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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第三部 氷霊が啼く
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ep.4 《イブシ屋》

 

 早朝よりも、太陽が顔を出した頃。77番地には、涼風が建物の間を縫うように吹いていた。しかし、それとは裏腹に、町は熱気を孕んでいた。


 筋骨隆々な両肩と拳よりも大きい隆起した腕の力こぶ。使い古されたヘルメットとタンクトップに汚れたニッカーボッカーズという作業着を着た男たちが、忙しなく往来している。そんな景色に加えて、金槌の小気味良い釘を叩く音や、しゃっと木の表面を削る(かんな)の音が、そこかしこから聞こえていた。


 本来なら、通行人の安全を確保するために誘導員がいるはずなのだが、生憎その姿はなく、お構いなしに作業が進められている。歩くだけで危険だが、それを気にした様子もない者が、ここに二人。


 一人の作業員が、道幅の半分ほどの長さもある木材を担ぎ、方向転換のために鈍器のように振り回された木材の下を、ハインは余裕そうにくぐり抜ける。一拍遅れて、それに気づいた作業員が、少し振り返って軽く謝った。


 ハインは気にした様子もなく笑顔で返すと、何歩か先のクラウンと並び歩く。


 彼らが向かう場所は、協会長・ジョージの伝言にあった『イブシ屋』だ。協会からは近く、数分程度で目的地に到着した。


 見てみると、そこにあったのは、簡素な木造の建屋だ。その軒先に立って、ハインは、ぐーんと首を仰け反らせて見上げる。


「ここが、イブシ屋……。77番地に、こんな店があったなんて。クラウンは、知ってた?」


「一応。著名な元魔道者が経営する修理屋らしいです。僕も初めて来るので、詳しいことは分かりませんけど」


 彼女と同じように建屋を見上げるクラウンは、淡々と答えた。

 ハインは、彼に視線を流して、「そう」と短く言うと、


「ここで立ちっぱなしもなんだし、とりあえず入ってみましょ」


 先陣を切って、『イブシ屋』に進んだ。


 中に入ってみると、内部は思ったよりも薄暗い。明かりは、雑に切り抜かれた継ぎ接ぎだらけのトタン屋根から、所々差し込む陽射しと、火属性の魔石を使ったランプだけ。


 入ってすぐの所には、図面が広げられた製図テーブルと、そよ風でがたつく作業台。視線を流せば、隙間だらけの建屋の木板の壁に打ちつけられたホックに、工具が引っかけられている。


 少し身の危険を感じてしまうくらい粗悪な所があり、そのまま地面に突き立てたような、掘っ建て小屋だとハインは思った。


 作業台より先に進まず、奥の方を凝視すると、底の浅い木箱を椅子がわりに背を丸めた一人の老人の姿が見えた。時折、ばちぱち、と火花が散ってそのシルエットがはっきりと浮かんでいる。


