第三十八話 彷徨いし死者
血肉を備えた生ける者が持つ『正しき生命力』に対し、死して尚蠢く者が持つのは、邪悪なる『負の生命力』。
その負の生命を得て、闇を徘徊する『死に損ない』の不死の怪物の事を、人々は『アンデッド』と呼んだ。
その存在は、人の歴史と同じ程度の古く、穢れた魔素の影響を受ける事によって、どこにでもそれは這い出て来る。
戦場に倒れた死体が『ゾンビ』となって甦り、地下墓地を『スケルトン』が徘徊し、死せる無念の魂は、安息を拒否して『ゴースト』と化す。
アンデッドには、それ以外にも様々な種類があり、かつて魔法文明時代に『魔術師』達によって新たに生み出されたものすら存在する。
『魔術師系魔法』第七レベル魔法【亡者創造】を使う事によって、今現在の魔術師でも低級なアンデッドを創造し使役する事は可能であった。
しかし、この魔法は大いなる知識を伝え、正しき魔法の使い手を育成する事を本分とする『魔法学院』に於いては禁忌の魔法とされており、一般の魔法学生には、その呪文は教えられていない。
それを扱えるのは、研究目的の為に特別許可を貰った魔術師か、或いは禁忌に手を染め、闇の魔道を探求せんとする邪悪な『死霊術師』だけであった。
そしてその闇の魔術、様々な『古代の秘術』の一つを極めし者の中には、死を超越した永遠の存在と成る為に、自らをアンデッドにした者もいたという。
いずれに於いても、それは魔術が持つ暗黒の側面。
そうした狂気と妄想は、今も尚、アンデッドによる犠牲者を増やし、その犠牲者は、新たな蠢く死者と成って闇の中を彷徨い歩くのであった。
『ワイト』。
それは、古い塚や忘れられた墓地などに現れると伝えられる、アンデッドの一種である。
見た目は、変異した鉤爪を持つ、古い死体。
その死体は、常に穢れた黄色い光によって包まれている。
魔物の研究者が言うには、その黄色い光こそが『ワイト』の本体であり、『ワイト』とは死体に取り付いた霊体型のアンデッドである、という事らしい。
それ故にか、魔力を持たない普通の武器では『ワイト』を傷付ける事は出来ない。
どんな名剣でもそれは同じであり、『ワイト』を倒すには、聖なる銀製の武器か、魔力を付与された魔法の武器が必要であった。
地下深くの魔窟で『ワイト』に遭遇したセディル達であるが、忍者ハイマスターのライガは兎も角、他三名が対抗するには、その能力は凶悪過ぎた。
普及品の忍者刀しか持っていないレベル1の忍者セディルは、『ワイト』に打撃を与えうる武器である『魔弾の石弓』を構えて、後衛のレベル1の賢者エリーエルに訊ねる。
「お嬢様、【武器強化】の魔法って、使えましたっけ?」
「ぶ、【武器強化】は、まだ使えませんわ……」
セディルの質問に、エリーエルは震えながらも素直に答える。
【武器強化】は魔術師系第二レベルの魔法。
この魔法を使えば、味方の武器に一時的に魔力を付与する事で、『攻撃力』を上昇させ、『ワイト』のような通常武器を無効とする相手にも武器による物理攻撃が有効と成る。
しかし魔術師系の魔法レベルが、まだレベル1のエリーエルでは、この魔法は使えなかった。
「賢者は、【不死退散】のスキルを持っていますよね? それで、何とか追い払えませんか?」
「む、無理ですわ。『ワイト』は中位のアンデッドですもの。最低でもわたくしのレベルが、6以上に成らなくては……」
主に僧侶系の職に就いた者が得られるスキル、【不死退散】。
このスキルは、対アンデッド用のスキルであり、不死者の呪われた負の生命に浄化を齎す事で、退散させたり、無害化させたり、或いは完全に破壊する力を顕現する。
しかし、命無き者に対する圧倒的な力を発動する反面、その効果は術者本人のレベルの高さに依存する。
低レベルの者では、上位のアンデッドを退散させる事は出来ないのだ。
「それじゃあ、【吸命障壁】の魔法は……、聞かないで置きます」
「ええ、使えませんわっ!」
