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灰色の記憶と紅い秘密  作者: 天音タク
11/11

赤黒く染められて

 

「また雨だ」

「うん。雨は好き。でももう浴びたくない」

「はぁ、着くまでは大丈夫だったのに」


 武和と悠華は廃ビルの中で雨をしのいでいた。時刻と天気も相まって、夕方にもかかわらず空は暗くなっていた。


「とりあえず着替えて。そのあと洗濯する服をまとめて、コインランドリーに行って、待ち時間でシャワーを浴びに行こう」


 二人は着替えたあと、洗濯する服を袋に入れて外に出た。


「ちょうど止んでる。今のうちに行こう」

「はい」


 二人はそれぞれの洗濯物の入った袋を持って外へ出た。傘をさして歩く民衆の間を抜け、一番近くのコインランドリーへ向かった。


「全然人がいない、よかった」

「ちょっと待って武和。この近くにコインランドリーが併設されているネットカフェがあるみたいです」

「本当に?」

「はい、ここから三百メートルほど先にあるみたいです」


 悠華は携帯を見ながらそう言った。武和も悠華の携帯を覗き込んだ。


「うーん、そっちの方がいいかもしれないな。行こう」


 二人はそこのコインランドリーを離れて、ネットカフェに向かって歩き出した。


「あ、雨……」

「……またか、あとどのくらいで着く?」

「えっと、その角を曲がればもう着く、ので」


 二人は走って角を曲がり、そして建物に入った。


「受付は、向こうだね」

「……」


 武和と悠華は受付に向かった。受付で店員が挨拶をした。


「いらっしゃいませこんばんは。会員証はお持ちですか?」

「えっと、これですかね」


 武和は会員証を見せた。


「はい、大丈夫です。そちらの方は? ……ありがとうございます」


 悠華も会員証を見せた。店員はそれを確認して、空席の確認をしに行った。別々の部屋なら今すぐに用意できると言われた。武和と悠華は別々の部屋にし、案内表に書かれている番号の部屋に向かった。


「来る前にここの会員登録をしておいてよかったね。……コインランドリーは二階のエレベーターを出てすぐにあるみたい。あとで合流しよう」

「……はい」


 二人は部屋に入り、個室のドアを閉めた。


『はぁ、ちょっと喉が渇いたな……』


 武和は飲み残してあった水を飲み干し、ゴミ箱に捨てた。そして悠華を呼びに部屋を出て、悠華のいるであろう部屋をノックした。


「悠華ちゃん、準備ができてるのなら早めに行こう。ほかの人がいるかもしれないから」

「はい、ちょっと待ってて」


 それから少しして、悠華が出てきた。だが、武和から見た悠華は少し悲しげな表情を浮かべていた。


「悠華ちゃん? 大丈夫?」

「あ、えっと……。ごめんなさい、少し寒気がしてて……。でも大丈夫だから、心配しないでください」

「悠華ちゃん……。先にシャワー浴びてきていいから。とりあえず、行こう」


 二人はエレベータ四ーで二へ上り、コインランドリーに向かった。コインランドリーには洗濯機と乾燥機がそれぞれ四台ずつあった。幸い、洗濯機と乾燥機は一台も動いていなかった。二人は洗濯物を別々の洗濯機に入れて、百円玉を三枚投入した。


「えっと、先にシャワーに行ってきて。洗濯物は俺が見ておくから」

「……はい。ごめんなさい」


 悠華はコインランドリーを後にして、シャワールームに向かっていった。


「悠華ちゃん、風邪でも引いたのかな……」


 武和は一人そう呟きながら、二つの洗濯機の残り時間を見た。あと二十七分だった。武和は洗濯機の側にある椅子に座って、小さな窓の外を見た。雨はまだ降っていて、道路にできた水たまりは光を反射していた。武和はしばらく黙っていた。


