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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第五十一話 血の価値と復讐の代価

 しばらくの間、エリーエルは地に伏して、込み上げて来る屈辱と怒りに震えていたが、徐にその顔を上げて立ち上がった。


 「それでも、復讐を諦められませんか、お嬢様? 敵は強大です。その果てに待っているものは、破滅でしかありません」


 そそり立つ大男のライガが、彼女の未来に不吉を告げる。

 それは、地獄へと向かう道だと。


 「だから……、何だというのですの。家族の無念を晴らし、一族の名誉を購う為ならば、わたくしは死をも恐れはしませんわっ!!」


 復讐の狂気に憑り付かれつつある少女は、一直線に目的しか見ていないようだった。

 責任感や使命感が強く、思い込みが激しい彼女の性格が悪い方に作用している。

 ライガが諭しても、聞く耳を持てない様子だ。


 「死ぬより怖い事なんて、いくらでもありますよ、お嬢様」


 そんな彼女に、セディルが普段と変わらない調子で話し掛ける。

 彼にはもう少し、事情が見えているのだ。


 「どういう意味ですの、平民?」


 冷たい声と半眼で、彼を睨むエリーエル。

 そんな彼女を、セディルは可哀想な子を見つめるような目で見た。


 「師匠の話を聞きましたよね? 『堕天使の黒血』は、天使の生き血が原料だって」


 それが指し示す事実。

 あの下忍達が、エリーエルを口封じに殺すのではなく、生きたまま確保しようとしていたのも、『それ』が目的だったのだと、セディルは確信していた。


 「想像してみて下さい、お嬢様」


 彼は両手を大きく広げ、彼女に想像の翼を広げるよう求めた。


 「錬金術師の実験室に置かれた、大きなガラスの水槽。水槽には保存液が満たされていて、その中に、裸にされて浮かんでいる、お嬢様」


 そこは暗い地下の空間。

 薬品臭が漂い、無数のガラス容器が棚に並び、そこには未知の不気味な素材が入れられている。


 「魔法や薬で身体を麻痺させられて、意識はあるけど指一本動かせない。鼻と口とお尻とオシッコの穴には管が挿入されていて、上から空気とドロドロの食事を流し込まれ、下からは排泄物を吸い取られる……」


 求められるのは、彼女が生きているという事だけ。

 動ける必要もなければ、喋る必要もない。

 ただ、そこに生きて居るだけで良いのだ。


 「そんな状態で、死ぬ事も出来ずに生き血を抜き取られる日々を送る、自分の姿を、ね……」


 それは、決して妄想ではない。

 世界の裏側の、恐るべき現実。

 エリーエルも、その事をこの短い日数の間に体感して来た。

 だから、セディルの語る悪の所業も、戯言ではなく事実なのだと理解出来た。


 「……ヒィッ!」


 そして理解した途端、彼女の瞳孔が急に光を失ったように黒々と開いた。

 全身から、一瞬にして冷や汗が噴き出す。

 その顔面は蒼白になり、白い歯の根が震え、カチカチと音が鳴る。華奢な肩を、両手で力一杯抱き締めて、必死に震えを堪えるエリーエル。


 ライガやセディルに護られていなければ、彼女はそのような姿にされてしまっていたのだ。

 死をも超える、死ねないという恐怖を、少女は初めて知った。

 そんな狂気の境遇に堕とされる事に比べれば、死ぬなど誰にでも出来る簡単な現象だった。

 彼女の認識は、まだ甘いのだ。


 「お嬢様、あなたは身分も財産も失ったのです。今のあなたはただの平民であり、一文無しの孤児に過ぎない。そして帝国にとっては、罪人の家族の生き残りで、扱いは死人同然の追放者だ」


 ライガはエリーエルに、容赦無く現実を突き付ける。


 「こいつが言ったように、天使の身体は邪悪な錬金術師や魔道具師にとっては、『ドラゴン』並みに捨てるところの無い、貴重な素材の塊なのです」


 天界から降臨し、人の身体に受肉した天使は、滅多に見られない稀少種族。

 それ故に、その肉体の部位は闇では高値で取引きされる。

 血は若返りの薬になり、肉を食べれば寿命が延びる。内臓は薬に、皮膚は力ある魔導書の装丁に、骨は魔道具の材料に、心臓や生首も魔術儀式の触媒と成り得る。

 そんな残酷な品々さえ平然と取り扱う、闇の商会の話をライガはエリーエルに語った。


 「それに対して、お嬢様の敵として君臨する相手は、全ての魔術師系魔法を習得し、無数の魔法薬品を調合出来る、鉄仮面の『アルケミストハイマスター』。地位も名誉も財産もあって、有能な手駒もたくさん抱えていて、帝国の第二皇子の側近……」


