第四十八話 奇跡を司りし者
世界には、様々な『神々』が存在している。
遥か古代の神話の時代には、神々は地上で人と共に暮らしていた、と伝えられた。
彼らは様々な事柄を司り、その超越的な力で、世界や人々を守護していた。
そうした神々は、善性を司る神と、悪性を司る邪悪の神、大きく分けて二つの勢力によって分類されている。
善なる神を率いるのは、『天空におわす正しき統治の神』にして『神々の父にして王』と呼ばれる、『天空神ウル・ゼール』。
邪悪の神を率いるのは、『名を潜めし者』とのみ呼ばれる、『邪神』であるとされる。
善と悪のバランスは拮抗し、世界を支える天秤は、僅かに揺れ続ける事で安定していた。
しかし、それも神話の時代の崩壊と共に、終わった。
現在、神々は地上にその姿を、直接現す事が出来なくなっているという。
彼らが今出来る地上への介入は、その『眷族』を遣わせたり、化身を送る事。
そして自らを信仰する人々に、啓示を与え、時にその器に力を貸し与える事で、かつての守護の役割を代替させていた。
神を信仰する者、僧侶や司祭、神官や司教、修道士や僧兵、踊り子や巫女、和尚、様々な呼び名はあるものの、その職に就いた者達は、神から魔法という力を授かる。
俗に、『僧侶系魔法』と呼ばれるものだ。
古より伝わる『力ある言葉』を操る『破壊と創造』の魔術師系魔法とは異なり、僧侶の魔法は、『死と再生』を司る。
その力は、傷付いた身体を癒し、毒を消し、病を治癒する。
不浄な死者を浄化し、禍から人々を護る力を発揮する。
そして魂と器を極め、神の力の依り代と成り得た者は、失われた命すら蘇らせる。
死者の蘇生。
その究極の奇跡を求める者達が、今日も信仰心厚き僧侶の下へとひた走る。
『帝都ジーネロン』から、南に進んだ所にある、森の中の小村。
何の変哲も無い、長閑なその村に、珍しい事に行商人でもない三人の客人が訪れた。
成人の男女が二人に、子供が一人。
普通に見れば、夫婦とその子供なのだろうが、彼らの雰囲気は、そうした関係を否定している。
特に女性と子供は疲れ果てた様子で、大男の後ろをトボトボと歩いていた。
その姿は、人買いと買われた母子のようにも見える程だ。
「……ここが目的の村で、間違いないのですね、ライガ?」
髪の毛を押し込んだ帽子を深く被り、外套を纏った黒髪の子供が、先頭を行く大男に話し掛けた。
「目的の人物が、まだこの村で生きているのなら、そうなります」
訊ねられた大男、ライガは、髪を黒く染めて男の子に変装した少女、エリーエルにそう言った。
彼らの目的は、この村ではなく、この村に住んでいる筈の人間なのだ。
「では、村に人に訊いてみましょうか? そんなに凄い僧侶の方でしたら、村人なら、皆さんご存知の筈ですよ、お嬢様」
そう提案したのは、屋敷から一緒に付いて来た料理人のアンナだった。
アンナは、エリーエルの肩を慈しむようにそっと抱き、常に彼女を気遣っていた。
「ええ、そう致しましょう、アンナ」
そんな彼女の気遣いも、まともに感じ取れる余裕は、今のエリーエルには余り無かった。
彼らが、この村にやって来た理由。
それは三日前の戦闘で死亡した、彼らのもう一人の同行人、少年セディルを生き返らせる為だった。
死者を蘇生させる事の出来る魔法を扱える、高位の僧侶は、普通街中の寺院にしかいない。
しかし彼らは、皇帝殺害犯の関係者と共に逃亡中の身の上だ。
街の寺院を頼る事は出来ないので、ライガが知る、田舎の村で隠棲している筈の老僧侶を訪ねる事にしたのだった。
「あの、すみません。この村にとても偉い僧侶の方がいらっしゃると聞いて来たのですが、お心当たりはありませんか?」
通りすがりの農夫らしき若い男性に、アンナがそう話し掛けた。
普通だったら、田舎の村だ。
見ず知らずの余所者に話し掛けられたら、警戒感が先に立った事だろう。
だが、相手は妙齢の美女アンナだった。
男は、警戒よりも先に、見惚れてしまっている。
「あの……」
「あ、いや、お偉い僧侶様だって? 偉いかどうかは知らんが、この村で僧侶といやぁ、ホスリード爺さんの事だろ?」
滅多に見られない街の美人に話し掛けられた為か、男はあっさりと、彼らの知りたい人物の事を教えてくれた。
「ホスリード老師は、生きているのか?」
「ろ、老師、あの爺さんが? ああいや……、まあ、生きちゃあいるな。腰も曲がっちゃいないし、良く村の中を一人で散歩しているし……」
