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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第五十七話 父と娘

 冒険者達の溜り場の一つ、『ガリアンドの酒場』。

 王都クライゼールにある『冒険者の酒場』の中でも、最大手として知られている店だ。

 酒場の営業の本番は夕刻からなので、昼間は仕事にあぶれた冒険者が、食事をしたり酒を飲んだりして暇を潰しているのが、この店の日常風景だった。


 だが、その日の昼過ぎだけは、いつもとは酒場の中の空気が違った。

 尋常ではなく張り詰めた空気が店内を満たし、荒事に慣れている筈の冒険者達でさえ、慌てて勘定を支払い、店を出て行く。

 冒険者同士の喧嘩など店では珍しくもないが、今、店の中の一つの丸テーブルに向かい合いで座る、一人の男と一人の女の間に流れる空気は、喧嘩などというお遊びとは違う、生死を賭けた決闘に似たものであった。


 男の名は、ライガ・ツキカゲ。

 そして女の名は、フェルセイス・ダークウッド。

 二人は、血を分けた実の親子なのである。




 「二人共、さっきから何も話さないけど、どうする気なんだろうな~」


 そんな風にピリピリとしたテーブルから少し距離を置いた、長方形の長テーブル。

 そこには、セディル達が着席し、少し遅めの昼食を取っていた。

 テーブルの上には、新鮮な魚のスープ、豚の肋骨を焼いた骨付き肉、茸と貝の香草バター焼き、焼き立てのパン、チーズと野菜のサラダ、赤ワインの瓶などが置かれていた。

 海に面した港を持つ街だけあって、海産物は美味しい。

 冒険者相手だからか、量も十分にあり、南方から輸入された香辛料も良く効いている。


 「想像していたよりも、味は悪くありませんわ」

 「ええ、海の幸は、新鮮な方が美味しいそうですから」

 「そうでしょうとも、ご婦人方。この店の料理人は、店主が味に拘りを持って採用したそうですからね、はははっ」


 セディルの横にはエリーが座り、向かい側にはアンナが座っている。

 そして、そのアンナの横には、一人の『エルフ』が座っていた。

 先程、フェルセイスと一緒に店に入って来た男だ。


 一目でエルフと判る、白い肌に端正な顔を持つ優男で、青い髪に優美な羽根帽子を被り、そこから細く長い耳が覗いている。

 身体には硬く成型された革鎧を着け、背には『竪琴』を入れたケースを吊るしている。

 身長は百七十七、八センチ。

 見た目は人間でいうと二十歳くらいの若い青年だが、成人しているエルフは、百歳前後に成るまでは老化し始めないので、実年齢は不明だ。


 「ライトレインさん、で良かったですか?」

 「はははっ、『さん』は要りませんよ、セディル君。皆様も、気軽にライトレインとお呼び下さい」

 「僕には、君を付けるの?」

 「年上の年下に対する礼儀ですよ、はははっ」


 ライトレインと名乗ったエルフの青年は、飄々とした態度で、彼らに親密そうな笑顔を向ける。

 多少軽薄で胡散臭い印象はあるものの、彼は悪人ではないらしい。

 ライガとフェルセイスが一触即発の面談を始めてしまったので、部外者の彼らは、お互いに名乗り合ってから同じテーブルに着いたのだ。


 「エルフという種族は、高潔で誇り高く、他種族とは余り慣れ合わないと聞いていましたのに……」


 故郷に居た時には、あまり異種族とは交わる機会が無かった為、エリーはそうした種族の特徴に関する知識は豊富なものの、実体験には乏しかった。

 それでも、このライトレインというエルフが、エルフの平均的なあり方からは外れた男だという理解は出来た。


 「それは申し訳ありませんね、お嬢さん。私は、そうしたエルフ原理主義者の石頭共とは気が合わなかったので、国を飛び出して来た若造なんですよ、はははっ」


 言われ慣れているのか、エリーの不躾な言葉にも、ライトレインは笑顔で応える。彼は、エルフとしては変わり者だったのだ。


 「今では『吟遊詩人』の職に就き、冒険者をしております」


 彼は魔石がいくつか嵌め込まれた竪琴を取り出し、ポロロンと絃を爪弾いた。

 『吟遊詩人』。

 それは街々を旅し、伝承を語り、音楽を奏でて日銭を稼ぐ放浪者の事。

