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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第四十七話 悪役達の策謀

 「上手く行きましたな、ラドラティス殿下」


 不気味な鉄仮面を被った黒衣の男が、同室に居る男性に声を掛けた。

 そこに居るのは、上等な服を着た三十代の男。

 端正な顔立ちをした、男性貴族だった。

 彼は、片手に血の様に赤い葡萄酒の入った銀杯を持ち、それを少し落ち着きの無い様子でチビチビと口に運んでいた。


 「まあ……、そう言ってしまっても、良いのだろうな……」


 その男性、ジーネボリス帝国第二皇子ラドラティスは、仮面の男ウォルドーズ伯爵の方を向き、そう言ってふうっと酒の臭いのする息を吐いた。


 「ええ、その通りです。我々のやっていた事、まあ帝国の法に照らし合わせれば、犯罪と成りますが、その罪は全てクレイム伯に背負わせる事が出来ましたので……」


 悪びれる様子など微塵も無く、ウォルドーズ伯爵はクレイム伯爵に冤罪を着せた事を語る。


 「そ、そうだな。クレイム伯には、その……、悪い事をしたと思っているよ……」


 それを聞き、ラドラティスはどこか後ろめたい様子で、そっと顔を背け、杯の中の葡萄酒を一気に呷る。

 彼の顔色は少し悪く、どこと鳴く消沈しているように見えた。

 皇宮の者達は、それを父である皇帝を亡くし、国の行く末を心配する余りの心労から来るものだろうと、彼を労ってくれたが、真相は違っていた。


 「殿下、今更、怖気付きましたかな?」


 文字通りの鉄面皮の伯爵が、共犯者に近付く。

 その仮面のスリットから覗く、金色の瞳が、ラドラティスを見つめた。


 「な、何がだ、ウォルドーズ伯……」

 「『親殺し』にですよ、殿下」


 そうハッキリと事実を言われ、ラドラティスの顔色が蒼くなる。

 改めて、自分の犯した罪の大きさに、彼は戦慄しているのだ。


 「あれは、仕方の無い事だったのですよ、殿下。皇帝陛下は譲位を隠れ蓑にして、息子であるあなたと共犯者である私の罪を炙り出し、裁きに掛けようとしていたのです。その為に、クレイム伯、ラミレス医師らと謀り、体調を崩して先が長くないなどと嘘の芝居までして見せていた……」


 そこは流石に英明で知られた皇帝だと、ウォルドーズ伯爵も感心していた。

 例え息子であろうとも、国の法を犯し、国の害と成るなら容赦しない。

 彼は最後まで、賢帝であろうとしていたのだ。


 「そしてクレイム伯には、不味いところまで調べられ、『あの証拠』も入手されてしまったのです」

 「あ、あれは、その、私が悪かった……」


 ウォルドーズ伯爵からその失敗を指摘され、ラドラティスは誤りつつ、空に成った銀杯をテーブルに置き、酒瓶から新たな葡萄酒を杯に注いだ。


 「ええ、ですが、もうお気になさる必要はありません。その証拠を生かそうとした皇帝陛下とクレイム伯爵は、もうこの世に居りませんので」


 ポンと皇子の肩に手を置き、親しげにそう話すウォルドーズ伯爵。

 彼とて、こんなところで終わる気は無い。

 自分の目的に辿り着く為ならば、邪魔者を排除する事を躊躇う理由も無い。


 「あの二人には、どうしても死んで貰う必要があったのです。我々の目的を果たす為に……」


 彼の目的、そこに到る為にも、共犯者であるラドラティスには、しっかりと働いて貰わなければならない。


 「……ああ、そうだな」


 新しい葡萄酒で唇を湿らせ、ラドラティスも表情を引き締める。

 彼ももう、引き返せないところまで来てしまっているのだ。


 「ウォルドーズ伯、これから私はどうすれば良いかな?」

 「それは、もう決まっておりますよ、殿下。まずは兄上を支持し、あの方の速やかな新皇帝への即位を実現させ、帝国の混乱を収拾させる事です」


 ラドラティスから訊ねられ、彼の公式の『相談役』であるウォルドーズ伯爵は、淀みなくこれからの行動計画を話し出す。


 「そうすれば、新たな『皇弟』と成る、あなたの世間での評価も上がるでしょう。皇位など、あの凡庸な兄上にくれてやれば良いのです」

 「……つまり、予定通りに動けと?」


 それはラドラティスも納得していた、当然の成り行き。

 彼は自分が新皇帝に成る事は、考えていなかったのだ。


 「ええ、それで問題はありません。皇太子殿下は、腹芸が苦手なお方。皇帝陛下も、我々の事はギリギリまで話さない予定だったのでしょう。こちらでも調べてみましたが、殿下の兄上は、今回の一件に関しては、何も知りません」