続いてライガに訊ねられ、男は少し歯切れの悪い言い方をする。
それでも、目的の人物の生死はこれで判明した。
「そうか、生きていらしたか……」
まず一つ目の問題は、乗り越えられた。
当てにしていた僧侶の生存。
それを確認し、彼らは一先ずホッと息を吐く。
男に礼を言い、ライガは二人を連れて僧侶の家へと向かった。
大きな村ではないので、その場所まではライガが覚えていた通りに行く事が出来た。
「ここですの?」
村の奥、辿り着いた場所には、木々に囲まれた古くて小さな石造りの寺院があった。
あちこちの外壁が剥がれ、苔生して蔦が絡んでいるが、一応手入れはされているらしく、人の生活している様子は見受けられる。
「……ここは、変わっていないな。十五年前のままだ」
あの日、ここで冒険者としての終わりを迎えた時の事を思い出し、ライガがふとそんな事を呟いた。
寺院の扉を叩き、来訪を告げると、中から六十歳前後の老婦人が出て来た。
「どなたでしょうか?」
柔和な表情の老婦人は、不審者にも見えそうな彼らを温かく迎えてくれた。
「以前、こちらの老師にお世話になった者です……」
ライガは、彼女に事情を話した。
ここに隠棲している、高レベルの老僧ホスリードを訪ねて来た事。
十五年前に、彼に死者の蘇生を頼んだ事があった事。
そして、今再び彼の力で、生き返らせて欲しい者がいる事を告げた。
「蘇生の為の寄付金は、正規にお支払いします。どうか、ホスリード老師に、魔法を行使して頂けないでしょうか」
そう言って、ライガは老婦人に頭を下げた。
弟子が生きてこの場に居たら、師の謙虚な態度に仰天した事だろう。
それくらい、丁寧な頼み方だった。
「そうでしたか……」
老婦人は語られた事情に納得し、同情するように頷いた。
彼女は、自分をホスリードの孫娘シーナだと名乗り、寺院の中に通してくれた。
「確かに、祖父はここで暮らしております。母は二十年前に亡くなっていますので、今は私が世話をしているんです」
そんな会話をしつつ、彼女の案内で礼拝堂に向かう三人。
『天空神』の神像が納められた礼拝堂に入ると、窓から差し込む光に照らされて、室内がハッキリと見渡せた。
その中心の床に、一人の老人が跪き、神への祈りを捧げていた。
「祖父です」
質素な僧侶の祭司服に身を包んだ老人は、彼らが入って来た事に気付くと、ゆっくりと立ち上がって入り口の方へと向き直った。
豊かな髪と髭を真っ白にした七十歳過ぎくらいの穏やかな容貌をした、老僧侶。
彼が、ホスリード師だ。
齢は既に百歳を超えているが、マスターレベルに到っている事が肉体に影響し、老化速度が半減しているので実年齢よりも見た目は若い。
その動きから見ても、身体は健康そうだった。
「お祖父さん、お客様ですよ。昔、お祖父さんがお世話をして上げた人だそうです」
シーナが、ホスリードにライガの事を話した。
「そうでしたか、昔お会いした方ですか。どなたでしたかな?」
柔和な声で孫娘に受け答えしたホスリードは、ライガに視線を向けて、そう言った。
どうやら、ライガの事は覚えていないらしい。
「……十五年前です。老師に、ある人物の蘇生を行なって貰いました」
その、どこか様子のおかしさに違和感を覚えつつも、ライガは当時の事を語った。
「そうでしたか、私がそんな事を。それで、私は今日は何をするのですかな? お婆さんは、知っていますか?」
「お祖父さん、私は孫のシーナですよ。お婆さんは、もう亡くなられましたよ」
苦笑し、いつものように祖父との遣り取りを行なう孫娘。
その穏やかな日常の会話に、この寺院に目的を持ってやって来たライガ達三人は、唖然とした。
「すみませんね、皆さん。お祖父さんはもうお歳でして、ここ何年かで、すっかり頭が呆けてしまいました」
彼らが助けを求めていた、高レベルの僧侶は、確かにこの村に生きていた。
しかし、彼らが望む結果を齎して貰えるかどうかは、文字通り神のみぞ知る、というのが現実のようだった。
「どうしますのっ!? まさか本当に、あの頭に洞の出来た老人に、蘇生の儀式を行って貰う気なのですのっ!?」
寺院の別室で、険しい顔をしたエリーエルがライガに抗議していた。
死んだセディルを生き返らせる事の出来る僧侶を求めて、ここまで来たら、その肝心の相手が呆けていてしまっていたのだ。