 しばらくして、悠華がシャワーから戻ってきた。顔色は少し良くなったように見えた。


「ごめん、待たせちゃったかな?」

「いや、俺は大丈夫、だけど……。悠華ちゃんは大丈夫? なんだか、いつもと違うみたいだけど」

「あ、うん。やっぱり、武和に隠し事はできないかな……」


 悠華は武和の隣に座って話し始めた。


「もしかしたらここ最近、雨に打たれ過ぎたせいかもしれないです……。それでもしかしたら、風邪を引いたかも」

「……じゃあ、洗濯と乾燥が終わったら帰ろう」

「そうですね……」


 武和は洗濯機の残り時間を見た。残り五分だった。その五分が終わる前に、武和は悠華の洗濯物が入っている洗濯機の扉を開けた。


「もう十分洗えたはずだから、乾燥機に入れよう。……急いだとしてもあと二十分はかかるだろう、けど」

「……」


 悠華は何も言わずに自分の洗濯物を乾燥機に入れて、百円玉を二枚投入した。武和も自分の洗濯物を乾燥機に入れ、百円玉を二枚投入した。


「……」

「……」


 その後、二人は何も話さずに、乾燥が終わるのを待った。


 二十分後、二人は乾燥機からそれぞれの洗濯物を取り出して袋に入れた。そして二人はコインランドリーを後にし、受付でビニール傘を買い料金を払って外に出た。


「早く帰ろう」

「……」


 悠華は何も言わず、小さな体を小刻みに震わせていた。武和は何かしようかと思ったが、何をするべきかが分からなかった。悠華は傘を差し、武和は傘を差ささずに歩いた。五分ほどして、隠れ家としている廃ビルに戻ってきた。悠華は傘を畳んでビルに入り、武和もそのあとについて入った。そして階段を上がり、最上階にある空き部屋に入った。


「……寒い」

「悠華ちゃんは休んでて。買い物は俺一人で行ってくるから。体、冷えないようにしといて。洗濯したブランケットがあるから、大丈夫だと思うけど……」

「……ごめんなさい」


 悠華はそう謝って床に寝ころんでブランケットを体にかけた。武和はその様子を見たあと、空き部屋から出て行った。雨は止んでいた。


 武和は近くのスーパーに向かうことにした。スーパーに着くと、そこで五キログラムの米と菓子パンに、もやしとうどん麺、缶詰と固形燃料、そして風邪薬をかごに入れ、そしてレジで支払いを済ませてスーパーを出た。そして買い物袋を持ってゆっくりと廃ビルへの道を歩き出した。そして廃ビルのある路地に入った、――そのときだった。


「ちょっとちょっと、そこのお兄さん?」


 武和は横目で後ろを見ると、一人の男が立っていた。その男は髪の一部を金色に染めて、耳にはピアスを開けていた。


「ちょっとさ、お願いがあんだけど……」

「……」


 武和は黙っていた。ただ、早く帰りたかった。


「あんた、女には興味ないか? 楽しいことしないか?」


 武和はその男の言葉を無視し、再び歩き出した。しかし、男はしつこく話しかけてきた。


「女だよ、女。すぐそこに可愛い女の子がいるんだ。すごくかわいいぞ? 今なら少し安くしてくれるってさ」

「……」

「頼むよ、あんたに断られたらあの子が危ないんだ。俺たちやあの子が生きるにはこうするしかないんだ。だから、な?」


 男はそう言って武和の肩に手をのせる。だが武和は反射で置かれた手を強く振り払ってしまった。


「あ? 俺に逆らう気か? って、よくみたらあんた、すっげぇ弱そうな身なりだな! 大けがしたくなかったら、ごめんなさいと言いな。そうしたら見逃してやらんこともない。おっと、助けを呼ぼうなんてしても無駄だ。ここにはあんたを助けてくれるような人は来ない」