 全ては皇帝ミルファウスが、内密に事を運ぼうとした結果。

 皇帝達がウォルドーズ伯爵達に仕掛けようとしていた戦いは、少数精鋭による、敵中枢への奇襲作戦だったのだ。


 「そのお蔭で、あの方は命拾いをしました。殿下も、『兄殺し』まではせずに済んだのです」

 「そ、そうだな……」


 父だけでなく、兄まで殺さなければならない可能性はあったのだが、それだけは回避出来た。皇太子の凡庸さが、彼の命を救う結果と成ったのだ。


 「それにクレイム伯は、この調査には、秘密保持の為に、慎重に吟味した僅かな手勢しか使っておりませんでした。その調査員の数が少なかったお蔭で、こちらも彼らを完璧に『処分』する事が出来ました」


 物理的な口封じによる情報封鎖は、既に完了していた。

 最早、彼らの犯罪の証拠は、どこからも漏れる心配は無い。

 情報操作も実行され、その罪は全てクレイム伯爵のものとしたからだ。

 ウォルドーズ伯爵とその共犯者である第二皇子ラドラティスは、この戦いに完全なる勝利を得たのだった。


 「ですから、後は兄上の即位、国内の安定、いつもの仕事をこなせば良いのです……。殿下のお望みは……、あなたが最終的に得たいと望むものは、皇帝の権力を持ってしても得られぬものなのですから……」


