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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第二十四話 伯爵の懸念

 セディルがその少女エリーエルと出会ったのは、七年前。

 妹のセディナを背負って村を脱出し、辿り着いたライガの管理する伯爵家の別荘での出来事だった。

 最初の出会いは、余り友好的なものではなかった。

 次の出会いでは、彼女が伯爵家にとってどれ程大事なお姫様なのかを知る事となった。

 そして彼女に命じられ、半ば誘われるように向かった館の地下への探索では、二人共危険な目に遭った事で、彼は彼女を少しだけ見直す事にした。


 それから毎年、夏が近付くと彼女は森の中の館にやって来た。

 なぜか気に入られてしまったセディルは、その度にエリーエルから下僕として扱われ、理不尽に扱き使われて来たのである。


 そんな彼女との短い夏休みも、彼女の母親の死によって二年前を最後に終わりを迎えた。

 その後、セディルは忍者の修行に専念し、今年ついに念願の忍者に成る事に成功したのである。

 エリーエルはクレイム伯爵家が領主を務めるリュームスタットの街から、帝都ジーネロンに移り住んだと聞いていた。

 そして彼女は、昔セディルに宣言した通り、貴族令嬢として自分の外面と内面を磨き上げ、今彼の前に姿を見せたのである。


 「エリーエルお嬢様……?」


 突然厨房にやって来た彼女に、アンナが遠慮がちに声を掛ける。

 お世話をしていた奥方が亡くなり、今のアンナは厨房での仕事と掛け持ちで、エリーエルの雑用係のような事もしていると、セディルは誰かから聞いていた。


 「わたくしが訊ねたのは、そこの平民二人にですわよ。答えなさい、平民。なぜ、あの館にいる筈のお前達が、この屋敷にいるのかしら?」


 アンナの呼び掛けを切り捨て、エリーエルはセディルとライガの方に冷たい視線を向ける。


 セディルは二年近くぶりに見る、自分と同じくらいの背丈の少女に成長した彼女の姿を瞳に映し、僅かに目を細めた。

 元々、彼女は美しさと可愛らしさを持った、類い稀なる幼子だった。

 天使という絶世の生まれに加え、伯爵家の令嬢として両親の美貌を完璧な形で受け継いだ、生ける芸術作品だったのだ。

 その彼女が二年の月日を経て、今まさに花開く直前まで膨らみきった蕾の状態まで、その容姿を磨き上げ、輝かせていた。


 流れる黄金細工のような長く豊かな金髪は、高貴な令嬢に相応しく綺麗な縦ロールにセットされている。

 弧を描く細い眉、長い睫毛、目尻が切れ上がり少し吊った蒼い瞳は、最高級のサファイアの輝きを増し、ほっそりと整った鼻梁は傲慢に反り、キュッと引き締められたピンク色の唇は他者の反論を許さぬ強情さを見せていた。

 真珠色の肌に映える淡い水色のドレスを身に着け、赤い靴を履いた細い足でトントンと催促するように、床を踏み鳴らす。


 その立ち姿は幼い頃から変わらず、寧ろよりいっそう尊大さを極めて来ているように、セディルの目には映る。

 並みの貴族のお嬢様がそんな態度を取ったのなら、滑稽に見えてしまうかも知れないが、エリーエルだけはその態度がピタリと本人に嵌っていた。

 その美貌にはまだ花開く前の幼さを残しているが、身の内から放たれるその気品と誇りは、本物の光のような神々しさを見る者達に感じさせる。


 クレイム伯爵家令嬢エリーエル・クレイムは、そんな麗しき美少女に成長していたのであった。


 「俺達がこのお屋敷に来たのは、伯爵様に呼ばれたからですよ、お嬢様」


 彼女の質問には、ライガが答えた。


 「お父様が? なぜ、お父様がお前達などを呼んだのかしら?」


 伯爵が二人を帝都に呼んだと聞き、エリーエルの細い眉がピクッと揺れる。


 「伯爵様の御用については、僕達も知りません。今夜、伯爵様からそれを聞く予定なんです」


 呼ばれた理由については、セディルもライガもまだ何も知らない。

 全ては、これから帰宅する伯爵との対話で明らかになるのだろう。


 「ふん、平民の分際でお父様直々の呼び出しを受けるとは、生意気ですわね。でも、お父様の御用なのでしたら、致し方ありませんわ。お前達には、この屋敷への滞在を許しましょう」