 ハインは、その場から「ごめんくださーい」と一声掛けた。


「ん…?なんじゃ?」


 呼びかけに気づいた老人は、溶接用の被り面を指で上げて、振り返る。手には、はんだごてのような溶接魔具が握りられていた。


 ハインは、にこりと微笑むと、


「こんにちは、キュルヴィ協会の運び屋です」


「ああ…、レイヴィックんとこのガキか」


 老人は、腰を痛めないようにゆっくりと立ち上がる。少し曲がった腰を軽く叩きながら、訪れた客人に歩み寄った。近づいてきたところで、


「ハイン・リッヒです。こっちは、」


「ベンジャミン・ラビットソン。同じく運び屋です」


「ん…?」


 行儀よく名乗った二人を見て、老人は眉間に軽く皺を寄せる。気になったのは、後者。白ウサギの被り物を被った奇っ怪な運び屋だ。


「なんじゃ、偽名か。ここでは使わんでええわぃ。クラウン=ラウスじゃろう。レイヴィックの奴から聞いておる」


 老人は、軽い調子で何の気なしに彼の本名を言った。

 クラウンは、自らの名前が出てきたことに少し警戒してしまったが、直後に信頼を置く人物の名を聞いて人知れず安堵する。


「なら、それで。…そちらのお名前を伺っても?」


「ギン・クユラシじゃ。皆からは、御爺(おんじ)と呼ばれとる」


「クユラシって、あの魔道者一族の…?これはまた大物ですね」


 それまで淡白だった態度のクラウンは、その名を聞いて感慨深く言う。それまで、どこか上の空で無関心そうな彼の変わりように、ハインは不思議に思って、


「あんた、知ってるの?」


「はい。魔術に精通する者なら、知らない者はいないほどの方です」


「へー!おじいちゃん、有名人なのね」


 ハインは、驚いた様子でクユラシを見た。触りだけで人の関心を集めるような紹介だが、一方で当人であるクユラシは煩わしそうに顔を顰める。


「やめんか。そんな仰々しく言わんでええ。今は見ての通り、ただの修理屋のジジイじゃ」


「失礼、」


 どうやら余計なことだったようで、クラウンは短く詫びる。それから、クユラシは話題を変えようと、本題へと進めた。


「それで、要件は?」


「実は、協会長からのお達しで、ここにお邪魔したんですけど……。生憎、その詳細は分からずじまいで」


「おう、そんことか。…こっちじゃ」


 クユラシには、彼らがここに訪れた理由が分かったようだった。

 いまだ分からずじまいのハインとクラウンは、その反応が意外で、思わず二人で顔を見合わせると、そのままクユラシに案内される。


 クユラシの後ろについて、奥に進むと、そこには布に覆われた大きな何かがあった。

 二人は、少し離れたところで立ち止まり、クユラシはそれに近づく。


「レイヴィックの奴に頼まれてたんじゃが、これがまた無茶苦茶な依頼で手こずってな」


「これは…?」


 ハインが、ふいに声を漏らした。

 クユラシは被せていた布を引っ張り、取り払うと現れたのは――。


「魔輪!」


 第一声を上げたハインが、切れ長な目を丸くした。それも無理はないだろう。久しく見かけなかった『運び屋の神器』もとい相棒とも言えるそれが、頼りない陽射しすら眩いほどの反射光をきらりと放って、目の前に現れたのだ。これには、クラウンも「おー…」と感嘆にも似た声を上げた。


 ちょっとした感動の再会だが、ハインは、何か違和感を覚える。


「でも、なんか一回り大きい…?」


「おう、何せ魔輪二台分を一台にしろという奴直々の依頼じゃからな。ワシも腕に寄りをかけたわい、かなりの力作よ」


 それまで無愛想だったクユラシも、どこか得意げに口角を上げた。

 一体どんな魔法(技術)を使えば、そんなことが可能なのか。気になるところではあるが、それよりもハインは目を輝かせて、一新した魔輪にいの一番に駆け寄る。


「すごーい!見た目も今までの魔輪よりかっこいいし!おじいちゃん、跨ってもいい?」


「好きにせい。どういう事情かは知らんが、お前ら二人用だとレイヴィックから聞いとる」


 クユラシが許可するも、その後の話は彼女の耳には届いていないようだった。ハインはしゃがみ込んで、隅々まで覗き込むように魔輪を一頻り眺める。

 それから、恐る恐る魔輪に跨ると、喜びは最高潮に達した。声にもならないような吐息を吐いて、目の中の星は頭の傍にまで現れた。


 ぽわぽわとした空気が彼女を包んだが、それを他所にクラウンはクユラシと並び、話す。


「ありがとうございます。移動手段には、少し困っていたところなので」


「お前、魔術師じゃろう?得意の『扉渡り』は、どうした?」


「恥ずかしながら、こちらの事情でして。今は魔術に制限がある状態なんです」


 喜ぶハインを見守っていたクユラシは、その話を聞いて視線を彼に移した。


「ほーん、そらまた奇特な話じゃの。…ともかく、魔輪の方に話を戻すか」


 クユラシは少し興味を持った様子だったが、踏み込むことはなかった。切り替えるように言うと、ハインに声をかける。


「嬢ちゃん、一旦魔輪から降りてくれんか」


「はーい」


 ハインは、聞き分け良く魔輪から降りると、そのままクユラシの下に向かう。

 クユラシが、出入口付近にある製図テーブルを二人の前まで引っ張ってくると、自然とハインとクラウンは、それに注目した。そうしたところで、クユラシは話し始める。


「一応、納車先じゃからな。ある程度、この魔輪について説明する」


「それなら、クラウンが聞いた方がいいんじゃないの?魔具関係は、詳しいし」


「そこまで小難しい話はせん。とりあえず話半分で聞いとけばええ」


 クラウンが何か言う前に、クユラシがそう答えた。指し棒代わりに、腰の巻いた工具差しからスパナを持って、魔輪の図面を指す。


「まずこの魔輪は、以前お前らが使っておった魔輪を分解し、再利用しとる。主にそれが、このタンクの中。内蔵されとるのは、エネルギーとなる風属性の魔石じゃ。これは、お前らの前車から消耗しとらん魔石だけを抜いて入れとる。不足分は、サービスで新しく追加しておいたから、すぐに出発できるじゃろう」


