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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第五十話 代価無き復讐者

 蘇生の儀式を執り行った、その日。

 生き返ったセディルと他三人は、ホスリードとシーナの厚意によって、寺院に宿泊させて貰える事になった。

 野営が続き、エリーエルの心身の不調を心配するアンナは、これに喜び、彼女達も何日かぶりに風呂に入り、まともなベッドで眠る事が出来た。


 そして翌日。


 「うーん、良い天気」


 朝早く目覚めたセディルは、いつもの包帯を顔に巻き、普段着に着替えて寺院の庭にいた。

 死から蘇り、『レベルアップ』を果たした彼は、爽やかな目覚めの朝を迎えていたのだ。

 小枝に止まる小鳥が囀り、木々の隙間を抜ける風が心地良い。

 空は青く、白い雲が流れ、反射する日の光が眩しい。


 「世界が、僕の復活を祝福してくれているみたいだ」


 感動の余り、セディルは空を見上げて呟く。

 昨日までとは、世界の輝きが違う。

 彼の前途は明るく、その道は死を以ってしても閉ざす事は出来なかった。

 朝の陽差しを浴びながら手足を伸ばすセディルは、居心地の良い場所を見つけた猫のように、目を細め、頬を緩ませたのである。


 「……機嫌が良さそうですわね、平民」


 そんな彼の耳に、背後から不機嫌そうな少女の声が届く。

 エリーエルの声だ。

 彼女も早くに目覚めて、外に出て来たのだろう。


 「お早うございます、お嬢様。良く眠れ……てませんね」


 振り返って挨拶を口にし、彼女の顔を見たセディルは、その挨拶を途中で変更した。

 数日ぶりにベッドで眠った筈のエリーエルだが、その顔色はやはり良くない。

 まだ晴れない悪夢に苛まれているのだろう。

 満足に眠れていない為に、宝石に例えられる蒼い瞳も輝きを無くし、空の蒼さとは対照的にどんよりと曇っている。

 変装で黄金色の髪を黒く染め、貧民の少年の姿をしなければならない今の彼女は、この寺院での一夜でも、気持ちを落ち着かせる事が出来なかったのだ。


 「眠れる訳が、ありませんわ……。皇帝陛下が殺され、お父様も、お兄様達も処刑されて……、わたくしの護るべき人達は、皆死んでしまいました……」


 自らを守護天使と呼んでいたと言うのに、結局誰も護れず、家も潰れ、残った筈の一族郎党も北の流刑地へと送られたとあっては、流石の勝気な彼女もどん底まで落ち込んでいた。


 「でも、ほら、僕は生き返りましたよ」


 失われた命は多いが、戻って来た命もある。

 セディルは明るい態度で、自分の顔を指差した。


 「まさか、認知症のお爺さん僧侶に生き返らせて貰うとは、思わなかったですけどね~」


 それだけは後で知って、彼も肝を冷やした。

 自分でも良く戻って来られたと思うが、日頃の行いが良かった為であろう、と思う事で納得した。


 「……認知症? お前は、いつも訳の判らない事を言いますのね……」


 相変わらず謎の物言いをする少年に、エリーエルは精気の無い目を向ける。


 「まあ、元気を出して下さいよ、お嬢様。僕は生き返ったし、ウォルドーズ伯爵の刺客達も全員撃退したから、次が送られて来るとしても、時間的な余裕は出来ました。今の内に、隣国の『ロルドニア』まで逃げちゃいましょう」


 差し向けた刺客達が全滅したとなれば、ウォルドーズ伯爵の出方も慎重になるだろう。

 彼らは稼いだ時間を活かして、エリーエルを逃がさなければならない。


 「……お父様の敵……、この一件の黒幕……、ウォルドーズ伯爵……」


 セディルの言葉を聞き、彼女の瞳に僅かに光が灯った。

 その敵の名を口にした時、蒼い瞳の奥に、黒く燃える業火の小さな種火が見えたのだ。


 「その者達は……、今何を考えているのかしら?」


 誰に問うでもなく、エリーエルの唇が動いた。

 彼女は純粋に思ったのだ。

 このような悪行を成した者達は、一体どのような心境でいるものなのか、と。


 「ホッとしているんじゃ、ないですか?」


 いつものように、あっけらかんとセディルが言う。

 そうして彼は、事実をありのまま告げ続ける。


 「邪魔な人達は全部殺して、全ての罪はクレイム伯爵に擦り付けられたし、帝国の権力の中枢にも近付けたんです。お嬢様を取り逃がした事以外は、全部上手く行ったんだから万々歳」


