表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
32/75

第二十九話 封印されし霊宮

 『ツクモ屋』での買い物を終え、二人は再び帝都の中央市場に戻って来た。

 セディルが買った武具や道具は、今は第四レベルの一般魔法【大袋】で作った見えない空間にしまい込んでいる。

 この魔法で収納出来る道具の容量は、本来背負い袋程度なのだが、魔法の技量によっては増減する事もある。

 セディルの場合、平均よりもかなり多めに収納する事が可能だった。


 「他にも一通りの冒険道具は、用意して置いた方が良いですよね、師匠?」

 「お前はな」


 ライガは、ツクモ屋で消耗品の忍具の補充をしていた。他の道具に関しても、昔から愛用している物が残っている。

 買い物が必要なのは、初級者のセディルなのであった。


 市場を見回し、セディルは冒険に必要な道具や日々の暮らしに使う日用品、着替えの服や、もしもの時の変装用に古着も調達する事にした。

 背負い袋に飲み水を入れる水袋、一般魔法が使えない状況も考慮して火を起こす為の火口箱や油を入れて使う小型のランタン、丈夫な毛布にロープを一巻き、食器や小型ナイフ、鉄串も買って置く。

 日用品には、木の棒の先に硬い動物の毛を挟み込んだ歯ブラシやタオル、鼻紙や便所紙として広く使われている『乾燥白葉』も束で購入する。


 これは『白葉樹』という樹木の大きな葉を乾燥させた物で、とても柔らかく肌触りの良い真っ白い葉っぱであった。

 白葉樹は世界の広い範囲で栽培され、また自生もしており、その白い葉は便利な物としてどこでも使われている。


 それに旅先で煮炊きに使う携帯燃料として、赤い琥珀のような物を何個か買った。

 これは『火炎樹の樹液』を固めた物で、少量でも高熱を発して長時間燃えるので、煮炊きや暖を取る為に良く使われている。

 火炎樹は太古から存在したらしく、化石燃料という形で各地の鉱山からも採掘されており、広く人々の間で利用されていた。


 古着屋では普段着の他に、下層民の子供達が着ているような、擦り切れたシャツとズボンを安く買い、大きな帽子とボロ靴も買ってみる。


 「ついでだ、お嬢様の分も買って置くか」

 「あのお嬢様にも、この変装させる気なの、師匠?」

 「こんな物を着て貰うような状況は、考えたくないがな」


 ライガが選んだのはセディルの物と同様、薄汚い下層民の少年に化けられる衣装一式であった。

 確かにあのプライドの塊のエリーエルが、これを着て男の子に変装しなければならない状況というのは、最悪のパターンでしか考えられない。


 「拒否する姿が、目に見えるんだけど……」

 「その時は、お前が何とかしろ。今回の一件を仕事として引き受けたのは、お前だ」


 そう言い捨てて、ライガはエリーエルに使わせる品を一通り用意する。

 今回の仕事では、敵の排除と安全確保をライガが担当し、セディルはエリーエルの不平不満を叩き付けられる『砂入り袋』を担当しているのであった。




 それから二人は市場の裏側にある、小さな店が建ち並ぶ通りへとやって来た。

 そこでは出所不明の魔道具や怪しい薬や素材が店頭に並べられ、盛んに売り買いが成されている。


 「ここでは何が買えるの、師匠?」

 「文字通り色々だ。戦いの場で必要とされる、各種の消耗品。特に、寺院や魔法学院から仕入れている『護符』や『魔法薬』は、冒険には欠かせんよ」


 豊富な実戦と旅の経験を持つライガは、そうした品の有無が生死を分ける事を熟知している。

 所持金との兼ね合いはあるものの、出来る限り揃えて置きたい物があるのだった。


 「冒険をすれば、嫌でも理解するぞ。命は金で買えるってな」


 そう呟くライガが見つめる先には、店番の座る横の台に並べられた『カード』であった。

 子供の手の平くらいのサイズの羊皮紙のカードに、複雑な模様が刻まれている。


 「これが戦いの生死を分ける『護符』だ。前にも教えたように、主に四種類が知られている」


 セディルは護符のカードを見つめる。

 そこには魔法文字と共に、古代共通語でそれぞれの護符の名が記されていた。