「……」


 武和は男の暴言を聞いて恐怖を感じた。心臓の鼓動は早くなり、手は震え、呼吸は荒くなっていた。そして男はしびれを切らしたのか、武和の首を掴んで持ち上げた。


「うわ軽っ、それに臭っ。……ちっ、これが最後のチャンスだ。ただ一言、『ごめんなさい』と言いな」

「……ごめ――」


 男は武和の首を掴んだまま、地面にたたきつけた。そして素早く立ちあがって武和の腹を蹴った。


「ぐぁ……。さっき、ごめんなさいって……」

「あぁすまん、聞こえなかった。耳が悪いもんでな。ぼそぼそと言ってもらっちゃ聞こえないんだ。だから、もう一回だけチャンスをやる。『ごめんなさい』と言いな!」

「う……。ごめんなさ――」


 武和はなんとか声を絞り出そうとしたが、男は舌打ちをして武和の顔を踏みつけた。


「聞こえねぇっつってんだよ! 言いたいことががあるならもっと大きな声で言いな!」

「…………」


 武和は何とかして声を出そうとしたが、それは恐怖と痛みの感覚に邪魔されて何もできなかった。男はため息をついて武和を壁に叩きつけ、首と髪を掴んだ。


「……いや、もういいや。あんまりやりすぎるとサツに見つかっちまう。だからこのくらいにしといてやる。その代わり、こいつはもらっていくからな」


 男は武和が持っていた買い物袋の中身を見た。そして中身を確認した後、それを持って立ちあがった。武和は壁にもたれかかったまま、男を目で追った。


「ひとつ言っておく。ここは弱肉強食の世界だ。悔しかったら強くなるんだな。じゃあな雑魚」


 男はそう言って、武和の前から立ち去っていった。武和は痛みを我慢するのに精一杯だったが、次第にふつふつと怒りが湧いてきた。武和はポケットから拳銃を取り出して静かに立ちあがった。そして小さくなっていく男の背中に向かって銃口を向けた。


「はぁ……、はぁ……」


 武和は拳銃を構えたまま、荒くなっていた呼吸を徐々に沈めて行った。同時に、痛みがなくなっていくのを感じた。武和は両手で拳銃を構え、男に向かって引き金を引く。

 その瞬間、静寂は引き裂かれた。弾丸は男の左膝をとらえ、そして突然の衝撃に倒れた。


「ぐぁああっ!」


 武和は拳銃を下げて、ゆっくりと男に近付いた。男は悶絶し撃たれた左膝を押さえながら武和のいた方を見た。


「この、クソ野郎が……! 卑怯だぞ!!」

「……」


 武和は黙ったまま男のそばに立ち止まった。


「おい、何する気だ……!!」


 武和は拳銃を構えなおし、男の右足を狙って撃った。血は地面に小さな溜まりをつくり、男は悲鳴を上げて悶え苦しんだ。


「うわああああああっ! ああああっ!」


 痛みに苦しむ男を見た武和は、ただ哀れだと思いながら銃口を頭に向けた。


「はぁっ! ああっ! クソ! なんとか言えよ! 卑怯者が!!」

「……弱者が強者に勝つ方法を知ってるか? ――相手の不意を突くこと。そして、相手よりも強い武器を使うこと」


 武和はそう言って引き金を引いた。銃口から発射された弾丸は眉間を貫き、男は完全に地面に倒れた。


『あと二発か』


 武和はリボルバーをポケットにしまい、男の手から買い物袋を取り返した。そして俯きながら歩き出した。次第にまた痛みが走ってくるのを感じる。その痛みを我慢しながら、武和は廃ビルへの道を歩き始めた。