「そうする他に、手はありません。時間が経てば経つほど、蘇生もそれだけ難しくなる。彼女によれば、ホスリード師は、まだ魔法だけは使えるそうですから」
老僧侶が、もう死んでいる可能性は考えていたライガだったが、この事態は彼も予想していなかった。
それでも、シーナが言うには村人が怪我をした時などには、思い出したように回復魔法を発動させる事が出来るので、魔法はまだ使えるらしい。
「でも、ライガさん……、そんな状態でも、蘇生は成功するものなのですか?」
一般魔法以外の本格的な魔法に関しては、ほとんど無知なアンナは、不安な表情を白い顔に浮かべている。魔法を使って貰ったとしても、果たしてそれは成功するのか、と。
「それこそ、神に祈るしかない、か」
蘇生が成功するかどうかは、確率に委ねられる。
その可否を決めるのは、何者かが振る賽の目によって決まる、と言い伝えられていた。
「神は、僧侶の祈りに応え、奇跡をお授けになりますわ。その祈りが正しいものであれば、祈りは力となって神の下へと届きます」
賢者らしく、神との関わりを語る時は、真摯になるエリーエル。
そんな彼女でも、やはり今の老僧にセディルの蘇生を任せるのは心配らしい。蘇生魔法は、失敗しても何度でもやり直す機会がある訳ではないからだ。
そのチャンスは、二回だけ。
二度目の蘇生の失敗は、完全なる死を意味するのだった。
「試されるのは、あの老人の信仰心ですわ。例えどんな状態に成ったとしても、それが本物であれば、神はお応えに成る筈……」
不安はあるが、ライガの言う通り、今は背に腹を変えられない。
セディルの蘇生は、呆けた老僧に委ねるしかなかった。
セディルの遺体は、寺院の地下にある納骨堂の側の儀式室に移されていた。
そこには石の祭壇が置かれ、その上に魂を無くした少年の肉体は、下忍装束を着たままの姿で安置されている。
地下室には今、ライガと老僧だけが居た。
儀式の為、『収納鞄』から死体袋を取り出し、彼の身を横たえたのはライガだった。
「老師、蘇生の儀式の前に、使って貰いたい魔法がある」
遺体を安置したライガは、老僧に魔法の使用を求めた。
蘇生魔法ではない、別の魔法の行使をだ。
「魔法? ほうほう、私は何を使えば良いのかのう……?」
「使って欲しいのは、僧侶系第二レベルの魔法、【人物識別】です」
ライガは、求める魔法を老僧に話した。
通常、その者の【ステータス】情報は、『ステータスカード』を使っても、その本人にしか見る事は出来ない。
他の者が覗き見ても、そこには何も表示されていないのだ。
『古代共通語』でカードに示されるその情報は、本人だけが読み解き、他者に告知出来る。例え、嘘を言われたとしても、他人では確認の取りようがない。
しかし、僧侶系第二レベルの魔法【人物識別】を使えば、魔法を使った僧侶だけは、その他者の【ステータス】を読む事が出来る。
魔素を読み解き、与えられている『真名』を見る事で、対象の正確な名前や職業、レベル、種族、年齢、属性、能力値、魔法、スキルといった全ての【ステータス】を知れるのだ。
但し、この魔法が有効と成る条件は、対象が死亡している場合に限られる。
負の生命を持つ『アンデッド』を例外として、生者に対しては、人でも怪物でもこの魔法の効果は得られない。
つまり、今のセディルの状態であれば、彼の【ステータス】情報を調べる事が可能なのだった。
「うーむ、第二レベル、第二レベル……、ああ、これじゃ、これ」
虚空を見つめながら、ムニャムニャと呟いたホスリードは、熟練の手付きで魔法印を組み、神から与えられた『聖句』を、呪文として詠唱した。
その動作に、淀みは無い」
百年近くも反復して来た魔法の熟練者は、呆けていても、技術だけは健在だった。
「ふむふむ、見えましたぞ。この子の【ステータス】ですな……」
魔法が完成し、ホスリードがセディルの遺体の上を覗き込む。
レベル:1
名前 :セディル・レイド
HP : 0/30 MP :30/30 状態 :死亡
職業 :忍者 年齢 :12 性別 :男 種族 :半人間 属性 :混沌
筋力 :32 敏捷 :38 魔力 :36
生命 :32 精神 :32 幸運 :43
スキル
【絶対天与】【能力強化】【忍装備可】【秘伝忍術】【盗賊能力】
【回避能力】【攻撃強化】【奇襲攻撃】【即死攻撃】【二刀流可】
【二回行動】【HP増強】【MP増強】
魔法
一般系レベル:10 忍者系レベル:0
特殊装備品
『収納鞄』