 この戦いは、ほぼ敵の完勝で決着が着いている。

 敵ながら、そのやり口は見事だとセディルは思う。


 「今頃は、安心して笑っているんだと思いますよ。良かった、良かったって」


 敵の立場に立って考えてみた時、セディルには、そうした光景しか思い浮かばなかったし、実際にそうだろうとの確信はあった。

 これだけの事をして見せた敵が、良心の呵責に苛まれる、などという事はありえないだろう。


 「……ホッとしている? 上手く行って、良かった? 皇帝陛下を殺して、お父様に罪を擦り付けた事を?」


 少年の言葉を繰り返し、エリーエルは虚空に視線を向ける。

 その蒼い瞳には、今は何も映っていない。

 ただ、先程までの黒く燃える小さな種火が、その中で、徐々に大きく成り始めていた。


 「……ええ、そうですわね。きっと、多分……、お前の言う通りですわ……」


 敵は喜んでいる。

 父や兄、皇帝の死を、クレイム家の廃絶を、彼女の一族の苦境を。

 エリーエルも、敵の立場に立ってみたのだ。

 そして、一瞬たりともそんな立場で今回の事件を振り返ってみた事を、後悔した。


 「嬉しいですわよね。敵を上手く利用して、自分の立場を上げ、望むものを手に入れたのですもの。嬉しいに、決まっていますわよねっ!」


 彼女の形の良い唇の端が、奇妙に歪む。

 胸の奥から込み上げて来る怒りが大きくなり過ぎ、限界値を超えた感情が、顔を勝手に笑わせようとしているのだ。

 自分の中にあったその余りの激情の大きさに、エリーエルは眩暈と吐き気を覚え、くらりと脚が崩れて大地に膝を突き、蹲る。


 「大丈夫ですか、お嬢様?」


 セディルがその身を支えようとするが、彼女はそれを拒否し、震える脚を無理矢理動かし、空を見上げるようにして立ち上がる。


 「復讐……」


 エリーエルの唇から擦れたような声で零れたのは、その一言であった。 


 「許しませんわ……、わたくしの家族の死を喜んでいる者達がこの世にいる事など、絶対に、許しませんっ!! 絶対に……、許すものかぁっっ!!!」


 少女の瞳に宿った黒き業火は、今やその大きさを見定められない程に、燃え上がっていた。

 かつては天上の輝く蒼い光を宿していた、その瞳。

 一度は消えたかに思われたその光に取って代わり、そこに、深淵から立ち上がるが如き漆黒の炎柱が吹き上がる。


 天使の乙女エリーエルは、この日、復讐者と成って地に降り立った。




 そんな風にして、一人の女の子が復讐を決意する様子を、セディルは遠くを見るような目で見ていた。

 復讐自体は否定しない彼だが、それを成し遂げるには、現実認識が必要だという事も知っていた。


 (お嬢様、それは無理だと思いま~す……)


 今の本人に言うのは酷過ぎるかも知れないかな、と思いつつ、彼は心中で溜め息を吐く。

 エリーエルは、家族の敵に復讐を誓った。

 しかしその敵というのは、今や帝国政府の中枢に食い込んだ大物貴族で、本人もハイマスター級の使い手。

 さらには多数の手勢も揃えているらしい、という相手なのだ。


 (どう考えても、世間知らずの箱入り娘が、立ち向かえる相手じゃないなぁ~)


 冷徹なる忍者セディルの戦力分析では、彼女の勝率は完全にゼロ。

 傷の一つも与えられずに取り押さえられる、文字通りの鴨葱に成ってしまうだけだろう、と予想出来た。


 「……あの、お嬢様、セディル君。朝食の用意が出来ましたよ」


 そんな二人の下へ、アンナがやって来た。

 朝食が出来たので、二人を呼びに来たのだろう。

 その後ろには、ライガもいる。

 ホスリードと孫娘のシーナは寺院の奥の部屋に居り、この場所は、村からも少し離れているので、今この場には、彼ら四人しかいなかった。


 「お早うございます、アンナさん。朝ご飯楽しみです。さあ、お嬢様、色々食べて元気に成りましょう。お腹が膨れれば、悩みも消えますよ」


 天を睨むエリーエルに、セディルはそう声を掛けた。

 だが、少女は微動だにしない。

 そのまま、彼らに背を向け続けていた。


 「ライガ……」


 エリーエルが、喉の奥から絞り出すような低い声で、彼の名を呼んだ。


 「……はい、お嬢様」

 「わたくしは……、ウォルドーズ伯爵への復讐を誓いましたわ……」

 「そうですか」


 復讐という、爽やかな朝には重たい言葉を聞いても、ライガの表情に変わりは無い。

 まるで他人事のようなその反応は、エリーエルの消耗した心を逆撫でする。


 「ええ、そうですわ、復讐ですっ! クレイム家の最後の一人として、お前に命じます。今すぐ帝都に戻り、ウォルドーズ伯爵の首を斬り落として、わたくしの下へ持って来なさい。わたくしがじきじきに、あの者の頭を踏み砕いて上げますわっ!」