 師を補足するかのように、セディルもエリーエルの復讐相手の戦力を並べてみた。


 「まあ……、今のお嬢様が勝てる要素は、ちょっと見当たりませんね」


 その差は歴然。

 この現実の前では、彼女の叫ぶ復讐など、子供の戯言に過ぎなかった。


 「………………」


 そうした圧倒的に大きく重たい現実という怪物の存在に、蒼白な顔をしたエリーエルは唇を血が出る程に噛む。

 その痛みが無ければ、一歩引いてしまいそうになる自分の弱さを、彼女は憎んだ。


 「……ライガ、ならばお前よりも強い忍者は、何処かにおりませんの?」


 それでも、自分の手で復讐が果たせないのであれば、それが出来る者を用意すれば良い。

 世界一の殺し屋でも雇えば、どんな相手でも殺せるだろう。

 だから目の前にいる、その世界一の殺し屋に、エリーエルはそう訊ねる。

 忍者さえ、自分の為に戦ってくれる忍者さえいれば、自分の復讐は成就出来るのだ、と少女は真っ直ぐに思い込み始めたのだ。


 「……俺よりも強い忍者は、俺を忍者にした男しかいません。三百年前、『白百合の剣聖』と共に『奈落の巨人』と戦った歴史上最後のレベル29の忍者。それが、俺の師です」


 それは今も尚、世界で語り継がれる英雄伝説。

 過去に行われた、その超常の戦いの登場人物と、ライガは実際に出会った事があるのだった。


 「だが、師はもういない」


 その伝説の英雄も、後を継いだライガが忍者と成ったその日、老齢と成り、寿命を悟ったその身と共に姿を消した。

 それが、四十年前の出来事。

 おそらく、もう生きてはいないだろう、とライガは確信している。


 「では……、本当にいませんの? わたくしの復讐の刃と成れる者は……」


 少女の顔が絶望に染まる。

 全てを理不尽に奪われた挙句、その相手に復讐も叶わない。

 最早、エリーエルは一切の希望を見い出せなくなってしまった。


 「……忍者は現在、世界に俺とこいつしかいません。俺よりも強い忍者がいるとしたら……、それは十年後のこいつでしょう」


 絶望する少女の前で、ライガはポンと弟子の頭を叩いた。


 「んん??」


 突然話を振られ、訳が判らないと目をパチパチさせるセディル。

 ライガにその気が無い以上、エリーエルが望む者は今現在、この世の何処にも存在しない。

 しかし、この先の未来には存在し得る。

 『最後の忍者』という肩書は、ライガからセディルへと継承されているのだから。


 「この平民が……?」


 エリーエルが、落胆した様子の瞳でその最後の忍者を見つめる。

 余り期待はされていない。

 見つめられたセディルも、困ってしまう。


 「まさかその仕事を、僕に依頼する気ですか、お嬢様? レベル2の僕に……」

 「引き受ける気がありますの? お前に……」


 少年の黒い瞳と、少女の蒼い瞳が交差する。

 そこに居るのは、一人の冒険者と救いを求める依頼人。

 その交渉が始まる。


 「良いですよ、引き受けても」


 あっさりとした口調で、セディルは彼女の仕事を引き受けると口にした。エリーエルの顔に、仄かな光が差し込んだ。


 「『報酬』さえ用意して貰えるのなら、僕は仕事を引き受けますよ、お嬢様」

 「『報酬』?」


 しかし、その仕事はただではない。

 伯爵家への恩でも、義理でも、義務でもない。

 あくまでも『冒険者の仕事』であるからだ。


 「そうです。冒険者を引退した師匠とは違って、僕は現役の冒険者だから、義理や人情では仕事を引き受けませんよ。僕の仕事は、必ず報酬との等価交換になります」


 それがセディルの引く一線。

 彼が恩を返すべき相手でもない限り、彼の力を借りようとする者は、必ず何がしかの代価を支払わなければならない。


 「お金を払え、と言いますのね?」

 「いいえ、僕への報酬は、お金とは限りません。要は何でも良いんですよ。それが僕を『納得』させられる報酬だったら、何だって……」


 それが、セディルのルール。

 彼が求める報酬は、彼の納得に値するものでなければならない。

 条件を満たしさえすれば、それは何であっても構わない。


 「まあ、お金に例えるとすると、暗殺対象があんまりにもヤバイ相手で、危険度が大き過ぎるから、その分、報酬は莫大な金額になるでしょうね。僕以外の誰かに依頼するにしても、それは同じ事ですよ」