彼の目には、セディルの【ステータス】が確かに映っていた。
「……俺が知りたいのは、こいつの『種族スキル』です。他の情報は、本当の事を言っているようだったが、そこだけは、いつも誤魔化していた」
ライガの鋭い目が、彼の不可視の【ステータス】を睨む。
師である彼は、セディルから【ステータス】の内容を聞き出していた。
その種族や属性、能力値の数値、それに何故か習得した『特殊スキル』に関しては、セディルもライガに正確な報告をしていた。
しかし、ライガは疑っていた。
セディルが、決して話さなかった半人間の『種族スキル』。
伝承に語られる、忍者よりも眉唾の存在。
『悪魔の子』の力の源とは、何か。
「『種族スキル』……、おお、最初に示してあるものでしたな。どれどれ……」
老僧は、【ステータス】画面の中から、スキルとして最初に示されているものを読んだ。
「ふむ、【絶対天与】に……、【能力強化】と記されておりますな。はて? これは、何のスキルでしたかな?」
ついに読み上げられてしまった、セディルが持つスキルの名。
その名から、スキルの効果を考察し始めたライガの額に、珍しく汗が滲む。常に鋼鉄の無表情を貫く男の顔に、異例の驚愕が現れ始めていた。
種族スキル【能力強化】。
この意味はすぐに判った。
おそらくは、六つの能力値全てに於いて、補正効果が得られるスキルなのだろう。
通常、『人間』『エルフ』『ドワーフ』『獣人』『小人族』が得られる『種族スキル』は、能力値のどれか一つに補正が得られるスキルが一つだけ。
エリーエルのような『天使』や、稀に見られる人間と他種族との『ハーフ』は、例外的に両親から二つの種族スキルを受け継ぐが、それでも二つが限度の筈だった。
だが、セディルの持つスキルは、その常識を覆している。
彼はあらゆる種族の強化特徴を、一人で全て網羅していたのだ。
そして、セディルが最初に持つスキル。
その名は、【絶対天与】。
生まれた時、何者かから与えられた、絶対なる才能の保証。
これは明らかに、異常なスキルであった。
「何らかの『超越的な存在』から、加護を受けている。という事なのか?」
そのスキルの効果は、ライガにも、そのようにしか解釈しようのないものだった。
「やはりこいつは、正真正銘、本物の『悪魔の子』だったのだな……」
そうではないかとは思っていたが、これでライガは確信した。
セディルに加護を与えた者が、神なのか悪魔なのか、それともそれ以外の『何か』なのかは不明だが、この少年は、そう呼ばれるだけの理由を持っていたのだ。
幼い頃からの、並外れた身体能力と魔法に対する適性。
何の教育も受けていない筈なのに、何故か持っている高い教養と見識。
僅か七年の修行で忍者に成り果たせた、圧倒的なまでの才能の全て。
その答えが、このスキル【絶対天与】にあったのだ。
「……ありがとうございます、老師。知りたい事は知れました」
「そうですか、良かったですね」
老僧ホスリードは、何も判っていない様子で、ただ微笑んでいた。
彼が呆けているのは、かえって好都合だった。
敬虔な僧侶が、悪魔の子の存在を知れば、どのような反応を示すのかは、ライガにも予測不可能だからだ。
この事は、すぐに忘れ去って貰えれば幸いなのだ、と彼は思い、続いて蘇生の儀式を行う為に、エリーエル達を儀式室に呼ぶ事にした。
これから、老僧ホスリードの信仰心と、セディルの凶運が試される。
だが、ライガは今確信した。
セディルは、生き返るのだろう。
生き返って、今後も冒険を続けて行く。
今のセディルは、忍者であってもレベルは1に過ぎず、強い敵と戦えば、今回の様に死ぬ事もあるだろう。
しかし、これから彼が成長して行けば、どうなるのだろうか。
今なら、ライガはセディルに確実に勝てる。
だが十年後、自分はセディルに勝てるだろうか。
ライガは、自問する。
既に冒険者を引退したライガと、これから冒険者として活動するセディル。
その差はどんどん縮まって行き、いつの日か、彼は師を超えるだろう。
「……それは、もう俺が気にする事ではないな。好きにすれば良いさ……」
世を捨て、現役を退き、最後の忍者でも無くなった彼は、僅かに唇の端を持ち上げて苦い笑みを浮かべ、それ以上の事を考えるのを止めた。
弟子が何者であり、何者に成ろうとも、もう彼の知った事ではないのだ。
ライガ・ツキカゲという男は、もう冒険者ではないのだから。




