ep.33 苛む者、責める者
102番地、南方区画。
華々しい外装の商店が立ち並んでいるが、そこは奇妙なほど人気はなかった。
店が閉まっている時間帯なのか、はたまた先の銃撃を聞きつけたのか、店主や住民、観光客の姿は一つとしてなかった。
「はぁ…ッ、は…、く…っ」
その中で、隣区画の路地から出てきたブクタスは足を引きずりながら前進し続ける。線を引くように捻れた足から血が滴った。
このままでは終われない。いや、ここまで来たからこそ、もう止めることはできないのだ。
しかし、
「待ちなさいよ!」
彼の血の跡を追って、路地からハインが現れた。
ブクタスは、瞼をひん剥いて振り返る。
ずんずんとハインは、一歩ずつ踏み締めるようにブクタスに歩み寄った。
「あんた!呪術だか何だか知らないけど、とっととこんな茶番やめなさいよ!」
「小娘が…ッ!どこまで邪魔をすれば気が済む!」
「あぁ!?邪魔なんかしてないでしょうが!あんた達は、献上品を受け取りに来ただけでしょ!私が言ってるのは、あんたの呪術のせいで大勢の人が迷惑してるって言ってんのよ!」
「は…っ!どこまで能天気なんだ」
ブクタスは、鼻で笑い飛ばすと、すかさず拳銃を抜いた。カチャ、と鉄の鈍い音と共に輝く銃口はハインに向けられる。
ハインは、その場で足を止めた。ブクタスとの距離はほんの数mだが、それ以上縮むことはない。詰められそうにない距離感を良いことに、彼女はそれまで疑問に思っていたことを尋ねた。
「…あんた、国を助ける為に献上品を受け取ったんじゃないの?」
「国を助けるだぁ?バカを言え!あんな国の為に俺が今必死になってる理由がまだ分からないのか?!あぁ!?こんな献上品、足しにもならない。俺はなぁ、この献上品を俺だけのモノとして奪い取ったまでだ!」
短い問いかけに、積もり積もった苛立ちがぶつけられる。ブクタスの腹積もりは分かった。それでも、ハインは質問を続ける。
「その献上品で心機一転するつもり?」
「そうだ!これだけありゃ外界で十分余生は過ごせるからな!国の連中はどいつもこいつもバカばかりで困る…。こんな金で国が建て直せると本気で思ってやがる!金が何になる!?金だけであの不毛の地をどう変える!?それこそ時間を巻き戻すくらいの奇跡がなきゃ不可能だ!俺は国と心中なんて御免なんだよ!!勝手に野垂れ死ねばいいんだ!!」
不満と怒りを吐き散らすブクタスは、怒りを撒くように銃を持った手を薙ぎ払った。
冷静さは感じられない。間合いは詰められる。それでも、ハインは微動だにしなかった。
ブクタスの答えを聞いても、どこか腑に落ちない。頭を過ぎるのは、体のいい考えだ。
「ほんとに国は建て直せないの?何かあるから『それ』を受け取って来いってあんたに命じたんじゃないの?」
「はぁ!?」
何を言っているのか、ブクタスには理解できなかった。目の前の黒い髪の女は、どこか物悲しそうな表情で真っ直ぐとブクタスを見据える。
「あんたは、知らないのね。この世界には、不思議なことがあるのよ。もしかしたら、そんな奇跡を起こせるものが、あんたが今独り占めしようとしているその腕の中にあるのかもしれない」
「何を言って…―」
「あんたは自分一人さえ助かれば良いって考えなんでしょ?でも、奇跡の可能性をあんたに託した人は報われないわね……。国を救うはずだったあんたは、大勢の人間を裏切った。それどころか、大勢の人を傷つけた」
ハインは、独り言のように続ける。
振り返る記憶の中で、無数の悲鳴がこだました。苦しむ人々の姿が蘇ると同時に、人の形を保ったままの獣のように豹変した兵士たちの姿もあった。後ろ髪を引かれるような思いだ。
思い出すだけで、胸が引き裂かれそうな気持ちになる。あの選択をしてしまった己を、もう一人の己が激しく責め立てた。
ブクタスは眉間に皺を寄せて、怪訝な表情で彼女を見る。
やり場のない感情をそのままに、ハインはブクタスを睨みつけて言い放った。
「国から逃げたって、あんたを責める者が『外界』に変わっただけよ」
告げられたブクタスは、過去を見た。
睨みつけるその眼差しが、あの国の国民に見えた。歓喜していたはずなのに、まるで他人事のように忘れて恨みをぶつけるように兵士を睨む。
ブクタスは震えた。矛盾を抱えた感情が彼を苛む。
「う、うるさあぁああああい!!渡さないぞ!!何があっても!もうこの献上品は俺のモノなんだよぉおおおおお!!」
叫び散らすブクタスは、過去の面影を見せつけるハインに向かって引き金を引く。
パァンッ!と劈くような炸裂音と共に銃弾が放たれる。
だが、
「うがぁッ!?」
それと同時にどこからともなく飛んできた銃弾が、ブクタスの左耳を抉った。同時にブクタスの銃弾は、ハインの頬を掠める。
耳の肉片は血と共に飛び散り、ブクタスは鼓膜を破るような耳鳴りと激痛でその場に蹲る。
「終わりですね」
一言告げて、路地から現れたのはクラウンだ。アルトンの銃口からは、まだ硝煙が薄く昇っている。
そのままゆったりとした歩調で、こちらへと歩み寄る。
「うぅぐ…ッ!」
「ここまで騒ぎを起こして、外界でのうのうと余生を暮らせると思っていたら大間違いだ。むしろ国の中の方が安全でしょう。大人しく国に帰るべきだった」
「き、貴様らぁあ…!」
ブクタスは抉れた左耳を抑えながら、下から二人を睨みつける。
クラウンは、ハインと並ぶように立ち止まった。
「あなたに逃げ場はない。分かったら、兵士たちに掛けた呪術を解除して下さい。悪あがきするようなら、ここで殺します」
静かに言いながら、クラウンは再びアルトンをブクタスに向ける。
ここで終わる訳にはいかないのだ。片足を片耳を失った代償が、こんな終わりで良いはずがない。
「うぅっ!ぐ、ぁ、がッ!」
その瞬間、ブクタスは激しい頭痛に襲われた。
償わせなければ。この痛みと苦しみと喪失感を与えた奴等に償わせなければ。
ここにいる全ての者を贄にしてでも。
「誰が、だれが、だレガ…!」
頭の中にこだます囁き声を消すように、ブクタスは何度も何度も地面に額をぶつけた。
訝しげに様子を見ていたクラウンは、何か喉に刺さった小骨のような些細な異変を察知する。それを取るように、アルトンの引き金に指を食い込ませていく。
「渡スもノかァアアアアアアッ!!」
ブクタスの咆哮と共に、ズザァっ!と黒い波動が辺りに吹き荒れた。






