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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第二十二話 湖上の都

 レイドリオン大陸の西方にある、三大国の一つ、最も北に位置する『ジーネボリス帝国』。

 北に険しい『北方山岳地帯』を控え、国土の七割を占める深い森林、豊かな水量を誇る川と湖の恩恵を受けて栄える古き国家。

 その成り立ちは、『文明崩壊』と呼ばれる厄災以前にこの地で栄えた、『魔法帝国エル・ゲネア』から始まる。

 強大な魔法の力によって栄えた当時の列強国家の一つであり、現在の国土に加えて北の山岳地帯、東の小国家群の半ばを支配し、世界中に植民地を有していた超大国。


 しかしそんな国でさえ、文明崩壊による禍を免れる事はできず、魔法帝国は一千年前に一度、滅びを経験していた。

 国土も、魔法も、文化も、人民も、その他多くのものを失い、滅亡した魔法帝国ではあったが、その皇帝家の神聖にして貴き『青い血』だけは、僅かに生き延びる事が出来た。

 その魔法帝国皇帝家の末裔を玉座に据え、新たに建国された国こそが、現在のジーネボリス帝国なのである。

 以来、建国千年が経過し、数千年の歴史を持つ魔法帝国には及ばぬものの、偽り無き千年帝国の名を冠するまでに発展したジーネボリス帝国は、西方の雄として確固たる地位を築き上げていた。