 同時に、職に就いた『本物の吟遊詩人』とは、盗賊系の複合派生職であり、盗賊の技の他に『魔術師系魔法』を習得する事も出来る。


 そして吟遊詩人の職を特徴付ける技が、『呪歌』の演奏だった。

 彼らは魔力を宿した楽器を奏でながら、歌詞を歌う事で、魔法に似た効果を呼び起こせるのだ。

 本物の魔法ほどではないものの、その力は冒険の役に立ち、吟遊詩人は様々な局面で力を発揮出来るのである。


 「と言っても、どの技術も本職には及びません。万能ではなく、器用貧乏の職、と言うのが私達吟遊詩人への妥当な評価でしょうか、はははっ」


 ライトレインは、自分の就く職をそう言って笑う。

 実際、吟遊詩人は『上位職』ではなく、基本職からの派生職の一つと見做されている。

 職にはそれぞれ、得手不得手があり、真の万能職と言えるのは、それこそ『忍者』くらいのものなのだ。


 「で、そのライトレインは、あの女の人――フェルセイスさんの仲間って事で良いのかな?」


 礼は不要と言われたので、セディルは早速ライトレインとは砕けた言葉で話す事にした。

 そんな彼が、今セディル達と同席しているのは、彼が彼女、即ちフェルセイスと一緒に店に入って来たからだった。

 セディルは、話もせずに向かい合う、師とその娘を見つめる。


 「でもまさか師匠に、あんなクールでビューティーで、おまけにお胸も大きな娘さんがいるなんて、知らなかったよ」


 ライガが過去に結婚していて、そして妻を亡くしたという話は、セディルも聞いていた。

 しかしその彼に娘がいたという話は、セディルも初耳だったので、先程の親子の再会場面を見た時には、目を疑ってしまった。


 「しかも、奥さんが『ダークエルフ』で、娘さんが、人間との『ハーフ』だなんて……」


 セディルは改めて彼女、フェルセイスを観察する。

 その肌の色は、普通のエルフとは違う艶やかな黒褐色。人間よりもエルフに近い形の耳が覗く髪は、長い銀髪で、頭には魔法の品らしきサークレットを嵌めていた。

 目鼻立ちのくっきりとした彫刻のような硬質な美貌を持ち、実年齢は二十五歳の筈だが、ライトレインと同様、長命種であるダークエルフの血が、彼女を人間で言えば二十歳くらいの若い姿に留めている。


 背も高く、肢体はエルフほど華奢ではなく、人間に近い引き締まりながらも肉感的な身体付き。

 そこに金属製の胸当てを着け、手足にも革の防具を着けている。

 いずれも魔力の込められた逸品であり、彼女のレベルはかなり高い事が、その装備と隙の無い様子から推測出来る。


 一見、父親に似たところは見えないのだが、唯一点、その冷たく鋭い目の光だけは、ライガに瓜二つであった。

 『ハーフダークエルフ』の女フェルセイス・ダークウッドは、ライガ・ツキカゲとその妻ルナセイス・ダークウッドの間に生まれた娘に間違いは無い。


 「そうでしょう。目の付け所が良いですね、セディル君。美人ですよね~、フェルは……」


 表情を消して父親を睨み続ける彼女の横顔を、ライトレインはうっとりするような目付きで眺め、竪琴を鳴らす。


 「私も、何度も求婚しているのですが、中々良い返事が貰えません。まあ、仲間と認めて貰うまでに、三年も掛かったのです。恋人に成るまで多少時間が掛かったとしても、不思議はありませんね、はははっ!」


 フェルセイスへの気持ちを、彼は前向きに語る。

 その青い瞳には一片の曇りも無く、夢を追い続ける詩人の想いが満ち溢れていた。

 それだけで、セディルは何となく、二人の関係を理解した。

 エリーとアンナも同様らしく、エリーはうんざりとした顔をし、アンナは困った顔をしている。彼女達は、夢と浪漫を追い求める誰かの同類に出くわしてしまったらしい。


 「エルフとダークエルフって、恋人に成っても良いものなの? いくら敵対はしていないとしても、距離感はあるんでしょ?」


 両種族は、同じ『エルフ族』という種なのだが、その生活習慣や文化、信仰などの違いがある。

 それ故、彼らは敵対関係にこそ無いものの、互いに距離を置いて付き合っていた。


 「はははっ、愚問ですねセディル君。男女の間には、愛さえあれば、何も問題は無いのですよ。フェルだって、その愛の結晶なのです。あの男性も、かつてはその壁を乗り越えた勇者の一人だったのでしょう」