 振り向いたエリーエルは、轟々と燃える憎悪の炎を彼に向け、その大いなる権限を持ってライガにそう命じた。

 伝説の忍び、『忍者ハイマスター』である男が、今彼女の目の前にいる。

 その圧倒的な力は、確かに彼女も見たのだ。

 彼ならば、如何なる場所にいる如何なる敵であろうとも、その場に赴き、その首を刎ね飛ばして持ち帰って来る事が出来るだろう。


 彼女の復讐は、必ず成し遂げられるのだ。

 忍者が、彼女の下にいる限り。


 「お断りします」

 「あらら……、それは駄目だよ、お嬢様」 


 冷めた声で命令を拒絶するライガと、力の抜けた声で呆れるセディル。

 エリーエルの絶対命令は、あっさりと二人の忍者によって拒絶された。アンナは、いきなり復讐を言い出すエリーエルに、戸惑っている。


 「な、何故ですのっ!? お前は、伝説の忍者なのでしょうっ!?」


 予想外の命令拒否に、納得の行かない彼女は、ライガに食い下がる。

 何故、忍者と呼ばれる者が、主人の命令を拒むのか、と。


 「そうですが、今の俺はただの別荘の管理人だった男に過ぎません。クレイム伯爵も、俺をそれだけの者として扱ってくれました。俺はもう、忍者や冒険者として仕事をする気は、全くありませんでしたので……」


 クレイム伯爵がライガに頼んだのは、私事である娘の安全確保のみ。

 彼の心情を理解していた伯爵は、それ以上の公的な仕事には、ライガを関わらせなかったのだ。


 「お父様が……、まさか、それでは、お前が忍者だという事は、お父様達も知りませんでしたの?」

 「……そうです」


 クレイム伯爵は、最後までライガの事を下忍のハイマスターだと思っていただろう。

 その事でだけは、彼も伯爵を欺いた結果に成ってしまったが、伯爵ならば、それを知っても驚くだけで済ませてしまった筈だ。


 「では、もしも……、お前がお父様の仕事を手伝っていれば……、こんな結果には、成らなかったのではなくてっ!?」

 「そうかも知れません」


 あっさりと、ライガはその事実を認めた。

 その可能性はかなり高い、と側で聞いていたセディルも思った。

 ライガは忍者であり、戦闘、諜報、暗殺、破壊工作のプロ中のプロだ。

 彼が伯爵の作戦に最初から参加し、ウォルドーズ伯爵側の勢力との暗闘を制していたならば、この結果を覆す事が出来た筈なのだ。


 歴史を動かす『個の怪物』は自ら動く事を拒絶し、その結果、歴史は邪悪なる者達の思うがままに流れたのであった。


 「お前は、お父様に、クレイム伯爵家に、恩を感じてはいませんのっ!?」


 その事に、エリーエルも気付いたのだろう。

 厳しい目でライガを睨み付け、胸の内をぶちまける。


 「クレイム伯爵への恩なら、感じていますよ。だから俺は、お嬢様の護衛を引き受け、今も続けているのです。お嬢様を隣国に逃がし、そこで生きて行けるように手配するまでが、俺が返すべき恩であり、伯爵家に対する義理の範囲なのですよ。お嬢様の個人的な復讐に協力する義務も義理も、俺にはありません。……今ここで恩を言い出すのは、……卑怯ですよ、お嬢様」


