ep.3 『仔細も兼ねて』
単純な仕事量だけで言えば、事務員の方が多い。キュルヴィ協会で中々認知されづらいのが、この事実である。
依頼人から配達品を受注したり、運び屋に配達品を受け渡す――。彼らは滞りなく業務をこなしているが、協会内では、あまり評価されにくい。
その為、立場的に弱く見られていることもあって、運び屋からは手渡したアタッシュケースの比重について、真っ向から文句をつけられることが多い。
配達依頼自体、外界にある協会全体を通して、その平均値は年々右肩下がりで、彼らには何の非がないにも関わらずだ。
外出ができるのは、休憩時間か昼飯時くらいなもので、それ以外は協会の窓口か、配達品を納品する『転送倉庫』で、ひたすら確認作業に日がな一日従事する。正に、缶詰状態。
地味に蓄積される肉体的な疲労と、苦情対応を余儀なくされる精神的苦痛。割と自由の利く運び屋より、目に見える派手さはないが内容的には事務員の方が労力を要する。
そうした中で性根が腐らない訳もなく、当初はやり甲斐を見出していた事務員も月日を重ねるごとに癒されない疲労感が滲み出た面構えが目立つ。
だが、例外がここにいた。
常に笑顔を絶やさず、運び屋との区別の為に協会側から試着を命じられている白いローブを羽織らない。
業務中は、自前の修道服に身を包んだ彼女――アリアン=テーゼは、今日も慈愛に満ちた微笑みを携えていた。
アリアンは、とある場所に訪れていた。
枝葉がキノコのように伸び、大きな笠型となった大樹がある中庭。それを一望できる、長廊下を歩く。
ここは、キュルヴィ協会の寄宿舎だ。
少ない書類を腕に抱えて、コツコツ、と小気味良くヒールの音を鳴らす。その足は、やがて寄宿舎のある一室の前で立ち止まった。
アリアンが、その扉をノックすると、
「はーい、」
部屋の主からすぐに声が返ってきた。
しばらくして扉が開き、中から現れたのは……黒髪の麗人、ハインだ。
「アリアン?」
「おはようございます、ハインさん」
「おはよう。珍しいわね、アリアンが来るなんて」
ハインは、久しぶりに顔を見合わせた同僚に笑顔で答えた。
アリアンも同じく、ハインの顔を見れたことを喜ばしく思い、微笑む。
「ええ。今日は要件がありまして、こちらにお邪魔しました。……ハインさんは、お部屋のお掃除ですか?」
「あ……、」
ハインの手には、ぱんぱんになった麻袋があった。
アリアンがそれに目を向けると、ハインはどこか恥ずかしそうに笑う。
「久しぶりに掃除したら、結構ゴミが出ちゃって……。恥ずかしいもの、見せちゃったわ」
「いえいえ、とんでもないです。お掃除、お疲れ様でした」
アリアンが恭しく労うと、ハインは「ありがとう」と短く返した。
続けて、彼女はアリアンがさっき言っていた言葉を思い出して聞く。
「それはそうと、さっき言ってた要件っていうのは?」
「ああ…、実は協会長からの伝言を預かっていまして…――」
アリアンが言いかけた途端、ハインの部屋の真隣である部屋の扉が開いた。
思わず、アリアンとハインはそこへ目を向けるが、扉が開いただけで住人は出てこない。
不審に思ったが、その直後。中からぬっと現れたのは、桜色した丸っこい鼻先だ。
何かを嗅ぎつけるようにひくつかせて、続け様にぎょろりとした生々しい赤い目を携えた白ウサギの頭が出てきた。
長い耳を立たせる彼は、同協会でその名を知らぬ者はいない運び屋――ベンジャミン・ラビットソンだ。
「ベンジャミンさん、おはようございます」
彼と対面するのは、いつも窓口越しだ。こうして、何の隔たりもなく会うのは初めてであったが、アリアンはその奇っ怪な出で立ちに臆することなく、挨拶を返す。
クラウンも、変わらない態度で返事した。
「おはようございます、アリアンさんとハインさん」
「おはよー、」
すぐに部屋から出てこなかったのは、素顔を隠す為だったか。とハインは邪推したが、それはともかくとして。
アリアンは、両者が揃ったところで話を始めた。
「丁度良いところでした。実は、お二人にお話があるのです」
「さっきのジョージからの伝言ってやつ?」
「協会長から…?」
クラウンは、ハインの口から出た名前に反応して、ゴミの入った麻袋を片手に二人に歩み寄る。
アリアンは、続けて、
「はい。協会長は今多忙の身でして、代わりにわたくしが伝言を伝えに参りました。とは言っても、配達のお仕事なのですけど……」
こちらになります、とアリアンは持っていた書類をハインとクラウンに手渡す。