 その整った唇から、固い氷で出来た鈴が鳴る様な冷たく美しい声が零れ、尊大な許しの言葉が紡がれる。

 見つめる者全てを見下すような冷ややかな視線と相まって、厨房にいる者達は、背筋を凍りつかせたように皆固まってしまった。


 どうもこの数年で、美しさや高貴さが増す事と比例するかのように、エリーエルの平民に対する傲慢さも増しているのではないかと、セディルは感じた。

 屋敷の者達もこの美しき暴君を前に戦々恐々としているらしく、調理の手を止め、息を殺すように黙り込む。


 「あの、お嬢様。それで、こちらにはどのようなご用事でしょうか?」


 いきなり厨房にやって来たエリーエルに、困り顔のアンナが訊ねる。彼女だけは、横暴な主人の怒りを怖れていないらしく、皆からもエリーエルの対応を任されているらしい。


 「お前達に、用などありませんわ。わたくしは、お前達が手抜き仕事をしていないか、見に来ただけですもの」


 つんと形の良い顎を反らし、どこまでも高飛車に振る舞う彼女であった。


 『キュルルッ!』


 しかしその瞬間、静まり返った厨房に誰かのお腹が鳴る可愛い音が響いた。静かであったが為に、その音は余計に大きく皆の耳に聞こえてしまった。

 厨房内の沈黙が、よりいっそう深刻なものへと変わる。

 皆、その音の出所が誰なのか、気が付いてしまったからである。


 そして気付かれた事に気付いて、エリーエルの顔色が変わり始める。どうやら彼女が厨房に来た理由は、そのお腹の鳴る音と大いに関係があるらしい。


 「お嬢様も、お腹空いていたんですね。これ、食べますか?」


 その気まずい沈黙をあっけらかんと無視して、セディルが皿の上に残っていたアンナ手製の卵焼き入りパンを、エリーエルに差し出した。


 「い、い、要りませんわっっ!!」


 不覚にもお腹を鳴らしてしまい皆に空腹を悟られた伯爵令嬢は、普段の白い顔を羞恥で真っ赤に染め、柳眉を吊り上げ瞳を光らせて、セディルの手にあるパンを拒絶する。


 「美味しいですよ、アンナさんの手作りですから」


 包帯を巻いた顔の下で朗らかな笑みを浮かべたセディルが、ずいっと皿を前に出す。


 「くくっ! 覚えていなさいっ、無礼者!」


 悔しそうに唇を引き結び、エリーエルは踵を返す。


 (ふっ、勝ったね)