足手纏いではなく、戦力として数えられる事を望んでいたエリーエルだったが、現実は非情であった。
『ワイト』を含むアンデッドのいくつかの種は、生者の命を啜る恐るべき特殊攻撃『エナジードレイン』を行なう事で知られていた。
この攻撃を受けると、人は命の源、レベルの数値、即ち『魂の魔素』を吸い取られてしまう。
レベル1の者が、一レベル分のエナジードレインを受けると、そのレベルは0となり、就いていた職と『職業スキル』を失い、常人に戻ってしまう。
そして、レベル0をさらに超えて魔素を吸われてしまうと、その者の魂は消滅し、蘇生すら不可能な完全なる死を迎える。
それを防ぐには、エナジードレインから身を護る装飾品を身に着けたり、魔法薬を飲んだり、『吸命の護符』を所持したり、『僧侶系魔法』の第五レベル魔法【救命障壁】を使用するしかない。
「ちなみに、『ワイト』って、【魔法耐性】持ちで、攻撃魔法の威力が二、三割軽減されますよ」
「………………」
それは即ち、エリーエルが唯一使える攻撃魔法【魔弾射出】の威力も、それと同じ『魔弾の石弓』の威力も、十全には発揮出来ないという事。
少年少女達は、哀しいまでに足手纏いであった。
「レベル1って、辛いですよね」
「くぅぅっ!」
白い歯を噛み締め、小さな拳を握って悔しがる『レベル1の賢者』エリーエル。
それは『レベル1の忍者』でも同じであり、セディルは、今の自分に出来る事を精査する。
(『ワイト』は、『ゾンビ』とは違う。人間並みの『知能』を持っている。ただ闇雲に襲い掛かって来るんじゃなくて、『作戦』を立てて来てもおかしくない……)
この場所は、太い石柱が立ち並ぶ大広間。
明かりがあるとはいえ、薄暗い。
ライガのように、相手を探知する術を持たない者にとっては、背後に回られるのが怖い。
「師匠、『ワイト』は、あの一体だけ?」
「違うな、柱の陰にあと四体は潜んでいる。ここは、何処かの墳墓にでも繋がっていたのだろう」
忍法【奇襲探知】で、四方に張り巡らされた魔素の糸は、己の巣に入り込んだ獲物を探知する蜘蛛の様に、周囲の敵の存在を暴き出す。
「こっちより、数が多い」
それは貴重な情報であり、同時に戦慄すべき状況に置かれている事実を、セディルに認識させた。
セディルは、自分の役目を認識する。
それは、ほとんど非戦闘員と呼ぶべき、エリーエルとアンナを護りながら、ライガが『ワイト』達を全て倒すまで、時間を稼ぐ事。
少なくとも、普通のレベル1の冒険者が出来る事では無い。
「出来るか?」
後ろを振り向きもせず、忍者の師が弟子に問う。
「やりますっ!」
間髪入れず即答し、武者震いを起こす脚にも気合を入れるセディル。
「任せた」
短い答えだけを返し、ライガの纏う闘気が瞬時に膨れ上がる。筋肉が隆起し、その身が一回り大きくなったように、後ろの三人には見えた。
同時に、それまでヨタヨタと覚束ない足取りで動いていた『ワイト』が、その動きを一変させ、ライガ目掛けて飛び掛かるように走り出す。
だが、ライガの動きは、それよりも速い。
正面から接敵すると、肩口に手をやり、忍者刀『首斬り+3』を鞘から引き抜き、一閃した。
不気味なデスマスクを持つ死体の首が、宙を舞う。
攻撃と同時に発動した、忍者の職業スキル【即死攻撃】によって、実体無きアンデッドの根源までも破壊する。
その一瞬で、首無し死体を包んでいた黄色い光が霧散し、『ワイト』の邪悪な負の生命は失われた。
「分かれたぞっ! 二体がそっちに行くっ!」
斬り落とした死体の首が床に落ちるよりも早く、ライガの指示が飛ぶ。
『ワイト』達は、一体を捨石の囮に使い、他の四体は、それぞれが大広間に散って行ったのだ。
固まって襲い掛かろうとするのではなく、四方向の柱の陰から、セディル達後衛にも襲い掛かろうとしているのだった。
(こっちに来る敵は、二体。それが、同時に襲い掛かって来る。でも、僕ならやれるっ!)
