不信感、そして
三日後、高橋たちはホテルを訪れた。そこには、グレーのスーツを着た男性が高橋たちを待っていた。
「どうも。大阪府警の警部、高橋です。M.T探偵事務所の所長で間違いないですか?」
「あなたが高橋警部ですか? はじめまして、私、こういうものです」
そう言って彼は名刺を渡した。名刺には宮脇達也と書かれていた。
「えぇ、よろしくお願いします」
高橋はそう言いながら椅子に座り、宮脇の方を見た。
「いきなりですみませんが、あなたの事務所は東京にあるはずですよね? どうして大阪に来たんですか? 」
「ええ、相園遥佳さんからの依頼で、彼女のクラスメイトの居場所を調査をするために来ました」
宮脇は表情を変えず答えた。高橋はその言葉を聞いて眉をひそめた。
「そうですか。それで、あなたはどこまで知っているんですか?」
「……実は、まだ分かってないのです」
「……」
高橋は宮脇の目が泳いだことに気づいた。だが高橋はそれに反応せず、あえて聞き流した。
「……そうですか、まだ分かってないのですね。であればあなたは、相園遥佳さんが死亡したとことも知らないでしょう」
高橋はそう言うと、宮脇は身を乗り出して大きな声で言った。
「なんですって? 相園さんが死んだ……?」
高橋はそれを聞いて違和感を覚えた。明らかにわざとらしい、演技のような言動だった。だが高橋は話を続けた。
「……ええ、そうです。私たちは首吊り自殺とみています。あなたはご存じなかったのですか? 」
「そうですか……」
宮脇は悲しげな表情を浮かべて、俯いたまま喋らなかった。程なくして、宮脇は立ち上がり口を開いた。
「すみません、用事がありますのでここで失礼します」
宮脇はそそくさとホテルを出た。高橋たちも少し経ってからホテルを出た。
「……まさか、俺に演技が通用するとでも?」
高橋がそう呟くと、部下が不思議そうに聞いてきた。
「演技、ですか?」
「あぁ、おそらくあいつは大体のことを知っているはずだ。だがそれ言わないように、ばれないように演技したんだ。そしてあいつは、俺たちが知らないことも知っているはず。何としても話してもらわないとな」
高橋はそう言うと、足早に本部へと帰った。
数日後、高橋の部下が部屋に入ってきて報告した。
「高橋警部、たった今、鑑識課から連絡が入りました。警部が公園で発見した髪の束の精密検査が行われましたが、やはり事件関係者の誰のとも一致しませんでした。」
高橋は目を見開いた。
「どういうことだ? ならあれは、誰の髪だったんだ? そしてあの髪とはさみは一体……」
高橋は疑問を抱いていたが、すぐに思考を切り替えた。
「……今は、まだ分からないことだらけだ。だが、いずれはわかるさ」
高橋はそう呟くと、もう一度宮脇に電話をかけた。
「もしもし、宮脇さん。まだ大阪にいらしゃいますか?」
『はい、いますけど。何か?』
「また話を聞きたいので、あのホテルで会えますか?」
『えっと、三日後の十四時からなら大丈夫です』
「よし」
高橋はその約束を承諾し、電話を切った。その後、宮脇と会うまでの間、事件の概要をまとめるために奔走した。
三日が経ち、高橋はホテルへと向かった。そして約束の時間にロビーへ行き、宮脇に会いに行った。だが、宮脇の顔は腫れており、絆創膏がいくつか貼られていた。
「どうも」
「その傷は?」
「……どうかお気になさらず」
宮脇はそう言いながら苦笑した。高橋は少し表情を和らげ、軽く頭を下げた。
「それでは、早速ですけど、こちらを」
高橋は写真付きの書類を宮脇に見せた。
「これは相園さんの携帯電話の着信履歴です。事件発生当日、あなたは相園さんに電話をかけていたようですね。これについて、話を聞かせてもらえますか?」
宮脇はしばらくうつむいていたが、しばらくしてゆっくりと話し始めた。
「……まず、私は数週間前、相園さんに電話しました。そのとき彼女は、私についてきて大阪に潜んでいました。稲崎さんにすぐ会えるようにです」
高橋はそれを聞いて不思議に思った。なぜ彼女のクラスメイトと会った後に首を吊る必要があったのだろうか? 高橋は疑問を覚えたが、すぐに頭を切り替えた。
「そうですか。それでは、もう一つ聞きます。一週間前、私にはあなたが嘘をついているように見えました。私の勘違いなら申し訳ありませんが、今一度お聞きします。あなたは、相園遥佳さんが死んだことを知っていたんですか?」
「……はい、知っていました。それに、クラスメイトの稲崎悠華さんの居場所も知りました」
宮脇は俯きながら言った。高橋はそれを聞き、驚いて目を見開いた。
「……それは一体どういうことでしょう? あなたは数日前、何も知らないと言いました。ですが今、相園さんが死亡したこと、そして、あなたの言う稲崎さんの居場所を知っていると言った。いったいなぜ?」