 その帝国に君臨する現在の皇帝の名は、ミルファウスⅣ世といった。

 今年六十歳になった老帝であるが、彼が即位して以来のこの三十数年間の統治によって、ジーネボリス帝国は繁栄し、人々は平和を謳歌して来た。


 彼は北方山岳地帯に暮らす諸部族との間に通商条約を結び、和平を構築した。南の大国ロルドニアとも友好関係を維持し、他の国々との交易も促進した。

 レイドリオン大陸南方の熱帯地方や、西の海にある大陸に新たに建設された植民都市の経営を順調に行い、多くの富を国に齎した。

 内政と外交に多くの成果を残した、偉大なる皇帝ミルファウス・オルト・ジーネイアは、今や人々から『賢帝』と称えられている。


 しかし、そんな彼も老いには勝てなかった。

 今年に入り、皇帝ミルファウスが体調を崩し、ベッドに臥せっているとの噂話が帝国全土を駆け抜けていた。

 同時に、余命を悟った皇帝は命ある内に退位し、皇太子である第一皇子に皇帝の座を譲り渡す、という噂も、帝都中で囁かれるようになった。


 普段ならば流言飛語を取り締まる筈の役人や衛兵達ですら、その噂を誰も否定しない。

 それ故、人々はその噂を真実として捉えた。


 『ミルファウス陛下は、健康状態の不調を理由に帝位を退き、皇太子殿下を新皇帝に即位させる』


 この話は、今や帝都中の人々が知る『事実』となった。

 後は、帝国政府からの正式発表を待つだけ。帝国の人々は、皇帝の退位を惜しみつつも、その日が来るのを待っている。

 賢帝の退位は残念な事だが、新皇帝の誕生は慶事である。


 皇太子は、現在三十六歳。

 皇帝の二人の皇子の内の長兄であり、既に結婚し、現在十一歳の皇子を一人儲けていた。

 凡庸だが温厚で真面目な人柄であり、周りの人の意見を良く聞き、他者の功績を妬まない人徳者、と噂されている人物である。

 それ故、人々はジーネボリス帝国の次代の繁栄も疑っていない。


 そして帝国の人々の関心は、新皇帝即位後に、新たに皇太子に成るであろう若き皇子にも向けられていた。

 まだ齢十一歳の、アレイファス・ドナ・ジーネイア皇子。

 まだ先の話ではあるが、いずれは至高の座に君臨するであろう、帝国の未来を象徴する彼には、まだその伴侶となる『婚約者』が定められていなかった。

 彼の婚約者は、誰になるのか。

 新皇帝の誕生、そして皇子の婚約者の発表。

 人々は、さらなる慶事を望んでいるのであった。


 時に、新帝国歴1012年、五の月。

 様々な歴史と思惑が蠢く古き都に、失われた筈の忍者とその弟子がやって来る。




 「着いたよ、師匠。ここがジーネボリスの中心、『帝都ジーネロン』がある場所だよね」


 ついに忍者に成った十二歳のセディルは、師であるライガと共にクレイム伯爵からの召喚を受け、七年間を過ごした森の中の館から帝都を目指して旅立った。

 途中、伯爵家の治めるリュームスタットの街を経由して古代街道を歩き、四日間の旅路を経て帝都ジーネロンに辿り着いたのであった。


 「話には聞いていたけど、凄い光景だな~」


 セディルは、顔に巻いた包帯の隙間から見える眼前の光景に、感嘆の声を上げた。


 彼が今居るのは、帝都の手前にある少し盛り上がった高台の上。

 その場所から見えたものは、眼下に広がる大きな湖であった。

 北の山岳地帯と東にある巨大な湖『エレメール湖』を水源とする、二本の大河が流れ込む帝国の中心に位置する湖『サドラス湖』。

 外周が二百キロはある大きな湖であり、そのほぼ中心に大きめの島を抱いていた。

 その『ニフレイム島』に築かれた湖上都市こそが、ジーネボリス帝国の首都ジーネロンであった。


 街の人口は、現在約十五万人。

 街と湖岸とは古代に建造された巨大で長大な石橋によって結ばれており、橋の前にも人口三万人の街が形成されている。

 青い静かな湖面見せるサドラス湖には、無数の連絡船や漁船、交易船、それに軍船が浮かび、この場所が帝国の政治、文化、それに交易による経済の中心地である事を物語っていた。


 この湖からは、さらに西に向かって大河が緩やかに流れ出ており、それはそのまま西の『キルベッツ海』まで続いている。


 「ジーネロンは、レイドリオン大陸でも有数の大都市だ。島に渡れば、世界中の産物が手に入り、市場も娯楽も充実している。だがな……、一見難攻不落の都市だが、湖上にあるだけに、船の出入りが多い。それだけ人の出入りも激しく、実はならず者も入り易い危険さがある」


 ライガは世界の各地を旅して来た冒険者であり、当然この街にも着た事があった。

 クレイム伯爵夫妻を危機から救い、彼が伯爵に雇われる切っ掛けとなった場所もこの街である。


 「元は、古代の魔法帝国の首都だったそうだ。街としては、一万年に近い歴史を持つ古都だな。その頃の人口は百万人を超えていたらしいが、今は、その数分の一しか人がいない。だから、未整備の廃墟区がいくつもあって、そこの治安だけは余り宜しくないのさ」


 だから危ない場所には行くな、とライガが予めセディルに釘を刺す。


 「栄える街の、光と影ってやつですね」


 彼の解説する街の古い歴史と現在の様子を聞き、早速セディルは、この街を面白そうな場所と認識した。クレイム伯爵の呼び出しの用事が、主にライガにあるとするなら、自分は街の観光をしてみたいと思ったのである。


 二人は街道に戻り、街へと続く石畳の敷き詰められた道を進む。

 そして彼らは、湖上へと伸びる大橋の前に広がる街に到着したのであった。

 何台もの馬車を連ねて荷物を運ぶ商人、黒いローブを着た魔法学院の学生達、色々な道具を担いだ職人や労働者達。

 ここは帝都ジーネロンへ向かう為に玄関口であり、国の内外から人、物、金が集まっているのであった。


 「賑わっていますね、師匠」


 街中を歩きつつ、リュームスタットの数倍の規模を持つ街並みに目を向ける。長い間森の中で暮らしていた身としては、目にする何もかもが新鮮だった。


 「ここはまだ玄関口の街だ。ジーネロンは、ここのさらに数倍もの人々が暮らしているぞ」


 ライガにとってもこの街に来るのは数年ぶりの筈だが、彼は迷う事もなく道を進んで行く。人混みの中では目立つその巨体だが、通行人の誰にもぶつかる事はない。

 達人を超える体術を持つ忍者の男は、まるで風を受け流す柳のように、自然な歩行術で人の多い通りを歩いて行くのだった。


 (僕も、あれくらいは早く出来るように成りたいな~)


