さて、それでは買い出しに向かうとしましょう。
「それではボボさん、よろしくお願いします」
「ボ」
「ワンさんは、しばらくお留守番をお願いします。煉瓦を買ってくるだけですから、すぐに戻りますよ」
「クゥン……」
わたしの言葉に対して、ワンさんが不安そうに目を細めています。
ただ行きつけの村に行くだけですから、そんなにも心配なさらなくても良いと思うのですけど。危険な場所に行くわけではありませんからね。
そんなに心配ならワンさんも一緒に、と思ったのですが、ボボさんがさすがに乗せられない、と仰いました。ワンさん、わたしの何倍も大きいですからね。ボボさんの背中は重量オーバーであるようです。
「ボ!」
おうちから出たボボさんが、形態を人型から竜型に変えました。
人型の姿は、二足歩行の腕が長い蛇のような見た目でしたが、竜型になるとまさしくドラゴンのような見た目になります。色は銀色です。体の大きさだけなら、ペスさんより大きいかもしれません。まぁ、ペスさん若いらしいですからね。
このように人型と竜型に変身できるのは、それなりに経験を積んだドラゴン属だけだそうです。サラマンダーのペスさんはまだ出来ないらしいので、やはり若いということでしょう。
「ボ」
「では、お背中失礼しますね」
「ボ」
「クゥン……」
わたしが背中に乗った瞬間に、ふわり、とボボさんの体が浮きます。
翼は動いておりません。わたしも詳しくは聞いておりませんが、ドラゴンの翼は方向転換に使われるくらいで、飛行そのものは魔力で行われるのだとか。ですから、背中に乗っても安心楽ちんなのです。
ですが、ペスさんより背中が広いと感じるからか、乗り心地は非常に良いですね。ほとんど揺れません。こういうのも年季の差なのでしょうか。
「ワオン! アオーン!」
「はーい。大丈夫ですよー!」
ちゃんと無事に帰ってきてくださいよー! とワンさんが叫んでいます。
そんな風に言われなくても、ちゃんと無事に帰ってきますよ。わたしの帰る家、ここだけですから。
「わー」
「ボ」
「ボボさんの背中に乗るのは初めてですが、すごく早いですねー」
「ボ。ボボ」
「あ、はい。前はペスさんの背中に乗らせてもらいました」
「ボ」
「そうです。サラマンダーのペスさんです。早さですか? いえ、それは分かりませんけど」
サラマンダーより私の方が早いぞ、とボボさんがドヤ顔をしています。
わたしにとっては、どちらも早いので甲乙つけようがないのですけども。
むしろわたし、「サラマンダーより、ずっとはやい!」とか言った方が良かったのでしょうか。
「あ、森を越えたあたりで下ろしてもらえると助かります」
「ボ」
「村までは歩いて行きますよ。さすがに、ボボさんがティガス村に行くと騒ぎになりますし」
「ボ……」
「人型でもダメです」
ボボさんも、わたしの護衛が……と言っております。
せめて村に行くなら人型に変身するから、とも仰っておりますが、ボボさんが人型になっても魔物感は変わりませんからね。結局、騒ぎを引き起こすことにしかなりません。
「旦那様は、いつも森の入り口で待っていてくださいますから。ボボさんも入り口で待っていてください」
「ボ……」
渋々、ボボさんは頷いてくれました。
そして暫く飛行してから、森の入り口に到着しました。旦那様の肩に乗っていくと結構時間がかかるのですが、空をひとっ飛びすると物凄く時短になりますね。
ゆっくりとボボさんが降りてくれて、わたしも背中から降りました。
「それでは、こちらで待っていてください。このまま村に向かいますので」
「ボ」
「そんなに時間はかかりませんから」
うふふ。
ワンさんといいボボさんといい、心配症ですね。あ、でもなんとなく、その心配症の理由は分かります。わたしに傷でもついた日には、旦那様が物凄く怒るからみたいですね。
以前、ワンさんが護衛をしてくださっていた日に、わたしが包丁で自分の指を切ったとき、何故かワンさんが怒られていました。さすがに止めましたけど。あくまで怪我をしたのは、わたしの不注意でしたし。
「では、行ってきますね」
そしてわたしは、どんな窯を作ろうかな、とうきうきしながらティガス村へ向かいました。
「こんにちは」
「ああ、森の奥さん。こんにちは」
いつものお店――『エルドリッド雑貨店』のクラークさんが、わたしを迎えてくれました。
ここに来ると、いつも『奥さん』と呼ばれるので気分がいいです。ユースタス様、呼んでくれませんでしたし。
「いつもより早いね。いやぁ、助かったよ森の奥さん。森の奥さん印の炭が、もう売り切れちゃったんだ」
「えっ……」
「それで、今日はどれくらい炭を……」
「あ、申し訳ありません。今日は炭を持ってきていなくて」
普段は七日に一度しか来ない『エルドリッド雑貨店』ですが、そういえば買い出しに来たのは三日前でしたね。
とはいえ、旦那様もあの日から炭焼きを行われておりませんし、炭は納品できないんですよね。
ですがわたしの答えに対して、クラークさんは残念そうに眉を寄せました。
「ああ、そうだったのか。いや、勘違いしてすまない。実は森の奥さん印の炭が昨日飛ぶように売れて、今日も何人か求めに来たのを断ったんだよ」
「そうだったのですか。申し訳ありません」
「いや、それはこっちの事情だから。じゃあ今日は、普通に買い物に来たのかい?」
「はい。実は煉瓦を買おうと思っておりまして」
雑貨店の店内には、煉瓦らしきものはありません。
まぁ、煉瓦って雑貨というより、建材ですからね。
「煉瓦かぁ。それなら、三軒向こうの『ルー建材店』で売っていると思うよ。何なら、代理で交渉しようか?」
「よろしいのですか?」
「ああ。今は客もいないからね。それに、騒ぎがあってみんな家の中に閉じこもってるんだよ。だから、奥さんが行っても開けてくれないかもしれないんだ」
「……騒ぎ、ですか?」
「ああ」
はぁ、とクラークさんが大きく溜息を吐きました。
そして、そのときに考えていた景色が、わたしの目にもちゃんと見えました。
「ウルーシュ大森林の方に、ドラゴンが現れたらしいんだよ。それも、こっちの方角に向かってる姿を確認したらしい」
「……」
「だから、村人は一時的に自宅に避難するように指示があってね、おかげで、店も閑古鳥だよ」
「……」
申し訳ありません。
それ、多分ボボさんです。