高橋はそう質問すると、宮脇は顔の傷に触れながら答えた。
「私は、相園さんが探している『稲崎悠華』さんという人物が気になっていました。本当にあの大事件の関係者なのか、ただの同姓同名の一般人だったのか。それを調査するために、私は稲崎さんの後をつけていました。ですので、私は警察に調査の邪魔をされないように、一週間前は知らないと演技しました。ですが昨日、稲崎さんと一緒にいた男の人に襲われました。あの人は突然後ろから傘で殴ってきて、『彼女に近づくな』と言ったあと、顔を殴ってきました。私が抵抗すると、あの人はナイフを突き出してきまして、とても怖かったです。幸い私はすぐに逃げたので殺されずに済みましたが、次に稲崎さんと会うと殺されそうな気がして、それが怖かったので、私は知っていることは話さなければと思ったんです」
高橋は頷きながら聞いていた。
「……わかりました。それでは最後に二つお聞きします。一つ目、あなたの言う稲崎さんとは、相園さんとはどういう関係かはご存じですか?」
「……稲崎悠華さんは、相園さんのクラスメイトです。本人はそれ以上でもそれ以下でもないと言っていました。ですが、親しい友人ではない可能性が高いです。なぜなら、相園さんは稲崎さんのことを話すとき、まるで死んだ魚のような目をして話していたので……」
高橋は宮脇の話を聞きながらメモを取った。
「では二つ目です。あなたが最後に稲崎さんを見たのはどこですか?」
「大阪県内のどこかとしか……。それ以上は分かりません」
「分かりました…………。それでは、失礼します」
高橋たちはホテルを後にした。帰る途中で、部下が高橋に話しかけてきた。
「あの、先ほど宮脇さんは、"稲崎悠華"と言いましたよね?」
部下は彼女の名前を知っているかのように話したが、高橋は知らなかった。高橋は部下に尋ねた。
「あぁ、確かに言ったが……。何か知ってるのか?」
「あくまでマスコミの情報ですが……。確か霧黎商業学院高校全焼事件の犯人の名前は、稲崎悠華と報道されていました」
「……なんだと?」
高橋は部下の言葉に衝撃を受けた。高橋は急いで部署に戻り、警視庁に電話をかけ事件の詳細を聞いた。警視庁からの情報によると、一年半前に起きた霧黎商業学院高校全焼事件のあと、行方不明となった稲崎悠華という女子生徒を捜索していたが、捜査は行き詰まっており、現在彼女の所在は不明であると言った。
高橋は電話を切ったあと、すぐに部署のドアを開けた。外には部下がいた。
「頼みがある。相園さんと稲崎の関係を詳しく調べてくれ。何かあるはずだ。俺はもう一度相園さんの遺体を確認してくる」
「は、はい。承知しました」
部下は高橋の命令に従って調査を始めた。その間、高橋は相園の遺体を改めて検視した。すると彼は違和感を感じた。
「これは……」
相園の首に残っていた首吊り痕は、ロープでできたものではない、絞殺に近い痕がついていた。高橋は相園が何者かの手によって殺されたことを確信した。彼は部下に会いに行った。
「相園さんは自殺じゃなくて他殺だ。犯人は稲崎悠華かもしれない。早く彼女の居場所を突き止めなければ」
「本当ですか? でも、なぜその結論に?」
「相園さんの首に残っている痕跡が、ロープでできたものではなく、人の手によって絞め殺されたようなものだった。それにもし……。もし相園さんと稲崎が敵対関係にあったのなら……」
そのとき、高橋の公用携帯電話が鳴った。上からだった。
「はい、高橋です」
『高橋君? 今さっき警視庁さんから電話があったよ。何でも、霧黎商業学院高校全焼事件の事件担当者だそうだ。戻ったら電話して』
「……!」
高橋は電話を切ると足早に本部へと戻ろうとしたが、空はすでに暗くなっていたせいか、道は渋滞が続いていた。高橋はどうにかして本部に戻ったあと、警視庁に電話をかけた。
「すみません、遅くなりました」
『いえいえ。初めまして高橋さん。警視庁の"徳本"と申します。あなたは霧黎商業学院高校全焼事件のことについて電話したそうですね』
「はい、そうです」
『私はその事件の調査を担当していました。もし必要な情報があれば、出来る限り提供させていただきます』
「ほ、本当ですか?」
『はい。まず稲崎悠華について話しましょう。彼女は霧黎商業学院高校の生徒でしたが、事件のあと姿を消しました。私たちは彼女を捜していますが、まだ見つかっていません』
「そうですか……。実は、私は少し前、大阪で"相園遥佳"という女性の死体を発見しました。彼女も霧黎商業学院高校の生徒でした。そして彼女は稲崎悠華と何らかの関係があったようです」
『相園遥佳……。それは本当ですか!?』
受話口から音割れ寸前の声が聞こえてきた。高橋は思わず携帯を耳から離した。
『す、すみません。大きな声を出してしまいました』