 ライトレインは、ダークエルフと結婚した人間の男ライガに、賛辞の音色を送った。

 人間だけは、他の種族との間に、子を儲ける事が可能だった。

 生まれた子は両種族の特徴を引き継ぎ、二つの『種族スキル』を持つ事でも知られている。


 しかし、そうした種族を超えた混血児は、倫理的、道徳的には余り好ましくない存在とされていた。

 多神教への信仰が根付いたこの世界では、『宗教的禁忌』とまではされていないのだが、古い考えに固執する少なくない人々の間では、眉を顰められる問題なのだった。

 故に、ハーフは物珍しく、その数は少ない。


 「私も彼女から、父親の事は少し聞いています。凄腕の冒険者だったらしいですね。そして十五年前、母親が死に、当時十歳だった彼女をカリビング家に預けて、捨て去った親だった、とか?」


 そう話す、ライトレインの飄々とした態度と口調は全く変わらない。 

 しかし、セディルはその青い目が少しも笑っていない事に気が付いた。一見、軽薄エルフに見えても、おそらくはこの男も、フェルセイス同様かなりレベルの高い冒険者なのだ。

 自分と同じく、己を低く見せる事を躊躇しない男に、油断はしないで置こうと考えるセディル。


 「ライガ……、どんな理由があったとしても、娘を捨てるような男だったとは幻滅ですわ」


 娘を護る為に、文字通り命を掛けた父を持つエリーとしては、その一点だけでもライガへの評価を下げざるを得ない。

 少女は不満を露わにして、蒼い瞳を彼の背中に向けた。


 「でも、エリーのお父さんは、師匠と仲が良かったよ。娘に関する話題でも、意気投合していたっけ……」

 「お父様が? 何を話していましたの?」

 「確か、娘は思い通りには育たないものだな~とか?」


 そんな会話を、クレイム伯爵とライガが交わしていたのを、セディルは思い出す。

 どうやら二人共、娘には苦労していたらしい。


 「ふんっ、そんな事はあり得ませんわ。わたくしは、お父様の理想を忠実に体現する娘に育ちましたもの」


 しかし親の心子知らずと言うべきか、エリーは自身の信じる貴族令嬢のあるべき姿を貫き、残念ながらこう成ってしまったのであった。


 「何やら深刻そうだな、あの親子は」


 店から冒険者達が出て行ってしまい、暇になった店主のギルガンドが、セディル達のテーブルにやって来た。


 「やれやれ、フェルセイスも一流の冒険者に成ったと思っていたが、まだ父親の事を引き擦っていたようだ……」


 そう言って、ギルガンドはドワーフらしい豊かな髭を扱く。

 彼は、彼女がまだ子供だった頃から面倒を見て来た大人の一人なので、その思いも複雑らしい。


 「フェルセイスさんって、そんなに凄いんですか、ギルガンドさん?」


 香辛料を塗した骨付き肉を齧りつつ、セディルは店主に質問した。

 彼が一流冒険者と太鼓判を押した、彼女の実力。

 それに興味を持ったからだ。


 「おうとも、そこのライトレインと共に、この店に出入りしている冒険者の中では、一番の腕利きだな。二人共、レベル15の『マスター』に到っている」

 「ええっ、二人共『マスターレベル』っ!?」


 それには、セディルを含めて皆が驚いた。

 ここ最大手の『ガリアンドの酒場』で一番という事は、この国の冒険者の中でも一、二を争う実力者という事になる。


 セディルは、改めてライトレインを見た。

 彼は鼻歌を歌いながら、竪琴の絃を爪弾いている。

 若干、得意気に見えるのは、気のせいではないだろう。

 エルフの吟遊詩人ライトレインは、この街の現役冒険者の中では唯一人、全ての『魔術師系魔法』を習得した男なのである。




 そんな外野の騒ぎを意に介さず、ライガは顔の表情を強張らせたまま、十五年振りに見る娘の顔を凝視していた。

 その容貌は、彼も驚く程に、亡き妻ルナセイスに似ている。

 父親似の鋭い目でさえ、彼を叱咤した時の妻のものと同じだった。


 しかも、今彼女が身に着けている装備品は、死んだ母親の遺品を引き継いだ物。