受け取った二人は、それに目を通した。届け先と配達品の詳細が記されている、特に代わり映えのない納品書だ。
「こちらの納品書は、普段と変わりありません。出立する前にここへ行くように、と協会長が走り書きされまして……」
アリアンが付け加えた説明を聞いて、二人は、もう一度納品書に視線を落とした。
その備考欄には、77番地の適当な地図が書かれてあり、とある場所を丸で囲っている。そこには、更に場所名も書かれていた。
「『イブシ屋』……?」
ハインは、聞き慣れない店の名前を呟いて小首を傾げる。
クラウンは、そこには特に触れることなく、納品書を見ながら続けた。
「今度の配達先は、42番地ですか……。少し準備を整えた方が良さそうですね」
「準備?何の?」
「装備類です。主に服装ですね」
「服?なんでまた」
ハインは繰り返し質問するが、クラウンは答えなかった。
彼が受け取った納品書は、二枚あって、後ろに重なっていたそれを見る。
何かを考えているようにも見えたが、白ウサギの生首から、その表情は読み取れない。
「ベンジャミンさんには、それとは別口の配達依頼があります。納品書で、もう確認されているかと思いますけれど……」
「ああ…、はい。内容は、分かりました。ありがとうございます」
アリアンが気を利かせて、二枚目の納品書について伝えるも、クラウンはどこか上の空のようだった。
そんな中、いまいち内容を把握できないハインは、今だ残る疑問を口に出す。
「それで、この42番地がどうかしたの?意味深な言い方してたけど」
「それは、わたくしの方から。仔細も兼ねて、ご説明します」
クラウンに投げかけたが、買って出たのはアリアンだった。
彼女は、こほん、と一つ咳払いをして話し始める。
「今回、配達依頼を受けた42番地は、永久凍土の寒冷地です。既に気づかれているかもしれませんが、納品書には配達先の番地番号と大まかな届け先以外、特に記されていません。
同協会において、42番地は今だ実態をよく掴めていない土地なのです」
「それって、町の様子が分からないってこと?」
「小規模の村、ということまでは判明してます。実態が掴めていないというのは、42番地の周辺地域が不明な点ですね……。元々、当番地からの配達依頼は極端に少なくて、情報が不足しているんです」
アリアンから説明を受けたハインは、「そういう事ね……」と一度納得したが、更に質問を続けた。
「なら、周辺地域っていうのは?配達先は、42番地なんでしょ?」
「それが…。今回の配達先は番地というわけでなくて、42番地の近辺にある『氷霊山』への配達となっているんです」
アリアンは、少し困った表情を浮かべて答える。
ハインは話を理解したものの、そこまで深刻に思えず、また小首を傾げた。
「氷霊山……。確かに山を登るのは、大変だけど。その山中の実態が掴めないっていうのは…?」
「氷霊山は、ただの山じゃありません。正確には、雪山です。常に強烈な猛吹雪に見舞われていて、遭難率が高いので、とても人が登山できるような山ではないらしいです」
「なるほど……。だから、さっき服装がどうのこうのって言ってたのね」
アリアンに代わって、クラウンが補足すると、ハインはようやく先の彼が呟いていた事に合点がいった。
ある程度、ハインの疑問が解消されたところで、再びアリアンが話を続ける。
「今回の配達先は、その氷霊山の中腹にあたる場所だそうです。ですが、詳しい場所は、現地の人…つまり、42番地の住人に訊ねなければ分かりません」
「探索調査も兼ねた依頼ってことなのね…。そこら辺は何とかなりそうだけどー…、」
ハインは、少し思い悩んだ。その場では口に出すことなく、適当に言葉を濁した。
その様子を見て、アリアンは気にかけたようで、
「何か不安な点はありませんか?」
「ああ…。うん、平気よ。何でもないわ」
聞かれたハインは、平気そうに笑って答えた。
話が纏まったところで、アリアンは微笑み直すと、
「分かりました。それでは、受付でお待ちしております。わたくしは、ここで失礼しますね」
「ありがとう、また後で」
淑女のように控え目な別れを口にして、アリアンは来た道を引き返す。
ハインは、その背中を穏やかな顔で見送った。
アリアンの姿が遠くなった頃、ハインはちらりとクラウンを見やる。
(今日は大人しいわね……。天変地異でも起きなきゃいいけど)
普段より随分と口数の少ない悪戯ウサギを思って、訝しんだ。
一方でクラウンは、ただ黙って手元の納品書に目を向けていた――。






