガのパーティには、我が国から精鋭を出そうと思っていたが――君達の迷宮探索への参加を認めよう」
ヴァルデムは頷き、一つの賭けに出る事にした。
こうしてなし崩し的にだが、セディル達の迷宮探索への参加は、ロルドニア王国宰相から正式に認められたのであった。
「ありがとうございます、宰相閣下。師匠をリーダーとする僕達のパーティは、必ずや、目的を達成して見せますっ!」
ついにセディルの説得は成功し、ライガの復帰と共に彼らの試練の迷宮への探索許可も、宰相ヴァルデムから勝ち取る事が出来た。
(そうだ、僕達の冒険はこれからだっ!)
彼は心中で、そう歓喜の叫びを上げるのであった。
「……俺はリーダーなぞ、やらんぞ」
しかし、セディルからパーティのリーダーに押された男ライガは、それをあっさりと否定する。
「えっ、どうしてですか、師匠?」
意外な師の答えを聞き、セディルが小首を傾げる。
この中では、彼こそが最年長者であり、さらに最もレベルが高く、最も冒険者歴が長い。
その経験を踏まえれば、パーティの先導者としてはライガこそが相応しいだろう。
「復帰するとしても、一度は引退した身だ。今更若い者達の前にしゃしゃり出て、パーティのリーダーが出来るか」
複雑な心の葛藤から僅かに解放されたライガだったが、その拘りの全てが消えた訳でもない。
冒険者には復帰しても、パーティのリーダーは嫌だ、と彼はハッキリと拒絶する。
「えーと、それじゃあ……、リーダーはフェルセイスさんかな?」
ライガがやらないのならば、次のリーダー候補はフェルセイスだった。
彼女も、既に十年の経験を持つベテラン冒険者であり、レベルの高さも申し分ない。
「……私は、この男を見極めなければならないわ。だから、リーダーは出来ないわね。公正な目で仲間全員を見られないもの……」
リーダーは、仲間全員の安全に気を配り、その能力を十全に発揮出来るよう指揮を取らなければならない。フェルセイスは、ライガに対する拘りを持ち続けているので、そうした面で不適格だと自ら辞退を申し出る。
「フェルセイスさんも駄目なら、ライトレインは?」
「はははっ、私にリーダーは無理ですね。そういう事が出来ないから、私はライトレインなのですよ」
断った彼女と同じく熟練冒険者のライトレインだが、彼は責任を背負い込む重たい立場が大の苦手らしい。
目だけが笑っていない偽りの笑顔を浮かべつつ、彼は今回も上手く逃げるのであった。
「そうなると……」
セディルは周囲を見回す。
彼の他の仲間達。
エリーは、セディルの妻である。
セディナは、妹だ。
即ち、『レイド家』の家長は彼という事になる。
そして唯一大人のアンナは、彼の愛人であり、冒険に関しては全くの素人な上に、どう見てもリーダーに向くような性格をしていない。
パーティを纏め、戦力として機能させる為には、リーダーが絶対に必要だ。
だが、その候補者は誰もいない。
いや、残る者は一人だけ。
「つまり……僕っ!? 僕がこのパーティのリーダーっ!?」
到った結論にセディルは気付き、大きく声を上げた。
熟練冒険者達を差し置いて、レベル2の彼がリーダーを務めなければならなくなったからだ。
「はははっ、君なら出来ますよ、セディル君」
重い役目を子供に押し付けて平然としているライトレインが、グッと親指を上げて、良い笑顔でセディルのリーダー就任を祝福してくれる。
「アニキがリーダーなら、アタシはアニキの言う事何でも聞くよっ!」
セディナは、それを当然の事と受け止め、兄への忠節を誓う。
「ふんっ、わたくしの夫であるのなら、上手くパーティを纏めてみなさい」
つんと顎を上げたエリーが、そう高慢な態度で彼にリーダーとしての手腕を求める。
「あの、セディル君……。その冒険者のパーティ、……私は入っていないのよね?」
何故か自分も、そのパーティの頭数に数えられているような気がしたのか、不安気に訊ねて来るアンナ。
「良いんですか、フェルセイスさん。僕がリーダーでも?」
この中では、比較的真面そうなフェルセイスに、セディルは最後の望みを託して意志確認をした。
「ええ、構わないわ。この男がやらないのなら、誰がやっても同じよ。大人の男達は逃げ出したようだけど、君は逃げないわよね、セディル君?」
「………………」
クールビューティーのお姉さんにそう言われては、セディルも引き下がる訳には行かない。
彼は今、説得されようとしていた。
「……師匠は?」
「好きにしろ」
ライガの応えは、それだけだった。
こうして、試練の迷宮に挑む冒険者パーティのリーダーは、セディルに決まってしまったのである。
(でも、このパーティって……)
パーティを組むならば、その職や技量も大事だが、何よりも人間関係が重要になって来る。
セディルは思う。
彼を巡って対立する、嫁と小姑。
父に対する蟠りを持ち、それを見極めようとする娘。
その女性に求婚する、正体不明の吟遊詩人。
「頑張ってね、セディル君。リーダーの存在は重要よ。特に、冒険の場ではね」
イルメッタの激励の言葉が、何処か遠くの方から聞こえる気がする。
試練の迷宮を探索する為に、ついに集った彼のパーティ。
(僕じゃなければ、すぐに胃に穴が開きそうだ……)
『チームワーク』という言葉は、まだこの世界には無いようである。