 冒険者へ依頼する仕事は、危険であればある程、その報酬が跳ね上がる。

 ウォルドーズ伯爵の暗殺という依頼ならば、相当の大金を積んだとしても、引き受け手自体がいないかも知れない。


 「莫大なお金……」


 それは今、エリーエルの手元には無い物だった。

 大富豪だったクレイム伯爵家だが、その財産は、爵位や領地と一緒に全て国に没収されてしまった。

 今彼女が持つ財産は、荷物にあるドレスと、身に着けていた魔法の耳飾り、後はその身一つだけである。


 「判りましたか? 僕には今、お嬢様の依頼を成し遂げる『力』が無い。お嬢様は、僕に支払う『報酬』を用意出来ない。ほらね? 結局今すぐには、僕達な~んにも出来ないんですよ」


 依頼を引き受けるとは言ったものの、今のセディルは所詮レベル2という、低レベル冒険者。

 莫大な報酬を支払われたとしても、彼女の求める復讐を実行出来るようになるのは、まだまだ未来の話だ。

 そしてエリーエルは、冒険者に依頼する、その莫大な報酬も用意出来ない。

 今の彼女は、何の財産も持たない流れ者の孤児に過ぎないからだ。


 「それに僕には、師匠を超える最強の忍者に成って、世界中を冒険して旅をするっていう、壮大な夢と浪漫があるんです。だから、お嬢様の復讐には付き合えませんね」


 セディルには、昔から語り続けている、そんな夢がある。

 このままエリーエルを『ロルドニア王国』の王都まで連れて行けば、彼はそのまま冒険者として、その地で活動する気なのだ。

 ライガに借金を背負ってしまったので、それも返さなければならないし、妹のセディナも迎えに行かなければならない。


 「やる事、いっぱいあるんですよ、僕も」


 そんな事を説明して、セディルはエリーエルの様子を窺った。

 彼女は俯いている。

 次々と突き付けられる、残酷な現実と自分の力の限界。

 どう足掻こうとも、それは超えられぬ問題なのだ。


 「……諦めろ、と言いますの?」


 エリーエルは、そう静かな声で乾いた唇を震わせた。


 「そうですよ、憎しみは何も生みません」


 深淵の底のような暗黒の瞳で、セディルは言葉を紡ぎ始める。


 「復讐なんてしたって、誰も帰っては来ないんです。虚しいだけですよ。それよりも、相手を許すという心が、お嬢様の魂も救うんです。前向きに生きて、お嬢様が幸せに成る事を、きっと伯爵様達も願っていますよ」


 人形のように表情を消した無機質な顔で、そんな白々しい台詞を語るセディル。

 いささか棒読み気味なのは、彼自身、そんな事を全く信じてもいないからだろう。


 「罪を憎んで、人を憎まず。辛い事は忘れて、前を向く。これが一番、『賢い選択』なんですよ」

 「……許す? ……忘れろ? 許せと言いますの? 忘れろと言いますの? 『あれ』を?」


 大事な家族の首を切られ、頭を叩き潰される光景を目蓋に焼き付けられたエリーエルには、彼が何を言っているのか、理解不能だろう。

 それを承知で、セディルは話を続けた。


 「お嬢様には、教育っていう財産は残っているんだから、ロルドニアに行って、学校の先生にでも成れば生きて行けますよ。そこで暮らして、その内誰かと結婚でもして、子供も出来て、日々の暮らしを大切にして、その中で小さな幸せを感じて行けば、復讐なんて気持ちも、いつかは無くなる日が来るんじゃないかな」