「いえいえ。失礼しますが、あなたは相園遥佳さんをご存じだったのですか?」
『ええ、一年ほど前、私は霧黎商業学院全焼事件で被害に遭わなかった彼女に事情聴取を行いました。ですが、彼女は声を荒げながら稲崎のことを非常に悪く言っていました。遊んであげたと言いながら、いじめを行っていたんです。ですので私らは稲崎と相園は敵対関係にあったと考えていました』
「なるほど……。では、相園さんについて詳しく教えてください」
『すみません。相園さんについては稲崎悠華のクラスメイトだったこと以外分かっていません。それに、彼女は稲崎のことを聞いた後、怒ってどこかへ行ってしまいましたから……』
「そうですか。すみません、お忙しい中ありがとうございました」
高橋は電話を切った後、頭を抱えた。相園と稲崎の間に何かがあったことは確かだ。だがそれは、もしかしたらただの敵対関係ではない、もっと複雑な何かだと考えた。高橋は悩みながら自分の席を立ち、暗くなった窓辺の近くでコーヒーを淹れ始めた。時計はすでに夜の十二時を回っていた。そのときだった。誰かが110番通報をしたのか部署の固定電話が鳴り響いた。
「はい、高橋です」
『高橋警部か? 今明治下町から通報があった。何者かが銃を発砲したらしい。至急現場に向かってくれ』
「分かりました」
高橋は電話を切り、急いで現場へと向かった。明治下町の現場についたとき、道路には警察車両と救急車が止まっていた。高橋は近くにいた警官に話を聞いた。
「何が起きたんですか?」
「何者かがここで銃のようなものを発砲しました。それで、ここ周辺にいた若者が撃たれて……。まぁここは居場所のない若者が集まって……。その……"買春行為"やらが頻繁に行われてる、特に治安のよくない場所なので……」
警官の話を聞いているうちに、高橋は嫌な予感がした。一刻も早く現場を見てみなければならないと思い、高橋はあたりを見渡した。そのときけたたましい音が鳴り響いた。
「何の音だ?」
高橋は音の鳴った方向に走りだした。そこには、金髪の若者が倒れていた。高橋はその男に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
男の状態は深刻で、胸のあたりから血が流れていた。警官もすぐに駆け付け、救急車を呼んでいた。
「あのクソ野郎……」
男は脇腹を押さえながら苦しそうに何かを言っており、あまりの痛みに立っていられないようだった。
「すいません、その人はどこにいるかわかりますか?」
高橋が男に尋ねると、男は震える手で暗い路地を指さした。高橋はその方向へと足を進めた。たどり着いた場所では、若い金髪の男性一人と、若い赤髪の女性二人が黒髪の男性を囲んでおり、うち一人の女性は黒髪の男性に拳銃を構えていた。高橋は自分のせいで相手が暴走することを防ぐために、すぐに駆け寄れる場所に隠れてやり取りを見て聞くことにした。
「てめぇ、よくも私たちの居場所を荒らしやがって……!」
赤髪の女性が涙を流しながら黒髪の男性を怒鳴りつけていた。他の二人もそうだと言わんばかりに真剣な表情をしていた。
「いきなりやってきて、ここを荒らして……。そして私の彼を撃って……。覚悟はできてんだろうな!?」
女性がそう言うと、他の二人は黒髪の男性が逃げないように女性の隣に並んだ。女性は引き金に指をかけ、今にも発砲しそうだった。
『まずい……』
高橋はそう考えて飛び出そうとしたが、その前に女性が男性に向かって引き金を引いた。だが弾切れの音が虚しく響いた。
「……うそでしょ?」
女性が動揺して声をあげると、黒髪の男性が鞄から拳銃を取り出して構えた。
「!?」「!?」「!?」
「やっぱり人間ってクソ野郎だらけだな。いや俺も大概か……」
「クソ野郎はてめぇだろ……!」
男性の発言に腹を立てた女性は、再び引き金を何度も引いた。だが弾が出ることはなかった。それを見た黒髪の男性は引き金を引き、女性の頭を貫いた。その刹那、金髪の男性ともう一人の女性の胸と腹を貫いた。
「な……!?」
高橋は少しの間驚いていたが、すぐに黒髪の男性の前へ飛び出した。
「おいお前! 一体何をしているんだ!?」
「……やば」
黒髪の男性はそう静かにつぶやき、拳銃を構えた。高橋も拳銃を構えようとしたが、その前に太ももを撃たれてしまった。
「うっ! くそっ……!」
高橋は倒れた込んだが、なんとか拳銃を構えて黒髪の男性に向かって銃口を向けた。だが男性は既にその場から消えていた。
「うぅ……」
高橋が痛みにうめいていると、通報を受けた部下が駆けつけてきた。
「高橋警部! 大丈夫ですか!?」
「……俺のことはいい。ヤツを追ってくれ。若い黒髪の男で、薄汚れた服を着てる」
部下は119通報をしたあと、夜の空を見上げて深呼吸をした。そして犯人を追うため暗闇の中へ走っていった。