 錬金術師であるウォルドーズ伯爵の『言葉の毒』が、ラドラティスの心に沁み込んで行く。

 彼は手にした銀杯を力一杯握り締め、その中身を見た。

 血の様に赤い、葡萄酒を。


 「欲しいのでしょう? それが……」


 仮面越しの目が、怪しく光る。

 ウォルドーズ伯爵は、ラドラティスが望んでいるものを、完全に把握しているのだ。


 「ああ、欲しい。私は、それが欲しいのだっ! それが得られるのなら、皇位など、喜んで兄上に譲れるっ!」


 耳元で毒を囁かれ、ラドラティスの目にも欲望の光が輝き始める。

 人の心の中に、その澱んだ光がある限り、人は必ず邪悪な声に耳を傾けてしまうのだった。




 そんな二人の会話が途切れた時、気配を殺して室内に入って来た者がいた。

 その者は何も言わず、テーブルの上に一枚の紙を置いて、また部屋から出て行った。

 ラドラティスは気付かずに酒杯を口にしていたが、ウォルドーズ伯爵は勿論それに気付いていた。その者に調査を命じていたのは、彼なのだから。


 置かれた紙を、伯爵は拾い上げる。

 その紙には、一人の男の似顔絵が描かれていた。

 クレイム伯爵の屋敷に皇帝親衛騎士隊が踏み込んだ時、彼らが捕らえようとしていた、かの家の令嬢エリーエルは、その姿を消していた。


 彼女は、近しい者達と共に、地下へと続く通路を辿って包囲された屋敷から脱出していたのだ。

 ウォルドーズ伯爵は手の者に屋敷の者達を尋問させ、エリーエルを連れて逃げたという、別荘の管理人の男の似顔絵を描かせていたのだ。


 「……まさか、クレイム伯爵の下に、この男が居たのかっ!?」


 その似顔絵に描かれた男を見た瞬間、死神のように冷静だったウォルドーズ伯爵の声に、正真正銘の驚愕の響きが宿った。

 そこに描かれていた男の姿は、三十歳の手前くらい。

 黒髪に刃のように鋭い黒い目、男っぽい魅力を持つ彫りの深い顔立ち、しかも身長が二メートルもある大男だとの、走り書きがされている。


 ウォルドーズ伯爵は、そうした特徴を持つ男の事を、良く知っていたのだ。


 「『牙』との奇しき因縁、という訳か……」


 十五年前を最後にして、彼もこの男の情報には全く接していなかった。

 どこかに姿を消してしまったのだろうとは思っていたが、それがまさか自分と敵対した、クレイム伯爵の側に居たとは完全なる盲点であった。


 「失敗してしまいましたな。この男がエリーエルを護っていると、もう少し早く知れれば、刺客など送らなかったものを……」


 ウォルドーズ伯爵は自らの不手際を認め、仮面を震わせた。

 彼らは既に、エリーエルを確保する為に、刺客である下忍達を送り込んでしまっていたのだ。


 「どういう事だ、ウォルドーズ伯? 伯は、その男の事を知っているのか?」


 共犯者の様子が微妙に変わった事に気付き、ラドラティスが怪訝な顔をする。

 彼も、エリーエルが逃げた事は知っているが、その彼女の護衛の一人に、ウォルドーズ伯爵は珍しく感情の変化を見せていた。

 思わず伯爵が手にする似顔絵に、目を向けてしまう。


 「ええ、知っております。残念ながら、エリーエルの下へ送り込んだ下忍達は、今頃全滅してしまっているでしょう」


 折角の手駒を、無駄に捨ててしまった。

 伯爵は、下忍達の全滅を確信し、残念そうに首を横に振ったのだった。


 「下忍達が、全滅っ!? 送り込んだ下忍は、十三人の精鋭だったのだろう? それがたった一人の男に、皆殺しにされたというのか?」


 その報告は、ラドラティスも受けていた。

 ウォルドーズ伯爵はエリーエル捕獲の為に、マスターレベルの下忍を筆頭とする精鋭部隊を動かした、と。

 それなのに、それだけの部隊が全滅しただろうと、確認もしない内から、伯爵はあっさりとそう断言したのだ。


 「その通りです。こちらの送った刺客達は、皆死んだ筈です。エリーエルには、逃げられてしまいましたな」

 「……では、また刺客を送るか? 今度は、もっと数を増やして……」


 十三人の下忍で足らないのなら、それ以上の刺客を用意すれば良い。

 今のラドラティスとウォルドーズ伯爵には、潤沢な戦力を用意出来る力があるのだから。


 「無駄ですよ、殿下。下忍や暗殺者を何十人送り込んでも、殺せるような男ではないのですよ。この男は……」


 その男の力を、誰よりも良く知るウォルドーズ伯爵は、短絡的な皇子の提案を即座に却下した。

 兵を無駄に死なせる者は、名将とは言えない。

 勝てない勝負なら避け、勝てる状況を用意してから、勝負をし直さなければならないのだ。


 「それどころか、もしもクレイム伯爵が最初からこの男を手駒として使えていたならば……、あの処刑台で頭を叩き潰されていたのは、我々の方だったでしょうな」


 ウォルドーズ伯爵は、自分達の幸運を、神にでも感謝したい気持ちに成っていた。

 それ程に、この男は恐ろしい。

 六人の牙の中でも、最も鋭く無慈悲な牙だったのが、彼なのだ。


 「迂闊でした。我々の勝利は、本当は薄氷の勝利だったのです」


 歴史の流れをも変え得る、個の怪物。

 それとの直接対決が避けられたからこそ、彼らは、この政争に勝利する事が出来たのだ。


 「……伯がそれ程に警戒するとは、一体その男は何者なのだ?」


 今回の皇帝達の策謀を、全て叩き潰してくれた策士が、たった一人の男を恐れている。

 ラドラティスは不安に駆られ、その男の正体を訊ねた。


 「この男の名は、ライガ・ツキカゲ。今や伝説にのみ語られ、失われた事になっている職、『忍者』に就く者。世界唯一の、『ザ・ハイマスター』なのですよ」


 ウォルドーズ伯爵の口から、彼の名が語られる。

 その口調には、どこか懐かしさが含まれていた。


 「に、忍者だってっ!? それも、ハイマスターっ!? そ、そんな男がこの世に居るとっ!?」


 思いもしなかった伝説の登場に、ラドラティスは動揺を隠さなかった。

 西方社会に於いても、それだけの衝撃を持っているのが、『忍者伝説』なのである。


 「……俄かには信じられない話だが、伯が言う以上、事実なのだろう。しかし……、では、そんな男を野放しにしていて良いのかな? もしもエリーエルが、その男を使って、私達に復讐でもしようと企んだりしたら……」


 自分で言ってみて、ラドラティスは戦慄した。

 伝説の忍者が、自分を殺しに来るかも知れない。

 その力が伝説通りならば、彼が生き延びる可能性は皆無に等しいだろう。


 「ふふふふふっ、ご安心下さい殿下。そのような事は、ありえません」


 ウォルドーズ伯爵は、皇子の懸念を嗤った。

 彼は知っているのだ。

 ライガという男の事を、詳しく。


 「あの男は、小娘の命令は勿論、嘆願さえ聞く事は無いでしょう。あれは法や常識に縛られず、自分自身に課した掟にのみ従う男。クレイム伯爵への義理で、娘の命だけを護るつもりなのですよ」