セディルは、自分と敵、エリーエルとアンナの位置関係を脳裏に描き、許容出来る最小限のダメージと最短距離での移動経路を導き出す。
そして、戦いは始まった。
三人のいる位置の左右の柱の影の中から、二体の『ワイト』が鉤爪を振り上げて襲い掛かって来た。
「きゃあああっ!!」
「お嬢様、後ろへ!」
悲鳴を上げるエリーエル、その身を庇おうと恐怖に震えながらも前に立つアンナ。
セディルは、右手側から来た一体の『ワイト』に敢えて背を向けると、左手側から二人に襲い掛かろうとしていた『ワイト』に向けて、『魔弾の石弓』から立て続けに六本の『魔力の矢』を撃ち放った。
レベル1では、忍者と言えども、攻撃回数は一回。
セディルは【二刀流可】のスキルを持つが、今手に持っている武器は、片手用の石弓が一つだけ。本来、一度に放てる魔力の矢は、三発だけの筈だった。
しかし、彼にはもう一つの『特殊スキル』がある。
師であるライガと同じ、スキル【二回行動】。
セディルは、今の自分に可能な全ての攻撃を、一体の『ワイト』に集中させたのだ。
距離は、それ程離れてはいない。薄暗いが明かりはあるし、何より『ワイト』自身が闇の中でぼうっとした黄色い光を放っているのだ。
彼が引き金を引き絞る度に発射される光る矢は、一発も外れる事無く、呪われた屍に命中した。
六本もの魔力の矢を、身体の各所に連続して命中させられた『ワイト』は、後方に押し返され、その身をよろめかせて転倒した。
矢に込められた魔力は、いくらかその威力を減衰されつつも、確実に『ワイト』にダメージを与えた。
だが、その代償は、軽くは無い。
「平民っ!」
エリーエルは蒼い瞳を見開き、喉の奥から叫びながらその光景を目にした。
「ぐはっ、ああっ!」
背中に焼け付くような痛みを感じ、セディルも叫ぶ。
背後から襲い掛かった『ワイト』が、その鋭い鉤爪を、彼の背中と肩に突き立てたのだ。エリーエルとアンナに迫る一体を確実に倒す為、彼は残る一体からの攻撃を避け切れなかったのだ。
予想し、覚悟していたとはいえ、その痛みや苦しみは、消えては無くならない。
「こいつっ!」
鮮血を撒き散らしながらも、跳ねるように前に転がり、振り向き様『魔弾の石弓』を構え、彼の血に濡れた両手を振り上げる『ワイト』に向けて、セディルは魔力の矢を撃ち出した。
一本、二本、淀みなく三本目。
背中と胸、肩が猛烈に痛み、呼吸が乱れて目も霞むが、それでも標的を外さない。
四本、五本、そして六本。
全ての矢を身体に撃ち当てられ、『ワイト』は後ろ向きに倒れた。
「倒せた、かな……?」
ズキズキと身体は痛み、声も出し辛い。鉤爪が肺を貫いたのかも知れない。『下忍装束』の表側にまで血が滲んで来ているので、出血量も多そうだ。
普通のレベル1のHPは、戦士系でも『8~10点』程度に過ぎない。
そんなHPしか持たない者が、こんなダメージを受けたら、通常であれば絶対に助からない。
しかしレベル1のセディルのHPは、最大で『30点』もある。
彼は、自分の生き残る可能性を、そこに掛けたのであった。
それは、無謀なる賭け。
しかも、失敗に終わった。
大広間の床に一旦倒れた、二体の『ワイト』が動き出す。
攻撃魔法への耐性を持つ『ワイト』は、魔法ダメージをいくらか軽減する力を持っている。魔力の矢を六本命中させても、そのHPを0点にする事は出来なかったのだ。
『魔力の矢よ、敵を穿てっ!』
その時、呪文が紡がれた。
大気中の魔素を支配し、意味を与えて制御する、古より伝わる『力ある言葉』が、天使の少女の唇から迸る。
同時に彼女の指先から、一条の光の矢が飛び出し、誤る事無く『ワイト』の身体に命中し、爆散した。
「お嬢様っ!」
もう一体、エリーエルに襲い掛かろうとしていた『ワイト』に、アンナは咄嗟に手に持っていた『火を灯したランタン』を投げ付けた。
ガシャンッという音と共に、ランタンは壊れ、『ワイト』が着ていた古い襤褸切れと化した服に漏れた油が滲み込み、芯の火が引火する。
たちまち相手は炎に包まれ、もがき出す。
普通の火であっても、そこには『力』が宿っている。炎は、聖なるものだからだ。
漏れた油に広がった炎は、通常の武器では傷付けられない『ワイト』の霊体にも、確実にダメージを与えた。
人体の古びた脂が燃える嫌な臭いが周囲に立ち込め、その炎の中に、人影がゆっくりと沈んで行く。
「うーん、最後は……、パーティ戦になっちゃ……った……」