 我が儘お嬢様へのささやかな勝利を確信し、セディルが心中で良い笑顔を浮かべる。

 森の中の館では、いつもあれこれと指図され不当に扱われていたので、これくらいの意趣返しは人情の範疇と、セディルは自分を褒めたのであった。


 「後でどうなっても、俺は知らんぞ」


 怒りと羞恥で顔を真っ赤にしたエリーエルが厨房を出て行ったのを見届け、ライガがぼそりと呟く。


 「まあ、その時はその時ですよ」


 ここ数年の短い付き合いながらも、彼女との距離の取り方を学んで来たセディルは、唯一の知り合いである女の子とのギリギリの駆け引きを結構楽しんでいるのであった。




 夕刻に成り、屋敷にクレイム伯爵とその二人の子息を乗せた馬車が帰って来た。

 帝国政府の要職に就く伯爵は、皇帝の体調不良という常ならぬ事態を受けて、忙しく仕事をこなしているらしかった。

 既に二十歳を超えている二人の息子、嫡男のシリアルドと次男のエヴンスも、そんな父親の仕事の補佐をしている。

 正面玄関に到着した馬車を、執事のバーベルを筆頭に屋敷の者達が出迎えた。


 「おや、どうしたんだいエリーエル?」


 そうしたいつもの出迎えの中に、伯爵はいつもはいない愛娘の姿を見つけた。


 「お帰りなさいませ、お父様、それにお兄様達も」


 ドレスの裾を摘んだエリーエルが、優雅な姿で男家族を出迎えた。


 「やあ、ただいまエリーエル」

 「今日はどうしたんだい?」


 兄達二人は愛する妹の出迎えに、笑顔で言葉を返した。


 「何でもありませんわ。少々、お父様にお訊ねしたい事がありましたので」


 家族の前でもつんと澄ました様子の彼女は、真正面から父親に視線をぶつける。


 「ふむ、何かな私に聞きたい事とは?」

 「あの館の管理人と、そのオマケの平民の子の事ですわ。お父様が、ここに呼び出したという話は、本当なのですの?」


 半眼に細めた蒼い瞳に剣呑な光を込める愛娘に、伯爵はやれやれと苦笑しつつも穏やかな口調で答える。


 「どうやら、無事に到着したみたいだね。その通りだよ、エリーエル。あの二人に手紙を出して呼んだのは、私なんだ。ちょっと、彼らに頼みたい事があって、ね」


 その頼みの内容は、娘にだけは話す訳には行かない。

 少なくとも、今自分達が抱えている『厄介事』の後始末を終えるまでは、彼女は敢えて蚊帳の外に置いて置かなければならない。

 それが今の伯爵の心情であった。


 「……そうですの、本当にお父様の御用なのでしたら、わたくしが言う事は何もございませんわ」


 どんな時も自分を押し通そうとするこの我が儘娘も、父親に対してだけは常に従順だった。

 貴族として家父長制という秩序を尊重するのと同時に、父親個人を慕い、尊敬しているからだ。


 「失礼致しましたわ」


 家族の男達に一礼し、エリーエルは屋敷の中へと戻って行く。


 「父上……」

 「エリーエルには、本当に何も話さなくて良いのですか?」


 兄二人が妹の背中を目で追いつつ、その様子を気に掛ける。父親の仕事を手伝う彼らは、今の伯爵家を取り巻く複雑怪奇な状況についても、ある程度事情を知っていた。


 「それが、あの子の安全に繋がるのだ。エリーエルは、この件については何も知ってはならない。彼女にとっては、余りにも醜く悍ましい話だからな。帝国の汚泥は私達で拭き取ろう。お前達も、覚悟は良いな?」