 そう、ライガ・ツキカゲとは、そういう男なのだ。

 十五年前、彼の身に起きた出来事について、伯爵は裏社会の情報網で知っていた。


 「今のあの男は、かつて持っていた『冒険者』としての魂を失い、その力を使う意味も見失っているのですよ」


 その出来事によって、彼は、生きる理由も死ぬ理由も失くしてしまっている。

 最強の力を持ちながら、今では惰性で生きているだけの抜け殻の筈。

 ウォルドーズ伯爵は、今現在のライガをそう評して、ラドラティスの不安を払拭した。


 「あの男への対処は、何もしない事です」


 故に、ライガの正しい取り扱い手段は、それだった。

 エリーエルの安全さえ確保したならば、彼はまた、何処かに隠棲してしまうだけだろう。態々、『眠る虎』の尻尾を踏む必要など、何処にも無いのだ。


 「それでは、エリーエルはどうするのだ? 必要ではなかったのか、天使が? 『堕天使の黒血』の他にも、色々と作る予定だった筈だ」


 自分の取り分にも関わって来る事だけに、こうなった以上は、ラドラティスも天使であるエリーエルの身柄は、押さえたかった。


 「あの娘も、今すぐにどうしても必要という訳ではありません。準備が整い、その時にさらに天使が必要ならば、確保すれば良いでしょう。それまでは、放って置きます」


 何も世界に天使は、彼女一人だけではない。

 彼らは既に、使える天使を確保済みなのだ。

 それならば、今無理にエリーエルを手に入れようとして、最後の忍者ライガと敵対する危険を冒す必要は無かった。


 「エリーエルは、放置すると?」

 「はい、小娘一人では、何も出来ますまい」


 どうやら、クレイム伯爵が手に入れた証拠の品と手紙は、エリーエルが持っているらしい。

 もう状況が逆転した今、あの証拠では自分達を倒す事は出来ない。

 クレイム家は滅亡させたが、エリーエルだけは逃がしてしまった。完全勝利には、一歩だけ到らなかったものの、彼らの勝利はもう決して揺るがない。

 エリーエルが彼らに一矢報いるならば、ライガの力を借りるしかないが、それも不可能だ。


 「もしもあの男が再び戦いと冒険の場に戻るとしたら……、それは死んだ妻が望んだ時か、或いは、戦場へと誘惑する『悪魔』にでも囁かれた時……」


 エリーエルが立たされた遊戯盤からは、既に王の駒を含めて、全ての味方の駒が失われている。

 盤面に残る駒は、彼女自身を意味する女王の駒、唯一つ。

 ここから逆転するとしたら、その女王の駒の横に『道化師のカード』を置くような、ルール無用のイカサマが必要になる。


 それはつまり、あり得ないインチキ。


 「『最後の忍者』は、我々の敵には成りませんよ」


 ウォルドーズ伯爵は、そう確信し、共犯者に向かって見えない仮面の奥で髑髏の笑みを見せた。




 ラドラティスが退出し、部屋には、仮面を外したウォルドーズ伯爵一人が残っていた。

 鉄仮面で口元までを完全に覆っている彼は、人前での飲食が出来ず、共に祝杯を挙げる事が出来なかった。

 その彼が、今はその手に酒杯を握り、素顔を晒していた。

 肉が溶け落ち、頭蓋骨がほぼ剥き出しとなった『生ける髑髏』の姿。

 それでも、眼球は金色に光り、唇の無い口から長い舌が伸びて、葡萄酒を舐める。


 (第二皇子……、仕事は出来る男だが、やはり器は小さいな……)


 そう思い、心中で苦笑する伯爵。

 それに比べれば、まだ無能な怠け者の皇太子の方が、人任せではあっても臣下の功績を妬んだりしない性分なだけマシだ、と彼は思う。


 しかしそれでも、自分の計画の為には、天上より滴る天使の血だけでなく、皇帝家にのみ流れる古き青い血も必要なので、彼にも死んで貰っては困る。

 全ては、失われし『古代の秘術』を復活させる為。

 それ以外の事は、彼にとって些末事に過ぎないのだ。


 そんな事を考えながら、葡萄酒を味わっていた時、ふとライガの似顔絵に部下の走り書きが、もう一文添えられている事に気付いた。


 そこには、エリーエルと行動を共にする子供が一人いる、と記されていた。


 「あの少年か……」


 処刑場でエリーエルを背負っていた、あの子供。

 伯爵と一瞬だけ目が合い、そのまま逃げ去った少年。

 ただそれだけの、何の興味も惹かぬ者。


 「まあ、取るに足らない子供だな……」


 警戒する必要も無い存在。

 見過ごしても構わない。

 ウォルドーズ伯爵はこの時、セディルの事をそう判断してしまった。


 『最後の忍者』。

 この言葉が、既にライガ・ツキカゲを指すものではない事を、彼はまだ知らなかった。

 

 


  

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