 『生命の護符』『抗魔の護符』『魔力の護符』『吸命の護符』の四種類である。


 『生命の護符』は、様々な魔法や魔物の超常的な特殊能力に対する抵抗力を上昇させる。

 『抗魔の護符』は、攻撃魔法やブレス攻撃で受けるダメージを軽減する。

 『魔力の護符』は、攻撃魔法や回復魔法で発生するダメージや回復量を増幅したり、魔法使用時の有効対象数を増加させる事が出来る。

 そして『吸命の護符』は、魔物が持つ特殊攻撃の中でも特に恐れられている、『エナジードレイン』による『レベル』の低下を防ぐ効果を持っていた。


 護符はその身に所持しているだけで効果を発揮するが、全て使い捨てであり、使用すると熱を発さずに燃え尽きて灰に成る。

 それぞれ+1から+5までのランクがあり、高い物ほどその効果も大きくなる。

 当然、その分値段も跳ね上がり、+1なら20シリスで購入出来るが、+5の護符ともなると一枚で5000シリスもの値が付く事もある。


 「その効果を考えれば、護符を持たない理由がありませんよね。特に『吸魔の護符』なんて、持っていない時にエナジードレインを受けてレベルを下げられたら、僕は大声上げて泣きますよ」


 職に就いた冒険者でも、レベルを上げるのは容易な事ではない。場合によっては、1レベル上げるのに、数年がかりになる事もざらにあるのだ。

 それだけの時間と苦労を一瞬で奪われてしまっては、泣くにも泣けない。

 そうした悲劇を防ぐ為にも、セディルは『吸魔の護符+1』を五枚購入したのであった。


 路地裏の店では、様々な『魔法薬』も売っている。

 代表的な薬は、何と言っても傷を癒して『HP』を回復させる『回復薬』と、『MP』を回復させる『魔力酒』であろう。


 これらの魔法薬は、魔術師系の派生職である『錬金術師』によって作られている。

 錬金術師は様々な素材を原材料として、あらゆる薬を調合する事が出来る技能を持つ職なのだ。

 HPやMPの回復効果を持つ薬を始めとし、解毒剤や疾病治療薬、能力値の一時的上昇や暗視能力の付与、耐火や耐冷の薬など、その種類は多岐に渡っていた。

 そうした薬は戦闘や探索で大いに活用され、冒険者の命を支えているのであった。


 「でも薬は高いですね」


 ガラスの瓶に入れられた、各種の薬品に付けられた値段を見て、セディルが溜め息を吐く。

 HPを『10点』回復させる効果を持った、最も安い回復薬でも、20シリスの値が付いていた。

 MPを回復させる魔力酒に到っては、『10点』回復でも、50シリスである。

 

 まだレベルの低い初級冒険者にとっては、これでも痛い出費であろう。

 他の有用な魔法薬になれば、その価値はどんどん桁を増やして行く。

 HPを全回復させ、様々な状態異常も治癒出来る究極の万能薬『エリクサー』ならば、一瓶で数千シリスもするようだ。


 「それでも、僧侶系の魔法が使えない者にとっては、薬が無ければ怪我は治らんし、毒も消せん。魔法も薬も使わないなら、HPを回復させるには、地道に寝て養生するしかない。冒険者は富や力、名誉を求めて冒険に命を掛けるが、結局はその命を買う為に、稼いだ金を惜しみなく注ぎ込まねばならん」


 ベテランと呼ばれる冒険者でも、その収支は決して黒字ばかりではない。

 財宝でも見つけて大儲けしない限り、魔物との戦いで怪我をして赤字を出す冒険者は珍しくないのであった。


 「うーん、これで師匠に貰ったお金は、ほとんど使っちゃいました」


 一番安い回復薬を何本か買った時点で、セディルの所持金は金貨十枚と銀貨が少しに減っていた。ライガの忠告通り、そして自分のゲーム知識を元に、現時点で手に入る必要と思われる物を揃えた結果である。

 その代り、いつでも冒険に出発出来る程度の装備品は手に入った。

 これでようやく、セディルは冒険の入り口に立ったのであった。




 時刻は昼を過ぎ、セディルとライガは、市場の露店屋台で食べ物を購入した。

 市場には様々な移動式屋台が並び、薄切りパンや煮込んだ豚肉、魚のパイや羊肉の串焼き、焼き菓子やチーズケーキ、ジョッキに入れたビールやワイン、蜂蜜酒などを売る店で、街の中心地は無秩序なまでに繁盛していた。