 それはエリーエルが取るべき、もう一つの選択肢。

 過去に起こった何もかもを忘れ、未来に希望を託して、ただ平凡に生きて行く。

 幸せに成れるかどうかは、天のみぞ知るが、少なくとも不幸には成らないだろう生き方。


 「……平民。お前には妹がいる、と言っていましたわね?」

 「はい、いますよ」


 唐突に、エリーエルはセディルに彼の妹の話を切り出した。


 「お前は、その妹が理不尽に殺されたとしたなら、どうしますの?」


 身内を、家族を身勝手な理由で奪われ、辱められたとしたら、彼はどうするのか。

 少女は少年に、そう問うた。


 「それは勿論、『血の報復』一択ですね」


 迷いの無い目で、セディルはキッパリとそう言った。

 さっきまでとは言っている事が真逆だが、そんな事はどうでも良い。

 賢い選択など、そんな時には犬の糞以下の理屈に過ぎない。

 それを選べないのが、復讐の狂気なのだ。


 「そんな事されたら、楽には死なせてやりませんよ。手足を切り落として、肥溜めに放り込むか。生きたまま『大鼠』にでも食わせてやるか、それくらいはするかな~」


 セディルは、真顔で残忍な刑罰を検討する。

 そんな彼を、エリーエルが冷ややかな目で見つめる。


 「それでも……、お前はわたくしに諦めろ、と言いますの?」

 「言いますよ。お嬢様には、まだ残されたものがあるって、言っているんですよ。失ったものを嘆くより、残されたものを大事にすべきです」


 そう言って、セディルはアンナの方を見た。

 全てを失っても、彼女はエリーエルに付いて来てくれた。

 家族が彼女に残した教育や思い出も、彼女の中にあるのだ。


 「でもね、それでも、お嬢様が復讐を諦めきれないと言うなら、『覚悟』が必要になりますよ」

 「……覚悟なら、ありま……」

 「足りません」


 セディルは、彼女の言葉に被せるように、そう断言した。


 「僕は復讐を決意した、多くの人達の物語に目を通して来ました」


 それは主に漫画や小説の世界の話。

 セディルの持つ前世での知識から来る、ある種の偏見だった。


 「そんな物語に登場する彼らに比べれば、お嬢様の覚悟は、全然足りていませんね」

 「な、何を言っていますの、お前?」


 突然訳の判らない事を言い出すのは、いつものセディルだが、今は少し様子が違った。

 その異様な雰囲気に、エリーエルは気圧される。


 「お嬢様には、復讐の狂気に人生を捧げる覚悟がありますか? 自分の力でそれを成せないなら、自分の身を売ってでも、報酬を用意する覚悟がありますか?」


 復讐とは、目的地まで続く断崖絶壁の道を歩むようなもの。

 一度歩み始めれば、進むも地獄、引き返すも地獄となるだろう。

 その恐怖と孤独を耐え忍び、一歩一歩、歩み続けなければならない。

 例え、途中で鋭い棘の道があろうとも、汚泥の中を泳いで進もうとも、不屈の心を養って行かなければ、途中で挫折し、絶望の中に終わりを迎える。


 「復讐を選ぶなら、お嬢様が進むのはそういう道です。もしもお嬢様にその覚悟があるのなら、いつの日か、報酬を用意して僕のところに来て下さい。その時、僕が師匠を超える『最強の忍者ハイマスター』に成っていたら……、お仕事を引き受けますよ」


 セディルは、そう言ってエリーエルに一礼した。

 不思議少年が見せたその態度、その言葉、それを目にし、何故かエリーエルは一つの確信を得た。


 (この平民は、やはりライガと同じ、本物の忍者なのですわ……。今はレベル2に過ぎなくても、いつの日にかは、何者をも滅ぼせる『忍者ハイマスター』と成る者……)


 それは天啓か、それとも乙女の勘か、古の魔法帝国より彼女が引き継ぐ、血脈の呼び声か。

 或いは『悪魔の囁き』、という事も考えられる。

 エリーエルは、直感的に悟ったのだ。


 自分の復讐の刃と成るのは、この男だ、と。

 復讐を果たすには、彼の力が自分には必要なのだ、と。


 それを成す為、セディルの力が欲しい。

 それには、彼に捧げる『報酬』が必要になる。

 今の自分が持つ僅かなものの中で、最も価値あるもの。

 それが何であるかを、エリーエルは知っていた。


 しかしそれを支払うには、正に覚悟が必要になる。

 その覚悟を固める事が、自分に出来るかどうか。

 彼女は、もう一度自身に問い掛ける必要があった。

 エリーエルはくるりと身体の向きを変えると、何も言わずその場を離れ、寺院へと歩き始める。


 「お嬢様? どうしましたか?」


 彼女の後を、アンナが追い、二人は寺院の中へと入って行った。

 そんな彼女の後ろ姿を、セディルとライガが見つめていた。


 「はぁ~、これだけ脅かしておけば、諦めてくれるかな~~」


 頭の後ろで手を組み、天を仰ぐセディル。

 言うべき事だけは言ったので、復讐を諦めるかどうかも、後は全てエリーエル次第。


 「諦めなければ、彼女は、お前が言った通りの運命を辿る事になるだろう」


 ライガが望むのも、彼女の不幸では無い人生だ。

 だが、彼らの信条として、それぞれの人の選択は尊重すべきである、というものがあった。

 それでもエリーエルが復讐を求めるのであれば、それを止める理屈を、二人は持ち合わせていない。  


      


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