 温厚な伯爵にしては珍しく、彼は険しい表情で二人の息子を見る。それだけ重大な何かが、差し迫っているのだろう。


 「無論です、父上」

 「覚悟は、出来ております」


 二人の青年シリアルドも、エヴンスも、真剣な面持ちで父親に頷き返す。


 「うむ、頼んだぞ」


 息子達の決意に、伯爵は力強く頷いた。




 夕食後、ライガとセディルは帰宅した伯爵に呼ばれた。

 執事のバーベルの案内で、二人は屋敷の一階にある書斎へと通される。その部屋は、歴代クレイム伯爵家当主達の仕事部屋とされていた。


 「やあ、久し振りだね管理人。急に帝都まで呼び出してしまって、すまなかったね。それに、セディル君も。大きくなったじゃないか」


 前に森の中の別荘で会ってから、二年弱。

 オーネイル・クレイム伯爵は、威厳のある笑みを浮かべて、彼らを部屋に招き入れた。

 書斎はかなり広い部屋で、扉から入った両側の壁を本棚が占め、正面にはどっしりとした重厚な造りの大きな黒檀製の仕事机が置かれている。

 床にはジプティール産の広い絨毯が敷かれ、ドワーフ謹製の調度品や大陸南方の民族色の強い仮面等が壁に飾られていた。


 「雇い主の伯爵閣下に呼ばれたのでは、来ない訳には行きませんので」

 「お久し振りです。伯爵様こそ、ご健康そうで何よりです」


 雇い主であるクレイム伯爵を前に、ライガは腰の後ろで腕を組み、直立不動で立ち尽くす。セディルは腰を折り、深々と頭を下げた。


 「まあ、そう堅苦しくしないでも構わんよ。呼んだのは、こちらだからね」


 二人の言葉に口元を緩め、伯爵は彼らに楽にすれば良いと言う。

 セディルが伯爵に出会ってから七年が経つが、彼の気さくな態度は昔と変わっていなかった。


 「最後にあの館に行ったのは、もう二年近くも前になるんだね。エミーシャが亡くなる前の、最後の初夏だった」


 先妻に続き、後妻にまで先立たれてしまった伯爵は、少し寂しそうな笑みを浮かべて昔を懐かしんだ。


 「それでも、彼女達は私に素晴らしい宝物を残してくれた。二人の息子、シリアルドとエヴンスは立派な青年に成長し、娘のエリーエルはとても美しい淑女に成ってくれた」


 そう子供達の事を誇らしげに、そして愛おしく語る時だけは、威厳のある伯爵もただの親馬鹿おじさんに成るなあ、と思いながらセディルは話を聞いていた。


 「私は妻達を亡くしてしまったが、それでも喪った者を嘆くより、残された者を大切にしたい。本当は残された子供達と共に、あの別荘で妻達の思い出に浸りつつのんびり過ごしたいのだが……」


 伯爵としては本気でそうしたいのだろうが、今の彼には、それは贅沢な望みなのである。


 「今抱えている仕事が忙し過ぎてね、どうやら今年もあの別荘には行けそうもない」


 眉間に皺を刻みつつ、伯爵は苦しそうに胸の内を明かした。


 「その『仕事』とやらが、俺がここに呼ばれた理由と関係していると?」


 ライガの鋭い目から放たれる視線が、伯爵に注がれる。

 仕事に忙しい伯爵が、態々帝都までただの別荘の管理人を呼び出し、時間を割いてまでこうして話をしている。

 そんな伯爵が抱えているという、『仕事』とは、いったい何なのか。

 セディルもライガ同様、その事が気になった。


 「……そう、だな。全く関係無いとは、言えないのだよ……」


 ライガの問いに伯爵は苦しそうに言葉を紡ぎ、すまなさそうな目で彼を見つめる。

 その目が求めているのは、ただの別荘の管理人ではなさそうであった。


 「君達はもう、娘には会ったらしいね?」


 伯爵の話題が、仕事から再び愛娘へと戻る。

 些か強引ではあるが、彼の仕事とも満更無関係な話でもないのだろう。


 「ああ、久し振りにお会いしましたよ。中々のご令嬢ぶりだったな」

 「はい、全然お変わりありませんでしたよ」


 相変わらずの我が儘な娘さんです、とは恩のある親を前にしては言えないので、二人共そこは曖昧な表現に留める。


 「ふう……、まあ君達が言いたいであろう事は、私も理解しているよ、うん」


 しかしそんな事は、伯爵自身も承知しているらしく、セディル達に対して困ったような生温い笑みを浮かべて見せた。


 「あの子の尊大な態度や傲慢さには、私も少々頭と心を痛めている。もう少し下の者達にも態度を和らげてくれると、良いのだがね……」


 そう言って日が沈んだ窓の外に目線を送り、逃避するように遠くを見つめるクレイム伯爵。

 父親の言う事だけは良く聞くエリーエルだが、それだけはいくら言っても聞き入れて貰えなかったらしい。


 「だがね、あの子のあの態度には、確かに理由もあるのだよ。あの子は人一倍責任感が強く、天使であり貴族である自分の価値を高めて維持し続け、家と一族の繁栄や栄光に寄与しなければならないという、妙な使命感を抱いて燃え上がってしまっているのだ」


 伯爵はそう溜め息を吐きつつ、娘の弁護を始めた。


 「あの子の傲慢で尊大な物言いや態度は、その責任感や使命感が、少々歪な形で表現されているものなのだよ。勿論、彼女の才能と努力は本物だし、その想いは純粋なものだ。本当のエリーエルは、とても親思いで家族思いの、良い子だからね」


 そう語る伯爵は、娘の信念に対してだけは確固たる確信を抱いている、立派な親の姿であった。


 (んー、つまり、お嬢様のあの勝気で、奔放で、高飛車で、我が儘で、身分差に五月蠅くて選民思想が強い、平民や僕に対して取るトゲトゲとした態度は、価値の高い貴族の令嬢とは斯くあるべし、というちょっと歪んだ理想を信じて、おかしな方向に努力してしまった結果。と、伯爵様は仰りたい訳か……)