 ライガは、明確な一線をそこに引いていた。

 冒険者を引退し、ただの別荘の管理人に徹していたこの男は、自らに課したその役割からはみ出る事を自分に許さない。

 彼はもう、自衛の為にしか戦わないのだ。


 「僕も、師匠と同じ意見です。義理と仕事で、お嬢様の安全確保には協力します。でも、お嬢様の復讐に付き合う義務はありませんよ」


 セディルも、師に同調した。

 彼も、恩に引き摺られたり、本質を見誤ったりはしなかった。

 彼らの恩人はクレイム伯爵であり、恩を返すべき相手も伯爵だ。

 その伯爵が一番に望んでいた事、それが、エリーエルの無事と平穏なのである。


 「くううっ!」


 恩を盾に復讐に協力しろと求めた事を、卑怯と言われ、エリーエルは涙目で呻いた。

 それでも反論しないのは、彼女がクレイム伯爵の娘だから。

 自分でも理解したのだろう。

 彼らの言っている事が正しい、と。

 それは卑怯なのだ。


 「では、どうしろと言うのですっ!?」


 だが、感情は爆発する。

 絶叫し、激情のままにライガに殴り掛かった。

 彼女の身長では、大男の顔に手が届かないので、その華奢な拳は彼の厚い胸板を叩く。

 無論、女子供の拳でいくら叩かれようとも、大地にどっしりと根を張った巨木のように、ライガの身体は微動だにしなかった。


 「……伯爵様達が、何を護ろうとしていたか、お判りですか?」


 少女の殴打を甘んじて受けながら、ライガは静かにそう言った。


 「クレイム伯爵がお嬢様に預けた、あの小箱の中の毒と手紙。あの毒の名は、『堕天使の黒血』と言います。その効果は、蘇生術の完全阻害です」


 淡々と、無表情のライガが、エリーエルに残酷な事実を告げる。


 「……蘇生術の完全阻害……? 『堕天使の黒血』……??」


 初めて聞くその毒の名と効用に、エリーエルは彼を叩く手をピタッと止めた。

 上を見上げると、ライガの鋭い目が視界に入る。


 「皇帝と伯爵の殺害に使われたのも、その毒です。皇帝の蘇生が二度とも失敗に終わったのは、その毒の効力の所為なのでしょう」


 重要人物の殺害を企てる者は、殺害後のその人物の蘇生を最も恐れる。

 それ故、その死を永遠のものとする為に、人の歪んだ叡智が生み出せしもの。

 それが、『堕天使の黒血』なのである。


 「……そ、そんな毒が、この世にありましたの?」


 いっぱい勉強し、年齢に反して博識を得たと自負していたエリーエルも、この毒の事は知らなかった。

 それは錬金術に於ける秘匿事項であり、闇の世界の事柄に属する知識だったからだ。


 「そして、一般には知られていないが、『堕天使の黒血』の原料は、お嬢様のような天使の身体から搾り取った、『天使の生き血』という錬金素材なのですよ」


 ライガがそう告げると、エリーエルだけでなく、セディルとアンナも驚いた顔を見せた。


 (そういう事だったのか。それなら、今までの事が色々と繋がる……)


 クレイム伯爵の敵だった錬金術師、その伯爵が罪を擦り付けられた理由、敵の配下がエリーエルを生かしたまま手に入れようとした事も、辻褄が合うとセディルは考えた。    


 「て、天使の生き血っ!? わたくしの血から、毒が作れるっ!?」


 その事実に、エリーエルの身が震える。

 余りにも馬鹿馬鹿しいので、今日まで無視していた、自分の父にでっち上げられた罪の実態に、彼女は気付いてしまった。


 「では、まさか……、お父様に掛けられた冤罪の正体は……」

 「そう成ります。公にはそこまで詳しく発表されてはいませんが、クレイム伯爵は、実の娘から生き血を搾り取って毒薬を製造し、裏社会に売り捌いていたという罪を課せられたのです。まあ、実際にそれを行なっていたのは、ウォルドーズ伯爵の方でしょうが……」


 ライガに確認を取り、それが事実と彼女は知った。

 あの子煩悩な父に、敵は皇帝殺しだけでなく、そんな最低最悪の不名誉まで着せていたのだ。


 「あ、あの悪党共~~っ!!」


 怒りの余り、目が眩む。

 エリーエルは地面に膝を突き、大地に向かってそう叫んだ。

 そんな少女の様子を、ライガとセディルは黙って見つめ、アンナは痛々しげに目元を拭った。

 復讐を求める少女の願いに、忍者の男達は応えない。

 それが自分達の復讐では無い事を、彼らはハッキリと理解しているからだ。


 翼折れ、地に伏す天使の乙女。

 血の贖いを求めて、泣き女の亡霊『バンシー』のように泣き叫ぶ。

 断頭の刃を五体に秘めし、忍びの職にある者達は不動。

 空は青く、空気は澄み、緑豊かな大地が広がる地で、復讐の契約は成されるか。     

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