『ワイト』二体の身体から、穢れた黄色い光が消失するのを確認し、口元に笑みを浮かべたセディルは、そう呟くと床にうつ伏せに倒れた。
エリーエルとアンナはが、それぞれ出来る事で『ワイト』に挑み、止めを刺したのである。
「へ、平民、生きていますの!?」
「セディル君っ!?」
心配した顔の二人が、彼に近付く。アンナは兎も角、彼を心配するエリーエルの顔を見るのは、セディルも初めてだった。
「……何とか、生きています……」
正直、息をするのも苦しいが、セディルは何とか声を出してそう言うと、『ステータスカード』を取り出し、現在の自分の状態を確認した。
レベル:1
名前 :セディル・レイド
HP : 1/30 MP :15/30 状態 :瀕死
職業 :忍者 年齢 :12 性別 :男 種族 :半人間 属性 :混沌
筋力 :32 敏捷 :38 魔力 :36
生命 :32 精神 :32 幸運 :43
スキル
【絶対天与】【能力強化】【忍装備可】【秘伝忍術】【盗賊能力】
【回避能力】【攻撃強化】【奇襲攻撃】【即死攻撃】【二刀流可】
【二回行動】【HP増強】【MP増強】
魔法
一般系レベル:10 忍者系レベル:0
特殊装備品
『魔弾の石弓』『収納鞄』
「うわ、ギリギリ……」
【ステータス】を確認すると、残っているHPは『1点』だけだった。
状態も『瀕死』に成っている。
実際、このまま放って置かれたら、死んでしまうのだろう。
「でも、良かった……。レベルは……、下がってないや……」
それを確認し、セディルは心底ホッとした。
『ワイト』の攻撃で、セディルは一レベル分に相当するエナジードレインを、二度受けていた。
何の防御手段も無かったならば、彼は一度目の攻撃で『レベル0』と成って職とスキルを失い、さらに二度目の攻撃で魂も失って、ここで冒険も終えてしまうところだったのだ。
「お金払っても……、護符を買って置いて、本当に良かった……」
それを防いだのは、彼が所持していた『吸命の護符+1』の効力によるものだった。
セディルは帝都の魔法市場で、一枚20シリスのこの護符を、五枚購入している。
今、その内の二枚が、熱を発さずに燃え尽きて灰と成った。護符は確かに役目を果たし、彼のレベルを護ったのであった。
「ガハッ!」
それを確認し、セディルは口から血を吐いた。
やはり肉体のダメージは大きく、早く治療しなければならないが、彼が購入した『安い回復薬』では、内臓の傷までは癒せない。
「『回復魔法』は……、まだ使えませんわ」
蒼白な顔のエリーエルは、自分に出来る事が何も無いのが悔しいのか、落ち着き無く身を震わせる。
「ああ、セディル君……」
僅かながら回復手段を持つアンナも、今すぐに『魔素料理』を作る事は出来ない。血止めも出来ず、手元を震わせるしかなかった。
「どうにか、やれたようだな」
瀕死の少年の下に、ライガが戻って来た。
彼に襲い掛かった二体の『ワイト』は、既に倒し終えて、広間の床に転がっている。足手纏いさえいなければ、ライガにとって『ワイト』程度は、恐れるような敵ではないのだ。
「飲め」
ライガが倒れている弟子の口元に、回復薬入りの小瓶を近付ける。
薄青く輝くその液体を、セディルは何とか口に含み飲み干した。
様々な素材を原材料にして魔法のポーションを作成出来る、『錬金術師』の業によって作られたその薬の効果は、魔法と同様に働く。
その効果は、劇的だった。
身を貫くような痛みが消え去ると、セディルは破れた肺が修復され、抉られた肉が盛り上がり、切り裂かれた皮膚が戻り、出血で失った血が身体の中で増える感覚を味わった。
ライガが飲ませたのは、安い薬ではない。
折れた骨を繋ぎ、造血を促し、内臓破裂のような致命傷でも回復させる、より高価な回復薬だった。
「凄い、HPも元に戻っている」
痛みが無くなり、身体も動くように成るまで、それ程の時間は掛からなかった。
【ステータス】を確認し、HPの回復と、状態の『正常化』を見て、セディルはその回復効果に目を見張った。
「動けるか?」
「はい、もう大丈夫です、師匠」
セディルは両手を床に突き、ヨイショと立ち上がった。一張羅の『下忍装束』は、背中側が破れ、ベットリと血に汚れているが、後で一般魔法を使えば、綺麗にしてから修復する事が出来る。
「良かった……、本当に良かったわ、セディル君!」
涙ぐんだアンナが、彼の頭を抱え、胸元に引き寄せる。その拍子に、セディルの顔が彼女の豊かな胸の間に埋もれた。
(ご褒美ありがとう、アンナさん!)