 鋼鉄よりも軽くて強固な金属『ミスリル銀』で作られた、『ミスリルの胸当て+3』。

 頭部を魔力によって護るサークレットは、『護りの額冠』だ。

 その背には、魔法から受けるダメージを軽減する『呪紋のマント』を纏い、胸には『闇妖精のアミュレット』を下げている。

 それらが意味する事は、一つ。


 「ルナセイスと同じ、『闇僧侶』の職に就いたのだな?」


 ライガが、ついにその口を開いた。

 彼の娘は、その母【黒き森の牙】ルナセイス・ダークウッドと同じ、『混沌属性』の者だけが就ける、戦闘術に長けた『闇僧侶』という職に就く事を選んだのだ。


 「そうだ。母が死に、お前に捨てられた私は、イルメッタさんの家で育ち、そして冒険者と成る事を志した」


 淡々とした声で、フェルセイスは十五年振りに父親と会話を行なう。

 その紫色の瞳には、激しい怒りの色が込められている。


 「全ては、ライガ・ツキカゲ。お前を見返してやる為だ」

 「………………」


 娘から怒りの眼差しを向けられても、ライガは何も言わなかった。

 彼女の怒りは正当なもの。

 彼は間違いなく、あの時、娘を捨てたのだから。


 「冒険者に成ってから、十年。私は、マスターレベルの闇僧侶と成った。まだお前や母のレベルには及ばないが、いずれは今のお前のレベルも超えてやろう。イルメッタさんに聞いたわ。お前は森の中に隠棲し、碌に修練も行っていない、と」

 「………………」


 それは事実だった。

 ライガはこの十五年間で、レベルを一つしか上げていない。

 それも、セディルという弟子を得た事で、彼の修行に付き合った副産物としてのレベルアップだった。


 「そのまま、惨めに朽ち果てて行くのだろうと思っていたが、今更何をしに、この街に帰って来た?」

 「……別に何も……。俺は……、何もする気は無い。この街に来たのは、イルメッタに用があっての事だ。いや、用があるのは、俺よりもあいつの方だ」


 そう言って、ライガは別のテーブルで昼食を取っているセディル達の方をチラリと見る。


 「イルメッタには、七年前、女の子を一人預けた。それが、あいつの妹だ。これから、それを引き取りに行くそうだ」


 ライガがこの街に来るとした当初の目的は、クレイム伯爵から預けられた彼の娘エリーエルを、国外に脱出させ、そこで生きて行けるように手配する事だった。

 しかし、その彼女が復讐の為にセディルと結婚し、エリー・レイドと名を変えた今、彼女を保護する義務と権利は、夫と成ったセディルへと移っている。

 今のライガは、熟練冒険者でも、貴族の別荘の管理人でも、エリーエルの保護者でも無い、只の無職の男であった。


 「イルメッタさんが預かった、女の子……。セディナの事ね。じゃあ、あの男の子が、彼女の言っていた、いつか迎えに来るお兄さん……」


 フェルセイスの硬い表情が、少しだけ柔らかくなった。

 セディナの事は、彼女も七年前から知っていた。

 イルメッタとの付き合いは、彼女も長く、今でもカリビング家には良く出入りしているからだ。


 そして彼女は、幼い少女から聞いていた。

 いつか必ず自分を迎えに兄がやって来る、と。

 少女の願いは叶い、その日が、ついに訪れたのだ。

 ライガに捨てられたフェルセイスとは違い、セディナにはちゃんと迎えに来てくれた兄がいる。


 「……それならば、今此処でお前と言い争いをしている時間は無いわね。カリビング家へ行きましょう。話の続きは……、そこで」


 フェルセイスは椅子から立ち上がり、見下すような冷たい目でライガを睨む。

 逃げるな、お前も一緒に来い、とその目が言っている。

 言葉よりも、その強い眼光で会話しようとするところは、実に似た親子だった。


 「………………」


 その娘の意を悟り、ライガも無言で立ち上がる。

 十五年の歳月、離れ離れだった父と娘の間の溝は、易々とは埋まらないものであるようだ。

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