 「食べ物が美味しいのは、正義です」


 セディルは買った薄焼きパンに肉や野菜、魚の切り身などを乗せて貰い、甘辛いソースを塗した物に噛り付いていた。

 この世界では、意外と食材の種類が豊富で、料理のバリエーションも多い。

 金さえ出せば、庶民でも美味しい物が食べられるのは、幸運な事である。


 「そうなんだよね。お金さえあれば、こうして美味しい物が食べられるんだ」


 その為にも、セディルは今回の仕事を無事に終えて、クレイム伯爵から後金を貰わなければならないのであった。


 「お前の道楽は、喰う寝る遊ぶか?」


 同じ物を口にするライガが、いつもの鉄面で弟子を見つめる。

 少年との付き合いはこれで七年になるが、彼もセディルの人格の全てを把握している訳ではない。


 「その通りですけど、それだけじゃありませんよ。他にも欲しい物やしたい事は、いっぱいありますから」


 その野望と欲望を満たす為にも、一通りの装備を手に入れたセディルは今、何よりも『レベル』を欲していた。

 つまりは、そのレベルを上昇させるのに必要な、『魔素』という名の『経験値』を、だ。


 「ん?」


 食べていた薄焼きパンが残り一齧りになった時、セディルの目に気になる建造物が映り始めた。

 それはジーネロンの街の中心から少し南に下がった場所に建てられた、白亜の神殿のような建物であった。

 しかし、神殿だとするとかなり奇妙な造りである。

 何しろ建物の正面には、大きな門しか見えず、その他の部位は全て繋ぎ目も見えない真っ白い石で構成されているのだ。

 まるで白い一枚岩を掘り抜いて建物に形成し、門だけを付けた様にも見える。


 「師匠、これ何ですか?」


 門に近付くと、彼ら以外にも多くの人がその門を見物していた。

 どうやらこの場所は、帝都における観光地の一つに成っているらしかった。


 「これは、『選定の門』と呼ばれる、古代からある魔法文明の遺産だ。この国の前身、古の魔法帝国皇帝家の『青い血』を、特に濃く引く者だけがこの門を開ける事が出来るらしい」

 「へー、封印された古代の門。選ばれた血筋の者だけが開けられる扉ですか~」


 ライガの話を聞き、セディルは改めて巨大な門を見上げた。

 それは高さ十メートル近くもある二枚扉の門であり、白亜の石で出来ていた。門の表面には見事な彫刻が施され、竜や悪魔、神話の怪物や神々といったものの姿が浮き彫りにされている。

 所々に黄金の装飾が贅沢に施され、大粒の宝石や貴石も無数に嵌め込まれている。


 「それじゃあ、この奥には何があるんですか?」

 「噂では地下へと続く古代の遺跡迷宮があり、魔法帝国の遺産が眠っているらしいな。だが、ここは帝国の管理下にある。こうして見物に来るのは自由だが、冒険者が立ち入りを許された事は、この千年間で一度も無い筈だ」


 この場所は、この国を統治する皇帝家にとっての『聖地』。

 歴代皇帝の魂が眠る『霊宮』だとの話もあり、皇族以外の者は、許可を得た護衛などを除いて一切立ち入りが許されてはいないのである。


 「実際、皇帝が死去した時には皇族が集まって扉を開け、中で儀式を行うらしいぞ。皇族の中でも誰が門を開けられるのかは非公開だから、その時には全員で一斉に門に触れて開閉するのだそうだ」


 門を開けられるのは、皇族の中でもさらに選ばれし者のみ。

 誰が開けられて、誰が開けられないのかは公開されず、開ける時には、誰が開けたか判らない様に皇族皆で門に触れる。

 故に、これは『選定の門』。

 そうする事で、現在の『ジーネボリス帝国』の皇帝家は、古の魔法帝国の血筋を今に伝えるという大いなる権威を守っているのであった。


 「その儀式も、門を潜った浅い場所で済ませるらしいな。それ以上奥へ行くと、罠や番人が待ち受けているんだろう。それに、皇族がいなければその先にも進めないそうだ」


 実質、ここは手付かずの遺跡なのだが、ただの冒険者では入る事も出来ず進む事も出来ない。


 「うーん、遺跡探索に貴重な血を引く皇族を連れて行く訳には、行かないですからね」


 封印を解いて奥に進める皇族とは、古い青い血を濃く継いだ『真の貴種』の事である。そんな人物が危険な遺跡の奥に行く事など、帝国政府の誰も許してはくれないだろう。

 そんな事情もあって、遺跡の深い場所の調査は何も行われておらず、魔法帝国の遺産はこの一千年間、誰の目にも触れる事無く眠り続けているのだった。


 「でも、この門自体が『お宝』ですよね? こんな堂々とした場所にあって警備もしていないんじゃあ、盗賊の人達から見れば、剥ぎ取り放題なんじゃないんですか?」


 セディルは、門に視線を戻す。

 門には、金銀で作られた繊細な細工や貴石や宝石が埋め込まれ、燦然と輝いている。今ではこの場所は有名な観光名所に成っている為、門の周囲には多くの『観光客』の姿が見える。