 人通りの多い道だが、セディルも通行人に当たったりはしない。

 それは彼が小柄な子供であり、動きが素早いからであって、まだ業として完成した動きが出来るからではなかった。


 「腹が減ったな。湖を渡る前に、昼飯を食って行くぞ」


 街中を歩きながら、ライガは通りの左右にあるいくつかの店の看板に視線を向けていた。

 様々な店が軒を連ねる中、彼は労働者向けの食事処を見つけて自在扉を潜った。セディルもライガに続いて、建物に入る。


 街の食堂は、賑わっていた。

 丁度昼飯時だったらしく、船乗りや日雇い労働者、職人風の男達が木製のテーブルを囲み、昼間から酒杯を傾けながら、料理をナイフやフォークで突いている。

 二人は空いていた席に腰掛け、料理の盛られた皿や酒の入ったジョッキを持って、忙しく歩き回っている給仕婦の少女達の一人を呼んだ。


 「注文は何だい?」


 頭に巻いた白いスカーフと油染みが目立つエプロンを着けた蓮っ葉な口調の少女が、彼らの下に料理の注文を取りに来た。


 「お奨めの昼飯を二人前だ。俺にはビールを一杯」

 「僕は、林檎酒を一杯付けてね、お姉さん」


 二人が料理と共に喉を潤す一杯を注文し、ライガが銀貨を一枚、テーブルの上にパチンと置いた。


 「あいよ、ビールと林檎酒だね」


 大男と顔に包帯を巻いた少年の二人組にも、特に不審な目も向けずに、彼女は注文を受けて銀貨を拾い上げた。


 「何が出て来るのかな、師匠?」


 この七年間、セディルは森の中での修行の日々を送り、たまにリュームスタットに買い出しに行くライガに付いて行ったくらいしか、街に来た経験がない。

 街道を歩いたここ四日間は、村々の安宿に泊まったので、食事も自炊だった。

 そんな人生が長く続いたので、久し振りの街で店の料理を食べるのには、ちょっと期待するセディルであった。


 「ここは、労働者や船乗り達が多く利用する店だ。期待するのは、量だけにしておけ」

 「ふーん、アンナさんみたいな料理上手は、やっぱり貴重なんだな~」


 セディルはテーブルの上で頬杖を突き、煤けた天井を見上げる。


 クレイム伯爵家に住む込みで奉公している『厨房師』のアンナは、伯爵夫人が亡くなるまでは、森の中の館に他の使用人達と一緒に定期的にやって来ていた。

 アンナが館にいる間は、彼女が料理担当をしてくれていたので、セディル達はいつもより美味しい料理を食べる事が出来た。

 しかし奥方が亡くなると、彼女に可愛がられていたアンナはリュームスタットから帝都に移り住み、今度はエリーエルの雑用係をしていると、セディルは聞いていた。


 その為、この二年近くは彼もアンナには会っていないのだ。


 「恋しいな~、アンナさんも、アンナさんの手料理も……」


 そんな事をセディルが呟いていると、給仕の少女が料理の載った皿を持って来て、ドンとテーブルの上に置いた。

 木製の大皿には、チーズを乗せて焼いたパン、塩を振った串焼きの淡水魚、ソースの掛かった腸詰め、野菜の酢漬けが、大盛りに盛られていた。

 素朴な料理だが、確かに量だけはある。

 さらにドンと、ジョッキに満たされたビールと林檎酒も追加される。


 「ありがとう」


 相変わらず鉄仮面でも被っているような顔のライガが、礼を言いつつ彼女に銅貨を一枚、ピンッと指で弾いて飛ばしてやる。


 「まいどあり~」


 その銅貨を空中でキャッチし、彼女はニンマリと笑った。 


 「それじゃあ、いただきますっ!」


 セディルは木皿に盛られた料理に、早速噛り付いた。

 いずれもこの地方で良く食べられている庶民料理であり、味付けは素朴でも食べ応えがあった。

 サドラス湖産の大きな淡水魚は、泥臭さも無く、塩味だけでも美味しかった。

 結構な量の食事を、大男のライガも小柄なセディルも、パン屑一つ残す事無く平らげる。


