ep.7 42番地へ
見上げれば、空はまるで、キャンバスの下地のようにいつの間にか白になっていた。視界を遮るものはなく、ただ痩せ細った枯れ木の枝が景色に添えられている――。
出会った老人の案内で、ハインとクラウンは除雪された林道を歩いていた。
乗っていた大型魔輪は、不安定な道のりを考慮して、とりあえず置いてきた。なるべく早くに取りに行きたいものだが、それもこの老人の足並みに揃えているので叶いそうもない。
魔輪は、とりあえず元に停車していた位置に置いてきた。
「久しぶりに若い人を見かけたもんで、つい声をかけてしまった。すまないねぇ」
「いえ、おかげで助かりました」
クラウンが偽りなくそう言うと、付け加えるように、ハインが言った。
「番地への入り方も分からなかったし、ほんとに良いところへ来てくれて良かったです」
「はは、そう言われるとお節介を焼いた甲斐があるもんだ。嬉しいねぇ」
老人は、少し振り返って二人に微笑み返す。また正面を見て、少し神妙な様子で続ける。
「けど、本当にあそこで会えて良かった。夜になってからじゃあ遅いから」
「それは、どういう…?」
「ここは、夜になると確実に大雪が降るんだ。そういう気候なもんだから、ここで野宿は禁止でね。外で寝てしまったら健やかな寝顔が、翌朝にはそのまま死に顔になってしまうんだよ」
そう言われ、二人は返す言葉を見失った。ハインは、肝を冷やした様子で青ざめている。
老人は、物騒な物言いをした自覚がないようで、呑気に話を続ける。
「早めに番地に案内して、どこか泊まれる場所を探さないとだろう?とは言っても、うちには宿なんてもんはないからはてさて…」
「それは、困りましたね……」
「いや何。そこまで気落ちしなくても平気だ。アテはあるんだよ」
クラウンが憂いげに呟いたことに、老人はすぐに反応した。招かれた彼らの杞憂を晴らすように、付け加える。
「42番地は、小さい村でね。一応、村長がいるんだ。しかしまあこの村長が、いい歳して口数も少なくてなぁ。おまけに警戒心も強い。外からのお客さんだから、成り行きはどうであれ、いずれは顔を合わせすることになっていただろう。彼なら、何とかしてくれるかもしれない」
「そうですか……。それもそれで、何だか申し訳ないです。お世話になってるし、宿探しは私たちの方で、」
「いやいや、気にすることはない。気難しい気性だが、案外面倒見も良くて何かと頼りになる男だよ。…ほら、そんな話をしてたら、着いたよ」
申し出を断ろうとしていたハインに、老人は気遣い無用と微笑むと皺くちゃな手で正面を指し示した。
寂れた林道を抜けた先には、小中規模の牧場とそれに隣接した大きな三角屋根の家屋があった。
その軒先で、薪割りに勤しむ手編みのニット帽を被った老人と、枯れ草を纏める老婦人の姿が隣にあった。
「おーい、スノーシル」
「…?」
スノーシルは顎先の汗を拭う仕草をして、声をかけられた方を見る。
※
「…ということなんだ。久しぶりに外から来たお客さんだろう。何とかならんものか?」
「ん…。事情は分かった」
事の経緯を聞き終えたスノーシルは、止めていた手を再び動かす。
しっかりと乾いた太い薪を、年輪がくっきりと浮かんだ切り株の上に置き、片手斧を振り上げると、すぱっとど真ん中を割った。
「一晩くらいなら、うちのところで泊めても良い」
「ありがとうございます。……申し遅れました。運び屋のベンジャミン・ラビットソンです。隣の彼女は、同行者のハイン・リッヒ」
「私からも、改めて。ありがとうございます。お世話になります」
礼節良く挨拶する二人を見て、スノーシルの手がまた止まった。
来訪者は久しいため、すっかり彼は自身を名乗り忘れていたことを思い出し、
「ああ…。俺は、スノーシルだ。42番地の村長を務めてる。……隣は、家内のマーゴレットだ」
「こんにちは、運び屋さん」
スカートの裾に枯草をくっつけたまま、老婦人がにこやかに会釈する。
それにハインとクラウンも会釈で返し顔合わせが済んだところで、
「寝床や他のことは、家内のマーゴレットが段取りをつけてくれる。……後は頼んだ」
スノーシルがマーゴレットにそう言うと、彼女は了解したように頭を下げる。
家の中に案内されると分かったところで、クラウンは遠慮気味に声をかけた。
「重ねて申し訳ないのですが、魔輪を駐車できる場所はありますか?」
「ああ…。うちの家の真裏に今は使っていない納屋がある。そこなら、好きにしていいぞ」
「……ちなみに、そこで何か作業をしても平気ですか?ご迷惑にならないように、十分注意しますので……」
溜めて言われた突然の申し出にスノーシルは、訝しむようにクラウンを見た。
運び屋なんていう特殊な職を生業としている者だ。外見がどれだけ奇抜であろうと見過ごせるが、出会い始めに急な要望が多い。考え事が増えたと同時に妙な警戒心まで煽られる。
スノーシルは、重く感じ始めた片手斧を肩に担ぎ、
「何をするのかと訊ねて答えられるものなら深入りはしねぇが……」
「ただ魔輪の整備をしたいと思いまして。詳しい内容は、ぜひ今晩にでも」
「……もうすぐ日が落ちる。その前に仕事を終わらせたいんでな。お前さん達も、とにかく家に入るといい。申し出通り、話はあとで聞こう」
「ありがとうございます」
クラウンが礼を言い切る前にスノーシルは、早々に薪割りの作業に戻った。どこか不信感があるのは、この運び屋の容貌のせいだろうと半ば強引に自身を納得させる。
その後、クラウンとハインは、彼の言う通りマーゴレットと共に家の中へと入って行った。
ログハウスのような家の中は、簡素だった。真正面奥には、暖炉があり、焚火の上には晩御飯だという豆のスープが煮込まれた大きな鍋がぶら下がっている。
暖炉の手前、家の真ん中にはこじんまりとした二人掛けのテーブルと椅子があり、右手には窓と左手の壁は繰り抜かれたような埋め込み式の寝床と、ロフトがあった。
「上のところは、一応物置にしていたんだけれど、今は使っていないからあそこを寝床にしてくださいな。ああ…、すっかり忘れていたわ。寝具は今はないけれど、ご近所に余りものがないか聞きに行って、寝る前には準備しておくから安心してくださいね。狭いように見えるかもしれないけれど、お二人並んで寝れるくらいには意外と広いんですよ。それから、もし酒場に行くなら必ずスープは飲んでいってくださいな。あまりにも寒いので、ここをあまり知らない方は、すぐに風邪にかかってしまうの。でも、このスープを飲めば、しばらく外に出ても体があったまりますから。それから、それから……」
「あ、あの…ご親切にありがとうございます。ただちょっと聞き逃したところもあって、ごめんなさい」
ハインは苦笑しながら、一時的に彼女の長話を断ち切った。マーゴレットは、我に返ると彼女と同じように苦笑して、
「まあ、こちらこそごめんなさいねぇ。主人はあまりにも口数が少なくて…。いつも私ばかりがおしゃべりしているものだから、ついいつもの癖で……。もう一度、聞きます?」
「は、はい…お願いします…」
にっこりと優しく微笑みかけられ悪気なく言われてしまったハインは、押し切られるように再度機関銃のような話に耳を傾けた――。