 しかし、厳重な警備が敷かれているようには全く見えない。

 夜にでもやって来て、金銀や宝石を門から掘り出すならず者がいたとしても、止められないのではないだろうか。


 「やった奴はいたらしいな。だが、鶴嘴を力一杯振り下ろしても、門には傷一つ付かなかったそうだ。この門は、古代の魔法技術の産物だ。今では、盗賊共もすっかり諦めている」


 遥か古の時代の魔法によって守られているのでは、この門の奥への浸入は不可能だ。

 どうしても向かうならば、青い血を引く皇族の誰かの協力が必要になるだろう。


 「実質、僕には探索不可能か~」


 誰も奥へ進んだ者がいない、手付かずの遺跡迷宮。

 そのフレーズには心躍るものがあるのだが、如何せん一介の冒険者が挑むには条件が厳し過ぎる。

 セディルにはこの国の皇族に知り合いなどいないし、いたとしてもレベル1の彼がこの門の奥の遺跡に挑みたいと言っても、全く相手にされないだろう。


 (んん~、どうしても行くなら、門を開けられる皇族を浚って来て、無理矢理門を開けて貰って進むしかないかな。でもそれやっちゃうと、『ジーネボリス帝国』そのものを敵に回しちゃうしな~)


 セディルは心の中で、この遺跡に挑める状況を考えてみたが、どう考えてみても『犯罪』にしかならなかった。


 「やっぱり無理か。僕が修行を積む『ダンジョン』は、どこか別に見つけないとかな~」


 彼でさえ、今この『選定の門』から続く皇帝家の霊宮に挑むのは、諦めざるを得ないのであった。


 「ねえ、師匠。世界には、『試練の迷宮』以外にも、有名な遺跡ってないの?」


 無限に魔物とお宝が湧き出すという、超越者が作り出した『試練の迷宮』。

 レイドリオン大陸でもこの一千年間に二箇所しか現れていない、伝説の冒険者達の試練場。

 そしてそれ程の規模ではなくても、世界には多くの冒険者が挑み、退けられて来た有名な遺跡がある筈なのだ。


 「そんな場所は、いくらでもある」


 ライガは視線を遥か遠くに飛ばし、在りし日の昔を思い出す。

 若き日々に彼が挑み、挑もうとした魔境の事を。


 「エレメール湖に沈んだ超巨大船、ガルダルドの大墳墓、北方の人食い洞窟、打ち捨てられた大荒野の廃墟都市、浮遊島の遺跡、砂漠の古代神殿、上げて行けば切りが無い。どこも一部に探索の手は入っているが、全貌が解明され、踏破された場所はまだ無い筈だ」


 そこには、今だ明かされぬ謎と魔物と財宝が眠っている。

 それを明らかにする為に、冒険者達は日夜命を削っているのであった。


 「おおおっ! どこもいつか行ってみたい、楽しみな響きの場所ですね。というか、僕、絶対に行きますよ!」


 職に就き装備を手に入れたセディルは、レベル1にも関わらず、既に気分だけは冒険者だった。

 ライガから未知なる遺跡の名を聞き、その黒い瞳に爛々とした光を宿らせるのであった。


 「……それには、今引き受けている仕事を終わらせる必要があるぞ」

 「勿論です。前金の持ち逃げなんて、僕、しませんから」


 冒険者として受けた、セディルの最初の仕事。

 それはエリーエルを、襲撃者から守る事。

 その仕事をライガと共に果たす為の準備は、整いつつあった。

 後は、その仕事を完遂するか。

 或いは、何も起こらなかったとホッとしつつ、クレイム伯爵から残りの依頼金を貰うかの、二つの結果が待っているのであった。


 三つ目の結末については、今のセディルは考えていない。

 彼は今、夢と浪漫を追い掛けているのだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