 「うーん、満腹」


 最後にジョッキの林檎酒を飲みながら、セディルが店内を見回した。

 大勢の人達が賑やかに食事や酒を楽しんでいるが、その中のテーブルの一つで、大声で激論を交わしている者達がいた。


 「皇帝陛下は、本当に退位するのかねぇ?」

 「ご病気じゃあ、しょうがないだろ。隠居して、ごゆっくり治療に専念して頂かないと。あのお方には、まだまだお元気で生きて欲しいよ」


 彼らが話していたのは、皇帝の健康状態と退位に関する話題だった。

 老境を迎えていた皇帝が体調を崩したらしく、ここ数ヶ月人前に出て来ない。

 それ故に、今人々の間では、皇帝が退位するのではないかという噂が囁かれていた。

 まだ帝国政府から正式に発表があった訳ではないのだが、その噂は既に帝都はおろか、その周辺の街や村々にまで広まり始めていた。


 「その話は、本当だぜ。俺はいろんな奴から話を聞き出していて、色々詳しいんだ」


 そう言い出したのは、一人の髭面の中年男だった。

 噂話に詳しいというその男に、店内皆の視線が注がれる。


 「皇帝陛下の退位は、間違いないぜ。今宮殿じゃあ、皇太子殿下への譲位の用意で、皆相当忙しがっているってぇ、話だぜ」


 男が身振り手振りを交えてそう語ると、店の客達が一斉に食事を止めて、ガヤガヤと話し出す。

 それは長年この国を統治して来た偉大な皇帝の退位を惜しむ声だったり、新たに誕生する新皇帝への期待だったり、この国の行く末についての憂慮といった内容だった。


 「ふーん、この国、皇帝が代わるんだ」


 生まれてから十二年間住んでいた国ではあるが、特に思い入れの無いセディルにとっては、どうでも良い話であった。


 「噂では、な。まあ、レベル11に達していない者なら、隠居するのに丁度良い歳だろう」


 片手にビールの入ったジョッキを握り、ライガはそれを水のように飲み干した。


 皇帝とライガは、同じ歳で今年六十歳。

 だが歳は同じでも、片方は人生の大仕事を終えて隠居しようという老人。もう片方は、今も現役そのままの力を宿した戦闘者。

 魂に魔素を多く取り込み、レベルを上げ、肉体を強化してレベル11以上に成った者は、老化速度が低下して行く。

 ライガのような『ハイマスター』に到れば、肉体の老化は停止し、その種族が持つ寿命が尽きるまでは不老となる。


 賢帝と称えられる偉大な工程であっても、彼はレベル11以上には成れず、不老を獲得する事は出来なかったのだろう。

 こればかりはどんな強大な権力者であっても、その個人が持つ才能と努力によってしか得られないものなのである。


 「そうそう、それにだな、こんな噂も聞いたぞ」


 聴衆の反応に気を良くしたのか、男はさらに話を面白可笑しく続ける。


 「皇太子殿下が新皇帝に即位するのと同時に、いよいよアレイファス皇子殿下の婚約者も決定するってなっ!」


 男が両腕を大きく広げて、得意気に噂話を披露すると、周囲からオオッと声が上がった。

 帝国の未来を担う若い皇子様の人気は高いらしく、その婚約者となると、人々の関心も強い様子だった。


 「皇子様の婚約者? 確かこの国の一番若い皇子様って、僕より一つ年下だったっけ、師匠?」

 「らしいな。今のところ皇帝の孫は、その皇子一人だから、その婚約者となれば国中で誰を選ぶか揉めるんだろう」


 将来の皇帝となりうる最も貴重で高貴な少年の下に嫁ぐとなれば、本人は元より親兄弟、一族郎党全ての栄達が望める。

 きっと彼の婚約者の座を巡って、貴族達の間では、権謀術数渦巻く足の引っ張り合いが行なわれているのだろうと、セディル達は想像した。


 「生臭い話だよね~」

 「極力、関係したくないな」


 二人の忍者師弟は、揃って国絡みの厄介事とは距離を取りたい様子であった。