その柔らかな温もりに、死にそうに成った甲斐があった、とご満悦のセディル。
しかしエリーエルは、彼がそんな能天気な事を考えているとは露知らず、キッと細い眉を吊り上げ、幼くも怖い顔をしてライガを睨む。
「管理人っ! 何故お前がわたくし達を護らず、このレベル1の平民に護らせるような事をしたのですっ!?」
エリーエルは、知っていた。
『ワイト』に魂を破滅させられ、殺された者は、新しい『ワイト』に取り憑かれて、永遠に暗黒を彷徨う事に成ると。
それなのに、ライガは二体の『ワイト』をセディルに任せた。それは、セディルを使い捨ての駒にしたのと同じではないのか。
「それが、こいつの仕事です」
仕事に関しては、子供の抗議など意に介さない。
ライガは、淡々とした口調でそう言い放つ。
「俺は、クレイム伯爵への『義理』を果たす為、お嬢様の護衛を引き受けました。だが、こいつは『冒険者の仕事』として、今回の一件に関わっている。そうである以上、自分の命よりもお嬢様の命を優先するのは、当然なのです」
「………………」
エリーエルは、愕然とした。
幼い頃から、肉壁に成れだの、踏み台に成れだの散々セディルを下僕として扱って来た彼女だが、まさか本当に彼をそう扱わなければ成らない日が来るとは、思っていなかったのだ。
「平民……、お前はどう思っていますの?」
クレイム家に仕える騎士でもない者が、何故、命を危険に晒してまで自分を護ったのか。
エリーエルは、少しだけ不安げにセディルに訊ねる。
「師匠が言った通り、仕事ですよ、お嬢様。伯爵様に、前金も貰いましたからね。報酬を貰っちゃった以上、仕事はちゃんとしないと、冒険者だって名乗れませんから」
貴族のご令嬢の問いに、あっけらかんと冒険者の少年はそう答えた。
それは、ある意味セディルの信念。
報酬を伴う契約を破る事だけは、許されない。
それを、実行しているだけであった。
「……大したものですわ」
ボソッと呟くように口にしたエリーエルの言葉は、いつもの上から目線の発言ながら、確かな『賞賛』のニュアンスを含んでいた。
天使の少女は、再び悪魔の子の少年に助けられた事を、認めたのだ。
『アンデッド』との遭遇を切り抜けた四人は、大広間の先へと進む。
やはりその先は、崩れた墳墓と成っており、朽ちた遺体やバラバラに成った白骨が転がっていた。埋葬したというよりも、適当に放り込んだような有様だ。
「おそらく、昔誰かがここを見つけて、死体捨て場にでも使ったのだろう。それもいつの間にか忘れ去られ、放置されたのだ」
ライガは荒れ放題の地下墳墓を見て、そんな推測を立てた。
「師匠の言う通りなら、この先に、出口はありそうですね」
希望が見えて来たので、着ている防具が血塗れに成っているセディルも機嫌が良い。
そして、彼らは長い地下通路の果てで、行き止まりの部屋に到達した。その行き止まりの四角い部屋の隅には、上階に延びる階段が見える。
「ここが、出口のようだ」
ライガは階段を上り、その天井を塞ぐ分厚い石板を持ち上げてどかした。
そこから、部屋の中に僅かだが光が差し込んで来た。
間違いなく、日の光だ。
「外ですわ……」
「なんだか、懐かしいようですね、お嬢様」
丸一日ぶりに見る地上の光に、エリーエルとアンナが表情を和らげた。
皆で階段を上り、地上の崩れた建物から外へ出る。
振り返ると、それは見捨てられた古い納骨堂であった。周囲には、放置されて荒れ果てた墓地も見える。
そこは、帝都ジーネロンの各地に見られる、『廃棄地区』の一つ。
「若干、予定と変わりましたけど、目的地には辿り着けましたね、師匠」
「そのようだ。これからすぐ、例の『隠れ家』に移動する。お前は、着替えて置け」
「了解です、師匠」
セディル達は、ついに包囲された屋敷からの脱出に成功したのであった。