 ひとまず理解したハインとクラウンは、こくこくと頷く。

 クユラシは、これといった疑問がない二人の様子を見て話を続けた。


「次に。魔輪のボディーフレームやフロントホーク諸々は、ワシの方で新調した。見ての通りじゃが、通常の魔輪より横幅も全長も大きくなっとる。取り扱いの注意として、車体重量もかなりあるから、倒れて起こす時は腰に用心するんじゃぞ。

 馬力も、それまでの約二倍。スロットル回したら、その分速度もぶっ飛ぶ。従来の魔輪でも多少荒れとる道は走行できたが、こいつはそれ以上にパワフルじゃ。険しい獣道でも難なく走行できるじゃろう」


 大方の最新型魔輪の説明を終えると、クユラシは指し棒にしていたスパナを下ろして、


「…とまあ、ワシからは以上じゃ。何か質問があれば、何でも聞け」


「今のところは、大丈夫そうです。ありがとうございます。素晴らしい腕前だ」


「私からも、本当にありがとう。こんな良い魔輪まで作ってもらって、その上で性能まで上げてくれて助かる」


 クラウンとハインは、揃って礼を言う。

 滞りなく取引が終わったことに安堵して、「そら結構」とクユラシは返したが、ふと思い出したことがある。


「ハイン、だったか?そういや、一つ疑問に思っとったんじゃが……。お前、本当に運び屋か?」

「えッ!?」


 突拍子もない質問を返されて、ハインは驚愕した。それから、じとっと目を細めて拗ねた様子で続ける。


「おじいちゃん、私、これでもちゃんとした運び屋よ。なんで、またそんなこと……」


「すまんな。これでも運び屋の魔輪の修理は、ようしとる。無駄に目敏くなって、気になるんじゃ」


 答えになってないような言葉だったが、クユラシは続けて、


「お前の魔輪を分解する時に、タイヤを確認したんじゃが、今まで見てきた魔輪よりも随分綺麗でな」


「…!」


「運び屋は、外界を走り回るじゃろう。過酷な道を走ることもある。砂漠や山岳地帯、獣道なんかもな。だから、魔輪のボディーは割と傷をつくるんじゃ。が、お前の魔輪はタイヤと同じくボディーも目立った傷がついとらん。それどころか、タンクの中を確認した時も、あまり走っとらんせいか、内蔵分の魔石が七割も生き残っとった」


「うぐ…!」

「おや、」


 次々に叩きつけられる『証拠』が、無慈悲にも確信を小突いてくる。クラウンも、目利きの老人が何を言おうとしているのか察したように呟いた。


 次に、クユラシは訝しげにハインを見る。


「……修理屋のジジイが言うのもなんだが、仕事しとるんか?お前」


「そ、そ、それは…その……」


 ハインは、おろおろと視線を泳がせて、手持ち無沙汰な指先同士を突き合って少しでも何かを誤魔化そうとする。じいーっと細められた老人の視線は、痛くもないのに身体中を刺すような感覚だ。


 その反面、この状況を愉快に思う者がここにいた。


「意外なところから図星を突かれましたね。全く無関係な僕まで、なぜか心が痛い」


「あんたは、黙ってなさいよ!余計なこと言うなっつうの!」


「事実じゃないですかー。逆ギレは頂けないなー」


「こいつは…ッ!ほんとにっ!」


 饒舌に軽口を叩くようになったクラウンに、ハインはいつもと変わらず青筋を浮かべて握り拳が震える。


 唐突に始まった睨み合いを見て、真偽なんかどうでも良くなってきたクユラシは、やれやれといった様子で溜息をつくと、


「喧嘩なら外でやるんじゃぞ。お前ら、これから仕事じゃろう。はよう行け」


 投げやりにそう言って、運び屋二人の喧騒を取っ払おうとするも、それが叶うのはしばらく後の話だった。




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