 それは確かに、セディルも薄々感じない訳でもない、エリーエルの真実だった。


 「何と言うか……、あの子の思い込みが激しく、一度そうすると決めると迷わず突き進む性格が、こうなった原因の一つなのだろう……か?」


 そこら辺は、伯爵も余り言及したくないらしい。

 要するに、『猪突猛進』。

 流石に、愛娘を猪に例えるのは躊躇するのだろう。


 (猪令嬢か~、でも、あれって半分は、地の性格だよね?)


 エリーエルが貴族令嬢という、一種の『キャラクター』を演じている部分があるという意見には、セディルも賛成だった。

 しかし、あの態度の全てがそうだとも思えない。

 元々の人格の影響もかなり強く、それが生まれと立った舞台に上手く融合した結果では、とセディルは思うのであった。


 「私としては、あの子にはもっと伸び伸びと自由に育って欲しかったのだがね。そう言う意味では、セディル君。君には感謝しているのだよ」

 「えっ!?」


 突然の伯爵からの感謝の言葉に、セディルは戸惑う。


 「あの別荘で過ごす短い日々の間、あの子は伸び伸びと文字通り羽を伸ばしていたよ。あそこには、君がいた。自分を偽る必要の無い、同世代の子供と触れ合う事が出来た事は、あの子の子供時代にとって貴重な経験に成った筈だ」

 「はあ……」


 そう伯爵に評価されたセディルだったが、本人は気のない返事を返す。

 彼としては、下僕として結構理不尽に使われていたのだが、伯爵から見れば、セディルの存在は娘の良い遊び相手と映っていたのかも知れない。


 (だとしても、迷惑な子に変わりはないんだけどな~)


 悪い子ではないけれど、迷惑な女の子。今のセディルが持つエリーエルへの印象は、そんな感じに落ち着くのだった。


 「娘は、なかなか親の思い通りには育たんらしいな」


 ライガが、急に実感のこもった言葉を呟く。


 「それに大事に育てたとしても、娘はいつか何処かの男に持って行かれてしまうのだ。その点伯爵閣下は、その男を自分で決めるられるだけマシだろうに」

 「うむ、そうかも知れんな……」


 男達が、少し寂しそうに口元を歪める。

 お互いに、何か共感するものがあったらしい。


 「では伯爵様、師匠を帝都に呼んだ理由は、やっぱりお嬢様の……、そのお相手に関わる事なんでしょうか?」


 伯爵の話の中心には、常にエリーエルがいる。

 娘の事となると親馬鹿になる伯爵だが、今回ばかりはそれだけが理由ではない筈だった。

 セディル達でさえこの屋敷に来るまでに、街での噂話を聞いているのだから。


 「ほほう、察しは付いているのかね。やはり、君は頭が良いね、セディル君。ひょっとして、もう職には就いたのかな?」


 七年前に出会った幼子の頃から、クレイム伯爵はセディルの利発さを感じ取っている。

 それは十二歳に成った彼を目にしても、変わらない感想だった。


 「はい、師匠のお蔭で、僕はつい最近職に就く事が出来ました。まだレベルは、1ですけど」

 「そうか、君も十二歳で職に就いたか……」


 それを聞き、伯爵は目を閉じた。

 そして十数秒後に目を開くと、表情を厳しくして二人を見つめる。


 「君達に、特に管理人、いや『ライガ』。君に頼みたい事があるのだ」


 その一言だけで、セディルにも伯爵が頼みたい事の重大性が伝わって来た。彼の眼差しは、ただの別荘の管理人に向けるものではなくなっている。


 「……厄介事らしいな。話を聞こう」


 ライガ・ツキカゲ、世界唯一の『ニンジャハイマスター』が、口元に獰猛な笑みを浮かべて『依頼人』に依頼内容の確認を求める。


 それは彼にとって、実に十五年ぶりとなる『仕事』の始まりであった。


 

 

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