 そんな我関せずの態度な彼らと違い、食堂に集まった人々は、ワイワイガヤガヤと噂話の続きに興じている。

 皇子の婚約者は、誰になるのか。

 何人かの候補者の事は、市井にも知られているらしい。


 その多くは、国内の大貴族の令嬢達。

 何処そこの公爵家の姫様とか、若い侯爵様の妹などといった、有名な貴族令嬢達の名前が次々と上がって来る。

 中には、隣国ロルドニアの若い女王陛下と婚姻を結ぶのではないかとの、突飛な話も出たくらいだ。


 「いや~、お前らから出る名前は、確かに大物達のご令嬢様だが、もっと確実な本命がいるって話は皆知っているだろう?」


 酒臭い息を吐く噂話に詳しい男が、ニヤニヤした顔でそう言うと、食堂にいた皆の話し声が一瞬ピタリと止まった。


 「何て言ったって、皇子様ご本人がお望みだっていう相手。皇子様だけじゃなく、国中から求婚者が殺到しているって噂のご令嬢様だよ」


 男にそう言われて店の客達が、一斉にある一人の貴族令嬢を思い浮かべたらしい。

 皆が、妙に納得したような顔をしている。


 「……、師匠。僕、今猛烈に嫌な予感がしているよ」

 「そうか、燭台を掲げていると、足元が見えなくなる事があるのだったな」


 店内の皆が思い浮かべたその令嬢の名は、セディルとライガも同時に脳裏に浮かべてしまった名であった。


 「そう、皇帝陛下の覚えもめでたき、オーネイル・クレイム伯爵様のご長女にして、この世では滅多にお目に掛かれない、光り輝く幻の天使様っ!」


 聴衆の視線を浴びながら、酒と注目に酔っぱらった男の声が食堂に響く。


 「間もなく、御年十二歳に成られるという『エリーエル・クレイム』嬢こそ、アレイファス皇子殿下の想い人にして、婚約者候補の筆頭に間違いないだろうさっ!」


 オオオオオッ!


 その男の断定に、店中を揺るがすような同意の叫びが響いた。


 「……やっぱり?」


 間違っていてくれたら良いのに、と思いつつ、セディルは大口を開けて天井を見上げた。


 「良く考えれば、その可能性は高かったか。しかし、あのお嬢様も大物を釣り上げたものだな……」


 その皇子の婚約者に一番近いらしいご令嬢の事を、彼らは良く知っていた。


 伯爵家令嬢エリーエル・クレイム。

 彼女こそ、セディルとライガが暮らす館の所有者、クレイム伯爵の娘なのだから。


 いずれは皇帝になる可能性が高い、皇帝の孫に嫁ぐには、伯爵家という家柄はやや見劣りするかも知れない。

 しかし彼女は、世界でも稀にして高貴なる『天使』という種族に生まれし者。

 数千年の『古き青い血』を伝えるジーネボリス帝国の皇帝家にとっても、天使の乙女を一族に迎え入れる事は、大変な名誉なのであった。


 それでも、エリーエルが農民の親から生まれた天使であったなら、皇子の婚約者に選ばれる可能性は低かった筈だ。

 だが幸か不幸か、彼女は稀な天使の中でもさらに稀な、貴族生まれの天使であった。

 貴族社会の至宝とも呼ぶべきエリーエルは、これからその最高位の身分に就こうとしているらしい。


 「師匠、僕は兎も角、師匠が伯爵様に呼ばれた理由って、もしかして……」


 皇帝の退位、新皇帝の即位、若い皇子の婚約者選定。


 これからジーネボリス帝国の歴史の転換点になるであろう出来事が起こる、と予想されている時に、クレイム伯爵は正体を隠した『ニンジャハイマスター』を、帝都に呼んだのだ。


 「もしかしなくても、『あの』お嬢様絡みの何かだろうな……」


 ライガも面倒臭そうに口元を歪めると、ガシガシと片手で頭を掻いた。


 二人共、悟ったのである。

 この呼び出しが、ただの帝都観光では終わらないであろう事に。


 厄介事の種は、何処にでも転がり生えて来るのであった。 

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