「……さっきの音、爆竹かエアガンか?」

「さあわかんない。でも私のかれぴがいた方向から聞こえた気がする。私のために脅してまでお金をもらおうとしたのかな?」

「……お前まさか、あいつががそんなことをしないと金が取れない弱っちい男だと思ってたのか? お前はあいつの彼女なんだから、彼氏を下げるのはやめなよ」

「いや、待って、違うの。私、そんなつもりじゃなくって……。え? え? え?? なんで!?!?」

「え……、これは、一体……?」


 二人は倒れている男のもとへと駆け寄った。その男は武和が殺した人。その人の額と膝元からは血が滴り落ち、それが鼻を突くにおいを放っていた。


「うわっ、この匂い……」

「……嘘、でしょ? ……嫌、嫌! ダメ! 待って! 私の……!! うわあぁぁぁぁっ!!」

「どうしよう……、救急車呼ぶ?」

「……ダメ。救急車を呼んだら警察も来るでしょ? そしたら私たち……、私たちの居場所がなくなっちゃう……」

「だからって、お前はこいつを見殺しにできんのかよ!? 彼氏だろ!? 恋人だろ!? ……誰か、いないのか?」


 あたりを見渡すと、視線の先に背筋を曲げながら歩く人影が見えた。


「あいつ、まさかあいつがこいつを! ……来るんだ!」


 二人は手を取り合って立ち上がり、その人影を追いかけた。そして路地の先にいた人物の背中を捉えた。


「おい待て、あんた!」

「……!」


 武和はその声を聞くと同時に走り出した。


「逃げた!? やっぱりあいつが……」

「あぁ、間違いない、追おう」


 二人がそう言った瞬間、武和は走りながら拳銃を取り出し、発砲した。だが弾丸は大きく外れ、街灯を割った。そして武和はまた引き金を引いた。弾丸は男の脇腹に命中した。


「ぐぁっ!」

「きゃっ!?」


 その悲鳴を聞いた武和は、路地を曲がり暗闇の中に逃げ込んだ。


「大丈夫!? 撃たれたの!?」

「……オレのことはいい、奴を追ってくれ。大丈夫、ここにはオレの仲間がいるはずだ」


 コウキがそう言うと、金髪と赤髪の男が出てきた。二人は撃たれた男に駆け寄った。


「大丈夫か?」

「……その血は?」

「あぁ、多分撃たれた。でもいまはオレのことはいい。まずは、オレを撃った奴を捕まえてくれ。どうしようもない時は、奴を殺してもいい」

「おっけ。行こう、奴を捕まえに」


 三人は武和を追うため走り出した。


「ここを右に行けば先回りできる。後ろは私たちに任せて」

「うん、ありがとう。私、絶対にあいつを許さないから」


 その女は二人に礼を言ったあと、人が一人通れそうな細い道へ入った。

 少し走った後に道を抜けると、ちょうど武和が横から出てきた。彼女は全力で走って武和に思いきり体当たりした。武和は衝撃でよろけ、地面に倒れた。そして手に持っていた拳銃を落としてしまった。

 彼女は転がり落ちた拳銃を拾い上げ、武和に向けた。

 それと同時に二人の男女も合流した。


「男の人、そいつを押さえて」


 金髪の男は武和を羽交い絞めにしようと近づいた。


「うわっ、こいつくっせぇな。こっちの鼻がやられちまう」

「我慢して」

「いや、ちょっとこれは……。無理かもしれん」

「じゃあこいつが逃げないように囲んでて」


 そう言うと、男は武和から離れ、武和が逃げないように囲んだ。その後、女は武和に拳銃を向けたまま話し始めた。


「てめぇ、よくも私たちの居場所を荒らしやがって……! いきなりやってきて、ここを荒らして……。そして私の彼を撃って……。覚悟はできてんだろうな!?」

「……」


 武和は黙ったままポケットに手を入れた。その行動がさらに彼女の怒りを加速させた。


『こいつ……、舐めやがって……!!』


 女は武和の顔を目がけて引き金を引いた。だが弾丸は飛ばず、鈍く乾いた音だけが響いた。


「……うそでしょ?」


 彼女が弾の出ない拳銃を一瞬見たその隙に、武和はもう一つの拳銃を取り出して構えた。三人はそれを見て驚いた。


「やっぱり人間ってクソ野郎だらけだな。いや俺も大概か……」

「クソ野郎? クソ野郎はてめぇだろ……!」


 女は怒りを抑えきれず、何度も引き金を引いた。だが弾丸は一発も出なかった。

 そして武和はそのまま女の頭を撃ち抜き、銃口の向きを変えて金髪の男の胸を撃ち、また銃口の向きを変えて赤髪の男の腹を捉えた。三人はその場に倒れた。


 武和は拳銃を下ろし、呼吸を整えた。だが休む間もなく、また人が現れた。


「おいお前! 一体何をしているんだ!?」


 暗くて見えにくいものの、身なりは警察のようだった。


「……やば」


 武和は躊躇うことなく拳銃を構えて発砲した。そして弾丸が警察官の太ももに命中したことを確認し、すぐさま立ちあがって逃げた。


『まずい、このままじゃ捕まる。逃げ切らないと……』


 武和は追っ手を撒こうと建物と建物の間にある細い空間を抜け、暗い路地裏を駆ける。そして次第に自分以外の足音が聞こえなくなっていった。それでも武和は走り続けようとしたが、横腹の痛みに耐えきれず、電柱に手をついて息を整えた。

 武和はショルダーバッグから携帯電話を取り出し、地図を見た。


『あ……。逃げることだけ考えてたから分からなかったけど、もう悠華のいるビルに近いみたい。ここまで来れば……』


 武和は携帯電話をポケットにしまい、前と左右、後ろを何度も確認して再び走り出した。そして一分ほど走って、廃ビルの裏口へと辿り着いた。武和は裏口を開けて中に入り、最上階まで階段を駆け上がった。そして隠れ家としている部屋の位置を確認してドアを開け、そして素早く閉めた。

 そのあと、武和はドアにもたれかかって座り込んだ。そして荒くなった息を整えながら目を閉じた。少しして、今まで感じなかった痛みが武和に襲い掛かってきた。武和はそのまま玄関に倒れこんでうずくまった。目には涙がにじんだ。



 数十分後、武和は体を起こそうとした。痛みはあるが、先ほどよりはかなりましだった。武和は買い物袋を持って部屋の中に入った。悠華は静かに寝ていた。武和は悠華の枕元に風邪薬と水を置き、隣の部屋に入って倒れこむように眠りについた。

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